
2.2坪の立ち食い焼肉店「六花界(ろっかかい)」から始まり、今では都内に7店舗を展開する六花界グループ。全店舗ともメニュー表がなく、SNS投稿も禁止されています。誰でも入れるのは「六花界」など一部の店舗のみで、大半の店舗は住所非公開のため、まずは六花界の常連になるまで通い続けなければ足を運ぶことすらできません。それでも、一号店がオープンしてから15年以上、広告を一切出さずに、六花界以外の各店も予約が途切れたことがないと言います。オーナーシェフ・森田隼人さんに、なぜお客を“選ぶ”のかを聞くと、返ってきた答えは拍子抜けするほど単純なものでした。
- 修業経験ゼロ。武器は「立地」と「鮮度」だけだった
- 常連の一言が、六花界の文化をつくった
- 通い続けた人だけが、次の扉を開くことができる理由
- 常連が仲間になり、仲間がスタッフになる店
- 「一万倍の夢」が人とお金を引き寄せる
修業経験ゼロ。武器は「立地」と「鮮度」だけだった
大学卒業後に建築家として独立した森田さんは、その後、東京都の公務員として務める傍ら、プロボクサーとして世界チャンピオン・内藤大助選手のジムトレーナーを兼任するという異色の経歴を歩んできました。そんな彼が飲食業に踏み出したのは30歳のときのことです。きっかけは、ジムの若いボクサーたちの姿でした。
「減量にかこつけて、ろくに食べていない。お金もなくて、しっかりとタンパク質が取れないから筋肉がつかない。彼らが、安くてちゃんとした肉を食べられる店を作ろうと思ったんです」

そうはいっても、飲食業は全く未知の世界でした。当初は肉の仕入れルートすらなく、芝浦の食肉市場で門前払いを受けながらも、連日通い詰めて少しずつ信頼関係を築き、仕入れルートの確保にこぎ着けました。
「飲食業界には修業歴や師匠筋といった暗黙のルールがあります。当時の僕は、そのどれも持っていませんでした。どうすれば成功できるのか、今の僕にできることは何かを考え、立地の良さと肉の鮮度で勝負することにしました」
立地選びには緻密な計算がありました。決め手は「駅近」。お客が店に来るために使う移動時間は、そのままストレスになります。建築家として培ってきた「場所の価値」への感覚から、神田駅東口から徒歩30秒で2.2坪という物件を選びました。「オープン前にできるお客さまへのサービスは立地だけ。だからこれだけは絶対に譲れなかったんです」と森田さんは言います。

2024年度の統計で1日の乗降客数が20万人を超える神田駅前。例えば店舗の入り口前を通る5万人のうち、100人に1人が振り向いてくれるだけで、立ち食いでギリギリ詰めても20人程度しか入れない店はいっぱいになります。2.2坪で家賃25万円という一見不利な条件が、その計算のもとでは最良の選択でした。
店内にテーブルは一つ、七輪は2台だけ。見知らぬ客同士が肩を寄せ合い、同じ七輪を囲まざるを得ない構造です。この「不便さ」こそが建築家・森田さんの設計意図でした。実際に店内で過ごしてみると意外と広く感じるから不思議なものです。

常連の一言が、六花界の文化をつくった
六花界のオープンから間もないある日、お客の一人が「オープンしたばかりなんですね。じゃあ、お酒を一杯ごちそうするよ」と日本酒を振る舞ってくれました。森田さんが人生ではじめてお客からごちそうしてもらった瞬間です。実はお酒が飲めなかった森田さん。こっそり水に入れ替えて乾杯すると、隣にいたお客も「私も一緒に」と乾杯してくれ、その場が一気に和みました。
その流れで、翌日からは新しいお客が来るたびに店内全員で乾杯するように。ところがある日、カウンターの端にいたお客から「俺は静かに肉を食いに来ただけや。邪魔せんといてくれ」と言われてしまいます。
それ以降、森田さんが乾杯をやめるべきか悩んでいると、最初に日本酒をごちそうしてくれたお客が「何、悩んでんの?そいつと俺と、どっちの客を大事にするねん」と言ったそう。
「その一言で、僕の腹が決まりました。全員に好かれる店じゃなくていい。この明るい空気を一緒に楽しんでくれる人のための店にしよう、と。それからは、ここは“みんなで乾杯する店”だと決めました」
この乾杯が、六花界の空気をつくりました。知らない者同士が顔を合わせ、言葉を交わし、気がつけば連絡先を交換しています。森田さん自身も、お客の一人ひとりと友人のように会話を楽しみます。おいしいだけでは、店は選ばれ続けません。「また会いに来たい」と思ってもらえるかどうか。乾杯は、明るい雰囲気をつくるだけでなく、その気持ちを生む仕掛けになりました。
「客を選ぶ」形態を選んだ原点は、拍子抜けするほどシンプルでした。この空気を一緒に楽しんでくれる人と、もっと深くつながりたいという思いだったのです。

通い続けた人だけが、次の扉を開くことができる理由
六花界が繁盛してくると、思わぬ問題を生みました。毎日、顔を合わせていた常連が、店内の混雑で入りにくくなってしまったのです。
「東京に出てきて、友人がいなくて。どうやったらこの街が楽しくなるかと考えて出したのが六花界だったんです。そこで出会った常連たちは、いつしか店員とお客さまという関係を超えて、僕にとって本当の友人になりました。だから、その友人が来られる場所をつくりたかった。それが2店舗目の『初花一家(はつはないっか)』です」
初花一家は、当時の六花界が休みになる土日に、仕込みをしながら常連に料理を振る舞う店として始まりました。牛のレバーを1頭分丸ごと目の前に広げ、部位ごとの味や食感の違いを話しながら料理します。その体験がたちまち評判を呼び、2年半先まで予約が埋まりました。

グループはその後「吟花(ぎんか)」、「五色桜(ごしきざくら)」と拡大。その最上位に位置するのが「クロッサムモリタ」です。六花界を入り口に、各店に通い続けることでようやくたどり着ける仕組みになっています。

最上位店のクロッサムモリタでは、料理の価値は「雰囲気・技術・酒の三つで決まる」という考えのもと、日本酒と肉のペアリング、そしてプロジェクションマッピングを組み合わせた体験を提供しています。そもそも六花界グループは、業界に先駆けて焼肉と日本酒のペアリングを提案してきました。さらに視覚的な演出を掛け合わせ、食体験をエンターテインメントに進化させているのです。

住所非公開というスタイルは、外からは「閉鎖的」と受け取られることもあります。ただ、森田さんの真意は全く違います。
「家族が自分のために握ってくれたおにぎりと、知らない人が握ったおにぎりは、同じ米でも味が違うでしょう?自分の料理の価値を分かってくれる人に届けたい。それだけなんです」
この考えは、店のルールにも表れています。六花界グループは全店舗を通じてメニュー表を置いていません。メニューがないため、お客はスタッフに「今日は何がおすすめですか?」と聞くところから始まります。何を食べたいのか、今日の気分はどうか。そうしたやりとりそのものが、お客との関係をつくる場になっているのです。さらに、提供する料理も日によって変わります。
「あの店に行けば必ずこれが食べられる、という安心感がないことを不満に思う人もいるかもしれません。でも食事って本来、何が出てくるか分からない冒険じゃないですか。だからいろいろな体験をしてほしいんです」
常連が仲間になり、仲間がスタッフになる店
お客を選び、選んだお客と深く向き合っていく。その先に何が生まれたのでしょうか。
森田さんは取材中、お客の話になると決まって表情が柔らかくなりました。15年来の常連の近況を友人のように語り、「お金を持っているとか、仕事ができるとか、そういったこととはまったく関係なく、みんなすごい方ですから」とお客への思いを語ります。森田さんにとってお客は「可能性」であり、その人の話を聞くことで自分には見えなかった世界を広げてくれる存在なのです。

先日、六花界の常連客から、店舗のある神田からかなり離れた場所に家を買ったという報告を受けたそうです。「それでも六花界まで週3回通い続けてくれているんです。うれしいですよね」と微笑みます。
「結局、そういう損得抜きに店を愛して、変わらず足を運んでくれる人たちが、新しい情報や出会いを僕につないでくれるんです。いろんなお客さまと話さないと見えてこないことがある。だから全員が大事だし、絶対にそのつながりを守るんです」
この信頼関係の強さから、六花界グループでは常連客がスタッフになることも珍しくありません。森田さんはクロッサムモリタをオープンするまで、一度もスタッフを募集したことがなかったと言います。
「お客さまとして通い続けた人がスタッフになってくれたらなかなか辞めないですよ。自分が通い続けていた店で働くわけですから、その店の価値観が体に染み込んでいて、教えなくても、お客さまにどう接すればいいかをすでに知っています」
お客が常連になり、常連が仲間になり、仲間がスタッフになっていく。さらにスタッフがまた新しいお客を呼ぶ。このサイクルが回り続けているからこそ、六花界グループは15年以上、広告も出さず、予約が途切れないのだと森田さんは考えています。
「一万倍の夢」が人とお金を引き寄せる
森田さんには、さらに大きな夢があります。「牛肉を扱う日本一の人間になる」ことです。その言葉から逆算し、牧場を買い、ロシアを横断しながら日本酒を醸造し、今はナイジェリアの海上スラムでレストランを経営しています。
なぜ、ナイジェリアなのか。森田さんは「ニューヨークやドバイには、もう日本人の足跡があります。僕は誰も歩いていない場所にしか行きたくないんです」と言います。森田さんが向き合うのは、停電が日常的で冷蔵庫が使えず、食材の保存すらままならない海上スラムの現実です。そこに「ハヤト」という食文化をイチから根付かせ、現地の若者に料理人という職業を届けたいと考えています。
「夢が小さかったら、誰も応援しようと思わない。とにかく一万倍大きな夢を持つこと。そうすると、やらなきゃいけないことが全部見えてくるんです」
この活動をテレビで紹介してもらった時、呼びかけをしていないにもかかわらず日本中から3000万円が集まりました。15年かけてお客と向き合い、信頼を築いてきた森田さん。その確かな信用は、店の中だけにとどまりません。
「信用さえあれば、人やお金は勝手に付いてくるものなんですよ」

この逆算の思考は、飲食業を始める人へのメッセージにもつながります。
「飲食店は、10年後に1割しか残らないというデータがあります。それでもみんなが気軽に始めてしまうのは、ちゃんと先のことを考えていないからだと思うんです。もし最初に融資を受けるなら、借金がない人と戦わなきゃいけないので、返済の分のお金もお客さんからいただかなければいけません。それだけで不利になりますよね」
借り入れゼロで始めて、広告費も掛けず、15年以上継続してきた森田さんが、飲食業を始める人たちに伝えたいことはシンプルです。10年後にどうなっていたいかを、本気で具体的に考えてほしいということ。
「10年後、自分はこうなっているという景色が高い解像度で見えれば、今、何をすべきかが自然と分かります。それさえできれば、どんな不況が来ても怖くない。借金もなく、お客さまも、友人もたくさんいれば、どの方向にも動けますから」

森田さんが大切にしてきたのは、お客を友人にして、お客と一緒に夢を見ることです。夢を語り、お客に共有することで常連をつくり、常連が友人になる。友人の中にはスタッフになる人もいる。「お客を選ぶ」というのは、冷たく拒むことではなく、つながりたい人と本気で向き合うということでした。
「大事なのは、心をいかに集めるかなんですよ。人生の最後に振り返ったとき、どれだけの人が自分のそばにいてくれたか。僕はそれが豊かさだと思っています」
取材先紹介
- 六花界グループ
- 取材・文樫本倫子
- 撮影竹井俊晴
- 企画編集株式会社都恋堂