世田谷の廃校×クラフトビール!?“大人の放課後”がつなぐ、新しい店と街の関係

少子化の影響により全国で廃校が増える中、役目を終えた学校が地域に開かれた場へと生まれ変わりつつあります。東京・世田谷にある旧池尻中学校もその一つ。2025年、複合施設「HOME/WORK VILLAGE」として再始動したこの場所に誕生したのが、ブリューパブ「After School Brewery(以下ASB)」です。一見ユニークな“学校×ビール”という組み合わせですが、ここは単なる飲食店ではありません。興味をきっかけに人が集まる小さなコミュニティー=“部活動”や、醸造体験といったものづくりの仕組みを通じて来店するきっかけを生み出し、人と人のつながりが自然に育まれていく場となっています。店と街は、これからどのようにつながっていくのか。ASBの取り組みから、新しい場づくりのヒントを探ります。

学校の中にブルワリー?驚きから始まる体験

緑豊かな公園に隣接する一角に、かつての中学校の姿を残した建物が現れます。門をくぐると、広々とした校庭と校舎。どこか懐かしい風景の中に、飲食店やショップが点在する不思議な光景が広がります。

1955年に開校し、2004年に廃校となった旧池尻中学校を活用。芝生と木々が広がる広場は地域の憩いの場となっている(写真提供:HOME/WORK VILLAGE)

ここは、2025年4月に開業した複合施設「HOME/WORK VILLAGE」。「暮らし(HOME)」と「仕事(WORK)」を見つめ直し、社会に残された“宿題(HOMEWORK)”を紐解く、そんなコンセプトをもとに再生された施設です。飲食や物販、ブックラウンジ、シェアキッチン、スタジオ、コワーキングなどが集積し、屋上では養蜂やシェアファームの取り組みも行われるなど、働く・学ぶ・遊ぶがゆるやかに混ざり合う空間です。

広場に面したテラス席。ファミリーやペット連れもくつろぐことができる

元職員室の扉の先に現れるのが、2025年9月にオープンしたブリューパブ「After School Brewery」。黒板の残る空間にカウンターとタップが並び、その奥には醸造設備が広がります。学校の記憶とクラフトビールが交差するこの風景に、思わず足を止める人も少なくありません。

タップは日替りで約10種類。同店オリジナルのほか、全国の廃校ブルワリー、世田谷のブルワリーのゲストビールが楽しめる(写真提供:ASB)

ただし、この場所の面白さは“珍しさ”だけではありません。同店で“校長”と呼ばれるオーナーの菊池文武さんが目指したのは、「ただビールを飲む場所ではなく、来る理由が生まれる場所」でした。外観は学校そのまま。さらに校庭の奥に位置するため、初めて訪れる人にとっては少し入りづらさもあります。だからこそ、あえて“目的を持って訪れる場”として設計したといいます。その象徴が、「大人の放課後」というコンセプト。仕事終わりに人が集い、遊び、学び、ゆるやかにつながっていく拠点を目指しています。

ローカルビールがつなぐ関係性──ドイツでの原体験から世田谷へ

菊池さんの原点は、前職で訪れたドイツをはじめとするヨーロッパのローカルパブにあります。強く印象に残ったのはビールそのものではなく、「場のあり方」でした。

「小さな町でもパブには人が集まり、そこに行けば誰かがいて、知らない人同士でも自然に会話が始まる。その土地のビールを囲んで、世代を超えたコミュニティーができていく。その関係性がすごくいいなと思ったんです」

世田谷生まれ世田谷育ちのASB校長・菊池さん。葉山と世田谷の2拠点でブルワリーを運営し、葉山ではヘッドブルワーも務めてきた

2020年のコロナ禍で人との接点が減る中、 “人が自然につながる場”の価値をより強く意識するようになった菊池さん。リアルな場をつくりたいという思いと、“ものづくり”への関心が結びつき、「自分でつくったもので、その地域の人がつながる場をつくりたい」と考えるようになったといいます。

退職後は未経験から醸造を学び、2022年に神奈川・葉山でブルワリーを開業。そこで実際に目にしたのは、まさに理想としていた光景でした。店先で自然に会話が生まれ、ローカルでつくられたビールが人と人をつなぎ始めていました。

「地域でつくったものを、みんなで飲むことでつながっていく。これがやりたかったことだと実感しました」

その実感と手応えをもとに、次に向き合ったのが地元・世田谷です。生まれ育った街でありながら、これまで十分に関わりを持てていなかったという思いもあり、「この街でも同じような場をつくりたい」という思いが芽生えていきました。

転機となったのが、開業を控えていた「HOME/WORK VILLAGE」との出合いでした。運営に関わる知人を通じてプロジェクトに関心を持った菊池さんは、2022年まで校舎が産業支援施設「IID 世田谷ものづくり学校」として使われていたことから、「やるなら“ものづくり”を軸にしようよ」と、ビール醸造を提案します。

校舎棟1階の廊下から見たASB。旧教室内にはフラワーショップ、ミュージックバー、ワインの角打ちなど多彩な店舗が並ぶ

「地方では廃校ブルワリーの事例は増えているものの、都内では前例がなく、行政施設での酒類提供という点でも新しい試みでした。学びの場だった学校×ビールという組み合わせもユニークで、地元・世田谷を盛り上げるきっかけになると思ったんです。それと、ローカルでやる以上、その場所で完結する形にしたかった。三宿や池尻の人たちにとって、身近で支持される場所にしたいと考え、地元で会社を立ち上げました」

こうしてASBは、葉山の系列店ではなく、新たに設立した「三宿ビール合同会社」の事業としてスタートしました。地域に寄り添う“ローカルブルワリー”というコンセプトを大切にし、世田谷を盛り上げることに注力するための選択です。ドイツで見た風景から始まった構想は、葉山での実践を経て、世田谷へと引き継がれていったのです。

興味でつながる“部活動”で「おいしい」の先へ

近年、国内のクラフトビール業界は急速に成熟しています。菊池さんが醸造を学び始めた2021年頃には約600箇所あったブルワリーは、現在では約1,000箇所までに増加。品質の底上げが進み、「おいしさ」だけで差別化することは難しくなりました。

「“おいしい”だけでは選ばれない。だからこそ、来る理由や、関わるきっかけをどうつくるかが重要です」

その答えとして生まれたのが、趣味でつながる「部活動」という仕組みです。同店では、ラジオ配信を行う「放送部」、世田谷のブルワリーを巡る「ランニング部」、醸造に関心のある人が集まる「醸造部」など、さまざまな部活動が立ち上がっています。スタッフやお客の興味から自然に生まれ、単発ではなく継続的に関係が育つ設計です。

「スタッフがやりたいことから始まって、それに興味のある人が集まり、その知り合いもやって来る。そうして自然に広がっていくんです」

施設内のスタジオから配信する「放課後放送部」(左)。ランとビールを楽しむ「ビアランニング部」。世田谷のブルワリーとのコラボも行う(右)(写真提供:ASB)

同時にASBでは、オープン当初から幅広い世代が集まる場づくりにも取り組んでいます。特に力を入れているのが、50代以上のシニア層へのアプローチです。

「クラフトビールは若い人のものと思われがちですが、本来はもっと幅広い世代に開かれていいはず。施設の来訪者は30〜40代が中心ですが、層が広がることでより地域性も強くなる。だからこそ、シニアの方にも来やすい環境をつくりたいと考えました」

その一環として、プレシニア向け人材活用を手がける株式会社ZEN SLEATと連携し、シニア向け部活動も展開。初対面同士でも共通の話題から会話が生まれ、関係性が広がっているといいます。参加者には会社で役員を経験された方なども多く、今後は若い人の相談相手になったり、知識や経験を共有したりする場へと育っていくことも期待しています。

部活動という仕組みは、単なる集まりにとどまらず、来店のきっかけを生み、世代や立場を超えた関係性を育てる土壌にもなりつつあります。

ミドルシニア向けの部活動は「Sake部」「ゴルフピラティス部」「語って旅するフランス部」など多彩。部活動後にクラフトビールを楽しむ人も多い(写真提供:ASB)

ローカルビールとは、地域でつくり育てるビールである

2026年3月、ASBではオリジナルビールの醸造がスタートしました。特徴的なのは、「参加型の醸造」というスタイルです。一般的なブルワリーのようにヘッドブルワーを中心に据えるのではなく、責任者は全体をまとめる役割としての“キャプテン”。部活動のメンバーやお客とともに、チームでビールづくりを行う体制にしています。

「属人的なビールにしたくなかったんです。その人がいなくなれば終わり、では地域に根づくローカルビールとは言えない。地域が時代や世代によって変化するように、ビールも変化していい。だからこそASBでは定番を固定せず、“地域でつくる”こと、“みんなでつくる”ことを何よりも大切にしています」

待望のファーストバッチ(初めて醸造・仕込みをしたビール)は4月1日から提供を開始。同じ麦汁から酵母を変えた2種類を仕込み、味の違いを体験できるよう設計されています。学校という文脈を活かし、理科の実験のように、酵母の違いによって味がどう変化するのかを体感できる“学び”の要素も取り入れられました。単に飲むだけでなく、その違いを知ることが関心を生み、次の関わりへとつながります。

今後は「醸造部」を中心に会員制の運営も構想し、最大40名規模での展開を見込んでいます。消費者から参加者へ。ビールとの関わり方が変わることで、ものづくりへの理解や関心もより深まります。

遊び心あふれるファーストバッチ「Experiment#1」は、ブリティッシュスタイルのエールビール。左は群馬・水上の廃校ブルワリー「OCTONE BREWING」のリバーネーバーIPAで、他校でつくられたビールとの飲み比べも楽しめる

「人を待つ店」から「街をつくる店」へ

飲食店は基本的に“待ち”のビジネスです。しかし、ASBは“つくる側”の機能を持つことで、その構造を変えています。ものづくりをすることで外に届けられる。待つだけでなく、関係をつくりにいけるのです。ただし、単に外販を広げるわけではありません。

「ここで醸造することで、ここに飲みに来てもらえる。さらに世田谷の店舗や企業とものづくりでコラボすることで、この場所を起点に関係をつくることができるんです」

商品ではなく、関係性をつくる。その考え方は地域との関わりにも表れています。屋上ではホップを栽培し、世田谷区の農園と連携したビールづくりも実施。素材と人が地域の中で循環する仕組みが生まれています。

屋上の菜園では自家製ホップを栽培中

施設内の連携も活発です。ミュージックバー「GOOD TEMPO -MUSIC, BAR & PLANTS-」と4月に共催した「大人の文化祭」では、ダンスやDJ、バンドなど多様なコンテンツが交差し、来場者同士が自然に混ざり合う場が生まれました。校内の人たちと“何かやりたいよね”という話から、日々新しいアイデアが生まれています。

こうした取り組みは、やがて個店の枠を超え、地域全体へと広がりつつあります。

「一社でできることには限界があります。でも世田谷には複数のブルワリーがあり、連携すれば設備の共有や共同イベントなどを通じて、回遊性やにぎわいを生み出せる。街としての魅力を高めることができると思うんです。“世田谷といえばクラフトビール”という状態をつくりたい。葉山での実践を踏まえながら、地域が連携して街を盛り上げる取り組みを、世田谷でも育てていきたいと思っています。三宿のビールを目がけて人が来る、そんな状態をつくれれば、地域全体の認知も上がり、人の流れも変わってくるはずです」

店単体の売り上げではなく、街の魅力をどう高めるか。ASBが目指すのは、“関係性が循環する街”をつくることです。その挑戦は、これからの店のあり方を示しています。

「ビールはあくまできっかけ。その先にあるのは、人と人のつながりです」と菊池さん。

誰と出会い、どんな時間を過ごし、どんな関係が生まれるのか。ASBの挑戦は、店を中心にしてそれらを設計できることを示しています。放課後のように、ふと人が集まり、自然に何かが始まる場所。そのシンプルな発想こそが、これからの店づくりのヒントなのかもしれません。

取材先紹介

After School Brewery(アフタースクールブリュワリー)

取材・文渡辺満樹子
写真米山典子
企画編集株式会社都恋堂