全国の生産者から熱烈ラブコール。「オイスター酒場さくらの」が体現する信頼の築き方

「どこのお店に牡蠣を卸したいですか?」と全国の牡蠣生産者に問いかけると、決まって名前が挙がる店があります。それが、東京・世田谷区の千歳船橋に店を構える「オイスター酒場さくらの」。店主の前山隆弘さんと、妻の友理さんが営むこの店は、生産者たちが手塩にかけた「作品」を世に届ける牡蠣のギャラリーのような存在です。かつては街の居酒屋だった店が、なぜ日本中の生産者から信頼を寄せられるようになったのか。そこには、商売の域を超えた、泥臭くも清々しい、人と人の物語がありました。

牡蠣の魅力に気づき、地図を頼りに地道に生産者を探し続けた日々

お店の始まりは2012年。前山さん夫妻は居酒屋「さくらの」をオープンさせました。当初は夫婦二人で切り盛りできる、こぢんまりとした町の酒場でした。しかし、2年目に訪れたある出合いが、店の未来を大きく変えることになります。

「ある時、佐賀に住んでいる親戚が地元の牡蠣を送ってくれたんです。それを口にしたとき、これまでの概念を覆されるような衝撃を受けました。三陸でも北海道でもない、佐賀の牡蠣がこれほど個性的でおいしいのか!と。当時、市場から仕入れた牡蠣をメニューとして扱っていましたが、さらに牡蠣をもっと深く知りたい、この感動を多くの人に伝えたいと思うようになりました」

店主の前山隆弘さん、友理さんご夫妻

そのおいしさに突き動かされ、隆弘さんは牡蠣という食材に深く踏み込んでいきます。当時はまだSNSも普及しておらず、生産者と直接つながる手段はほとんどない時代。そこで隆弘さんが取った行動は、極めてアナログなものでした。

「ある時ぎっくり腰になって一週間ほど動けなくなってしまって。その間にスマホで地図を眺めながら、牡蠣の生産者さんがいそうな場所を探し、それらしい屋号を見つけては検索をしていたんです。そうして偶然見つけたのが、佐賀のとある生産者さんの更新が止まったブログでした」(隆弘さん)

ブログに記載されていた電話番号に迷わず電話をかけた隆弘さん。突然の連絡に、相手は戸惑っていたといいます。それまでは旅館や地元の牡蠣小屋(牡蠣をバーベキュースタイルで楽しむ飲食店)にしか卸していなかった生産者にとって、東京の飲食店からのオファーは未知のもの。しかし、その大胆な一歩が、現在の固い信頼関係の土台となっています。

直接仕入れは、人間関係ごと引き受けること

気になる生産者を見つけては訪問し、信頼関係を結んできた2人。自分たちがよりすぐった牡蠣を提供するめどが立った2014年には、居酒屋「さくらの」から「オイスター酒場さくらの(以下、さくらの)」に店名を変更し、牡蠣の専門店に移行します。それまでは市場を介して牡蠣を仕入れていましたが、生産者からの直接仕入れを本格的に開始。しかしこれは、単に仕入れルートを変更したというだけでなく、その裏にある複雑な人間関係もまるごと引き受けることを意味していました。

例えば、新しい試みを取り入れる若手と、長年の慣習を守り続けるベテランとの間で、考え方に違いがあることも少なくないようです。

「最初は何も事情を知らずに飛び込んだので、漁師さん同士がコミュニケーションに苦労されていたことを知りませんでした。今はそんな事情も分かっているので、現地に足を運ぶ際は、たとえ取引がなくなった方にも必ず挨拶に行くようにしていますね。人としての筋を通すことを何よりも大切にしています」(隆弘さん)

また、専門店としては取りそろえておきたい、北海道の牡蠣を仕入れるのにも苦戦しました。北海道のような広大な産地とは物理的な距離もあり、店を営業しながら生産者のもとに足を運ぶことができず、一時は「北海道の中で納得のいく牡蠣を仕入れるのは無理かもしれない」と諦めかけたこともあったといいます。そんなとき、厚岸(あっけし)の牡蠣専門卸業者との出会いが事態を好転させました。確かな目利きを持つその業者のおかげで、北海道産の牡蠣も安定して仕入れられるようになり、全国からよりすぐりの牡蠣を提供できる体制が徐々に整っていきました。

店内には取引のある生産者の写真や、ブランド牡蠣のロゴなどが所狭しと並ぶ

同じ県内でも交流がなかったという生産者たちの間に、夫妻を通して新たな交流も生まれた

生産者は「アーティスト」であり、牡蠣は「作品」である

前山さん夫妻の話を聞いていると、繰り返し登場する言葉があります。それが「作品」という表現です。多くの飲食店では牡蠣は一つの素材に過ぎませんが、前山さんたちにとってみれば、生産者が一粒一粒を仕上げた「作品」そのもの。

「牡蠣は、開けた瞬間に完成する料理なんです。そんな食材はほとんどないですよね。だからこそ僕たちは、生産者さんたちが仕上げた完成品をそのままの熱量でいかにお客さまに届けるかを常に考えています」(隆弘さん)

この哲学は、仕入れにも色濃く反映されています。例えば、自然を相手にする以上、思うような品質に到達しないことも多々あります。そんな時は仕入れを止めるという判断をする店が多いところ、前山さんたちは「いいときも悪いときも仕入れを続けるのが、本当のお付き合い」だと断言。生産者の収入源を断つことなく“あなたとあなたの作る牡蠣を信じています”という気持ちを伝えたい、その一心です。そのほか「ネーミングに悩んでいる」、「どんな牡蠣を作れば消費者に受け入れてもらえるだろうか」といったさまざまな悩みも一緒になって考えているそう。

この、どこまでも相手と向き合う覚悟こそが、「この人たちになら自分の最高傑作を託したい」と、生産者の心を動かしてきたのです。

艶やかでまるまるとした身入り。個体によって大きさも形も異なり、自然と生産者の技術が生んだまさに芸術品

SNSは単なる集客ツールではなく、お店から生産者への「ラブレター」

友理さんは、生産者とのコミュニケーションの要だそう。コミュニケーションアプリ「LINE」やSNSを駆使し、日々の感謝や報告を欠かしません。

「生産者さんたちは、実は誰よりも我が子の『その後』を気にしています。自分たちが育てた牡蠣が、うちの店でお客さんにどんな風に喜ばれているのか。それを、写真や言葉で伝えることで、生産者さんたちのモチベーションが上がれば、これほどうれしいしいことはありません」(友里さん)

店のInstagramでの投稿は、お客さま向けでもありつつ、それ以上に「生産者たちへの愛のある報告書」として機能しています。画面越しに自分の育てた牡蠣が誇らしげに提供されている姿を見て、さらにその質を磨く意欲を燃やすというわけです。

生産者と店、そしてお客さまにも幸せな循環を生むInstagramの投稿

文章だけでは誤解が生まれることもあるため、言葉選びはとても慎重に。「現地に足を運び、対面で会話をすることも大切にしています」

看板ブランド「ゆり姫」から垣間見える、「さくらの」の心意気

生産者との絆の象徴といえるのが、今や店の顔となったオリジナルブランド牡蠣の「ゆり姫」です。この牡蠣は、前山さん夫婦が牡蠣主体の業態に変更するきかっけとなった、佐賀の生産者である境田耕治さんが育てたもの。

境田さんが育て、境田さんの奥様が一つひとつの殻を磨いて発送する。それを東京で隆弘さんが受け取り、ベストな状態で牡蠣を開く。そして友理さんがその背景にある物語を添えてお客さまに届ける――。二組の夫婦の思いが重なった特別な牡蠣に名前をつけ、東京でブランド化しようという計画が持ち上がりました。その際、お客さまへの橋渡し役を担う友理さんの名前をつけようと、境田さんが提案しました。

そうして生まれた「ゆり姫」は、今や全国にファンを持つブランドへと成長しました。年に2回現地へ視察に伺い、友理さんは自らPR担当としても奔走。ロゴのデザインから商標登録まで自分たちの手で行いました。佐賀ではもともと牡蠣を生で食べる文化が少なかったため、「ゆり姫」を生食用として提供できるようサポートしたというエピソードからも、その本気度が伺えます。

生産者が「東京でブランドを発信したい」と願えば、全力でその熱量に向き合う。そこには、飲食店と仕入れ先という垣根を超えた「共同創作者」としての誇りがあります。

中央が「ゆり姫」の生産者・境田耕治さん

ゆり姫を目当てに来店するお客が後を断たない

生産者への愛が、そのままお客への体験になる

「さくらの」の最大の特徴は、牡蠣の知識の有無に関わらず、誰もがその世界に没頭できる“間口の広さ”にあります。専門店ですが、あえて『酒場』を名乗っているのもその理由から。牡蠣専門店ではマニアといわれるお客が多い中、誰でも気軽に本物の体験をしてほしいという思いがあるからです。その象徴的なエピソードが、牡蠣と一緒に提供される「ポン酢」です。

「牡蠣が“開けた瞬間、完成された料理”である以上、そのままで食べるのが最も牡蠣のポテンシャルを味わえる方法です。ただ、お好みに寄り添いたいので、ポン酢やレモンを別皿で添えています。面白いのが、ポン酢を使うかどうかで、お客さまがどれだけ牡蠣に慣れ親しんでいるかをうかがい知れるということ。最近は、何もつけずに召し上がるお客さまが増えました」(隆弘さん)

それは、お客が牡蠣本来のおいしさに気づいてくれた証拠。そのまま食べるおいしさを知り、『牡蠣ってそのままでもしっかりとした味わいを楽しめるんだ!』と驚く姿を見るのが一番の喜びだとか。生産者に注いだ愛が、お客の「おいしい」という笑顔に変わる。まさにその瞬間です。

「ぜひ体験していただきたいのは『旬の生牡蠣食べ比べセット』。タイミングによっては最大18種類を提供しています。それと、火を通すことで旨みが凝縮する『牡蠣の昆布焼き』、特性の牡蠣ペーストを贅沢に使った締めの『トマト牡蠣麺』。これを食べていただければ、『さくらの』を丸ごと堪能していただけるはずです」(友里さん)

「旬の生牡蠣食べ比べセット」には、サービスで昆布だしを提供。冷たい牡蠣をしゃぶしゃぶしながら温めて食べることができるため、さらに牡蠣の注文が増えた

北海道函館産の真昆布を使った「牡蠣の昆布焼き」。自家製合わせ塩と自家製合わせ醤油を添えていただくのがさくらの流

メニューには一つひとつの牡蠣の生産者や養殖方法などを記載。さらに深い背景は、友理さんが口頭で説明してくれる

拡大より深化。専門店の使命は、業界ごと底上げすること

「新鮮で状態のいい牡蠣を出していますが、それでも今の時代、まだ100%安全だとは言い切れません。いつか胸を張って、『安全です』と言える日が来るように、そのための活動にも貢献していきたいです」と隆弘さんが話す通り、店内にはリスクに対する正直な告知が掲げられています。そんな店主としての誠実さも、信頼につながる要素の一つです。

前山さん夫妻は、ただ牡蠣を売るだけでなく、業界全体の未来を見据えた活動も視野に入れています。浄化設備の共同運営や加工工場の整備など、生産者が生産に専念できる仕組みづくりについて常に模索しています。

どこまでも真摯(しんし)に、かつ妥協なく牡蠣と向き合う姿勢。その熱量に生産者もお客も心を動かされる

「いろいろと考えをめぐらせた結果、まずはもっとたくさんの人に店に興味を持ってもらい、牡蠣という文化そのものを広めることに全力を注ぎたい。それが僕たちの原点であり、今の役割だと感じています」(隆弘さん)

5年後、10年後に前山さん夫妻が見据えるのは店舗の拡大ではなく、牡蠣を提供する店として圧倒的に説得力のある存在になること。友理さんは「テーマパークのような、牡蠣でワクワクする世界を広げる場にしたい」と表現します。

「誰が、どう育てたか」という問いに、一粒の牡蠣から何時間でも語れる情熱があり、生産者と消費者の間にある物理的かつ心理的な距離を、愛情と対話で地道に埋め続けてきたさくらの。

さくらのが多くの人に愛される理由は、生産者やお客をはじめ、関わる一人ひとりと泥臭く向き合い続けるという、シンプルでありがならも貫き続けるのが難しい「誠実さ」にありました。

2人の明るくて柔らかな人柄が、人を引きつけてやまない

取材先紹介

オイスター酒場 さくらの

※要予約(電話/食べログ)


取材・文薮田朋子
写真野口岳彦
企画編集株式会社都恋堂