
素材から取り出した香りをメニュー開発に生かせる「巴波(うずま)式減圧蒸留器」。開発者である巴波重工業株式会社の代表取締役・安永昌平さんに、開発へのこだわりや幅広い飲食業態での活用事例などを聞きました。
料理やドリンクにおける「香り」は、お店ごとの個性を演出できるポイントの一つです。その香りの抽出方法として、特に酒造の領域でよく使われるのが「蒸留*1」です。
しかし、従来の蒸留器は、一部専門性の高い飲食店や酒造業者の間で活用されるに留まっていました。設置スペースや扱いやすさ、使いどころに課題があったからです。
そうした課題を乗り越えるべく誕生したのが「巴波(うずま)式減圧蒸留器」。飲食店のカウンターにも置けるほどの、コンパクトな蒸留器です。
今回ご登場いただくのは、この蒸留器を開発したエンジニア・安永昌平さんです。大学で熱流体工学*2を修め、現在は流体を制御するハードウェアの開発に携わっています。
お酒とバーをこよなく愛する安永さんが、いかにしてこの蒸留器を生み出したのか。飲食業界の未来を「香り」で切り拓こうとする、エンジニアの情熱とこだわりに迫ります

- 安永昌平さん
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巴波重工業株式会社代表取締役。工学部機械科を卒業後、大学院を経て大手重工業メーカーに入社。流体機械のエンジニアとして設計・研究開発に携わる。趣味のバー巡りをきっかけに、バーや飲食店で使える卓上減圧蒸留器の開発を開始。バーテンダーや料理人の声を取り入れながら改良を重ね、現在は巴波重工業株式会社として蒸留装置やオーダーメイド機械の開発・製造、導入支援などを行っている。
巴波重工公式サイト
素材から「香り」だけを取り出す“蒸留”のメカニズム
――安永さんが開発された「巴波(うずま)式卓上減圧蒸留器」とはどのような機械なのでしょうか。
安永さん:分かりやすく言うと、「素材から香りを抽出する機械」です。
近年、バーの世界を中心にフルーツやハーブ、スパイスなど、自分で選んだ素材を使って新しいカクテルを作る「ミクソロジー」という考え方が広がっています。
そこで重要になってくるのが「素材から香りや味を抽出する技術」で、その一つが蒸留です。

――香りを抽出するやり方としては、お酒に素材を漬け込む方法もありますよね。
安永さん:確かに、漬け込みも一つの方法です。梅酒における梅のように、味が良い素材には向いています。しかし、香りは良くても、味にクセがありすぎる素材には向かないことがあります。
例えば、パクチー。お酒に漬けると華やかな香りは出ますが、味にクセが出すぎて飲みにくくなることも少なくありません。木材もそうですね。杉やヒノキの切れ端を漬け込んで香りを出そうとすると、十分な香りが出るころには渋みやえぐみも強く出てしまいます。
一方で蒸留の場合、味に関わる成分と香りの成分を分離させ、後者のみを抽出することができます。
つまり、木材を蒸留すれば、渋みやえぐみがほぼない、木の香りだけを集めた水やお酒を得られるわけです。
――なるほど、素材の香りだけを集められると。例えばいちごを蒸留する場合、いちごの甘酸っぱい味や色味が抜けて、香りだけが蒸留水に移る、という理解でいいのでしょうか。
安永さん:はい。味や色に関わる成分は素材を入れたガラス容器、つまりボイラー側に残り、香りの成分が蒸気と一緒に立ち上がります。それを冷やして液体に戻すことで、いちごの香りをまとった蒸留水が得られます。

――安永さんが開発されたのは「減圧蒸留器」という名前ですが、一般的な蒸留器とはどう違うんでしょうか。
安永さん:一番大きな違いは「蒸留中の温度」です。一般的な蒸留器(常圧蒸留器)は、通常の気圧で行うため、水であれば100℃(通常の沸点)で蒸留が進みます。
一方、減圧蒸留は装置の中の気圧を下げ、水が低い温度でも沸騰できる状態をつくります。具体的には、水の場合40℃前後で蒸留ができます。
実はこの蒸留温度の違いが、蒸留水やお酒の香りに大きく影響します。
素材を熱する温度によって、素材から出る香りが変わる。その感覚は、生のオレンジを切ったときの香りと、マーマレードジャムの香りの違いを思い浮かべてもらえれば分かりやすいかもしれません。
焼酎の場合は、常圧蒸留によって麦や芋の香ばしさを引き出している側面もあります。つまり、熱を加えることで生まれる香りが、ポジティブに働いているわけです。
ただ、みずみずしいミントの香りや、道を歩いている時にふわっと香る花の香りなどは、熱を加えると別の香りになってしまう。そうした素材のフレッシュな香りを表現したい場合は減圧蒸留が向いています。
――40℃というと、ぬるめのお風呂くらいの温度感です。その温度であれば、フレッシュな状態に近い素材の香りが取れるんですね。では、減圧蒸留で特に相性のいい素材や、逆に減圧ではないほうがいい素材はありますか。
安永さん:花とフルーツは減圧蒸留と相性がいいですね。クチナシやジャスミンといった花の甘い香りは熱に繊細で、高温で熱すると急速に失われてしまいます。
フルーツでは、いちご、梨、オレンジ、みかんなど、みずみずしさが魅力の果物はとても効果的です。
木材も面白くて、常圧蒸留でも良い香りは取れますが、減圧蒸留すると、まるで森の中を歩いているような生っぽい香りが取れることがあります。
減圧ではない方がいい素材をあえて挙げるならば、例えばスパイスでしょうか。多くのスパイスは熱が加わった時の香りを「いい香り」と感じやすいです。料理でも、スパイスはもっぱら加熱してその香りを引き出しますよね。そういう素材は、常圧蒸留で熱を加えた方が、慣れ親しんだ香りが引き出せる傾向にあります。
では減圧蒸留ではダメかというとそういうわけでもなく、料理よりむしろ香水を連想させるような、品が良いエキゾチックな香りが得られるため、これもまた面白いです。


ノンアルドリンクの開発やお菓子屋さんでも「使える」
——飲食店での活用法についても詳しくお聞きしたいです。蒸留した液体は、どのくらい日持ちするのでしょうか。
安永さん:蒸留水は糖分やタンパク質など、微生物の栄養になるものがほとんど含まれていませんから、雑菌が繁殖しにくい状態です。密閉して冷蔵庫で保存すれば、1〜2週間程度は香りも飛ぶことなくそのまま使えます。
より厳格に管理したい場合は、厚生労働省が定める清涼飲料水の殺菌手順に則り、クエン酸やビタミンCなどを加えてpHを4未満に調整し、65℃で10分間の低温殺菌を行うのが確実です。または、蒸留したものをパウチに詰めて冷凍し、使う日に解凍する方法もありますね。
導入店舗さまには、すぐ使うなら冷蔵、長期保存するならpH調整と低温殺菌、まとめて仕込むなら冷凍と、いくつかの運用方法を提案しています。
——蒸留した後、ボイラーに残った素材はどのような状態になるのでしょうか。
安永さん:実は、そこがすごく面白いところなんです。
例えば、いちごを水で減圧蒸留するとき、一緒に砂糖を入れると、最終的に40℃程度で煮詰められたいちごの生シロップとコンポートができるんです。
このとき、砂糖は蒸発しませんから、蒸留水が甘くなることはありません。
つまり、いちごを減圧蒸留すれば、香り高い蒸留水、いちごのシロップ、いちごのコンポートが同時にできることになる。一回で3つおいしい、という状態です。もちろんシロップに蒸留水を少し加えると、鍋で煮込んでつくるものとは比べ物にならないくらい良い香りになります。
――なるほど。バーだけでなく、幅広い業態で活用できそうですね。
安永さん:実際にコーヒー店や洋菓子、和菓子店などでも導入事例があります。
例えば京都の和菓子店「御菓子丸」さんでは、クチナシの花の蒸留水を水菓子に使われています。常圧蒸留では引き出すのが難しい、クチナシの繊細な香りを使った「夜道を歩いているときにふと漂ってくる白い花の香りのような」お菓子ができたと伺いました。
――通常は使いにくい素材も、香りを抽出することでメニューに取り入れやすくなるんですね。飲食店にとっては、地域の素材や季節の素材を生かした商品開発にもつながりそうです。
安永さん:そうですね。あともう一つ大きいのが、ノンアルコールドリンクの開発です。ノンアルコールドリンクを作るときにぶつかる壁の一つが、甘さです。シロップやジュースだけで味をつくるとどうしても甘くなり、杯数も出にくくなります。
一方で香りをまとった蒸留水は、味がほとんどなく、味の設計部分に影響しませんから、炭酸水に少しの糖分と酸味、そこに蒸留水を加えるだけで、甘さをおさえながら満足感の高いノンアルコールドリンクをつくることができます。
――甘さに頼らず、香りで満足感を出せるんですね。
安永さん:そうです。しかも「わざわざ店内で蒸留している」ということ自体も、お客さまにとっては特別感につながります。
レモンの香りが爆発するようなノンアルコールのレモンサワーをつくれば、1杯1500円でも納得して注文されるかもしれません。ノンアルコールでも香りの密度が高ければ、料理と合わせて楽しめますから。香りをうまく使いこなせば、きっとアルコール以外の部分で、お客さまに価値を感じていただけるはずです。
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では、実際に導入している店舗では、「卓上減圧蒸留器」をどのように活用しているのでしょうか。取材場所となったモクテル&ローアルコールバー「Low-Non-Bar」のマネジャー・高橋弘晃さんにも話を伺いました。
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――お店では、卓上減圧蒸留器をどのように活用されているのでしょうか。
高橋さん:ノンアルコールや低アルコールのカクテルを中心に活用しています。メニューに載せているもの以外にも、レモングラスやライムリーフ、アールグレイ、セージ、ラベンダー、ジャスミンなどの茶葉・ハーブを蒸留した「アロマウォーター」を用意し、ドリンクの香りづけに使っています。

――香りの蒸留水を加えることでメニューのバリエーションを広げているんですね。
高橋さん:ノンアルコールカクテルを作るうえで大切なのは、やはり香りの強さや複雑性だと思っています。
蒸留器を使うと、ジュースやシロップでは出しにくい香りを抽出することができる。唯一無二の価値を持った道具だと感じています。
――高橋さん、ありがとうございました!
「工作好きの少年」が蒸留器を開発するまで
――ここからは安永さんのご経歴や「卓上減圧蒸留器」の開発経緯についてお伺いしていきます。もともと、流体を扱う機械*3のエンジニアとしてお仕事をされてきたそうですね。
安永さん:子どもの頃から工作や実験が好きでした。中学生の時に作った空気砲がきっかけで流体機械の開発にのめり込み、大学では核融合炉向けの熱交換器の研究をしました。
大学卒業後は大手機械メーカーに就職して原子力発電所向けのポンプの設計に携わりました。ただ、プロジェクトマネジメントの要素が強く、ものづくりの現場から少し離れてしまう感覚がありました。
その後、より小さなメーカーに転職し、設計の仕方や図面の描き方、部品の選び方などを学びました。そこで初めて、機械エンジニアとしての設計ができるようになったという感覚があります。

——「機械づくり」の魅力はどんなところにありますか?
安永さん:「世の中にないもの」をつくれるところです。自分がつくったものが世界初になることもある。そこが面白いんですよね。
特に流体に関する機械は、起こせる現象がダイナミックです。蒸留器も、目の前で40℃くらいの低温沸騰が起こる。手で触っても熱くないのに、液体が沸騰している。一見すると、すごく不思議な現象です。
そういう現象を、自分がつくった機械によって生み出せることが楽しくて、機械づくりを仕事でも趣味でも続けてきました。
――この「卓上減圧蒸留器」の開発経緯についても伺いたいのですが、最初から現在のような卓上サイズの製品を目指していたのでしょうか。
安永さん:いえ、最初はもっとDIYに近いものでした。ホームセンターで手に入るガラス瓶や継手などを組み合わせ、3Dプリンターも活用しながら試作機を完成させました。ただし、その外観や操作性には多くの課題がありました。

実は僕自身、バーでお酒を楽しむのが好きで、特にアブサン*4が好きなんです。アブサンには「アブサンファウンテン」という専用の器具があります。専用器具といっても、氷水を入れて、蛇口からアブサンの入ったグラスに水をポタポタと垂らすだけの道具なのですが(笑)。

それでも、バーの空間に置かれることを前提にデザインされていて、幻想的でとても美しい。何より、加水によってアブサンがちょっとずつ白濁していく様子を、暗い照明の中で眺めるのは体験としての魅力があります。*5
バーにおけるアブサンファウンテンのような存在を、減圧蒸留器で実現するにはどうしたらいいか。さらに、暗い店内でほのかに光る真空管アンプのような佇まいも意識し、バーのカウンターに置いても違和感のないデザインを目指しました。

――現行モデルは何代目にあたるのでしょうか。
安永さん:第8世代です。初代とはまったく別の製品になっています。見た目だけでなく、操作性も大きく変わりました。
初期のものは、蒸留器を動かすために装置を鍋で湯煎する必要がありました。ただ、この方法は場所を取り、火傷のリスクもありますし、なによりバーの雰囲気にはなじみません。
現在のモデルでは、IHヒーターを用いて蒸留器を直接加熱できるよう改良したことで、カウンターに設置できるまで小型化ができました。
バーという空間に馴染みながら、オペレーションにも悪影響を与えない。見る人にも、使う人にも受け入れられる設計を目指しました。
――設計面で特に苦労した点はありますか?
安永さん:一番大変だったのは、減圧に耐えられるガラス容器の設計です。気圧差によって外側から内側へ押し付ける力が加わるので、耐圧性が低いと割れてしまいます。しかも、お客さまの目の前で動かすことを想定しているので、安全の面からも割れることは避けなければなりません。
一般的に、真空引きするガラス容器は丸底フラスコのような形にすることが多いんです。丸い形にすると力が分散するので。ただ、底が丸いと自立しませんし、熱源としてIHヒーターも使用できません。そこで、平底のガラス容器でどこまで減圧に耐えられるかを試作しながら検証しました。
――安全性はどのように担保しているのでしょうか。
安永さん:ガラス容器の外側にアクリルカバーをかぶせて使う設計にし、販売時は標準セットにしています。万が一ガラスが割れても、その破片がスタッフやお客さまのほうに飛ばないようにするためです。

通常の使い方で割れた例は現在までに報告されていませんが、万が一の事を考え、必ずご使用をいただいています。
一方、このアクリルカバーは蒸留器の断熱材としても機能しているため、蒸留のスピードを高める役割も担っています。

――安全性とオペレーションの効率化、どちらの意味も持たせたカバーなんですね。最後に、そんな卓上減圧蒸留器の導入を検討する飲食店に伝えたいことはありますか。
安永さん:トップクリエイターの方々の興味関心は、香りにたどり着くことが多いと感じています。よく考えると、お酒も、菓子も、コーヒーも、香水も、嗜好品を成り立たせている大きな要素は香りです。
お店の世界観を、香りでどう伝えるか。蒸留器を通して、そうしたテーマにもっと深く向き合えるのではないかと感じています。
また、地方の農園やオーベルジュ、ネイチャーガイド、温浴施設の方からも関心を寄せていただいます。地方だからこそ手に入る新鮮な素材の香りを減圧蒸留器でありのままに抽出し、カクテルやノンアルカクテルとして楽しめたなら、現地に足を運ぶことの価値はさらに高まるだろうと思っています。
【取材場所紹介】

Low-Non-Bar
住所:東京都千代田区神田須田町1丁目25−4 マーチエキュート神田万世橋 1F-S10
Instagram:@low_non_bar
取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
気になるあの店の哲学
撮影:佐坂和也
編集:はてな編集部


