地元民が足繁く通う東京下町・向島の「バナナファクトリー」とは?

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東京スカイツリー駅から5分ほど歩くと、ウッド調の外壁にとぼけた表情が印象的なゴリラが描かれた店舗「バナナファクトリー」が見えてきます。名前の通りバナナに特化したスイーツ店で、ショーケースにはバナナチーズケーキやバナナショートケーキなど、「バナナ」を前面に打ち出した洋菓子たちが並びます。平日の開店直後から徒歩や自転車、中には車で立ち寄るお客の姿が見られ、人気ぶりがうかがえます。

楽しげにお客と会話をしながらケーキを包むオーナーの市村健人さんに、バナナ専門店をオープンした経緯、地域住民に支持される秘訣などについて、話を伺いました。

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親しみのある笑顔で軽快に話す、お店のBOSS(GRaiL Japan株式会社 代表取締役)の市村さん

下町に現れたバナナ専門の洋菓子店

――バナナ一色でこんなに多くのスイーツが作れるんだと驚きました。メニューにあるのは「バナナ」で、細かい品種などは書かれていないんですね。

市村さん:そうなんです。数百種類のバナナが存在しますが、その多くは産地による違いです。「ショートケーキはコスタリカ産、チーズケーキはチリ産を使っています」と打ち出すのは面白いんですが、味の違いは生で食べ比べてみても気付くか気付かないかというほどなので、わざわざ表現する必要はないかなと判断しました。

商品ごとに産地を決めてしまうと、仕入れの量や安定性が欠けてしまいます。僕らの考える味の基準をクリアし、かつ安定仕入れが可能なバナナをメインで使っています。

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ショーケースにずらりと並べられたバナナスイーツの数々

ただ、期間限定で希少なバナナを使うときだけは例外です。夏になると沖縄で島バナナが採れるのですが、それだけは「島ばななタルト」など、産地や品種を明記しています。モチモチした食感と香りのレベルが一般的なバナナとは大違いで、本当に驚きますよ(笑)。毎年楽しみにしているお客さまもいるほどです。栽培農家が少ないため、直接契約して送っていただいていますが、ぜひ一度食べてみてほしいです。普段食べたことのないバナナと出合ったらお店でも積極的に使用し、“他のバナナとの違い”を楽しんでもらいたいです。

その他、調理用のバナナを使うこともあります。開業時は市場に行ってバナナを一通り用意してもらい、全てを試食してみて使う品種を決めました。

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国産バナナがあると知り市村さん自ら生産農家へ赴き、その味に衝撃を受けたそう

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期間限定で販売される「島ばななタルト」

――ゴリラのロゴにも、バナナ専門店らしさが感じられますね。

市村さん:実は、このロゴは店のために作ったものではないんです。独立した際に知り合いのデザイナーに作ってもらったロゴがゴリラで、店を開くときにイメージに合うからちょうどいいと思って活用しました。キャラクター性のあるロゴにしたいなと思っていたのと、僕自身がゴリラと呼ばれることがあったのもデザイナーの創作に関係しているかもしれません(笑)。

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外壁にも描かれている愛嬌のあるゴリラ。店内ではロゴを使ったオリジナルグッズを販売

――東京スカイツリーのお膝元という立地ですが、下町など開業エリアは事前に決めていたのですか。

市村さん:下町らしい雰囲気が好きなのと、昔ながらの個人店や町工場が所々に潜み、これから発展していくだろうと考えていた墨田区で挑戦したいなと思っていました。細かい立地まではこだわりませんでしたが、はじめは小さなお店から始めたかったのでこの地に。

それにどんな立地でも、他で見たことが無く、「食べてみたい! 行ってみたい!」と思ってもらえるようなコンセプトだったら調べてでも来てもらえるだろうと思っていましたね。墨田区は以前、営業職をしていたときに訪れていて、土地勘は何となくありましたし、下町では昔ながらの店や和菓子店がありますが、洋菓子店は少ないことも知っていました。

夢のなかった青年がスイーツ店を開くまで

――20代で開業されましたが、昔から自分の店を持ちたいと思っていたのでしょうか。

市村さん:いま自分が、スイーツのお店を持つなんて考えたことはなく、むしろ特に夢を持っていないタイプでした。学生時代は、成果に応じて稼げる営業のアルバイトが楽しくて、仕事に明け暮れていましたね。周りが就職活動を始めてもその生活を変えず、気付けば周りは正社員、僕はアルバイトのままでした。

そんな自分に危機感を覚え、環境を変えようと渡米し、ニューヨークでダンサーやアスリート、経営者になりたいと夢を抱いて頑張っている人たちを見て、刺激を受けました。でも、そのときはまだ「これをしたい」と言えることが何もなくて、このままだとまずいなと思ったんです。

そこから東南アジアやヨーロッパを回り始め、旅する中で食に興味を持ち始めました。昔から食べることは好きでしたが、この頃から何となく食に関する仕事をしたいと思うように。スイーツに興味を持ったのは、フランスを訪れたことがきっかけです。

帰国後、食品サンプル会社を経営している父の会社で働く選択をしました。広い意味で食に関する仕事だからいいかなと思ったんです。いろんな店に営業に行き、経験を積むうちに「もっと直接人に喜んでもらえる仕事」をしたいと考えるようになり、それができる仕事って何だろうと考えた結果、思い至ったのが自分で店を持つことでした。

――バナナ好きが起業の原点ではなかったのですね。

市村さん:人に喜んでもらえる手段としてまずは自分のお店を持つことだと考え、どういう店をつくろうか考えた末に行き着いたのが自分の大好きなバナナだった、という流れです。

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――ではバナナでいこうと思うまでには、どういった経緯があったのでしょうか。

市村さん: 開業前、僕とシェフの佐久間は25歳と若く、有名パティスリーと同じ土俵の上ではとてもじゃないけど勝負できませんでした。そこで、街のケーキ屋さんのような総合的なスイーツ店ではなく、他にない新しい分野でチャレンジして、かつ人に喜んでもらえることをやろうと考えたとき、真っ先に自分の好きな果物“バナナ”が浮かびました。

バナナは老若男女問わずなじみのある果物ですし、僕自身、高校時代の部活動中にエネルギー補給のために食べていたので、健康にもポジティブな印象がありました。ただ、そんなによく食べられている果物なのに、スイーツではあまり見かけないなと気が付いて。

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市村さんの発想をスイーツで具現化する、シェフの佐久間竜太さん。大学の同級生ながら卒業後に製菓学校へ行き、その後、ホテルでシェフとして研鑽を積んだ経験を持つ

そこから実際にいろいろな店に足を運び、店員さんや知り合いのケーキ屋さんに「何でバナナスイーツはないんですか?」と聞いてみたのですが、その答えは「管理が大変だから」「見映えしないから」と。ケーキの上に乗せるには色が地味ですし、すぐ変色してしまう。だから、パティシエはバナナを使いたがらないそうです。

でも、バナナスイーツの需要はあるはずだと信じ、佐久間に「色の問題、扱いの難しさを解決でき、他にないバナナスイーツが作れたらお店ができるよね」と、ひとまずバナナでいくつかスイーツを試作してもらったんです。それがまたすごくおいしくて、「これなら自信を持ってお店が出せる。“バナナ一本”の専門店としてやろう!」と開業を決意しました。

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完熟バナナとクリームチーズとあんこが絶妙な味わいの人気No.1「バナナパイ」

――それでバナナ専門店に思い切り振り切れたということですね。

市村:それでも、最初は不安がありましたね。初めは前のめりだったのにオープンが近づくにつれ、「本当にバナナだけでやっていけるのか……」と。オープン当初の商品はケーキ8種類位で、振り返ってみると数が少なかった上にバナナ感があまり感じられないものが多かったです。バナナの見た目を前面に押し出していないのも多かった。悩んだあげくバナナ無しのメニューを考える日もあったり……。オープンしてから一年程は弱気な営業だったなと思いますね。

でも、店を始めてみてから気付いたのは、バナナを求めている方が予想以上に多かったということです。専門店と謳っている以上、お客さまが求めているのは「バナナ感」。バナナの風味や見た目に強弱をつけたケーキや焼菓子を提供しようと商品構成をどんどん変えていき、今に至っています。

僕は割と大味とか大盛りが好きなのですが、佐久間は繊細且つバランスの良い味の表現が得意なので、お菓子の全体的な味や構成は彼に任せています。

――現在、Instagramで情報発信をされているようですが、開業当時の集客はどのようにされていたのですか?

市村さん:正直、今も熱心にSNSを活用できているわけではありません(笑)。これから少しずつ、これまで語れなかったお店のことやお菓子について発信していきたいと思っていますがなかなか難しくて……。開店当時は地域密着のお店として近くに住む方々に気軽にご来店いただきたいという気持ちが強く、とにかく墨田区の人たちに知ってもらうために青年会に入ったり、地域の人と仲良くなれる場に足を運んだりしていました。

それに初めは店が知られていない分、どうしても売れ残りが出てしまい、残ったケーキを抱えて訪問販売に出向いていました。20時に閉店したあと、近所のタワーマンションのチャイムを一軒一軒鳴らしたり、病院や消防署に出向いたり。開店から2年くらいは売り込みをしていましたね。特に1年目は売り込みでしのげた部分があったと思います。

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自分が心からいいと思っているものを売りに行くのは苦ではないと市村さんは語る

――まるで飛び込み営業ですね(笑)

市村さん:僕は営業畑の人間ですし、佐久間の作ったケーキの味に自信があったので、躊躇なく売り込みと宣伝活動を続けていましたね。こんな図体の男が突然ケーキを持って売りに来るので、最初は「何だこいつは」と思われることもありましたが、続けているうちに僕を覚えてくれて、中には店に買いに来てくれる方も出てきました。

話をしているとご意見をいただくこともあり、それを商品改良に生かし、そんなことを続けていたらメディアの方にも見つけていただけて、なんとか軌道に乗ることができました。今振り返っても、楽しい経験でした。

――今では百貨店の催事にも出展されていて、着々と広がりをみせていますね。

市村さん:菓子関係の仕事でつながったバイヤーに「こういう店を開きました」とお知らせしたところ、大阪・梅田の阪急百貨店の催事に出展させてもらえたんです。すると、初回から大盛況で、催事に来ていた他のバイヤーから声が掛かるようになりました。そんな縁もあって催事は主に西日本が多いです。ただ、実店舗での営業を大切にしたいので、催事への出展は無理のない範囲で、としています。

「余すことなく使い切れること」がバナナ一貫のメリット

――店を始める前に聞いていたバナナの管理の難しさについて、実際に運営してみていかがでしたか。

市村さん:確かに大変だと実感しました。温度管理が重要で、寒い時期には室温を上げたり、夏は涼しいところに置いてあげたりしないと、バナナのポテンシャルを最大限発揮させることができません。例えば、スーパーやコンビニで見かけるバナナのうち、緑や茶色っぽい皮のものは、冷蔵庫に入れられて風邪をひいてしまったようなもの。食べられるけれども、バナナ本来のおいしさが消えてしまっているんです。

バナナは海外から輸入されてから、専門業者によってエチレンガスで処理をされ、仲卸に送られます。ガスで処理をしたバナナは温度管理をしっかりしなければいけないので、実は結構デリケートです。味の良し悪しも変わりますし。

僕は、市場でバナナの温度管理のプロ「バナナ職人」に出会い、納得のいくバナナを仕入れられるようになりました。その方に店での管理方法も相談させてもらっています。ただ、1年目はプロとの出会いもなく本当に試行錯誤で、管理がうまくいかず使えるバナナが無くなってしまい、臨時休業を余儀なくされたこともありましたね。

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すっきりとした甘さの「バナナジュース」は子どもにも好評

――バナナに特化したことで良かったことはありましたか。

市村さん:熟成具合に応じて使い分けることができるのがバナナのメリット。特に甘みと食感を大きく3段階に振り分けてお菓子に使用しています。例えば、熟成が進んだバナナはペーストにしたり、普段捨てられるバナナの端切れは煮詰めてバナナのジャムにしたり。佐久間が加工技術を持っているからこそできることですが、管理さえできれば捨てるところはほとんどないのが、バナナのメリットだと思います。

それに発注の管理もバナナに特化することで、他の果物仕入れの負担が軽くなるんです。いま、バナナジュース屋さんがたくさん増え、他のカフェでもメニューにバナナを使っている店を見る機会が増えましたが、バナナの管理が大変になって手を引いてしまうのは仕方のないことだと思います。美味しいバナナを提供するためには、本気でバナナを育ててあげたいという“思いやり”がとても大切なんです。

僕らもバナナを一定の温度で管理できるよう、開業から3年目にお店の近くにバナナの倉庫兼お菓子の開発工房を作りました。安定したバナナのクオリティを提供し続けること、美味しいお菓子を作るためにここ1年は設備に投資を続けてきました。

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バナナの倉庫では丁寧な温度管理の下、出番を待つバナナが並ぶ

――過去のイベントでは、ハンバーガーやピザなど、スイーツ以外のバナナメニューも提供されていますね。

市村さん:僕らはスイーツだけではなく、「バナナなら何でもやろう」というスタンスです。佐久間の強みは和菓子や洋菓子、料理に至るまで何でも作れることなので。最近では「バナナのスイーツを売る」ではなく、「バナナにどれだけの付加価値を加えてお客さまに提供できるか」についてスタッフとミーティング時間をつくり、新商品の開発や企画、イベントなども一緒に考えています。

それに僕の原点が「バナナスイーツの店をやりたい」ではなく「人を喜ばせるお店づくり」にあることも大きいですね。近隣店舗や老舗のお店とのコラボも積極的に取り組んでいますが、お互いの長所を掛け算することで生まれる新たな商品は、他にない「喜びや感動」につながり、ビジネスも生まれる。最近改めて、バナナの素晴らしさを実感しています(笑)。

今後も“バナナだけなのにこんな事もできるんだ!”と驚きと笑顔を届けるため、現状維持ではなく、常に何か一歩先を考えていきたいですね。

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佐久間さんは、市村さんの奇抜なアイデアでも「無理」と言うことはほぼないのだとか
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過去のイベントで提供された、自家製はちみつを使用した「バナナピザ」とボリューム満点「バナナバーガー」

もっとお客を喜ばすために。追求の道のりは続く

――オープンから5年が経ちましたが、お店の変化はいかがですか。

市村さん:2年目に少しメディアに取り上げていただき、3年目にテレビの民放番組に出たことでお客さまが増えました。お客さまの増加に対し、スタッフも増やしてきました。その中で直面した課題が、チームづくりです。

オープンからしばらくは佐久間との二人三脚で、半年ほどは家賃節約のために同じ部屋に住んでいました。朝から晩まで共に過ごし、あえて言葉にせずとも阿吽の呼吸で仕事が進められましたが、新たなスタッフには通用しません。僕も佐久間も、特にここ1年は言語化して伝えることを意識しています。

例えば、最低限のバナナの知識をスタッフたちに身に付けてもらうため、スタッフ会議時にバナナクイズなどを出しています。お客さまに聞かれたときに、僕がいなくても答えられるように。あとは、スタッフと個別にご飯を食べながら話す機会をつくるようにしました。スタッフたちが何を考えているのかを知れるのは楽しいですし、お店で学んだ事を将来生かして欲しいと思っています。

――今後、チャレンジしたいことはありますか。

市村さん:実は今、新たにカフェを作ろうとしています。現在の店は、もともとイートインスペースがあったのですが、カフェの新規オープンの話を機に、テイクアウト専門店として改装しました。店舗が増えれば関わるスタッフの数も増えるため、より一層スタッフとのコミュニケーションが大切になるので、うまく言語化することがチャレンジです。

それと、菓子店やカフェは技術やノウハウを取得すると独立をする人が多い業態ですが、長く愛されるお店は、やはり“人”だと思います。縁をもったスタッフが魅力ある人材に育ち、自分の夢を叶えられるきっかけが作れる。そして、ここで働いて良かったと思ってもらえる、そんなお店を続けていきたいです。

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木の温もりがあり、明るく開放的な店内

――飛び込み営業から始まり、今では地元の方に愛される店へと成長を遂げました。「自分が好きなもの、したいことを生業に」するために大切にしていることはなんでしょうか。

市村さん:「店を持とう」「バナナに特化させよう」というところに行き着けたのは、結局は自身の経験がいまのお店の形となっています。常にインプットを続けるために色んなお店に行ってみたり、他の人よりも行動や体験をしていく事で自分のアイディアの範囲が広がります。経験や出会う人はすべてインプットされる。僕が商品やイベントのアイデアを出し続けられるのは、自分の引き出しに実体験が詰まっているからです。

イベントの時に店内に飾る写真も僕が撮ったもので、店の内外装も昔、オランダの山の奥に行ったときに出合った木目調の温かみのある雰囲気が良かったと心に残っているお店を参考にしています。自分で体験して良かったことを、バナナファクトリーの色にしてお客さまに提供し、楽しんでもらうために、今もインプットすることを大切にしています。そろそろ、またインプットの旅の時間が欲しいところですね(笑)。

あと大切なのは、誰のために何をするのかを明確にしておくことでしょうか。自分のために頑張りたいならそれでもいいと思います。僕の場合は人に喜んでもらえるお店をやりたいと考え、その手段と戦術を考えた結果生まれたのがこのお店です。

「何のために」をはっきりさせておくことが大切なんじゃないかなと思います。

【取材先紹介】
バナナファクトリー
東京都墨田区向島3-34-17 大橋ビル1F
電話 03-6240-4163

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取材・文/卯岡若菜
埼玉県在住のフリーライター。生き方や働き方に関心を持ち、企業や個人へのインタビューライティングを主に手掛ける。

撮影/鈴木愛子