「専門店」と名のつく店は星の数ほどありますが、今回訪ねたのはことさらニッチな需要に応える老眼鏡とサングラスの専門店。その名も『老眼めがね博物館』。店の壁には余すところなくメガネが飾られ、店頭に並ぶ商品には9割引の文字が踊ります。おまけに初来店のお客さんには1本無料でプレゼントという、もはや個性しかないこの店は、テレビやネットにもしばしば取り上げられる有名スポットです。
しかし、2022年3月にはなんと閉店が決まっているとのこと……。こんなユニークな店がなくなってしまう前に、アーカイブを残したい! そんな一心で早速、武井豊社長に話を伺いに行ってきました。
どんな面白トークが展開されるのかと思いきや、店舗経営の真髄に触れる貴重な話が満載でした。
問屋だからこそできる究極のアウトレット
――驚くような価格で老眼鏡を販売されていますね。このユニークな店舗展開はどのようにして始まったのでしょうか?
武井さん:もともと、50年前に開業したときは、老眼鏡専門というわけではありませんでした。家庭用品、日用品全般を取り扱う雑貨問屋としてスタートし、老眼鏡とサングラスの問屋業をしながら倉庫の一部を改装してアウトレットとして小売を始めたのが10年ほど前。問屋倉庫と直結した“本格的なアウトレット”です(笑)。
――雑貨全般を扱っていたところから、老眼鏡・サングラスに特化したのは理由があったのですか?
武井さん:時代が進むにつれて雑貨は家庭に行き渡って、今度はメガネの時代が来ましてね。当時、老眼鏡やサングラスを扱う問屋が少なかった。そのため、うちで扱う品目の中でメガネの需要が増えていきました。大きな転換期があったというより、時代の流れに対応しながら徐々に、という感じですね。
――そこから問屋業にとどまらず、アウトレットを始めたのには何かきっかけがあったのでしょうか?
武井さん:チェーン系の大型店が増えて老眼鏡を扱う小売店が減少したのが大きかったですね。問屋としては卸す先が減ったわけです。そこで、うちも在庫が溜まってきてしまった。その在庫を動かすためにアウトレットとして販売を始めました。
最初は店頭に箱を置いて、お金を入れてもらうような形からスタートしました。人件費もかからないし、在庫を処分するのが目的だから、値段はいくらでもよかった。これが意外と儲かるようになって、倉庫を改築して本格的にアウトレットを始めました。
その在庫数、なんと15万本⁉︎
――それにしても見渡す限りメガネの山。どのくらいの商品点数があるのでしょう?
武井さん:1階の店舗と事務所兼倉庫の2階、それから屋根裏部屋も倉庫になっています。15万本くらいはあると思いますよ。
――15万本! なぜそんなにも在庫をお持ちなのですか!?︎
武井さん:メーカーや輸入元など、今はみんな在庫を抱えて困っている。それをうちで全部引き取っています。あそこに1万本、こっちに5千本、と余っている商品をまとめて仕入れているうちに、どんどん増えて……。
――それにしても、これだけの点数があると商品管理が大変そうですね……。
武井さん:(頭を指差し)ほとんどココで(笑)、勘で管理しています。元々アナログ人間なのでね。
うちの場合は現金で仕入れますから“支払い”がありません。売掛、買掛で回していたら気にするのでしょうけれど、現金で支払ってしまうのであまり気にしていないんですよ。その代わり、“大量で安く買い取る”というのが条件になります。相手も在庫を抱えるよりも手放してしまいたい。だから、お互いに好都合というわけです。
――問屋としての販路は小売店以外にもあるものですか?
武井さん:卸し先の中にはイベントやバーゲンセール、1週間ショップなどもあります。通常の小売店に比べ、人が多く集まるところで販売すると売れ行きが5倍、10倍にもなるんです。短期間で一気に商品がはけていきます。
――持続的な小売店と瞬発力のイベント系。商品の動き方にも大きな違いがあるのですね。
武井さん:そうですね。いずれにしても最後の一押しは値段。価格を下げることで販売数が上がります。在庫を捌いていくためには、最後の手段として無料で差し上げたりもしています。
アウトレットとしての小売は、より大胆に
――この店では8割、9割引は当たり前。初来店の方には1本無料というのもインパクトがあります。アウトレットを始められた当初からこのようなスタイルでしたか?
武井さん:うちはあくまでも卸業が中心ですから、小売分は躊躇なく値下げして売っています。アウトレットを始めた時点で無料プレゼントもやっていました。
――それにしてもすごく思い切った決断ですよね。
武井さん:時代が変わったからね。今まで通りでは売れなくなった。
――老眼自体は誰しもいずれなるもの。そう考えたら、絶対数は変わっていないということですよね。
武井さん:そう、流通の仕組みが変わって、ホームセンターや100円均一など“売る人”自体は増えています。だから、うちも時代の流れを見極めつつ、在庫を循環させていくための手段として今のようなスタイルになりました。
“面白い”ものが世の中を動かしている
――時代の変化から生まれた販売スタイル。でも、それが功を奏して、多くのメディアや人々に注目を浴びるようになりました。
武井さん:テーマは“面白い”なんです。世の中、何でも“面白さ”がなければだめなんです。今の時代、テレビをつければお笑い芸人さんばかりじゃないですか。ディズニーランドも賑わっています。面白いところにしか人は集まらないっていうことなんですよ。
それはお店でも同じです。面白ければ、買わなくても誰かほかの人に話してくれる。だからうちのお客さんは、いつの間にか宣伝マンになってくれているのです。
――噂が噂を呼んで、話題が広がっていくわけですね。お店の名前も「○○ショップ」ではなくて「博物館」と名付けている。これも“面白い”ですよね。
武井さん:そう、名前はとても大切で、一回で覚えてもらうことが重要です。うちは店名や看板、店頭をひと目見れば何を売っている店かすぐ分かるようになっています。
――バスツアーの立ち寄りスポットにもなっていますよね。普通ならバスツアーで立ち寄ると、何となく買う必要があるという心理が働きます。でも、ここでは逆に無料で1本プレゼントしちゃう。インパクトが強いです。
武井さん:バスツアーで立ち寄ってくださるお客さんは時間が短い。だから、買わなくてもいい。こんな面白い店があったんだと地元に帰って話題にしてもらえれば、どんどん拡散されていきます。宣伝にかける費用を思えば、例え商品が動かなかったとしても十分に効果があるわけです。
――バスツアーはどのくらいの頻度で受け入れていますか?
武井さん:週に2、3便です。小さい店ですから一度にたくさんは受け入れられないですが、あくまでも宣伝と思ってやっています。うちとしてはバスツアーがくるということ自体に意味があるのです。自分たちで「安いですよ!」と言っても人は信用しません。でも、バスツアーが立ち寄る店となったら、お客さんはきっと安い店なのだろうと感じるでしょう。そうやってお客さん自身に考えていただくことが重要だと思っています。
――店内のポップもひとひねり、ふたひねり……(笑)。
武井さん:これも同じで「安いですよ」というよりも、何だろうと思ってもらうことを狙っています。人は買い物をするときに理由づけが必要。だからポップにも、値段だけではなくインパクトを狙った一言やイラストを付け加えるようにしています。
――ちょっとした言葉選びがお客さまの心に刺さるのでしょうね。そうした仕掛けみたいなものは、武井さんご自身が全部考えているのですか?
武井さん:そうですね、全部私が考えています。あくまでも安い、面白い。そして、人に話したくなる。試行錯誤しながら、そんな店づくりをしてきました。
「買う」という行為に付加価値をつける重要性
――お客さまを引きつけるマーケティングですね。どこからヒントを得ているのでしょう?
武井さん:例えば駅前。かつては銀行や保険会社、証券会社などの堅い商売ばかりが並んでいたんです。それが今は、カフェにカラオケ、ゲームセンターに居酒屋……。“面白い”ものばかりでしょう。駅前を見れば世の中が何を求めているかが分かります。
100円均一やドン・キホーテなんて、店内を歩くだけでワクワクするでしょう。面白いことだらけです。だからみんな行くわけですよ。
――確かに昔より、世の中がそういうものを求めているのかもしれませんね。
武井さん:もう物は満たされてきたのかな。今はいろいろなものがどこでも買えますからね。昔はデパートに行かなければ買えなかったような物でも、たやすく手に入れられるようになりました。
――ネット通販なら今日頼んで明日には届きますものね。
武井さん:そう、物を買うという行為には喜びが伴わなくなってしまった。だから、付加価値が必要になってくる。今の時代はそれが“面白さ”なんです。
この前のオリンピックでメダルをとった人たちのインタビューでも「一所懸命頑張りました」っていう人がいなかった。みんな「楽しかったです」と言っていたでしょう。
――確かに! みんな精一杯努力しているのは当然のこととして、でも最初に出る言葉は「楽しかった」でした。
武井さん:そう、今の時代は「楽しい、うれしい、面白い」というのが重要な付加価値になっているのです。
例えば、同じ物を売っている店が何軒か並んでいるとします。そのとき、どの店で買うか。いつも笑顔で対応してくれる店があれば、遠回りをしてでもそこに行きますよね。楽しい気持ちになれるから。品物が欲しいわけではないけど、“この人から物を買いたい”という心理が働くのです。だから、店は人間性が大切です。
――おっしゃる通り、飲食店にしても雑貨店にしても、オーナーさんやスタッフの方と波長が合うか。そこが“通いたくなる店”になるポイントになりますよね。
武井さん:それと、今の時代は皆さん優しさを求めていますね。うちの場合、年配のお客さんが多いので尚更ですが。世の中で優しくされることって意外と少ないように思います。だから優しくされると、値段の高い安いではなくて「あなたのところで買うわ」となるわけです。
――メールやSNSでのコミュニケーションが主流になって、人の温かさに直接触れる機会が減ってきていますね。
武井さん:究極的には、笑顔と優しさだけでも物は売れる。これからはもっとその傾向が強くなっていくと思いますよ。
閉店を決意した真相、そして今後の構想は?
――武井さんが情熱とアイデアを注ぎ込んだ「老眼めがね博物館」ですが、残念ながら閉店されると伺いました。理由を教えてください。
武井さん:来年(2022年)3月20日で店じまいです。建物自体が老朽化して、建て替えることになったこと。そして、コロナの影響でうちの中心購買層であるご年配の方が街に出なくなってしまったこと。海外から大量仕入れに訪れていたお客さんが来れなくなってしまったのも大きかったですね。
――閉店まで半年弱。どのような形で閉店を迎えることになりそうですか?
武井さん:ここにある在庫は全部売り切ってしまうつもりです。全て今の値段の半額で販売する予定です。
――9割引のさらに半額ですか⁉︎ それは買いに来なくては!
武井さん:最後まで分かりやすく、閉店セールをやりますよ。
――その後の展開というのは決まっているのでしょうか?
武井さん:一旦区切りをつけたら、次はもっと面白いことをしようと考えていますよ(笑)。ある程度の構想は固まっていて、周辺にある眼鏡店にはないことを考えています。ヒントは宣伝方法の工夫です。想定外を狙った展開になると思いますよ。
【取材先紹介】
老眼めがね博物館
東京都豊島区南池袋3-16-9
電話 03-3984-5652
http://rougan-megane.sakura.ne.jp
取材・文/篠原美帆
東京生まれ。出版社の広告進行、某アーティストのマネージャー、パソコンのマニュアルライター、コールセンターオペレーターなど、大きく遠回りしながら2000年頃からグルメ&まち歩きカメライターに。日常を切り取る普段着インタビュアーであることを信条とし、自分史活用アドバイザー(自分史活用推進協議会)としても活動中。
撮影/高橋敬大(TABLEROCK)