店内禁煙。たばこを売らない「うそのたばこ店」は何を売る店?

問屋街として有名で、下町情緒あふれる落ち着いたエリアの東京・浅草橋。近くに隅田川が流れ、散歩にもぴったりな街の一角に、レトロな「TOBACCO」の赤い看板がありました。今はあまり見なくなってしまった、ザ・たばこ屋という店構え。でも、よく目を凝らして見てみると……、看板に“うそ”と書かれています。しかも、ショーケースに並んでいるのはトランプのケース!ちょっと入りにくいけれど、やっぱり気になる……と、思い切って店内に足を踏み入れることに。

実はこちらの店、「うそのたばこ店」という名の、日本最大級のトランプ専門店。夜は日替わりの店長が立ち、それぞれの特技を生かした営業をしている少し変わった店です。どうしてこのようなスタイルなのか、そして、どんな思いでこの店ができたのか。気になる店内の様子とともに、探ってきました。

あれ、オーナーさん。どこかでお会いしましたよね?

「こんにちは、お久しぶりです」

たばこのウォールアートをバックに迎えてくださったのは、オーナーの大川原脩平さん。曳舟にある仮面専門店「仮面屋おもて」を経営し、以前おなじみでも取材させていただきました。

2019年1月にオープンした「うそのたばこ店」は、「仮面屋おもて」に続く2店舗目。どちらも専門店ですが、扱うものは全く違うジャンルです。大川原さんは、トランプ店を開いたきっかけについてこう語ります。

「ネットオークションでたばこのショーケースを見つけて、かわいいなと思って買ったんです。でも、家には置けない……いやむしろ置きたくないから、これを置ける場所をつくりたいと考えたのが始まりです。さらにどんな店に置きたいかを考えたとき、ショーケースにたばこではなくトランプを並べるアイデアを思いついたんですよ」

確かに、たばこの箱とトランプケースは形状が似ています。好奇心で手に入れたショーケースですが、最初のうちは友人のカフェに置かせてもらっていたそう。

「たばこの代わりにトランプを置いていると、次第にトランプが好きな人たちが集まるようになってきました。友人のカフェでもトランプ関係のイベントを開いていましたが、人が集まりすぎて手狭になってしまったんです。それで、自分の店を持つことにしました」

その後、物件探しがスタート。別の友人の紹介で、偶然「仮面屋おもて」とは隅田川を挟んで反対側の、近所のエリアに店を構えることになりました。ちょっと珍しいトランプ専門店を立ち上げて、新しい挑戦が始まったのです。

大川原さんの活動方針は「ものを作らない」「ゆっくりやる」「暇でいる」。“何もしなくても幸せでいられる方法はないか”を模索しているそう

店は違えど「仮面屋おもて」のDNAが受け継がれている

店内に入ると、入り口から奥までズラリとトランプが並んでいます。

数は日本でも最大級!常時150種ものトランプを取り扱う。右側のたばこのショーケースは、店舗が決まってから買い足したもの

さまざまなデザインのデザイナーズトランプは、アメリカや台湾など世界中から買い付けている

トランプの大きさにはある程度の標準がありますが、デザインは多種多様。ついあれこれと手に取ってみたくなってしまいます。

「トランプには皆さんもよく知るババ抜きなどのゲームだけでなく、ポーカー、ヤニブ、クリベッジなど日本ではマイナーだけど他国では大人気のゲームルールがたくさんあります。それに、マジックやトランプタワー、トランプ投げなど、ちょっと変わった別の楽しみ方もいろいろあります。それぞれに使いやすいカードの硬さや厚みがあるんですよ。うちの店で取り扱うトランプは、マジシャンが使える品質が前提条件。そういったトランプを製造できる会社は限られているため、海外からセレクトして仕入れています」

トランプというニッチな世界で、ましてやプロ用となれば、求める人はより少なくなります。需要が少なければ必然的に市場にあまり出なくなるので、手に入れるためにはあちこち探し回らなければなりません。けれど、そんな人もここに来れば、多くの選択肢の中から好みのものを選ぶことができます。

以前、大川原さんに「仮面屋おもて」の話を伺ったとき、「誰かが、仮面が欲しいと思った時にこの店を選んでもらう仕組みづくりが僕の仕事」と話していました。その遺伝子が、うそのたばこ店にも伝わっているように感じます。

棚にはこんな商品まで見つけました。

水で溶かすだけで飲めるお茶「Chabacco」は、静岡県掛川市産の茶葉を100%使用。「FAT PIG TEABLENDER」のハーブティーは無香料ノンカフェイン

一見するとたばこの箱やトランプケースを思わせるデザインですが、どちらもお茶のパッケージです。ある取材スタッフが「全種類ください」と伝えると、大川原さんはあまり売る気がないのか「本当に大丈夫ですか?本当にほしいですか?」と念押し。

トランプ専門店だからといって、トランプだけを売る必要はないんです。だって、そもそも“うそのたばこ”から始まったのだから。

マッチ箱みたいなボックスに入ったミニパズル(各440円/税込)も販売

トランプが結ぶ、マジシャンたちの縁

「うそのたばこ店」の昼間は、後述するいくつかある営業形態のうちの通常営業。トランプ以外にも飲み物や軽食などを販売しており、店内でも食べられます。取材日の水曜は「見習いマジシャン練習所」として場を開放していて、店内を見回せばご覧の通り。

左から、レオさん、そらさん、KOICHIさん、シンディーさん。マジックが好きな“うそたば”の常連が集う!

マジックが趣味の会社員もいれば、本業がマジシャンの方まで、平日の昼間からさまざまなお客さんで賑わっていました。なんと、電車で1時間かけて通ってくる小学生も!

「水曜はマジックの練習場として告知している日です。基本的に、来たお客さんは各自で練習をしていて、お客さん同士が交流をする場になっています」と、大川原さん。マジシャンの活動場所は主に夜のショーのため、昼間は自由に時間を使える方が多いそうです。水曜以外も出勤前にマジックの練習に来たり、あるいは浅草の寄席に出た後に芸人さんが立ち寄ったりもするそう。

「もともと舞台のことを一通りやってきたおかげで、僕も手品をやります」と話す大川原さんは、水曜にはできるだけ店に立つようにしているとのこと。「でも僕の話なんかより、ぜひお客さんを見ていってください!」とのことで、皆さんのマジック練習風景を見学させていただきました。

プロマジシャンとして活躍するKOICHIさんに、カードの持ち方を教わっているレオさん

マジックを応用した教育事業に従事しているシンディーさん。流れるような手さばき!

カードを魅せるための持ち方もたくさんパターンがあり、奥が深い……

利用しているお客さんたちに「うそのたばこ店」に来る理由を尋ねたところ、皆さん「マジシャンが集まる貴重な場だから」と言います。

独学で勉強しても誰かに見てもらう機会がない。新作のマジックを見て欲しい。マジシャンたちは、個人活動ゆえの悩みを抱えていました。

けれど、コミュニティーができたことでそうした問題は解消。お互いにマジックを見せ、フィードバックしあって技術を磨くことで個人のスキルが上がり、業界も盛り上がる。全員が幸せになれる理想の場がそこにはありました。

「日替わり店長システム」は場を健全に維持する工夫の一つ

通常営業以外の時間は、「日替わり店長営業」や「ラウンジ営業」を行っているのも、この店の特徴です。主に平日夜の「日替わり店長営業」は、希望者が店長になり各々のオリジナルメニューを提供しています。土日は「ラウンジ営業」という店の公式イベントを、昼夜二部制で実施しています。

ところで、店長に選ばれる基準はあるのか大川原さんに伺ったところ……。

「僕と会話ができる人です」

えっ、それだけ!?

「大々的に公募はしていませんが、やりたいと言われれば一度お話しをしています。結果的にはなにか一芸を持っている方が多いかもしれませんね。基本的に、なんでもやっていいよと言っているからか、面白い店長が多いです」

そんな懐の深いオーナーのもとには、やはり個性豊かな店長が集まるようです。

取材当日の日替わり店長、荒地の魔女さん(左)。KOICHIさんはラウンジ営業でマジシャンたちの交流の場をつくっている

芸人をしながらミックスバーにも勤めている荒地の魔女さんは、将来自分の店を持ちたいという夢があり、日替わり店長に手を挙げました。彼女のようにトランプとの縁がなくても、日替わり店長として営業をしている人も珍しくありません。これまでの店長の中には、その後に独立して自身の飲食店を持った人もいます。

このように、いろいろな店長が店に立つスタイルは開店当初からだそうですが、どうしてこんな形で営業をしているのか理由をうかがうと、「犬、小学生、マジシャン、芸人、いろいろな人がいた方が健全じゃないですか?」と、大川原さん。

「経営的にはいつも決まった店長が店に立っている方が、お客さんから見てどんなお店か分かりやすく、売上も上がります。ですが、私はそれよりも、多様な人が集まることで場として“誠実”である方がいいと思うんです」

場として誠実……。トランプ店という大きなコンセプトはあるものの、さまざまなジャンルの人が各々特化した場をつくることで、仲間を探している人が集まることができます。一つでも多くそんな場があれば、1人でも多くの人が笑顔になってくれるかもしれない。そんな思いを感じました。

カフェスタッフのおくむらさんと、バイトリーダー“がるる”ちゃんの癒しコンビ

「あとは、できるだけ無用にモノを売らないよう心掛けています。こういうニッチなお店に来る人って、『これはレアですよ。あれは絶対持っておいた方がいいですよ!』とおすすめするだけで、たくさん買ってくれるんです。そういう商売の仕方って、やっぱり誠実じゃないですよね」

売り上げを追い求めなければ店の維持にしわ寄せが来そうなものですが、利益はトランプの小売や卸、そしてテレビやイベントへのマジシャン派遣などで賄っているとか。さすがの手腕です。

地域とつながり、店に集うマジシャンの活躍の場を広げたい

大川原さんは「うそのたばこ店」の今後について語ります。

「うちの店はトランプをキーワードに全国から集まって来てくださる方が多いのですが、まだ地域の方との接点が強くありません。ようやく地元メディアさんや周りの店舗とのつながりもできてきたところなので、今後は地元向けのカフェ営業や提携店舗へのマジシャン派遣を強化していきたいと思っています」

居酒屋などの客席を回ってパフォーマンスをし、お客さんに楽しんでもらう「テーブルホッピング」は、飲食店との親和性が抜群。トランプの世界を日常に浸透させつつ、浅草橋の街を盛り上げる未来が、今から見えるようです。

取材先紹介

Café &Bar うそのたばこ店

東京都台東区浅草橋3-4-2
電話:03-5829-6442

取材・文薮田朋子

おしゃれライター&編集者。ファッションから健康系まで20〜30代女性をターゲットに雑誌や書籍、Webメディアなどで元気に活動中。

写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂