
創業133年を迎える横浜の老舗酒店「横浜君嶋屋」に、LINE公式アカウントの活用方法について伺いました。
一度ならず、何度も足を運んでくれる「おなじみ」のお客さんは、飲食店にとって心強い存在です。多くの常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。
1892年、横浜で創業した老舗酒店「横浜君嶋屋」。街の酒屋として愛される一方、LINEやYouTubeでの情報発信、多彩なイベントの開催などユニークな取り組みを続け、酒屋のあり方をアップデートしています。
伝統と革新を両立させる四代目当主・君嶋哲至さんは、いかにして時代に愛される酒屋を築き上げてきたのか。その歴史と、お客さんとの新しいつながり方を伺いました。

- 君嶋哲至さん
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1960年横浜生まれ。明治25年創業の酒販店の4代目で、ワインと和酒卸販売業、ワインの直輸入を行う。大学を卒業後、2年間のサラリーマン生活を経て、実家の酒販店に入社。 日本ソムリエ協会監事でもあり、書籍の監修から講演など、お酒の魅力を国内外へ積極的に発信し続け、業界の発展に尽力している。ミュージシャンとしての一面も持ち、音楽とお酒とのコラボレーションで横浜を盛り上げるイベントでも活躍中。
「半径数百メートルの世界」からの脱却。四代目の“無知”から始まった改革

――君嶋屋は133年の歴史を持つ老舗ですが、創業当時はどのようなお店だったのでしょうか?
君嶋さん:創業は1892年で、戦後は現在の場所で港の労働者を相手にした立ち飲み、いわゆる「角打ち」のできる街の酒屋でした。
品揃えも、日本酒数種類と赤玉ポートワイン、焼酎という至ってシンプルなものでした。
――そこから現在のような専門店へと舵を切ったのは、君嶋さんが四代目としてお店を継がれたのがきっかけですか?
君嶋さん:そうですね。父(三代目)が体を壊し、会社を辞めて家業を継いだのですが、当時の酒屋は「半径数百メートルの商圏」でしか成立しない世界。正直、未来に対する不安を感じていました。
そんな折、富山の「満寿泉」という、市場にはあまり流通していないお酒に出合ってそのおいしさに衝撃を受けました。「うちでも扱いたい」と蔵元に連絡したものの、最低仕入本数などの条件で取引できなかったという出来事を経験しました。おいしいお酒をお客さまに届けたいと思っても、知らないこと、できないことがあまりに多い。自分の“無知”に対するショックが、改革の原点でした。

――ご自身が“お酒について知らない”という事実と向き合うところから、どのようにして知識・経験を深めていったのですか?
君嶋さん:お取引先やお客さまから、「この蔵はいい」「この酒がおいしい」という話を聞いたら、積極的に調べたり飲んだりして学んでいきましたね。まさにお客さまや蔵元に育てていただいたおかげで、扱うお酒の数や販路を増やすことができました。

君嶋さん:横浜に3店舗、そして恵比寿と銀座にも展開しています。2026年3月、JR関内駅前・横浜スタジアム側に開業予定の商業施設「BASEGATE横浜関内」に、 「SAKE'n'ROLL 君嶋屋」という名前の酒場をオープンする予定です。


――君嶋屋さんの強みや特徴はどのようなところにありますか?
君嶋さん:扱う商品は種類が多いですが、特に「食中酒」にこだわっています。一杯で華やかな感動を与えるお酒というより、料理と合わせることで、その料理をさらに美味しくしてくれるお酒ですね。
――その「食中酒」という明確なこだわりがあるからこそ、お店に集まってくるお客さんにも何か特徴がありそうですね。
君嶋さん:はい。近隣の方だけでなく、「面白いお酒に出合いたい」と、遠方からわざわざ足を運んでくださるお客さまも多いです。世間ではお酒離れと言われますが、熱量の高いお客さまは減っていない印象です。メインの客層は40代以上ですが、熱心な若い方もいらっしゃいます。恵比寿や銀座の店舗では、若い方や女性のお客さまが中心ですね。

友だち数は1万人超。老舗酒屋のLINE活用術

――君嶋屋さんでは集客イベントも定期的に開催されていらっしゃいますね。
君嶋さん:はい。蔵元やワインの生産者を招いた試飲会や、レストランとコラボしたペアリングイベントなどを通じて、お客さまがお酒と出合う機会を増やしています。そこで飲んで気に入ったお酒をその場で購入できる、といった体験も大切にしていますね。
――LINE公式アカウントでもイベントの告知をされていますよね。LINE公式アカウントを導入したのはいつ頃で、きっかけは何ですか?
君嶋さん:2023年の春頃からですね。世の中のコミュニケーションの主流がLINEになっている中で、私たちもお客さまとのつながりをより深めるために導入する必要があると感じました。
実はLINE公式アカウントを導入する前からメールマガジンは続けていたのですが、開封率が下がってきていて。その点、LINEは日常的に使うツールなので「とりあえず(メッセージを)開けてみよう」と思ってもらいやすい。情報が届けば、「またお店に行こう」というモチベーションにもつながりやすいと感じています。
――LINE公式アカウントは店舗ごとに分けるのではなく『君嶋屋』として1つのアカウントで運用されていらっしゃいますね。
君嶋さん:そうですね。配信作業に携わるスタッフを各店舗に配置すると、配信の流れが煩雑で非効率になってしまうので、(LINE公式アカウントの)担当者を立てて、全店舗一括で管理してもらっています。「今日はこの店舗で、明日はあの店舗で」というように、別々の店舗のイベント情報もまとめて配信するので、イベントをはしごしてくださるお客さまも増えてきました。
――配信内容をどのように企画し、どんな点を意識されていますか?
君嶋さん:限定酒の抽選や試飲会の告知など、各店舗から寄せられる「今配信したいこと」のリクエストを担当者がとりまとめ、全体のバランスを見て配信する情報を厳選しています。その上で、ビジュアル(画像と文章を組み合わせた配信内容)を作り、各店長にそれを確認してもらってから本番配信という流れです。
特に意識しているのは、「マニアックすぎず、ライトすぎず」の二つのバランスです。熱心なファン向けに限定品や希少価値の高いお酒の情報を届けつつ、お酒のビギナーでも楽しめる勉強会や試飲会などのライトな情報も配信する。誰もが何かしら興味を持てる配信を心がけています。

――運用で特に苦労された点や悩んだことはありましたか?
君嶋さん:導入当初は、文章を主体にしたシンプルな内容を配信していたのですが、文章だけでは読まれず、来店につながっている実感も薄かったですね。試行錯誤の末、複数の情報を画像も組み合わせながらスライドで見せられる、現在のカードタイプメッセージに落ち着きました。
友だち数も1万人を超え、より効率的にメッセージを届けられるよう年齢や地域別のセグメント配信をすべきかどうか、最近考えているところです。
――友だち数が1万人を超えているのが本当にすごいですね。どのようにして、そこまで多くの方に登録していただけたのでしょうか?

君嶋さん:やはり、お得なポイントカード(会員カード)と連動させているのが大きいですね。税別100円で1ポイント貯まり、1ポイント1円として使える基本的な特典に加え、輸入ワインは3%OFFになったり、保有ポイントに応じて限定品の抽選販売に参加できたりと、さまざまなメリットをご用意しています。
こうした特典があるので、お酒好きな方に登録していただきやすいのではないかと。もちろん、純粋に情報を求めて登録してくださる方も多いです。
※恵比寿店でのポイント利用はできません。

――LINE活用の手応えは、どのように実感されていますか?
君嶋さん:スタッフから「LINEを見ている、というお客さまが多い」という声が直接届くのが一番ですね。最近はオンラインショップのアカウントと統合したことで、配信後、紹介した商品の予約状況や売上が伸びるといった、数字の上でも効果を実感できる場面が増えました。

「良い酒は人を救う」。四代目が語る、これからの酒屋のあり方
――LINEと他のSNS(Instagramなど)は、どのように使い分けていますか?
君嶋さん:新入荷の商品など瞬発力が求められる情報はInstagramで。イベント告知など、少し先のご案内はLINEでと明確に役割を分けています。
――YouTubeの活用法もユニークですね。
君嶋さん:コロナ禍で入社した新人が出社できなくなった時、彼らのための社内研修動画として始めたのがきっかけなんです。その後、料理研究家で、アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の伊知地潔さんとお酒と料理のペアリングを実験する動画を撮ったり、まだ知られていない日本ワインの生産者を紹介したりと、コンテンツを拡充させていきました。動画で紹介したワインを飲みながら、オンラインで生産者と交流できるイベントも開催し、お客さまからも大変好評です。
――最後に、133年の歴史を未来へつないでいく上で、君嶋さんが最も大切にしている哲学、そしてお店が届け続けたい価値についてお聞かせください。
君嶋さん:すべてにおいて「謙虚さ」を忘れない、ということでしょうか。私自身今も、知識が豊富なお客さまから教わることは本当に多いんです。
その上で、規模を大きくするよりも、お客さま、そしてお酒の作り手から「愛されるお店」であり続けたい。良いお酒を通して、作り手と飲み手の両方が幸せになる循環を生み出すのが、私たちの使命だと考えています。
私は「良い酒は人を救う」と本気で信じています。音楽と良いお酒があれば、人生はもっと豊かになる。これからも、ただただ良いものだけを厳選し、お客さまにお届けしていきたいですね。

気になるあのお店のLINE集客成功事例
【取材先】
横浜君嶋屋
住所:神奈川県横浜市南区南吉田町3丁目30
TEL:045-251-6880
営業時間(本店):月~金 11:00~19:30/土10:00~19:30/日・祝 10:00~18:00
WEB:https://kimijimaya.co.jp/shop
Instagram:横浜君嶋屋
取材・文/花沢亜衣
東京生まれ。食や暮らしにまつわるジャンルを中心にWEBメディア・雑誌で編集や執筆を行う。三度の飯より食べることが好き。一番好きなお酒は青空の下で飲むお酒。2023年J.S.A.ワインエキスパート呼称資格取得。2025年5月に酔談録『二軒目は路面店』を発売。
Instagram:@aipon79
写真:是枝右恭
編集:はてな編集部

