【行動科学×習慣】「灯り・音・匂い」繁盛店の環境づくりはここが違う

f:id:onaji_me:20210428120341j:plain

精神論ではなく、行動に焦点を当てて実践する行動科学を店舗運営や接客に活用する方法について、行動科学コンサルタントの冨山真由さんにご指南いただく連載企画。初回は、集客という観点から、来店を促すための「環境づくり」について話を聞きました。

心はただの循環器⁉︎ 行動は「脳」=認知に導かれる

――そもそも、行動科学とはどういうものでしょうか?

冨山:日本ではあまり聞き慣れないかもしれませんが、欧米では「応用行動分析学」という学問があり、大学では行動経済学、行動心理学、行動分析学という専攻分野が存在します。過去50年の実績がある理論をベースとしていて、汎用性(実験再現性)がある、つまり誰にでも当てはまる科学的メソッドです。

行動科学には「心」という概念はなく、すべて「認知」として考えます。分かりやすく言うと、行動のすべては「心」ではなく、「脳」によって自ら選択しているということ。例えば、楽しい・悲しいという感情は、心で感じているのではなく脳が認知して感情として表現されます。胸に手を当てて「心が痛む……」という表現をよく見ますが、それは心臓を指していて、心臓は血液を運ぶ循環器。そこに心があるわけではありません(笑)。痛みを感じているのは、前頭葉が感じているんですね。

不快と感じる・感じない、あの店は当たりだった・ハズレだったと思うのも、脳が自分の好みを把握したうえで好き嫌いを認識させているだけです。このように、自分の感情や環境を理解し、行動をコントロールすることができるのが行動科学です。

入りやすい店、入りにくい店の差は「導線と灯り」

f:id:onaji_me:20210428120348j:plain

――行動科学の観点から、店舗の環境づくりにおいて注意すべきポイントはありますか?

冨山:注意すべき細かな部分は業種・業態によっても異なりますが、以下のポイントを参考にしてください。それと、日本はどんな店舗も基本的には奇麗で清潔感があり、床にゴミが落ちていないので、それだけで花マルです。労働環境の整備という意味だけでなく、掃除や片付けをすることで、集中力を妨げるものを取り除くことができます。

導線|無駄のないスマートな店内誘導を意識

特に小売・物販店の場合、会計までの導線を考慮し、途中経路の無駄を省くことが重要です。例えば、ファストフード店などでも実践されていますが、店舗に入ってすぐ目の前にレジがあり、何を買おうか迷っているうちに、気がついたらレジの前にいたという設計は導線として完璧です。味の良し悪し以前に、レジまでの導線設計が影響するケースは結構あります。

照明|業種によってトーンを変えて居心地を追求

明るい照明の方が、店舗などには入りやすいとされています。具体的には、蛍光灯の光くらいの明るさがちょうど良いといわれていますが、業種によっても異なります。例えば、マッサージやアロマなど、人に癒やしを提供するようなリラクゼーション系の店舗であれば、やや暗めにして落ち着く雰囲気を演出することも大切です。また、観葉植物などのグリーンを配置するのは心地良い雰囲気をつくりたい店舗には効果的ですが、ラーメン店やスポーツジムなどではそれほどメリットがありません。

その他|動くものがあれば「つい入っちゃう店」に!

人は動くものを目で追う生き物。店頭に設置する「のぼり」など、動くものは関心喚起行動を代用してくれるものとして有効です。行動科学に「プロンプト」という手法がありますが、例えば、お客さまに声がけを行う際、声と一緒に手を動かすことも効果的です。

また、たまに見かけますが、呼び込みのためとはいえ、店舗の入口に立って待機するのはやめましょう。来店客に対して正面を向くのは対立姿勢となり、威圧感を与えるため逆効果です。立っているだけではなく、窓やテーブルを拭くなど、動いていればOKです。

ちなみに、「つい入っちゃう店」という意味では、入口を開けておくのも一つの手段です。高級店などに見られるように入口を閉めていると重厚感がありますが、入りにくいですよね。現在はコロナ禍という事情があって入口を開けている店も多いと思いますが、店舗へ入りやすくするためには開放感もポイントとなります。

KEYWORD:プロンプト(prompt)

何かを促進するための行動手法のこと。例えば、「いらっしゃいませ」という言葉は“言語プロンプト”、言葉と同時に手を差し伸べるように体を動かす行為は“身体プロンプト”と呼ばれます。この2つは、融合させることでさらなる効力が生まれるとされています。

 

繁盛店の「色・音・匂い」を観察せよ

f:id:onaji_me:20210428120359j:plain

――心地良さを感じさせる、また来たいと思わせるために意識すべき点とは?

冨山:これも業種・業態によって異なりますが、普遍的なものとしてはこの3点です。

色|白×植物、元気になるビタミンカラーも○

飲食店などは特に白い壁が多いと思います。しかし、白が多い空間は緊張感を与えてしまうため、お花や緑の植物を飾る、お客さまを明るい気分にさせたい場合はあえて黄色や赤など原色系のビタミンカラーの絵を飾るなど、アクセントを置くのがいいでしょう。最近の傾向としては、壁に色使いがある、サードプレイス感のある店舗が好感を持たれています。

音|体感してほしい印象でBGMを選ぶ

ゆっくりくつろいでほしいカフェならスローテンポで落ち着きを与えるような音楽を、リラクゼーションサロンなら波の音や鳥のさえずりが流れる環境系など、BGMはお客さまに体感して欲しい印象を参考に選んでください。リラックスしたくて訪れた店で、賑やかなラジオが流れていたら落ち着きませんよね。意外と音に無頓着な店舗もあるので、意識してみてください。

匂い|飲食店の店頭では重要ポイント

美味しそうな匂いにつられて店に入ってしまった、つい買ってしまったという経験がある方も多いはず。飲食店では意図的に匂いを出すことで、「なんの匂い?」「美味しそうだから1個買っちゃおう」という誘い込みにつなげています。

人気店には、提供する商品やサービス以外にも、繁盛している理由が必ずあります。客入りが少ない、売上が落ち込んできたと感じている方は、繁盛している店舗の「環境」にも注目してみてください。駅から近い、路面の好立地といった外的要因ではなく、匂いや音楽などを具体的にチェックしましょう。

POINT:個人店の空間づくりは個性を出してもOK

多店舗展開しているチェーン店は店舗の色やデザインの統一感が必要となりますが、個人店でターゲットが明確な専門店舗などの場合、色や音、インテリアなどはオーナーの思いを表現してもOKです。

 

物を売りたいなら、あらかじめ絞り込んで提案する

――小売・物販店における環境づくりは、どういうポイントに気をつければ良いでしょうか?

冨山:物を売りたいなら、選択肢を少なくして絞り込ませることが重要です。選択肢が少ない方が決断しやすくなりますし、あまりに多くの中から選ばせてしまうと買わなくなるという傾向があります。例えば、同じ型を複数タイプで展開する際などは、あえて2〜3種類だけに絞って平積みするほうが売上は伸びます。ただし、ブランド認知や名物のPR、お客さまの呼び込みが目的であれば、全種類を並べて訴求することも効果的です。

【実例1】 多色展開を見せるより、種類厳選が売上を伸ばす!

洋服の販売店にて、多色展開のセーターを20色すべて並べた場合と、3色だけ並べた場合、購買率は3色だけ並べた方が高い結果となりました。人は選ぶということに多少のストレスを感じます。購買意欲を後押しすることと、色数などのバリエーションの豊富さは関係ありません。

 

スタッフも大事な環境要因。お客さんが抱く印象は、接客時の「角度」と「位置」で決まる

f:id:onaji_me:20210428120408j:plain

――スタッフ育成の場面で、行動科学はどのように活用できますか?

冨山:人材育成の悩みは千差万別ですが、その悩みのほとんどは「人」によるもの。しかし、「感情」に焦点を当てている限り悩みは解決しません。そこで、「行動」に焦点を当てることから始めるのが行動科学マネジメントです。

行動に承認を与えれば、人は必ず働く意欲を高めてくれます。以前はよく聞かれた「気合い!根性!」「思いを持って、気持ちを届けて……」という内容では、ゆとり世代やZ世代と壁ができてしまって当然。言語化できない思いだけでは、スタッフは育成できません。どう行動してほしいかを明確に伝えることが大切です。

POINT :「思い」は伝わらない! 行動指示は具体的に

× 「気持ちを込めてコップに水を注いでください」

「お客さまが来店したら1分以内に、コップの8分目まで水を注いでください」

まずはすべて言語化することを習慣づけましょう。

 

――接客業において、スタッフ育成に行動科学を応用するメリットとは?

冨山:接客業であれば利点しかありません。簡単なことからできるので、すぐに実践していただきたいですね。

例えば、百貨店でノベルティーを配るとします。Aさんは、1時間以内に50個を配り終えました。一方、Bさんは1時間で5個しか配れなかった。この差はどこにあるかというと、多くの方々は「Aさんは経験値が高いから」「Bさんはコミュニケーション能力がないから」と考えがちです。しかし、行動科学ではその人の「行動」を分析します。

「口角」が第一印象を左右する

人間は会って3秒で「好き」か「嫌い」を判断するといわれます。そのため、接客では、いかに短時間でポジティブな印象を与えるかが重要です。先ほど説明した百貨店のノベルティー配布の場合、Aさんは口角を30度上げていましたが、Bさんは微笑んでいる程度だったかもしれません。この違いが、ノベルティー配布の結果に表れます。

口角が30度上がっていると、2メートル離れたお客さまから見ても笑顔であることが認識できますが、15度では真顔にしか見えません。30度のイメージが難しければ、「上の歯6本、下の歯4本が見えるように」と意識するのも良いでしょう。笑顔がつくれないというスタッフは表情筋が使えていないだけなので、トレーニングすれば誰でもできるようになります。

f:id:onaji_me:20210428120418j:plain

「常に強面だった年配の男性部長が、表情筋トレーニングで周りも驚くほど自然な笑顔を身につけた例もあります」と冨山さん

「差し出す位置」によって受け取る側の負荷は軽減できる

表情だけでなく、ノベルティーを受け取ってもらえるかどうかは、差し出す位置も関係しています。ノベルティーを渡したい場合、相手の手の位置に差し出すのが正解です。胸の前に出す人が多いのですが、これは受け取りにくい高さ。一方、手もとに出されると反射的に取りたくなる。これが人間の本能で、実は受け取る側の負荷を軽くしています。

スタッフの中に1〜2名は、上記のような行動を意識せず自然にできている人がいるはず。なかなか成長しないと感じるスタッフには、模範的スタッフの行動をとにかく観察させること。そして、その行動を真似させることから始めましょう。

【実例2】 ティッシュ配りは「立ち位置」で差が出る!

1時間で200個のティッシュを配り終えたCさんと、20個しか配れなかったDさん。大差の理由は立ち位置で、Cさんは常に受け取る人の左斜めに入って差し出していました。

ティッシュ配りの場合、この「左斜め」がポイント。人は正面からのアプローチに対しては緊張感を抱きます。そして、多くの人が利き腕ではない左側のほうに隙があるといわれます。ちなみに、パーソナルスペースを意識した距離の確保も重要です。伸ばした腕の先くらいの距離感であればOKですが、それより近づくと拒絶感が強まります。

 

目標を段階的かつ個別にクリアする「スモールステップ」

――あらためて、スタッフ育成の理想的な考え方について教えてください。

冨山:最終的な到達目標の前に、中間目標のような到達点(=スモールゴール)を設定します。そのスモールゴールに向かい、さらに段階的な目標を設定して日々進めていくことをスモールステップと呼びます。

例えば、1カ月でノベルティーを1,000個配ることが最終目標(ラストゴール)だとした場合、まずは100個配ることを目先の目標とするのがスモールゴールです。そこをさらに細分化して、「1日10個配る」というのがスモールステップの考え方。ここで大切なのが、個々のスタッフの力量に合わせたスモールステップを設定することです。配ることが苦手なスタッフには、10個配るのではなく、10人に「声をかける」というスモールステップにするなどの判断が必要となります。

与えられた最終目標を全スタッフに与えても、全員が同レベルで到達することは難しい。最終目標をいかに細分化して進めるか、誰に何を教えるかを明確にして進めていくかが、スマートなスタッフ育成と目標到達への近道です。スタッフ人数が多い場合には個人単位ではなく、チーム単位で育成管理していきましょう。

POINT:チーム育成の場合は「集団バイアス」に注意

3人以上が集まると、「誰かがやるだろう」「自分がやらなくても怒られない」という思考傾向に陥ることがあります(集団バイアス)。可能な限り、「○○さんはこれをお願いできる?」という具合に個別で依頼すると、自分のタスクだと認知して行動してくれるようになります。

 

監修者プロフィール/冨山真由さん
大学で健康行動理論を学んだのち、医療業界にて受診者への行動変容アプローチ指導や予防医療推進のための環境づくりを経て、人材育成の業界へ。日本では数少ない行動科学コンサルタントとして、多店舗展開の飲食店をはじめ大手メーカー、金融サービス業など数多くの企業の新人研修、マネージャー・店長研修に携わる。学術理論に基づき、現場で実践させるために体系化されたオリジナルの指導に定評あり。

取材・文/前田実穂
編集ライター、メディアディレクター。原宿カルチャーから社会インフラまで、そしてローティーンからシニアまでとジャンル・世代問わず幅広く経験。飲食と接客が好きすぎて下北沢にてバルを運営(5年目)。実はITOベンチャーのCRM職出身という異色の経歴も。

写真/鈴木愛子

画像提供/PIXTA(ピクスタ)