東京・立川で40年続く老舗洋菓子店「エミリーフローゲ」の挑戦。LINEをフル活用した情報発信術

東京・立川の老舗洋菓子店「エミリーフローゲ」に、LINE公式アカウントの活用方法を伺いました。


一度ならず、何度も足を運んでくれる「おなじみ」のお客さんは、飲食店にとって心強い存在です。多くの常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。

1980年の創業以来、40年以上にわたって地域住民から愛され続けている立川の老舗洋菓子店「エミリーフローゲ」。

伝統を守りながらも時代に合わせるべく、2022年の大規模リニューアルでは、インテリアやレシピの見直しに加え、接客スタイルも改革。さらに、予約管理や情報発信に「LINE公式アカウント」を活用することで、デジタルとアナログを融合させた新しい顧客体験を生み出しています。

いかにして時代に適応し、顧客との絆を深めているのか。店舗を運営する株式会社美和ギャラリー代表取締役の岩﨑泰英さん、プロダクトマネージャーの佐野卓也さん、そしてシェフパティシエの香西伸哉さんに、伝統と革新のバランス、そしてLINEを活用したコミュニケーション戦略についてお話を伺いました。

「エミリーフローゲ」の岩﨑泰英さん、香西伸哉さん、佐野卓也さんプロフィール写真

岩﨑泰英さん(写真右)
「エミリーフローゲ」を運営する株式会社美和ギャラリーの代表取締役。

香西伸哉さん(写真中央)
「エミリーフローゲ」7代目シェフパティシエ。コンクールでの受賞歴もある実力派。伝統的なレシピを継承しながらも、自身の色を出した新しい菓子作りに挑戦している。

佐野卓也さん(写真左)
「エミリーフローゲ」6代目シェフパティシエとしてリニューアルを手がけたのち、現在はプロダクトマネージャーとして店舗運営全体を統括。

3年半前にレシピや内装を大リニューアル

――まずは、お店の成り立ちについて教えてください。

岩﨑さん:創業者は私の祖父です。祖父はヨーロッパ旅行で目にした「木々の中で人々が語り合い、優雅にお茶を飲む文化」に感銘を受け、自分が生まれ育ったこの街で、その風景を再現したいと考えたそうです。1975年、まだ開発が進んでいなかった立川に、まずはコーヒー店「クリムト」を開業。その後、1980年にパティスリー「エミリーフローゲ」をスタートさせました。

店舗提供画像

――40年以上の歴史があるなかで、3年半前に大規模なリニューアルを行ったと伺いました。そのきっかけは何だったのでしょうか?

佐野さん:「奇をてらわず素材を生かす」というお店の方針自体は変わりませんが、時代に合わせて「新しい価値」を提供する必要があると感じたからです。そこで原点に立ち返り、内装だけでなく、ケーキやお菓子の材料・レシピもすべて見直しました。

岩﨑さん:長く続いているからこそ、変えるべき部分は変えていこうと。

――具体的にどのような変化があったのでしょうか?

佐野さん:レシピに関しては、例えばショートケーキをより軽い食感・味に調整しました。前はアーモンドの入ったしっかりしたスポンジに甘く濃厚な生クリームを使っていました。それはそれでご好評いただいていたのですが、リニューアルを機にクリームの乳脂肪分や糖度を下げて、より幅広い年代の方に楽しんでいただけるバランスに変えたんです。その結果、今までとは違う新しい層のお客さまも増えました。

リニューアル時は私が6代目シェフパティシエとして指揮を執りましたが、現在は7代目の香西がそのバトンを受け継ぎ、伝統の継承と進化の両立を担っています。

定番商品「フィナンシェ」に見る伝統と革新

定番商品の焼きたてフィナンシェ。右から、「ブーレ」、コンテチーズを2層に入れた「Wコンテ」、よく焼いた「ビスキュイ」。季節ごとに限定のフレーバーも登場する

――お店の定番商品や人気メニューについて教えてください。

香西さん:お客さまから特にご支持いただいているのは「フィナンシェ」です。実は当店には2種類のフィナンシェがあります。ギフト向きのものと焼きたてのもので、後者はリニューアル時に新しく作りました。

オープン当時からのレシピで作る通常(ギフト用)のフィナンシェ

――その2種類には、具体的にどのような違いがあるのでしょうか?

香西さん:通常のフィナンシェは創業当時からのレシピで作っています。バターをしっかり焦がし、風味を重視したクラシックな製法です。

一方、「焼きたてフィナンシェ」は配合も使うバターも全く別物です。ナッツやバターの風味をより強く感じられるのが特徴で、賞味期限は当日中。「焼きたてだからこそのおいしさ」を味わっていただくため、特別な配合にしています。

――数あるお菓子の中で、なぜそこまで「フィナンシェ」にこだわるのですか?

佐野さん:お店として、もっとも思い入れの強い商品だからです。創業当時、まだ日本でフィナンシェが珍しかった時代に、初代シェフが本場フランスからその味とレシピを持ち帰ってきました。

リニューアルにあたり「私たちの武器は何だろう」と改めて問い直したとき、「やっぱりフィナンシェだよね」という結論に至りました。代々受け継いだレシピを大切にしながら、今の時代に合わせて「焼きたて」という新しい価値を加えてブラッシュアップしました。

製造スタッフも総出で接客し「お菓子作りにかける思い」を伝える

――どのようなお客さんが多くいらっしゃいますか?

佐野さん:女性のお客さまが中心ですが、幅広くいらっしゃいます。伊勢丹(立川店)の1Fという立地柄、長年通ってくださるマダムもいらっしゃれば、最近はSNSを見て来てくださる学生さんや20代の方も増えました。そうした多様なお客さまに対しレストランのような完璧なサービスではなく、「お菓子好きとしての接客」を提供するようにしています。

――「お菓子好きとしての接客」とは、具体的にどのようなことでしょう?

佐野さん:ケーキを作っている製造スタッフも店頭に立つようにしています。通常、当店のような規模だと製造と販売は分業になりますが、私たちはあえてその垣根をなくしているんです。これは素材一つひとつの魅力を、作り手自身の熱量で語ることが、お店の活気にもつながると考えているからです。

――作り手が販売も行うのは、効率面では大変ではありませんか?

岩﨑さん:おっしゃる通り、効率が良いとは言えないですね(笑)。でも、私たちは「効率」より「対話」に価値があると思っています。

本当に良い素材を使ったお菓子は、インパクトの強い味というより「なだらかな味わい」がします。その「じわじわと伝わる良さ」を知っていただくには、どうしても丁寧なコミュニケーションが必要なんです。コスパ、タイパの時代に少し逆行しているかもしれませんが、私たちはそこにこそ価値があると考えています。

店舗提供画像

佐野さん:実はリニューアル当初、価格改定などもあって、常連さまから「前の方が良かった」というお声をいただくこともありました。それは私たちの発信不足で、こちらの意図を伝えきれていなかったことが原因です。その反省があるからこそ、今は「作り手の思い」をしっかり届ける手段を何より重視しています。

LINE公式アカウントで「きれいな販促文」を送らない理由

――発信を強化する中で、LINE公式アカウントはどのように活用されていますか?

岩﨑さん:もともとアカウントはありましたが、InstagramがメインでLINE公式アカウントは休眠状態でした。しかし、Instagramはお店の「雰囲気」を伝える場所、LINE公式アカウントはお客さまとより近い距離で「コミュニケーション」を取る場所とし、本格的に運用を始めました。 現在は、ケーキやモーニングの予約システムを導入しつつ、メッセージ配信を行っています。

――LINE公式アカウントの本格的な運用前後で何かしらの変化はありましたか?

佐野さん:以前はGoogleフォームや電話で予約を受けていたため、返信や注文数の管理が煩雑で……。特にクリスマスケーキの時期はスタッフも混乱して大変でした。昨年からLINEからの予約に切り替えたことで、注文の一括管理が可能になり、スタッフの負担やミスが減りました。オペレーションが効率化され、製造や接客に集中できるようになったのは大きいですね。

――モーニング(スイーツが主役の完全予約制の朝食)の予約でも効果が出ているそうですね。

佐野さん:はい。予約1カ月前で締め切るため、以前は当日になっても忘れてしまうお客さまがいらっしゃいました。今はLINE公式アカウントから前日に自動でリマインドのメッセージを送っているので、直前のキャンセルや「忘れていた」というケースが激減しました。現場のオペレーションが楽になっただけでなく、お客さまにとっても親切な仕組みになったと思います。

アンケートから得たデータは今後活用予定

商品の背景やパティシエの思いの詰まったLINE公式アカウントのメッセージ

――オペレーションを効率化できた分、発信の内容にはこだわっておられるそうですね。

岩﨑さん:はい。LINE公式アカウントの配信内容はすべて私が考えています。よくある「定型文」や「きれいな販促文」は送りたくなくて。私の言葉で、ストレートに思いを綴るようにしています。「売るため」の情報ではなく、パティシエがどんな哲学でそのお菓子を作ったのか、コンクールでの経験や修行時代の思い出など、商品の背景にあるストーリーを届けるようにしています。

――なぜ、そこまで「作り手の思い」を発信することにこだわるのでしょうか?

岩﨑さん:私自身、パティシエたちと話していて「お菓子作りってすごいな」と感動するんです。素材をどう組み合わせて、どう表現するか。そこには彼らの考えや哲学が詰まっています。その気づきや面白さをそのままお客さまにお伝えできれば、もっとお店を楽しんでいただけるはずだと考えています。

佐野さん:実際に、背景や思いまで伝えられた商品は、お客さまの反応が違います。「流行りだから」と作った商品はすぐに売れなくなりますが、自分が生まれ育った地域の食材を生かした商品や、以前はできなかった表現に挑戦して作った一品のような「ストーリー」がある商品は、爆発的には売れなくても、じわじわと長く愛されるロングセラーになります。

――「思い」を伝える手段として、他にはどのような工夫をされていますか?

佐野さん:新商品の発売前にInstagramでの発信を行っていますね。そこで作り手の考えやこだわりを、映像と言葉で熱量高く伝えるようにしていて。それを見て、発売日のオープンと同時に買いに来てくださる方もいらっしゃいます。撮影スタッフも作り手の哲学を理解して撮ってくれるので、画面越しでもしっかり伝わっているのだと思います。

――InstagramなどのSNSとLINE公式アカウントは、どのように使い分けていますか?

岩﨑さん:Instagramで「イメージ」を伝え、LINE公式アカウントで「深い思い」を届けて購入につなげる、というイメージです。LINEの配信頻度はあえて決めていませんし、セグメント配信も今は行っていません。頻繁に通知が来て「売り込み」だと思われるのは本意ではないからです。本当に伝えたいことがある時にだけ送る。私たちの考えに共感してくださる方に届けばいいというスタンスで運用しています。

モーニングのような「体験コンテンツ」を拡充したい

――今後どのようにお店を成長させていきたいですか?

佐野さん:現場のお菓子作りは香西シェフに任せているので、私はモーニングのような「体験」のコンテンツに注力したいですね。

お客さまは商品だけでなく、そこで過ごす時間という「体験」も求めていらっしゃると思うので。もちろん、商品とサービスがしっかりしている前提があってこそできることですが、今までとはちょっと違った視点で、新しい価値を作っていきたいと考えています。

香西さん:シェフパティシエとしてお菓子作りを指揮するのは初めての経験ですが、「エミリーフローゲ」のカラーを守りながら、自分の色も打ち出して、いろんなチャレンジをしていけたらと考えています。

岩﨑さん:「本当に良いものを知ってもらいたい」という軸はぶらさずに、それをどういうコンテンツにしていくかを考えていきたいですね。よりおいしいものを食べていただき、「いつもより、ちょっと良い気持ち」になって帰っていただける。そんなお店であり続けたいと思っています。

気になるあのお店のLINE公式アカウント活用事例

湯島の人気喫茶店「みじんこ」がDXを進める理由。LINEとセルフオーダーシステムでつくる“温かい店”

▶記事を読む

 

行列ができる回転寿司「回し寿司 活」のLINE活用術。アナログとデジタルの融合で“感動”を届ける

▶記事を読む

 

【取材先】
エミリーフローゲ
住所:東京都立川市曙町2-5-1
TEL:042-527-1138 
営業時間:[Shop]10:00~20:00、[Salon]10:00~19:00(L.O 18:30)
定休日:元旦
HP:https://emilie-floge.co.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/emiliefloge.1980/

取材・文/花沢亜衣
東京生まれ。食や暮らしにまつわるジャンルを中心にWEBメディア・雑誌で編集や執筆を行う。三度の飯より食べることが好き。一番好きなお酒は青空の下で飲むお酒。2023年J.S.A.ワインエキスパート呼称資格取得。2025年5月に酔談録『二軒目は路面店』を発売。
Instagram:@aipon79

写真:佐坂和也
編集:はてな編集部