普通は売れない商品が人気商品に? 調剤薬局の今後/街の「気になる」を調査③

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病院の近くに必ず存在している街の小さな調剤薬局。2019年のデータでは、全国の薬局数は60,171軒(2019年)※1で増加傾向にあるものの、個人経営の調剤薬局は大手ドラッグストアの躍進などにより静かな危機を迎えているといいます。そこで、街の薬局が経営的にどう成り立っているのか、今後の発展など、取材で明らかになった調剤薬局の今を紹介します。

※1厚生省『令和元年衛生行政報告例』

そもそも、病院と薬局が分かれている理由って?

街で見かけることも多い調剤薬局ですが、「なぜ病院と薬局が分かれているのか」「処方箋だけで商売は成り立つのか」など、あらためて考えるとたくさんの疑問が湧いてきます。

現在の調剤薬局を支えているのは、日本では明治時代に初めて取り入れられた「医薬分業」という仕組みです。医療を「医師」と「薬剤師」の両輪で回していくという発想からスタートしており、病院で処方箋をもらい、薬局で薬を受け取るというシステムは、この「医薬分業」の考え方に基づいています。私たち生活者にとっては、医者が診療に専念し、薬剤師が調剤に専念することで、薬の安全が保たれるというメリットがあります。薬局もまた、処方元の医者との良好な関係性を保つことで、安定した経営を続けることができます。

しかし、そんな状況に疑問を感じたのが、株式会社クラスAネットワーク会長の橋本薫さんです。橋本さんは、広告制作会社で名だたるプロジェクトに関わった生粋のクリエイティブディレクターですが、ごく個人的な体験をきっかけに薬局の世界に足を踏み入れました。

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(株)クラスAネットワーク会長 橋本 薫さん

「私の父親が病院に入院していたときの話ですが、ようやく退院できそうになったタイミングで調子を崩してしまい、入院期間が伸びました。結局、そのまま病院で亡くなってしまったのですが、家に帰れず非常にがっかりしたという父の言葉が、その後もずっと心に残っていました。私自身、何度も見舞いで病院に足を運ぶ中、社会から隔絶した病院の環境に疑問を感じることもあり、経験をもとに新しい病院の在り方について提案したいと、出すあてもない企画書を作り始めました」(橋本さん)

安定した経営を約束されたがゆえに「差別化」「ブランド」、そして「トキメキ」がない

完成した企画書を知人や友人に見せているうちに紹介を受けたのが、とある調剤薬局の経営者。橋本さんにとっては未知の世界でしたが、「うちの調剤薬局をぜひ一度見てほしい」と頼まれ、実際に何軒かの薬局を見学してみると、いくつかの課題が浮き彫りになりました。

「一つ目に、差別化がなされていないということですね。街の調剤薬局ってお店の見た目や店舗の造り、提供しているサービス、どこも似たようなものだと感じませんか? というのも、医薬分業というシステムに守られているうちは、関係性のある病院が近くにあるだけでそれなりの収益が確保できます。ですから、他の調剤薬局との差別化を図ろうというマーケティング的な発想が生まれにくいのです。

二つ目に、ブランドがないとも感じました。良い商品やサービスがあれば、思わず人に自慢し、紹介したくなります。でも、調剤薬局に関して『あの薬局はすごくいいよ』となかなか人に言いません。それはつまり、ブランドが確立されてないということなんです。

三つ目は、トキメキがないということ。これまで携わったプロジェクトの中でも、私は常に人々の『こうだったらいいのに』という願望から逆算して、心躍る体験を設計してきました。そのトキメキが調剤薬局にはないと感じたんです。このトキメキは、そこで働く人たちにとってはモチベーションに直結するものだと思います」(橋本さん)

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橋本さんは、サントリーの広告制作会社であるサン・アドで、JR東日本ガーラ湯沢、JR西日本大阪駅再開発、ハーゲンダッツ、サブウェイなどのプロジェクトに関わってきた

調剤薬局にも「マーケティング」という当たり前の視点を取り入れる

超高齢化社会によって医療費の増加、国民の健康を支えてきた制度の破綻が懸念される中、調剤薬局も顧客ニーズの変化に合わせ、他業界では当たり前の「マーケティング視点」が必要でした。

橋本さんは、医薬品卸売業を手がける株式会社メディパルホールディングスに掛け合い、共同でクラスAネットワークを設立。メディパルホールディングスの取引先を対象に、全国の保険薬局をサポートする会員制の「class A」というサービスブランドを立ち上げました。

「最初は、薬局を訪れるお客さま向けの情報誌や映像、薬局経営者向けのマーケティング誌、ホームページ制作支援、販促ツールなど、マーケティングという発想に基づいたオリジナルツールの供給を行っていました。そのうち、セミナーみたいなことをやってみてはどうかと提案をいただいたので、そこで初めて会員さんの顔を見ながら、先ほどお伝えしたような調剤薬局に対して思うことを話したんですね。すると、非常に多くの賛同をいただきまして、それ以降、北海道から沖縄まで全国各地を回ってセミナーをするようになりました」(橋本さん)

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クラスAネットワークが発行する保険薬局向けマーケティング情報誌「class A Field」(左)

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クライアントである調剤薬局向けに制作している、健康情報フリーペーパー「Life」

「class A」のセミナーやイベントに各地の薬局経営者が参加する中で、経営者同士の交流やノウハウの共有が行われるようになりました。実はこのネットワークの形成が、マーケティングツールの供給以上に、調剤薬局へ大きな変化をもたらしました。

医薬分業に守られながらも「このままでいいのか」というジレンマ

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フジドラッグ社長 安島邦雄さん(左)と、会長 安島保晴さん(右)

株式会社フジドラッグは、東京都福生市に1店舗、羽村市に2店舗を展開する、地域密着型の老舗調剤薬局です。1970(昭和45)年に開業し、最初は数ある商品の一つとして大衆薬を扱っていましたが、その後、ドラッグストアへ業態変更。現在は調剤薬局として地域住民の健康を支え続けています。

「これ、正直に言っていいか分からないのですが……最初は本当に軽い気持ちで受け継いだんですよ(笑)」とにこやかに話すのは、フジドラッグの代表取締役を務める三代目の安島邦雄さん。安島さんには、経営する上であるジレンマを抱え続けてきました。

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季節感を意識した飾り付けで、訪れる人を明るい気持ちにさせてくれる店内

「医薬分業という仕組みのおかげで、調剤薬局はある程度国に守られている状況です。でも、お医者さんありきの商売なので、例えば懇意にしている病院のお医者さんが亡くなってしまうと、薬局は店を閉めざるを得ません。大手が良い立地を確保して、年々店舗数を拡大していく中で、地域医療として小さくやっている薬局は、今後苦戦が続いていく。淡々と日々ルーティン化する作業をしながら、本当にこのままでいいのかというジレンマを常に抱えていました。ただ当時は、身の回りに参考にできるような調剤薬局の成功事例やモデルケースがまったくなくて、どうすればいいのかも分からなかったんです」(安島さん)

打開策を求めて安島さんが足を運ぶようになったのが、先代である会長が加入していた「class A」のセミナー。そこでは、フジドラッグと同じような規模や立地で、さまざまな試行錯誤をしている薬局経営者たちとの出会いがありました。

「私にとってはすごく刺激的でしたね。薬局がこういうことをしてもいいんだという視野が開けたというか。まずはできるところから、良いと思ったノウハウを自分たちのお店に取り入れていくようになりました」(安島さん)

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「改革する上で、まずは優秀なスタッフにいかに活躍してもらえるかを考えることはとても大切ですね」と安島さん

調剤薬局の強みは地域のお客に深い提案ができること

「class A」での出会いに触発されて安島さんが着手したのが、お店の棚作り。これまで商品には値札しか付けていませんでしたが、お客のニーズに合わせてさまざまな売り文句を添えるようになりました。

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OTCヘルスケア商品販売はメーカーも驚くほどの販売力を誇る。商品に添えられた手書きPOPにはイラストも多用され、思わず見入ってしまう

「幸いなことに、私たちのような地域密着の調剤薬局は、お客さまと古くからの付き合いがあり、個々人の背景もよく知っています。この方にはこの商品がおすすめじゃないかな、という提案ができるんです。そのため、ターゲットに合わせてPOPの売り文句を考えたり、商品の並び方や演出を工夫したり、一人一人に合った提案をするようになりました。扱っているサプリメントは決して安くはないのですが、本当に必要としている人に然るべき提案をすれば、値段に関係なく買ってくれますよ」(安島さん)

クラスAネットワークの橋本さんも、調剤薬局は流通という観点から大きなポテンシャルを持っていると話します。

「ドラッグストアやコンビニで大量陳列されている商品は、販売が伸びなければ一週間ほどで撤去されてしまいます。ところが、そういった商品を通販で取り扱ってみると、たちまち大ヒットになったというのはよくある話です。要するに消費者のもとには、本当に良い商品が届いているのかどうかというよりも、たくさんお金を使って広告展開している商品が届いているだけかもしれません。調剤薬局はドラッグストアやコンビニに比べると1日の来客数は少ないかもしれませんが、お客さまとの関係を深く持つことができます。薬剤師が商品の必要性や魅力を伝えてくれるからこそ、良い商品をお客さまのもとへ届けることができるのです」(橋本さん)

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クラスAネットワークがリブランディングした調剤薬局専売商品「もっちり麦」。ビール会社によって持ち込まれた終売寸前の商品を、装いを変えて薬局で販売したところ大ヒット商品となった

薬局を地域住民のトータルヘルスケアを担う場所に

商品の売り方だけでなく、安島さんは店舗の空間づくりにも工夫を加えました。例えば、お店の片隅で存在感を放つガチャガチャ。

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カプセルに入った景品の他に「アタリ」が出ると、クオカードやペットボトル飲料などがもらえる

「調剤薬局は病気の時に訪れる場所なので、どうしてもネガティブなイメージを持たれがちです。お客さまも待ち時間を苦にしている人が多い。それを打破するために取り入れたのがガチャガチャです。普通の調剤薬局にはないアイテムを取り入れることで、ちょっとしたサプライズというか、お客さまを笑顔にすることができます。直接収益に結びつかなくても、それだけで僕は勝ちだと思うんですよね。『あら、私アタリが出たわ』って、お隣のお客さま同士の会話のきっかけにもなるかもしれないですしね」(安島さん)

POPやガチャガチャの他にも、思わず目を奪われるディスプレーが店内にあります。それは、スタッフの方が作ったかわいらしい折り紙工作。

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指輪やケーキなど、折り紙検定の資格を持つスタッフによる手作り。気に入ったものを持ち帰ることも可能

「最初は、事務のスタッフが趣味で作った折り紙作品をお店に飾っていたんです。そしたら、お客さまが『これ素敵じゃない!』と反応してくれて、折り紙を習いたいという人まで出てきました。ただ、スタッフにも仕事があるので、教えたくても教えられる暇がありません。それなら、折り紙教室の時間を設けようと考えて、コロナ禍に入る前までは月4回開催のイベントとして実施していました。単に楽しいだけでなく、手先を動かすことで脳の活性化にもつながります」(安島さん)

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フジドラッグのスタッフ。左から石井さん(薬剤師/商品仕入れ・POPを担当)、森川さん(薬剤師/主に接客を担当)、瀬谷さん(事務/SNSでのコミュニケーションを対応、折り紙認定講師)、会長の奥様である富美江さん(薬剤師)

個性豊かなスタッフが活躍するフジドラッグ。LINE公式アカウントやInstagramでも積極的に情報を発信していますが、これも最初は機械が得意なベテランスタッフが、独学でアカウントを立ち上げてスタートしたそうです。それぞれの得意分野を生かして新しい試みに挑戦することが、スタッフのモチベーションアップにもつながっています。

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LINE公式アカウントを活用して処方箋応需も行っている

最後に安島さんは、お店の展望について次のように語ります。

「将来的には心のサポートを含めた地域のトータルヘルスケアを担う場所にしていきたいですね。例えば、いまお店でペットの里親募集の貼り紙をしているのですが、ゆくゆくは近くのスペースを借りて、犬や猫の譲渡会を実施したいと思っています。調剤薬局が譲渡会……と思われるかもしれませんが、それこそ今ではペットセラピーなんて言葉もあります。薬を提供するだけではなく、何か困り事があったら相談に来たくなるような、地域の人の心と体に寄り添う薬局をつくりたいですね」(安島さん)

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「お客さまとの強固な関係性を築くことで、本当の意味で価値のある“お気に入り薬局”になれるよう意識しています」と安島さん

「時代遅れ」にならないための価値転換発想

「日本の治安は世界トップクラスだといわれています。それは、地域のあちらこちらに交番あることも要因の一つです。同様に日本には60,000軒近くの調剤薬局があります。これらを、地域の健康や暮らしを支えるセーフティーネットとして捉えることで、大きなうねりができるのではないかと思っています」(橋本さん)

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「快適な日常生活に貢献することが調剤薬局の新しい道筋」と橋本さん

現代は、人々が自ら健康をつくる時代ともいわれています。そう考えると、地域の調剤薬局にとっての顧客は、病気を患っている人だけに限りません。患者さんに薬を売るだけでなく、まだ病気になっていない健康な人に対して、ライフスタイルを含めたさまざまな提案やサポートができる場所となれば、新たな商機が生まれるはずです。

既に持っているはずのポテンシャルを見出し、顧客のニーズを正しく捉えることで、街の調剤薬局は新しく生まれ変わろうとしています。この発想は、時代の変化によってこれまでのビジネスモデルが通用しなくなったあらゆる業種に、必要なものなのかもしれません。

 

【取材先紹介】
株式会社クラスAネットワーク
https://www.i-classa.com/
<橋本薫さん著書>
クリエイティブディレクターが起こす調剤薬局革命 (評言社MIL新書)

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株式会社フジドラッグ
東京都福生市熊川420-13
電話 042-519-5001
http://fuji-drug.co.jp/index.html

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取材・文/小野和哉
1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯に惹かれて入ってしまうタイプ。

写真/野口岳彦