ラーメン“超”愛好家、サニーデイ・サービス田中貴さんが「通いたくなるお店」

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1度ならず、何度も足を運んでくれる常連のお客さん、「おなじみ」は、飲食店にとって心強い存在です。そうした常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。

また、お客さんから見てどんなお店が「通いたくなるお店」なのでしょうか。

今回お話を伺ったのは、ロックバンド「サニーデイ・サービス」のベーシストであり、またラーメン愛好家としても知られる田中貴さん。バンドのツアーの合間を縫いながら、また、自身の足でふらりと出かけ、30年以上日本全国のお店を食べ歩くほどの"超"ラーメン好きです。

では、筋金入りのラーメン好き、田中さんにとっての気になるお店の探し方、選び方、そして「ここは何度も食べに行きたい!」と感じるポイントとは?

20年来通い続けているという東京・飯田橋のラーメン店「びぜん亭」で、「通いたくなるラーメン屋」のあれこれを聞いてみました。

※取材は、新型コロナウイルス感染対策を講じた上で実施しました

年間およそ600杯、全国各地のお店を食べ歩く田中さんのラーメン偏愛歴

――田中さんはデビュー以来、日本全国のラーメン店を食べ歩くほどのラーメン愛好家だと伺っています。ラーメンをそれほどまでに好きになるきっかけは何だったのでしょうか?

田中さん:もともと小さい頃から食べることが好きなんです。小学生の頃は、家族で近所のお店「来々軒(愛媛県・今治市)」に行くのが楽しみで。今でも帰省の際は親戚と訪れるんですが、いりこ出汁ベースの豚骨スープが美味しくて、昔からこだわりがある良いお店だと思うんです。

中学生の頃には「ドカ盛りのお店があるらしいぞ」と先輩や友達に聞いて部活終わりに食べに行くとか。高校は香川県丸亀市にある学校だったんですが、当時はラーメン店が少なかったのでうどん屋さんでしたね。周囲から得た情報を手がかりにして「釜揚げならここ」「うどん定食ならあのお店」みたいに、ジャンルごとに自分のベストだと思うお店を見つけては、自転車で小一時間かけて行ったりしてましたね。

食べ歩きの対象がラーメンに変わったのは大学入学を機に上京してからですね。1990年代前半なので、もう30年以上前。さまざまなお店で食べるうちに「ラーメンは作り手の個性が出やすい」と思ったんです。同じ醤油ラーメンでも店ごとに素材も作り方も全然違うから、実際に行って食べてみないと、どんな味か分からない。その違いが面白くなってきました。

その後、在学中にバンドデビューして、ライブツアーで全国各地に行くようになると、今度は東京と地方との味の違いを知ることになりました。「博多ラーメンは東京でも食べたけど、本場・福岡の博多ラーメンは全然違うな!」と感動して。今はコロナ禍でなかなか遠くには行けないけれど、土地ごとのラーメンに触れられるツアーは今も大好きです(笑)。

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田中貴さん

――ツアーがきっかけで、遠くのラーメン屋さんにも足を運ぶようになったんですね。

田中さん:地方に行くと、地域性が色濃く出るんですよね。

例えば、徳島の豚骨ラーメンは豚骨の出汁が濃厚なんですが、こうした味が生まれたのは、日本ハム(当時は徳島ハム)の工場があって、豚骨が安く大量に入手できたからとも言われているんです。この話は仮説ですけれど、その地域だからこそ生まれた味がある、というのは、とても面白いですよね。同じ県内でも町ごとに少しずつ独自に発達している場合もあって、知れば知るほど奥が深い世界だなと思うんです。

お店選びでチェックするのは写真だけ。クチコミや評価は気にしない

――学生時代は友達に聞いてお店に行くことが多かったとお聞きしましたが、今はどんな風にお店選びをしていますか?

田中さん:今はやっぱりSNSや食べログのようなクチコミサイトですね。でも、見るのは写真だけ。公式のWebサイトが存在しないような小さなお店でも、来店した人が店構えや料理写真をアップしてくれているじゃないですか。それを拡大して見て「好みだな」「食べてみたいな」と思ったお店に行くことが多いです。

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田中さん自身、食べたラーメンを写真で記録することは忘れない。スマホの写真フォルダには、ラーメンの写真がずらりと並ぶそう

――なるほど。具体的に「ここ行ってみよう」と思うのはどんなラーメン屋さんですか?

田中さん:昔から営業している個人のお店が好きなんですよね。古いお店でも清潔感があって、のれんがシワなくピシッとかかっているようなところ。店名や店構えもお店の方のセンスが表れるので参考にしています。

――なんだかレコードやCDの“ジャケ買い”みたいですね。

田中さん:そうそう。バンド名やレコードジャケットも、その音楽の特徴を表現する要素のひとつだと思っているんです。人気バンドでダサい名前はないし、名盤と言われるアルバムのジャケットはどれも恰好いいですもんね。結果ありきかもしれないですけど(笑)。

飲食店の店主の方だって、「こんなお店にしたい」と想いを込めてお店づくりをされているのだから、同じだと思っています。

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びぜん亭の外観。いかにも年季の入った店構えは、飯田橋の地で30年以上、人々に愛されてきたことを感じさせる

――確かに……。他にはどんなところに注目しますか?

田中さん:これも僕の好みですが、ちょっと小さめの赤巻雷門のどんぶりにスープが並々注がれているようなラーメンを見ると、「おっ」と目を止めて拡大しちゃいますね。

そういえば、食べログって10年くらい前までスマホでは写真が拡大できなかったんですよ。どんなメニューがあるのか詳しく見たいのに、小さな写真ではメニューの細かい文字が見えないのがもどかしくて……。ある時、食べログの運営会社の方にお会いする機会があったので伝えたら、数カ月後に拡大できるようになったんです。僕の意見が影響したか、真相は分かりませんが(笑)。

――今、食べログで写真を拡大できるのは田中さんのおかげかもしれませんね(笑)。最近よく行くラーメン店はありますか?

田中さん:色々ありますけど、昨日は群馬県桐生市にある「純手打ラーメン五十番」で塩ラーメンを食べてきました。本店には行ったことがあったんですが、Instagramで見た分店の塩ラーメンに心を掴まれてしまって。おいしかったなあ。

最近では千葉県銚子市にある「中華ソバ 坂本」にハマってしまって、東京から2時間以上かかるんですけど2カ月に1度くらいのペースで通ってます(笑)。いりこが効いた豚骨スープで、昆布も使われていて。どことなく、昔家族と行った「来々軒」に味が似ているんですよね。そこも強烈に惹かれたポイントかもしれません。

――田中さんにとって、ご家族とよく行かれた「来々軒」の味がラーメンの原体験になっているのかもしれませんね。お店選びの際に、クチコミサイトのコメントや星の評価は参考にしますか?

田中さん:お互いに好みを知っているような友達からの情報は参考にしますが、知らない方のコメントはまったく読みません。味の感じ方は人によってそれぞれですし、お店の評価が高いことと、そのラーメンが僕にとっておいしいと思えるものかどうかは別の話じゃないですか。

これも音楽と同じだと思うんですよね。思わず口ずさんだり踊りたくなったりするような曲は、たくさんの人が聴くから評価が高い。こうしたヒットソングは、音楽を生業にしている僕が聴いても「よくできているな、素晴らしいな」と思います。

でも、僕が普段聴きたいのは、どこかマニアックな個性を持っている曲で、世間一般で評価されること自体が少ない。ラーメンも同じで、「口コミの数が多い、評価が高い=僕にとっておいしいラーメン」とは一概に言えないと思っています。

ラーメン愛好家が考える「通いたくなるお店」のポイントとは

――普段からさまざまなお店を食べ歩いている田中さんが「また行こう」と思うお店はどんなところですか?

田中さん:自分の好みに合わせてカスタマイズできると「また行こう」と思うのかもしれません。僕にとって印象的なのは東京・六本木の「天鳳」です。大学時代から通っていて、今では一般的になっていますが「麺の硬さ」「味の濃さ」「脂の多さ」を選ばせてくれる、当時としては珍しいお店でした。

ラーメン二郎もそう。最初、体育会系の友達に連れて行ってもらって「野菜、アブラ、からめ」なんて注文の仕方を覚えましたけど、初めて行ってひとりだったらどうしていいか分からないですもん(笑)。お店ごとに注文の方法も少しずつ違いますしね。自分好みの味を探したり、うまく注文できるようになったりっていう攻略要素があると、通いたくなるのかもしれません。

そもそもラーメンは奥が深くて、1度食べただけじゃ何もわからないことが多いんですよね。僕の場合、「このスープには何が入っているんだろう」と知りたくて、また訪ねたくなる。「今日は醤油だったから、次は塩を食べたら分かるんじゃないか」と、つい何度も通ってしまうんです。

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――そのお店への探究心も、通いたくなる要素のひとつなんですね。

田中さん:そうですね。いつもそのお店がどうやって作っているのかめちゃくちゃ気になります。お店に行くと厨房が見えるカウンター席に座るし、ラーメンを待つ間は腰を浮かせてのぞき込んだり、何度も水を汲みに行って、ちらっと厨房を見てみる(笑)。

あと、麺の湯切りもお店それぞれ個性があって、見ていて楽しい。大釜で泳がせるように茹でてから手際よく平ざるを使ったり、テボ(湯切りに使う深いザル)を使うリズムが独特だったり。

オープンキッチンのお店は見られることを意識している場合もあるから、動きの美しさにも配慮されていて一種のエンタメのような楽しみがあります。あと、年配のご夫婦が阿吽の呼吸でオペレーションされている様子も、長年切り盛りされてきたからこその深みがあって感動します。

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びぜん亭では、大勢のお客さんで賑わうランチ時はテボで、その後、客足が落ち着きだすと、平ざるで麺の湯切り行う。軽やかでスムーズな湯切りの動きに、田中さんは魅了されるという

ラーメン店とお客さんとの「距離感」、コミュニケーションは必要?

――ラーメン屋さんとお客さんとの距離感は、お店によりそれぞれ違いますが、田中さんはお店の方と積極的にコミュニケーションを取りたい方ですか?

田中さん:そんなことないですよ。お店の方と会話せず、ただ食べて帰るだけの場合も多いです。大学時代から通っている「天鳳」でも、つい最近1度だけ話したことがあるくらい。空気が張り詰めているような、独特の緊張感があるお店も多いですしね。

あくまで「そのお店が気に入って通っている」と思っているので、コミュニケーションありきではないです。ただ、ここ数年はお店の方に「おいしかったです」と伝えるようにしていますね。

――「おいしかった」と伝えようと思ったきっかけがあったんでしょうか。

田中さん:高田馬場から成増に移転した「べんてん」という名店があるんですけど、ある時ご主人に「ラーメン屋さんをやっていて何が一番嬉しいですか」って聞いたら「そりゃあ『おいしかった』と言ってもらった時だろうね」って返ってきたんです。こんな超人気店の、大ベテランのご主人でもそう思うんだって驚いて。

そりゃそうですよね。僕もライブでお客さんに「良かったです」って言ってもらえると嬉しいですもん。だから、今は会計時などのタイミングで、できるだけお店の方に伝えるようにしているんです。するとお店の方の反応もそれぞれ違うんですよ。

あるお店で、ちょっと近寄りがたい雰囲気の店主に伝えたら、そんな風に言われることが少ないのか、ものすごくびっくりした顔で「ありがとう」って返ってきたこともありました。北海道のお店では、おばあちゃんが「うれし~い!」って喜んでくれましたしね。そういうちょっとしたコミュニケーションができるとこちらも楽しいし、また行きたいなと思うんですよね。

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気心知れたびぜん亭ならば、田中さんも大将との会話を楽しむ。お話好きな大将は、我々取材陣にも「次は仕事じゃなく、気軽に来てね!」と楽しそうに話しかける

――今回お邪魔した「びぜん亭」さんは、田中さんが20年以上通うお店だと聞いています。お店に行くようになったきっかけは何でしたか?

田中さん:お店の近くに引っ越してきて、ふらっと寄ってみたんです。口にしてみたら、個性的な味にすっかり魅了されてしまったんですね。

名前こそ昔ながらの「支那そば」だけど、濃い醤油で、表面には鶏油がたっぷり。チャーシューも歯ごたえがあるタイプじゃなくて、やわらかくてトロトロ。聞けば、角煮からヒントを得てこのチャーシューにたどり着いたそうです。今でこそ、こういう構成のラーメンは珍しくありませんが、20年前はほとんどなくて衝撃的だったんです。

大将は本で学んだだけで、あとは独学でラーメンを作ってきたと聞いたのでびっくりしましたね。

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この日、田中さんが注文したのは「ちゃあしゅうそば(850円)」。コクの深さ、そしてすっきりした味わいが両立するスープに、とろとろ食感のチャーシューが乗る

でも、大将とこんなふうに親しく話すようになったのは7~8年前くらいからです。ある日、びぜん亭に行くと、飲み屋でよく会う方が座っていたんです。その方が常連さんで、大将ともお話するようになって、昼だけでなく、夜の営業も来るようになりました。

――びぜん亭さんは、まさに「通いたくなるお店」だったわけですね。田中さんだけでなく、常連の方が多いように思います。

田中さん:びぜん亭に5年、10年と通うお客さんが多いのは、ラーメンの魅力だけでなく、明るく気さくな大将の人柄が大きいと思います。大将は畑を持っていて、季節ごとの収穫にお客さんを誘ってくれたりします。逆に農業を営む常連さんにみんなでお邪魔したりもします。親戚付き合いのようなアットホームさがあるんですよ。

その関係性が面白かったのか、海外から映画監督が密着撮影に来たくらい。そのドキュメンタリー映画がもうすぐ公開されるんですよ。

――常連さんとの距離感がすごく近いんですね。ご主人にお聞きしたいんですが、田中さんのように足しげく通うおなじみさんがたくさんいるのはなぜでしょうか。

びぜん亭店主:とにかく、僕が寂しがり屋なんです(笑)。25歳の時にふわっと始めたラーメン屋ですし、ラーメンは自分が食べたい味を作っているだけ。でも、毎日お客さんと話すのがすごく楽しくてね。畑に誘うのも、自分のやりたいことにお客さんを付き合わせているだけ(笑)。自分にとっての天職だと思っているし、続けてきて良かったなと思っています。

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びぜん亭の大将、植田正基さん。大将のつくり出す和やかで居心地のいい空気のおかげか、お店はいつも常連で賑わう。取材中も馴染みとおぼしきお客さんがひっきりなしに来店し、ラーメンと会話を楽しんでいた

――なるほど……。では最後に、改めて田中さんにお聞きしたいのですが、田中さんにとって「通いたくなるお店」はどのようなお店でしょうか。

田中さん:そうですね……。ラーメン屋さんのほかに、居酒屋とか定食屋さんとかよく行くお店はありますけど、どこもこぢんまりとした個人店で厨房が見えるようなお店が多いんです。改めて考えてみると、僕はそのお店の味や雰囲気を通じて、作り手の人柄が見えるようなお店が好きなんだと思います。

あとは、びぜん亭の大将のように、その人しか出せない味を楽しみたい。そのお店ならではの味がどうやって生まれたのか、想像しながら食べるのが何より好きなんです。

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【お話を伺った人】

f:id:blog-media:20211119124325j:plain田中貴さん
1971年生まれ、愛媛県今治市出身。ロックバンド「サニーデイ・サービス」のベーシストとして1994年にメジャーデビュー。以来国内外問わず多数のアーティストのライブサポートやレコーディングセッション、プロデュースを行なっている。また30年以上に渡り全国各地を食べ歩くラーメン通としても知られており、その知見を活かしGetNaviの連載企画「ラーメン狂走曲」を担当する。2021年12月には同連載をまとめた単行本が出版される予定。ほか、テレビや雑誌など幅広く活躍する。

・Twitter
https://twitter.com/TAKASHI_TANAKA_
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【取材先紹介】
びぜん亭
東京都千代田区富士見1-7-10
電話 03-5276-2339

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

撮影/小野 奈那子

編集:はてな編集部