国内最大級のボードゲーム販売店「すごろくや」では、オリジナルゲームの開発や海外製ゲームのローカライズ、小売店への卸、書籍出版、イベントやワークショップの企画運営など、販売以外にも、ボードゲームにまつわるさまざまな事業を手掛けています。
店舗を運営する株式会社すごろくやの創業者であり代表を務める丸田康司さんは、元テレビゲーム開発者。1991年から15年にわたり3つのゲームスタジオに所属し、『MOTHER2 ギーグの逆襲』『風来のシレンシリーズ』『ホームランド』などの開発を手掛けてきました。
そんな丸田さんがJR高円寺駅そばに「すごろくや」を開いたのは2006年のこと。なぜ、人気テレビゲームの開発者だった丸田さんは、ボードゲームの世界に足を踏み入れることになったのでしょうか?
近代ボードゲームに衝撃を受けた、テレビゲーム開発者時代
丸田さんとボードゲームの出合いは90年代にさかのぼります。当時、丸田さんは駆け出しのテレビゲーム開発者でした。
「SEDIC(セディック)という会社に入社し、テレビゲーム制作室に配属されて間もなく、仲間たちとドイツのボードゲームで遊びはじめたのが、いわゆる近代ボードゲームとの出合いでした。近所にドイツ製ゲームの輸入販売店があった縁で、上司だった石原恒和さん(現・株式会社ポケモン代表取締役)や大山功一さん(ポケモンカードゲームの生みの親)、コピーライターの糸井重里さん(現・株式会社ほぼ日代表取締役)、モノポリー世界チャンピオンの百田郁夫さんたちが、夜な夜な集まって遊んでいたんです」
丸田さん曰く、そもそも近代ボードゲームとは、子どものためのおもちゃとは一線を画した大人向けのボードゲームで、戦略性や推理力が問われたり、プレイヤー間の交渉力が問われたりする特徴があるといいます。70年代後半のドイツが発祥であることから「ドイツゲーム」「ユーロゲーム」と呼ばれることもあるそうです。
「僕の子ども時代に存在したボードゲームといえば、たいていはテレビの人気番組やアニメキャラクターをテーマにしたものが大半でした。近代ボードゲームは、それらとはまったくの別物だったので、最初は咀嚼できなくて戸惑いを感じたほどでした。おもちゃ的な要素をすべて剥ぎ取った後に残る『高度に研ぎ澄まされたゲーム性』に圧倒されたのをよく覚えています」
丸田さんが戸惑いながらも近代ボードゲームに魅せられたのは、単にサイコロやルーレットに勝敗を委ねるのではなく、刻々と変化する状況に対してプレイヤー自身が知恵を働かせ、打開策を「発明」しなければならない点にありました。
「近代ボードゲームといってもさまざまな種類がありますが、『こうしたら勝てるんじゃないか』『こうしたらもっと上手くやれるんじゃないか』と、プレイヤー自身が思考を巡らせ、これまで考えたことがないような『発明』を求められる点は共通しています。しかも、作り手が意図したゲーム性をそのまま楽しむだけでなく、他のプレイヤーの振る舞いによって左右される部分も大きい。なにしろはじめての経験ですから、最初はすごく戸惑いましたね」
遊び慣れてくるうちに最初の戸惑いは楽しさに変わっていきましたが、得たものはそれだけではなかったといいます。
「プレイヤーとしての面白さに目覚めると、ゲーム開発者としての見識も高まりました。プレイヤーをハッとさせたり、デザインやキャラクターの動作などからクリエイティブな感覚を味わってもらったりするには、どんなゲームを設計すべきか、より深く考えられるようになったからです」
ゲーム開発者から小売店店主への転身を後押ししたもの
丸田さんは2006年、15年にわたるテレビゲーム開発者としてのキャリアに区切りをつけ、近代ボードゲームを扱う専門店を開業しました。
「2000年代に入ると、安定したビジネス面を優先するゲーム事業が台頭しはじめ、ゲーム業界全体で『パチンコ化』が進みました。これはもう止めようがない流れだと思い、会社が人員整理をしはじめたタイミングでテレビゲーム開発者以外の道を模索することにしたんです」
丸田さんがいう「パチンコ化」とは、スマホゲームの台頭により射幸心をあおるガチャの流行や続編物の粗製濫造など、ゲーム性の追求より収益に重きを置いたゲーム作りの流れを指します。
同じゲームの世界とはいえ、テレビゲームの開発とボードゲームの販売ではずいぶん方向性が違うはず。不安を感じなかったのか伺うと、確たる決意があったようです。
「テレビゲーム開発者からボードゲーム専門店の経営者に転身したというと、まるで別の仕事だと感じるかもしれませんが、自分ではあまり大きな違いがあるとは思っていません。ゲームの面白さ、楽しさを伝えることに変わりないからです。むしろ、ゲームの本質について考え、楽しませ方を熟知した人間がボードゲームの面白さを広めるべきだと思っていました。それと、もし自分がやらずに、数年後に他人に中途半端な形でボードゲームのお店を開業されるとしたら強く後悔するだろうと考えたことも理由の一つです」
丸田さんには、近代ボードゲームを日本に普及させたいという強い思いがありました。そのため、ターゲットは子どもから大人まで、家族や友人と遊ぶ層に狙いを定め、あえてコアなマニア向けの商品ラインナップは避けたそうです。
「普通の人の生活にボードゲームを浸透させたくて店を出したので、マニア向けの店づくりをしようとは思いませんでした。そういうお店はすでにありましたので。店頭に並ぶ600ほどの商品を大人向けか、子ども向けか、じっくり遊ぶタイプか、手軽に楽しむタイプかの2軸で大まかに分け、スタッフがそれぞれの嗜好や適性にあったゲームをお勧めするようにしています。ひとことで『大人向け』といっても、ほとんどの大人はややこしいゲームを求めているわけではない、というすみ分けを捉えているのも、すごろくやの特徴と言えるでしょう」
「例えば、小さな男の子がパッケージのドラゴンや剣のイラストに引かれて、大人がじっくり楽しむために作られたボードゲームを欲しがることがあります。親御さんが子どもにねだられて買うとおっしゃっても、僕らはそれをそのまま鵜呑みにして売りません。まず遊べない、楽しめないことが分かるゲームならば、それをきちんとお伝えする必要があるからです。
どんな人たちで遊ぶつもりなのか、そのメンバーはどんな嗜好の持ち主かで、選ぶべきゲームは変わってきます。それぐらい、ボードゲームは種類が多いし難易度も対象もさまざま。参考意見としてアドバイスに耳を傾けていただいた方がお互いに新たな発見があったりするのですが、お勧めすると買わなきゃならないと思われるのか、接客を歓迎しない人もいます。そのへんはちょっと残念だし、難しいところですね」
ボードゲームはその多様性ゆえに、プレイする側を選ぶ商品でもあるようです。
「分からない……」で立ち止まる人たちをどう導くか
「すごろくや」では、ボードゲームの販売だけでなくイベントやワークショップを通じて、ゲームの面白さを伝える活動にも力を入れています。現在はコロナ禍で休止しているものの(2022年3月現在)、以前は『親子でボードゲームを作ろう教室』や『ゲーム療育講座』『じっくりゲームを買ってすぐ遊ぶ会』など、趣向を凝らしたイベントを毎週のように開催していました。
実際に遊んでみなければ分からないことも多いので、手を変え、品を変えてボードゲームに親しんでもらう機会をつくってきたと丸田さんは振り返ります。こうした普及活動を通じて、楽しんでくれるお客が増えた一方、気になることもあるそうです。
「マニュアルを見て分からないことがあると、文脈やルールの整合から読み解くことができずに途方に暮れる人がすごく多いんです。どうも読み解く力、対処する力が衰えてきている気がしています。もちろん、僕らが懇切丁寧に各ゲームのルールを示し、ナビゲートしてあげることはできます。でも、それはあまりしたくないんです。自力で解決できず、プロのサポートがなければボードゲームを楽しめない状況は、決して健全とはいえませんよね」
「魚の釣り方」を教えても「魚」をそのまま渡すことはしたくないと丸田さんは言います。なぜなら、お客自身が自分の手でボードゲームを日々の生活に取り入れてほしいからです。
「あくまでも私見ですが、曖昧なものを曖昧なまま『雰囲気』で捉えるクセがついてしまっている人が多いんだと思います。深く考えないまま、何事も『そういうものだ』と。それに加えて、ディスカッションを重ねて合意形成を図ることにも慣れていないので、分からないことに出くわすと思考停止に陥ってしまう……。その傾向は、普段の言葉遣いにもよく表れている気がします」
例えば、ボードゲームを『アナログ』ゲームと呼び習わすことに疑問を持たないのも、この問題の一端が表れているのではと丸田さんは指摘します。
「本来『アナログ』は、情報を連続的な量として表現することを意味し、『デジタル』は、情報を離散的(とびとび)な値として表現することを意味します。それなのに、テレビゲームやスマホゲームは電気を使うから『デジタルゲーム』で、電気を使わないボードゲームは『アナログゲーム』というヘンな解釈が生まれてしまいました。単なる呼び方の問題ではなく、定義にすらなっていない曖昧な用語により、明確な区別で物事を捉えるという共通認識を持てないのが問題です。
言葉を雰囲気で理解させられる風潮が強いことで、それぞれが好き勝手な解釈でいい加減な言葉遣いをするようになり、議論自体もすれ違うようになった。話はボードゲームだけに限ったことじゃなく、いま日本をむしばんでいる数々の問題を生む元凶になっているように思います」
ボードゲームは小さな社会。店舗を起点に社会に貢献したい
読み解く力の低下やディスカッションができなくなってしまった要因は、幼い頃から何事に対しても「そういうものだから覚えなさい」という教育を受けてきた結果ではないかと丸田さんは見ています。幼少期の教育までさかのぼるとすると、一朝一夕に解決できる問題ではなさそうです。
しかし、丸田さんは、ボードゲームで遊ぶことによって、自分の中にある認知の歪みに気付いたり、物事を深く考え、コミュニケーションの重要性を理解したりすることが可能だと話します。
「ボードゲームは、審判がいない状態で戦うサッカーやバスケットボールみたいなものだと思うんです。ズルして勝とうと思えばいくらでもできるでしょうが、それをしてしまうとゲームは成り立ちませんし、そもそも面白くありません。
僕はよく、ボードゲームは『小さな社会』だと言っています。ゲームのルールは、プレイヤーがそれぞれの立場で活躍するために必要なものであり、法律や条令などと本質的に変わらないからです。
世の中には何のために必要なのか分からないルール、抜け穴だらけのルールがたくさんありますよね。でも、それを正していくのは自分自身です。ボードゲームは間違った認識を改めたり、他者を理解する力、他者と合意形成したりする力を育むのにもってこいの教材なんです」
店舗は、健全なボードゲーム愛好者を増やすための起点であり、ここでの活動を広げていくことが、ひいては世の中を良くすることにもつながっていると丸田さんは言います。
「僕が幼い頃は、街にひとつやふたつ模型屋さんがあって、学校帰りに立ち寄るとプラモデルに詳しいおっちゃんがいろいろ教えてくれたものです。『すごろくや』もそんな存在にしたいと思っています。いまはまだ都内に2店舗だけですが、できれば、40店舗、50店舗と全国展開していきたいですね」
ボードゲームはコロナ禍の「おこもり需要」の有望アイテムとして注目され、売れた商品も確かにあったそうですが、ほとんどが手軽に遊べるワードゲームでした。ボードゲーム文化が根付いているヨーロッパと比べてしまうと、日本市場の成熟度は低いと丸田さんは嘆きます。
「メディアに注目されるのは、一部の見栄えのするゲームに限られていますし、お店に来てくださる方が増えたとはいえ、まだまだ限定的です。コロナ禍の需要も一段落し、売上も以前のペースより少し低めに推移している状況です。
でも、悲観してはいません。そもそも社会をがらっと変える『魔法の杖』はありませんし、開店以前から20年、30年越しの取り組みだと思っていました。ボードゲームの総合企業としてこれからも地道に活動を広げていくつもりです」
音楽好きの仲間が自然と集まって音楽をつくるように、ボードゲーム好きの仲間が自分たちの手でボードゲームを作って遊ぶことが当たり前な世の中にしたい――。それが、丸田さんが描く未来です。
取材先紹介
- すごろくや 高円寺店
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東京都杉並区高円寺北3-3-8 日光ビル2階
電話:03-5356-8869
- 取材・文武田敏則
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株式会社グレタケ代表取締役ライター。デザイナー、広告制作ディレクター、情報誌編集長などを経て2006年に独立し、インタビューライターに。経営、ビジネス、採用、テクノロジーの裏にあるエモい話が好物です。
- 写真佐藤 朗(felica spico)