「御用聞き」は世界を救う!? 100円家事代行サービスが熱い注目を集める理由

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1コイン、100円でさまざまなグッズが購入できる「100円ショップ」は、日本の文化と表現してもいいくらい、私たちの生活に浸透しています。

100円ビジネスが時代とともに多様化する中で、数年前から注目を集めているのが、5分100円(+出張料金)から利用できる家事代行サービス「御用聞き」。100円という価格だけ見ると、サービスの安売りというネガティブな印象を持たれるかもしれませんが、その価格設定には鋭いビジネス的な戦略と、創業者の手痛い失敗から生まれた、ある“思い”がありました。

カメムシ1匹の駆除から、団地470世帯の引っ越しサポートまで

100円家事代行「御用聞き」のサービスがスタートしたのは、2010年のこと。東京都で開業し、現在では埼玉県、神奈川県、愛知県、大阪府へとサービスエリアを広げています。主な利用者は60〜70代のシニア層で、依頼の内容は電球や電池の交換、あて名書き、びんのフタ開けなど、多岐にわたります。「地域のささいな困りごとを解決するサービスで、資格や特殊な道具を必要としない軽作業全般はほとんどお引き受けしています」と語るのは、株式会社御用聞きの代表、古市盛久さんです。

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株式会社御用聞きの古市盛久さん。今回はオンラインで取材を実施しました

お客からの問い合わせは多種多様で、ある程度の体系化はできるものの、予想もできない依頼内容も多く、その都度ケースバイケースで対応しているそう。

「商店街の薬局から、ギックリ腰でシャッターを開けられないから、1週間だけシャッターの開け閉めをして欲しいという依頼もありました。店主さんは、このシャッターが開けられないと、地域の方々が薬を買えなくなるという危機感を持たれていましたね」

本サービスのポイントは、どんなささいな用件も1コインから依頼できる点にあります。例えば、家に出た害虫1匹の駆除でも、専門業者に依頼をすると目に見えない巣の駆除も含め、思いのほか高額な見積もりになってしまうことも。しかし、依頼者が求めているのは「とにもかくにも、目の前にいる害虫がいなくなること」です。100円家事代行は、そんな隙間のニーズを捉えます。

一方、過去には団地の建て替えによる470世帯の引っ越しを手伝うという大規模な依頼にも対応したことがあるそうです。

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引っ越しプロジェクトでは、産業廃棄物処理の事業者と提携して大きな回収コンテナを住民でシェア。回収の人件費と運送費が一往復で済むため、予算を抑えることが可能。自治体と交渉し、途中から区内の清掃局が回収してくれるようになったとか

事業で1億数千万円の損失、謝罪行脚の日々で得た気付き

「御用聞き」サービスを立ち上げるきっかけは、古市さんが過去に経験した大きな挫折でした。それは、新卒で入った会社を退職し、それまでに培った知見をもとに立ち上げた買い物代行サービスです。子どもの頃から、0から1を創り出して、世の中を良くする仕事がしたいと考えていた古市さんらしい事業内容でしたが、結果的には1億数千万円の損失を出し、会社存続の危機に陥ることになります。全ての従業員に転職してもらい、一人になった古市さんは、自分を信用して会員登録してくれた人々への罪悪感から、謝罪行脚をはじめました。

「当時は精神的にも肉体的にもどん底で、片目から涙が止まらないし、スーツはボロボロ、足を引きずりながら歩いているような状態でした。お客さまの玄関に立つなり、めちゃくちゃに頭を下げて、『世の中を良くするなんてかっこつけてすみませんでした、私が悪かったです』ってお伝えして……。ほとんどの方は、会員登録したことすら覚えていなくて、キョトンとされていましたね(笑)。その謝罪行脚でいろいろな方に話を聞いてみると、買い物は年配の皆さんにとって日常生活における楽しみの時間なんですよ。そんなアクティビティーを、人にお願いするはずもないですよね。成功すると確信していた事業モデルが粉々になって消えてしまいました」

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創業当時からの歩みを知る、色あせた前掛け

そんな姿を見かねたのか「あんた何日前のスーツ着てるの? ボロボロじゃない」「謝罪なんかいいから、お風呂掃除してよ。お金あげるからさ」と優しく声を掛けてくれる人もいました。この体験から、古市さんは2つの気付きを得ました。1つは、棚の上の荷物を取ったり、電気を交換したり、ささいな困りごとに本当のニーズがあったということ。もう1つは、人助けはされる側だけでなく、する側にとっても価値のある体験だということ。

「当時、人として生きる権利があるのだろうかと自問自答するぐらい地獄を見ていた時期でした。ですから、自分のような者がお手伝いして喜んでもらえるということ自体、感動という言葉では整理できないくらいのポジティブな感情が湧き上がりました」

こうして、どんな人でもささいな困りごとを通じて人の役に立つ「担い手」になれる。そして、持ち家がなく全財産が100円の人でもサービスを受けることができるという事業モデルが浮かび上がり、その後の「御用聞き」サービスの方向性が定まったそうです。

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福祉施設向けにZoomを使った買い物代行の様子

ちなみに、「100円」という価格設定には、誰でも使えるサービスにしたいという思い以外に、学生の頃の経験もヒントになっています。

「大学の卒業論文のテーマが『100円ショップの流通形態』でしたが、100円ショップの大型店舗で100人の方にアンケートを取ったところ、1人当たりの1回の平均購入価格が想像以上のものでした。しかも、みなさんテーマパークにでも来たかのような高揚感を抱いていました。“100円”という価格設定が持つ魔力に驚きました。あの体験は私にとって大きな財産となりましたね」

困りごとのサポートをする中で見えたもう1つのニーズ

世の中にはいわゆる「便利屋」と言われるような、日常のさまざまな困りごとを解決するサービスが存在します。先行者や競合が多い中でも、「御用聞き」が成長している理由として、古市さんの話から浮かび上がってきたキーワードが「会話」です。

「私たちは『会話で世の中を豊かにする』というビジョンを掲げています。今はデジタルコミュニケーションがピークに達した時代です。SNSなどデジタルを使った交流は素晴らしいのですが、一長一短ですよね。アナログコミュニケーションの良さは、人と人が同じ空間に集まって対面で交流することで気分が落ち着くというか温かな気持ちになれることです。それは、デジタルコミュニケーションと同じくらい価値があることだと思うんですよ。振り子の揺り戻しのようにアナログコミュニケーションの価値が見直されている中、私たちはその一端を担っている——。そのようなイメージで事業に取り組んでいます」

実際、お客さんの中にも、「御用聞き」に参加する有償ボランティア学生との雑談を楽しみにしている人が多いそうです。一方、学生側も「御用聞き」を通じて普段は接点がない大人と交流することで、「自分だけの経験」を積むことができ、それが地に足がついたかのように自信へとつながっていくそうです。

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利用者と有償ボランティアの大学生が会話している様子。2021年10月現在、230名の大学生が登録している

「私たちはサービスを利用する側と、サービスを提供する側・担い手を同等の存在と捉えています。ささいな困りごとをきっかけに生まれた会話でお互いの笑顔が見えてくる、知らない人が知り合いになっていく。そんな、地域住民のみなさんとの交流を通して、一緒に喜び合える関係性を構築したいと考えています」

「会話」というニーズに着目し、ビジョンの軸に据えたことが「御用聞き」の独自性といえるかもしれません。

リアルなコミュニケーションが日本の社会課題を解決する!?

「御用聞き」の利用者に60〜70歳代の高齢者が多いのは、ちょうどその年代から身体能力の変化が著しく、日常生活の中で困りごとが増えてくるから。しかし、昨今は新型コロナウイルスの影響で子どもの支援を求める保護者からの要望も増えています。

「コロナ禍で友だちに長い間会えず、精神的に不安定になっているお子さんが多くいらっしゃいます。家庭教師のふりをして子どもに寄り添って欲しい、子どもの不安を解消するために一緒にゲームをして欲しい、という声をいただくようになりました」

また、最近では地域に密着したサポートも増えてきているそうです。

「例えば、『正月の恒例行事の餅つきで、餅のつき手が腰を痛めてしまったため、代わりについてくれないか』といった要望、『お神輿を処分しなくちゃいけないけど、処分するのはあまりにも忍びないから有効活用できないか』といった依頼が、自治会や商店街から寄せられるようになりました。地域の行事は、心の通った世代間交流が生まれやすい場です。だからこそ、会話=コミュニケーションを大事にしている私たちへの依頼が増えているのだと思います」

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引き取ったお神輿は御用聞きの倉庫に保管。コロナ禍による状況が落ち着けば、要望のある地域に出向いて「出張お神輿」を開催する予定だとか

古市さんたちの元に寄せられる「御用聞き」の依頼内容は、よくよく見てみると、少子高齢化、地域コミュニティーの弱体化、高齢者の孤立といった、現代日本の社会問題を如実に反映していることがわかります。お店のシャッターを開けたり、餅つきのサポートをしたり、地域の小さな課題の解決は、ひいては社会課題の解決にもつながっていきます。それらの課題解決の鍵となるのが、やはり「リアルなコミュニケーション」です。

「とある地域の夏祭りのお手伝いで、提灯の電球を片っ端から交換したのですが、明かりがつくと浴衣を着た小さい子どもたちがキャーキャー喜んでくれるんですよね。電球を交換しながら子どもたちの笑顔を見ていると、なんだか誇らしくもあり、大きなやりがいを感じました」

会話や生身のコミュニケーションは、どうやら人間の根源的な欲求であることに、新型コロナウイルスの感染拡大によって痛いほど気付きました。「御用聞き」を通じて生まれるリアルなコミュニケーションの連鎖は、時代のニーズに応えたもの。サービスが提供する価値の本質を捉えたことが、多くの人に支持される理由なのでしょう。

【取材先紹介】f:id:onaji_me:20211116165144p:plain

株式会社御用聞き

取材・文/小野和哉
1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯に惹かれて入ってしまうタイプ。

写真/株式会社御用聞き提供