1品勝負。リピート客が絶えない渋谷「副大統領」の仕掛け人に聞く

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席数わずか6席。メニューは一般的に認知度が高くない「ポークビンダルー」の一品勝負。奥渋谷エリアの雑居ビルの2階でひっそりと営業しながらも、ミシュランガイド東京2022のビブグルマンに選出された店舗が「ポークビンダルー食べる副大統領」です。

独特なネーミングを引っ提げて仕掛けたのはシェフであり経営者、そして、店舗のコンサルタント業もこなす佐藤幸二さん。代々木八幡を拠点に、ポルトガル料理「クリスチアノ」をはじめ、ポルトガル魚料理「マル・デ・クリスチアノ」、ポルトガル菓子「ナタ・デ・クリスチアノ」「おそうざいと煎餅もんじゃさとう」と、幅広いジャンルの店を展開し、人気店に押し上げてきた強者です。

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株式会社キュウプロジェクト 代表取締役 佐藤幸二さん。ポルトガル発祥という観点からポークビンダルーに興味を持ったそう

YESかNOが明確に分かれそうな1品メニューのお店にはどんな狙いがあり、どんなメリットがあるのか。そんなテーマで始まったインタビューは次第に、ドミナント戦略や顧客獲得への仕掛け、飲食店の未来へと話が広がっていきました。

そもそもポークビンダルーとは?

ここ数年、大阪のスパイスカレーのブームに始まり、本格的なカレーを提供するお店が増殖中です。中でも、じわじわとブームの気配を感じるのがポークビンダルー。ポルトガル人がインドのゴア地方に伝承し、郷土料理として定着したカレーで、ワインビネガーに漬け込んだ豚肉を複数のスパイスで煮込む“酸っぱ辛い”味が特徴です。

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近年ではコンビニのレトルト商品としても販売されるなど、認知度は徐々に上がっているものの「ポークビンダルー食べる副大統領」がオープンしたのは2019年6月。カレーファンの間でようやく注目され始めたタイミングでした。

「ポルトガル料理のカルネ・デ・ヴィニョ・エ・アリョス(Carne de Vinho e Alhos)が、インドに渡ったことで大きく変化を遂げたのがポークビンダルーです。どうしたらあんな風に変わっちゃったのか興味があって、都内で食べられる店を探して食べ歩いたり、ネットなどでレシピを研究したりしていました。現地ではヤシのお酢で豚肉を漬けているのですが、日本ではなかなか手に入らないのでワインビネガーで代用することが多いですね。

『副大統領』では、酸を立て過ぎないようにすることで旨味と辛味を引き立て、トマトや野菜のフレッシュさを感じられるよう仕上げています。酸っぱいものが苦手な方でも食べやすいと思いますよ」

本場に寄り添い過ぎないのが流儀

いざお店をオープンしてみると「現地で食べたことがあるが、これはポークビンダルーとはいえない」「本場の味と違う」と厳しい声も少なくなかったといいます。

ニッチな料理だからこそ、「本場そのもの」を期待する人も多かったはず。しかし、佐藤さんの考え方は初めから違っていました。

「ポルトガル料理を提供するクリスチアノもそうですが、現地のものをそのまま再現しようと思っても食材が違うし、雰囲気や空気感、温度感も違う。特にニッチな料理は、本場を意識しすぎると、初動は良くても中長期で考えると続かない。本場に寄り添い過ぎないことを大切にしようと考えました。

『副大統領』も本格派のポークビンダルーではなく、料理の“名前”を借りただけのようなところがあります。『ポークビンダルー』という名前があれば、ジャンルが分かりやすいですからね」

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4年連続でビブグルマンに選出されている「クリスチアノ」。予約が取れない店として知られ、多い時にはなんと1日150本の予約をお断りしたこともあるという

本場の味を再現することにこだわり過ぎず、その環境でできること、お店を訪れる人の口に合うことを優先する。お客とまっすぐに対峙しているからこそたどり着いた答えのようです。

「ちなみに、うちのポークビンダルーは『出来は8割』がコンセプト。卓上に4種類のオリジナル調味料を用意しているので、それをお客さん自身でトッピングします。残り2割は自分で味付けする自己責任型レストランなんですよ(笑)。

全てのお客さんを満足させることって現実的には難しいですよね。でも、余白部分をつくり、そこに自分好みのトッピングを加えれば、当然、自分の好きな味に着地できる。そこが狙いです」

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4種の調味料をトッピングすることで味が完成。「食べ方は自由ですが初見のお客さまには、ヨーグルトならパキスタン風、豆板醤なら中華風、ナンプラーなら東南アジア風など、イメージしやすいように提案しています」(沖村寛史店長)

また、1品メニューのお店になったのも必然の部分が大きかったと佐藤さんはいいます。

「店舗を構えている場所は元々、付き合いのある不動産屋さんがバーを開店しようとしていた場所です。その前段階として、店舗がある場所という認知を得るため、人気店をつくって欲しいと依頼を受けたのが2014年のことでした。

火口が2つしかなく、冷蔵庫も大きなものは置けない。そんな環境で手掛けたのがタイ料理店『パッポンキッチン』でした。タイで生活していた時に、現地の人たちがアパートで少ない火口を共有して料理していたのがヒントになりました」

「パッポンキッチン」はビブグルマンに選出され、約束通り人気店となりましたが、元々3年間限定だったため閉店。しかし、その後も何かお店を継続して欲しいと懇願され、立ち上げたのが「ポークビンダルー食べる副大統領」でした。

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ビル前に案内看板は置かれているが見逃しそうになる。それでも取材当日、次々とお客さんが来店。店名は不動産屋の社長が、「ゴア地方」と元アメリカ副大統領「アル・ゴア」をダジャレのごとく掛け合わせて命名。「あまりにセンスが……」と不動産屋の従業員は否定的だったが、佐藤さん一人がOKを出し採用された

「環境条件などを踏まえて、いきなり色々なことをやるとクオリティーが担保できない。それなら思い切って一つのメニューだけでいこうと考えたんです。それに、ポークビンダルーは鍋が一つあれば作れる料理。玉ねぎを炒めて、スパイス入れて……と一つの鍋で下から重ねて仕上げていくので、少ない火口でも対応できるんです。

従業員は1人というのも条件にあったため、ワンオペレーションでいかにスムーズに運営できるかも課題でしたが、あの店では座ったら黙っていても料理が出てくる、そのくらいシンプルなオペレーションになっています」

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「お店に来られる半数以上が常連のお客さまです。周辺の会社勤めの人が多いですね」(沖村寛史店長)

最近ではスタッフから、サイドメニューを作りましょうと言われているそうで「スタッフに新しいことをする余裕が出てきたからこその提案ですよね。元々の質を落とさなければ、僕はもう何も言いません。すでに自分の手を離れ、テイクオフしていますから」と店の成長を見守っているそうです。

ドミナント戦略で効率的な経営

出店するお店が次々とミシュランのビブグルマンに選出される佐藤さんの経営手腕には、目を見張るものがあります。

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佐藤さんの頭の中にあるたくさんのアイデアは、アイコンのように整理されており、あるきっかけで現実とリンクするという。まるで脳内がスーパーコンピューター

自店の経営のみならず、コンサルタントの話も次々と舞い込み、一時期は自社とコンサル合わせて20店舗を見ていたこともあるとか。また、リーマンショック期には、あちこちのお店からSOSがきて、その移動だけでも大変な思いをしたそうです。

その経験を踏まえ、現在自社で抱える4店舗については代々木八幡(富ヶ谷1丁目)に集中させています。「ドミナント戦略ですね」と佐藤さんは言い、その戦略に変えたことで得たメリットをいくつか挙げてくれました。

  • 近距離に配置することで全店舗、目が行き届く
  • 共同で仕入れることで、食材費が抑えられる
  • スタッフの欠員にもすぐに対応できる
  • 出店のタイミングをずらすことで、既存店舗の底上げが期待できる

ここで注目したのが「おそうざいと煎餅もんじゃさとう」。同店で扱うのは肉じゃがや揚げ物など、いわゆる「普通のお惣菜」です。

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「おそうざいと煎餅もんじゃさとう」。老若男女問わず、家庭的な味を求めて買いにくる。店奥で、もんじゃが食べられる

お洒落なレストランやカフェが点在する代々木八幡周辺は、実は関東大震災でも被災を免れたほど地盤の強い地域のため、長くここで暮らす年配の方も多いそうです。「スーパー以外に惣菜を買える店がなく、地元の人が食べたいと思っているものが出せたらと思い開業しました」と立ち上げの理由を語った佐藤さん。

ポルトガル料理と惣菜、一見するとジャンルが異なり互いの店舗への送客がないように思われますが、例えば惣菜を買っているお客さんが「クリスチアノ」の系列店舗と認知することで、レストランに足を運んでくれることもあるとのこと。

商売する地域の背景を知り、お客さんに寄り添う心掛けが新たな客層の掘り起こしにもつながっているようです。

お客を振り向かせるためには、適切なタイミングで仕掛けを

現在も自店以外の飲食店はもちろん、食品の物販などさまざまな企業に携わっている佐藤さん。成功する・しないを見極めるプロとして、成功するお店に共通点はあるのでしょうか。

「どんなお店でもいつ、何がきっかけで売上が伸びるか=跳ねるか、誰にも分からないんです。オープニングでいきなり跳ねることもありますが、その後、尻すぼみになることもあります。そのため、初めから意気込み過ぎず、店舗のオペレーションが落ち着き、ある程度準備ができてから、お客さんに振り向いてもらう仕掛けを展開しようと意識しています」

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ライス、サラダに加え、卵もサービス。「たまご2コ目からはASK!」というのも、貼り紙に“一瞬”お客さんの目を留めさせる仕掛けの一つ

「例えば、毎週送られてくる広告メールは皆さん読まないですよね。たまに来るからこそ読む価値がある。経営に不安があるとつい、こまめにキャンペーンなどの施策を展開しますが、それだと物の価値を下げてしまいます。

私の店では、広告宣伝費だと思って年1、2回ですがチラシを配布したり、出資のつもりで原価に近い割引型のキャンペーンを行ったりします。

他には、来てくれたお客さんの記憶に残り、言葉にできるキーワードを散りばめるように意識しています。例えば、『テイクアウト専門店なのにウオーターサーバーが置いてあった』とか『惣菜屋なのに駄菓子がある』とか。

『副大統領』でいえば、店名の面白さや自分で料理を仕上げるスタイルなど、お客さんが話題にしやすいネタを考え、提供するようにしています」

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レトルトでも販売。こちらは調味料がトッピングできないので、“そのままでもちゃんとおいしい”10割仕上げ!

さらに、佐藤さんはこう続けます。

「うちでは食材の生産地やブランドなどは、ほとんど宣伝していません。もちろん良い素材を使っていますが、あえて言わずにお客さんが『これ、おいしいですね』と言って、料理について聞かれたときだけお答えするようにしています。

そうすることで、自分だけが知っているという『優越感』が得られる。そして、この前食べたあの一皿をまた食べたいという楽しみが出てくると思うんですよ。

レストランや飲食店の楽しさって、何店舗回ったかというスタンプラリーではなく、何度も通い楽しむというのが本来の姿。こういうちょっとしたことを大切にしています」

さまざまな経験が蓄積され、後に生かされる

多くのファンを抱える佐藤さんのレストランも、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の時はお店を閉めていたそうです。飲食店の現状しかり、この先、業界は一体どうなっていくのか——。

「10年ごとに何かが起こるというのは昔から言われていました。山一証券の破綻にリーマンショック、東日本大震災など、実際大きな問題は定期的に起こっています。その時々の経験を蓄積しておけば、次に何かが起きても失敗や損失を避けられるはず。

例えば、コロナ禍では多くの方がテレワークになりました。これからの飲食店は、そういった方たちの生活変化に合わせて変わっていく転換期なんだと思います。そして、その先はどうなっていくのだろう——。そんな風に想像して、現在起こっている困難の“もうひとつ先”を見極めることが大切。街を歩けばそのヒントがたくさん見つかると思います」

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緊急事態宣言でレストランを閉めていた期間、スタッフは「ナタ・デ・クリスチアノ」の菓子製造スタッフとして稼働。ECサイトの需要が伸び、半年の予約待ちとなっていたが2〜3カ月待ちまで繰り上げられたそう。多角経営が功を奏したようだ

【取材先紹介】
ポークビンダルー食べる副大統領
東京都渋谷区宇田川町41-26 パピエビル2F

株式会社キュウプロジェクト
http://www.cristianos.jp/kewproject/

取材・文/篠原美帆
東京生まれ。出版社の広告進行、某アーティストのマネージャー、パソコンのマニュアルライター、コールセンターオペレーターなど、大きく遠回りしながら2000年頃からグルメ&まち歩きカメライターに。日常を切り取る普段着インタビュアーであることを信条とし、自分史活用アドバイザー(自分史活用推進協議会)としても活動中。

写真/木村心保