昔はルールなしだった飲食店「のれん分け」が、今や制度化されていること、知ってましたか?

仕事において、経営者という言葉のハードルの高さを感じる人は少なくないと思いますが、もともと働いていた会社からブランドやノウハウを借りて、会社の事業の範疇で経営者になれるのが「のれん分け」という制度です。

会社との関係性がなくても経営者になれるフランチャイズとは異なる制度ですが、具体的に何が違うのか?多店舗展開を目指して企業のサポートを行う常進パートナーズ代表取締役・高木悠さんに、「のれん分け」についてお伺いしました。

会社から事前に提示!社員に夢を持たせるのが「21世紀型のれん分け」

――「のれん分け」という言葉自体は聞いたことがあるものの、正しく理解していない人が多いと思います。最初に「のれん分け」の定義など、基本的なことから教えてください。

高木さん:「のれん分け」とは、社員が独立してお店を経営するため、雇用側である会社がブランドやノウハウを提供して支援する仕組みのことです。1人の独立した経営者として会社のグループ内で働いてもらうため、直営店舗とは異なり、人件費や家賃は独立する人が負担します。イメージしやすい言葉で言い換えれば、独立支援制度です。

「のれん分け」というと飲食業態のイメージが強いかもしれませんが、今では整体や美容院でも活用されています。ただ、「のれん分け」という制度ができた当時と今とでは、その認識やルールが大きく変わっています。

【昔ながらののれん分け】

・会社に貢献してくれた社員が独立するときの支援=社員への恩返し
ルールが曖昧な状態での運用
・頑張って働いた結果として独立が存在

【21世紀型のれん分け】

・社員のキャリア形成としての選択肢の1つ=会社の事業発展
制度内容が整備された状態での運用
・入社の際にあらかじめ提案される

高木さん:昔ながらの「のれん分け」は、約束された選択肢ではなく、フィーリング次第で生まれてくる曖昧な制度でした。一方、21世紀型のれん分けは、事前に会社から提案される確実な選択肢になりました。

「頑張った先に独立=経営者になれるという未来があることは、働き手にとっても魅力的」という前提の上、そうであれば独立という夢を持って頑張ってもらおうと考えたんですね。会社の魅力にも直結しますし、社員のモチベーションアップにもつながります。さらに、おのずとモチベーションの高い人材が集まってくるなど、人材獲得競争で優位に立つこともできるんです。

一方、昔から変わらない点として、独立した経営者でありながら、独立したあとも社員のときと変わらず、会社のグループの一員として働いてくれるということが挙げられます。フランチャイズの場合、店舗の経営者が会社とは関係性の薄い第三者で、会社のビジネスに対して経験や知識がないことがほとんどです。「のれん分け」は会社のことをきちんと理解している社員が経営に携わるので、フランチャイズよりも運営品質は高くなります。

――現代の「のれん分け」は、会社にも社員にもメリットが多そうです。しかし、「独立する社員を輩出する=1人社員が減る」ということは、デメリットにもなりませんか?

高木さん:逆に優秀な社員を独立させず、自社に引き留め続けることで生まれるデメリットが下記の通りです。

  1. 会社の利益や若手社員の給与が減る
  2. 若手社員の活躍の機会が失われる

優秀な社員に給料を多く払うとなると、原資は会社の利益か若手社員の給料から捻出するしかありません。また、優秀な社員が上位ポジションに長くいると、若手社員が活躍する場も生まれにくくなるため、収益面でデメリットがあるのは理解いただけると思います。

それに加え、1・2に共通するデメリットが、若手社員のモチベーション低下です。キャリアに対する未来が見えなければ、離職率は上がってしまいます。会社を経営する上で、人材が流出するのはマイナスですよね。「のれん分け」によって社員が減るというのは短期的に見ればデメリットですが、実は会社が社員を手放さないというのも大きなデメリットなんです。

「問題に立ち向かえる」「ほどよい主体性」の人が「のれん分け」を上手く利用できる

――優秀な社員を完全に手放すわけではなく、会社のグループ内で働いてもらう「のれん分け」は、会社にとって理想的な制度だということが分かりました。将来的に「のれん分け」を選択し、独立したいと考える人もいると思うのですが、どんな人が向いているのでしょうか?

高木さん:「のれん分け」が向いている人の特徴はいくつかあります。

問題解決能力が高い人

会社のグループ内で働くといっても、「のれん分け」をしたということは1人の経営者になるということです。経営を続けていくということは、常に発生する問題と向き合っていく必要があります。その際、「今こういう問題が起きている、だからこの行動が必要だ」と考えて実践することが求められるため、発生する問題に対して能動的に考え、行動に移せる人が向いています。他力本願なタイプ、課題を把握したり、何をしたらいいか考えたりすることが苦手な人は結局、会社に頼ってしまうため、「のれん分け」を選択することはおすすめしません。

自己流すぎない人

「のれん分け」は、あくまでも会社のグループ内で働く制度なので、会社の方針にのっとり、成功ノウハウを利用して経営を軌道に乗せることが大前提です。前述した能動的な性格はプラスに作用する場面がほとんどですが、自我が出すぎて「会社の方針と全く違うことをやってみよう!」と考えてしまうと、会社との齟齬が生まれ、経営的に成功するかも怪しくなってしまいます。会社の理念や経営方針に深く共感していることは不可欠です。

先行投資をいとわない人

「自分が経営者になる=主体性を持つ」ために、自分のお金を経営のために使う決断ができることも重要です。「のれん分け」制度は、独立する人の自己資金や借入資金を活用することになるので、ここに少しでもマイナスな感情があると上手くいきません。自分の懐から出したという事実があると、不思議と「失いたくない」「成功させたい」という気持ちになります。この気持ちが経営者マインドになっていくと考えています。

――会社として、社員に「のれん分け」制度をうまく使ってもらうために注意が必要なことは? 

高木さん:まずは、制度を活用する独立者に優しくし過ぎないこと。社員の成功を願うあまり経営資金を援助したり、他の面でも面倒を見過ぎたり……。社員にとって会社の優しさはありがたいことですが、これが独立した社員の甘えを生んでしまいます。「会社がなんとかしてくれるだろう」という甘い気持ちと「経営者になるぞ」という気持ちは共存しません。経営すること、そして、成功させることは簡単ではありませんから、厳しく接するべきだと思っています。

次に、「のれん分け」を導入する目的を明確にすること。「のれん分け」で会社として何を実現したいのかがはっきりしないと、独立する社員の要望に合わせるようになってしまいます。「お金はないけれど、独立したい」と言われたら資金を出す、「独立したいけど、収入が減るリスクは避けたい」と言われたら最低収入を保証するといった具合になると、会社にプラスはありません。僕が見てきた中での経験則になりますが、こうした社員の要望に合わせた仕組みでは、社員は独立に失敗することが多いです。目的がぼんやりしていると、「のれん分け」が機能しない状態になってしまうんですよね。

あとは、会社の熱量を独立する社員に伝えるのを怠らないこと。最近、独立した方と話す機会がありましたが、その方がおっしゃっていたのが「この会社の、この社長だったから自分も成功できるイメージが湧いた」と。そのイメージを持たせてくれたのが、社長の言葉だったらしいんです。独立するといっても、引き続き会社のグループ内で働いてもらうことを考えると、社員に会社のことを信用してもらうのはとても大切なことだと思います。

「のれん分け」でキラキラした気持ちを持って働く人に

――「のれん分け」を利用して独立した多くの方のサポートをされていると思うのですが、そのような方々の反応を教えてください。

高木さん:「独立したら仕事が生きがいになりました」という反応をもらったことがあります。その方は自身のお店を含め5つの店舗を運営しているんですが、社員から経営者に立ち位置が変わったことで、働き方はもちろん、働くという価値観も変化したようです。すごく生き生きした表情で話してくれたのが印象的でした。

実際、自分1人で頑張って独立の道を選んでも、世の中の人たちは想像以上に気に留めてくれないので、経営者は次第に孤立していきます。ゼロからすべてをつくっていくのは、バイタリティーも我慢も必要ですし、気軽に悩みを相談できる相手がいないというのも辛い……。

「のれん分け」はそうした独立と異なる部分があり、バイタリティーも我慢も、そして責任感も必要ですが、基盤となる会社があって、悩みを相談したり指南を仰いだりできる人たちがいます。要は不安などを解消しながら独立を進めていけるんです。同じ境遇の社員がいる場合はなおさら心強いですよね。

職場環境も自分自身で改善できる上、より稼げるようになることも多いので、仕事も楽しくなっていきます。会社側も、このように仕事に前向きで優秀な社員と事業に取り組んでいけるので、事業の飛躍にも期待できます。

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昔ながらのイメージが根強い「のれん分け」は現在、制度化され、会社・事業の発展と社員のキャリアを切り開く有望な選択肢になっていました。「“のれん分け”の基本の考え方はありますが、唯一最適な形はありません。それぞれの会社にとって最適な“のれん分け”を探求していきます」と高木さん。

しっかり活用することができれば、会社にとっても社員にとっても、幸せな関係性が築ける制度なのかもしれません。今後、増えていくであろう「のれん分け」制度を活用した事業拡大の事例に注目です。

取材先紹介

取材・文おなじみ編集部

写真新谷敏司

イラスト松沢ゆきこ

企画編集株式会社 都恋堂