「うどん県」として知られる四国・香川県で、讃岐うどんの店をめぐる観光タクシー「うどんタクシー」が走っています。マニュアル化されたコースを案内するのではなく、お客を乗せてからその場で案内するうどん店を決めるというオーダーメードのサービス。お客が行きたい店はもちろんのこと、名店・珍店・穴場店への案内から、各うどん店の特色や注文方法などもしっかり教えてくれるため、讃岐うどんの本場ならではの楽しみ方ができます。
では、このサービスの鍵となるドライバーはどのようにして育成されているのか。「うどんタクシー」と地域との関わりも含めて、運営会社である「琴平バス」の友成純さんに話を聞きました。
香川のうどん店のことなら、どの店の情報もお任せ!
「うどんタクシー」のサービスが始まったのは今から20年ほど前。「『うどん店に案内してほしい』との要望が多い」というドライバーの報告を受けたことをきっかけに、当時の社長が讃岐うどんに特化したサービスを発案しました。でも、ただうどん店をめぐるだけでは競合する他のタクシー会社との差別化が図れません。そこで考えられたのが、豊富なうどんの知識を持つ「うどんタクシー」ドライバーの徹底した育成です。
「香川県内のコンビニの数が300軒ほどなのに対し、うどん店はおよそ700軒もあり、私たち讃岐人にとって、讃岐うどんはとても身近な食べ物です。みんなそれぞれ自分の好きな店が数軒あり、好きな食べ方があります。そういう県民性のドライバーだから、うどんが好きなのは当たり前。その上で、自分から面白がってうどんを追い求め、探求できる人が『うどんタクシー』のドライバーとして望ましい人材です」(友成さん)
「うどんタクシー」のドライバーになるための認定試験は定期的に行われるものではなく、希望者が出れば随時実施する、というもの。試験内容はとてもユニークで、「筆記」「実地」「うどんの手打ち」と3種類あり、その全てに合格すれば、晴れて「うどんタクシー」のドライバーに認定されます。
「筆記試験では、『小麦粉に含まれているグルテン量は何%か?』『香川県民は一週間でどれくらいうどんを食べ、年間で平均何玉食べているか?』といった問題が出題されます。また、記述式の問題では『〇〇製麺所の注文方法を説明しなさい』というのもあります。讃岐人でも生半可な知識では太刀打ちできない問題が多く、合格するのはなかなか難しいんですよ」(友成さん)
筆記試験は9割以上正解すれば合格です。筆記試験に合格したら次は実地試験。試験官がお客として実際にタクシーに乗車し、ドライバーの言葉遣いや立ち振る舞い、案内するうどん店の説明内容などをチェックします。お客とのリアルな会話のやり取りがテストされるため、讃岐うどんの知識だけではなく、県内の観光情報をはじめ、幅広い「香川県」の知識が必要となります。
そして最後に行われるのは、うどんの手打ち試験。こちらは、お客から「運転手さんは実際にうどんを打ったことはあるの?」という質問が、思いのほか多いことから設けられた試験です。
「自分でうどんを手打ちしたことがあるという経験は、車内での話題の一つとしてもとても役立ちます。それに、うどんは、小麦粉と水と塩というシンプルな材料で作られています。各店がどれだけの手間暇をかけてうどんを作っているか、その苦労を知るためにも、うどんの手打ち試験は欠かせないんです」(友成さん)
地元民もSNSで発信!かわいい行灯のタクシー
うどんの手打ち試験をパスすると、晴れて「うどんタクシー」の専任ドライバーとして働くことができます。現在、琴平バスには7人の専任ドライバーがいて、「うどんタクシー」は毎日県内のどこかで稼動し、休日は2〜3台が運行しているという人気ぶり。車体も通常のタクシーと同じですが、「うどんタクシー」仕様のときは、行灯(あんどん)が「うどん」と書かれたどんぶりデザインのものに付け替えられ、車体にも大きく「うどんタクシー」と書かれたマグネットシートが貼り付けられます。
車内には香川県のマスコットキャラクター「うどん脳」のぬいぐるみやうどんのオブジェが飾られ、座席シートやドライバーの制服のネクタイもうどんがあしらわれたものになるなど、讃岐うどんを楽しむためのおもてなしが徹底されています。
「『うどんタクシー』をご利用されるのは観光客が7割を占めますが、この車で走っていると、地元の方も手を振ってくれたり、信号待ちなどの停車中に写真を撮ってSNSで発信してくれたりと、皆さんに愛されていることが実感できてとてもうれしいです」(友成さん)
うどん店の評価も良好
観光客のタクシー利用で、うどん店への案内希望が多いことから始まった「うどんタクシー」。うどん店と連携することで、讃岐うどんを盛り上げる一助となり、結果として、お互いWin-Winな関係を築いています。以下、うどん店から届いた声です。
讃岐うどんに精通しているので、お客さんにしっかりと讃岐うどんの特徴を説明してくれます。「うどんタクシー」を利用して来ていただいた、ということで、お客さんと話すきっかけになるので私たちも楽しみですし、刺激を受けますね。他のお客さんの反応もいいですよ。駐車場に「うどんタクシー」が止まっていると、大抵の人が車体と一緒に写真を撮って盛り上がっています。そんな光景は見ていてこちらもうれしいですし、店としても活気づきますね。香川にいらっしゃる方は、このタクシーをどんどん利用してほしいと思います
「麺匠くすがみ」横田仁志さん
「うどんタクシー」はYouTubeチャンネルも開設していて、そこでも讃岐うどんやうどん店をしっかり発信してくれているのでありがたいです。うちは社会福祉法人が母体の店なので、その意味でも取材に来てもらうと大きな宣伝になるんです。実際、お客さんの反応もとても良く、「YouTubeを見て来ました!」という方も多いですね。知り合いのうどん店からも「この間、出てたね!」なんて声がかかったりして、コミュニケーションのきっかけにもなっています。香川=うどんということで、うどん店みんなで盛り上げて、ひいては香川県全体を盛り上げていけたらと思います。「うどんタクシー」はその架け橋になっているのではないかと思います
「竜雲」松岡翔太さん
より一層の認知・普及を図る広報大使
うどん店からの評価も高い「うどんタクシー」。県内のうどん店をめぐる「うどんコレクションスタンプラリー」に参加するなど、讃岐うどんを盛り上げる活動にも積極的に取り組んでいます。県内の大規模イベント「うどんウルトラマラニック」という、60kmをマラソンしながら途中のエイド地点で7杯のうどんを食べて完走を目指すというイベントでは、救護車としても参加しています。
「雨が少なく小麦の栽培に適していて、水は軟水。瀬戸内海産のおいしい塩があり、観音寺市の伊吹島では良質ないりこが水揚げされ、小豆島はしょうゆで有名です。だから、香川県の食として、うどんは古くから根付き、愛されています。店のスタイルもそれぞれで、スーパーや学校などに麺を卸す製麺所には、自分でどんぶりを持って行くという素朴な面白さがあり、県内に多いセルフタイプの店では、自分で湯がいたり、天ぷらを選んだりして、さっと食べて帰る『地元感』が味わえます。フルサービスの店はオーダーも配膳もお店の人がしてくれるので、ゆっくりとうどんを味わうことができます。こういった香川の讃岐うどんの“文化”を、もっともっと多くの人に伝えていきたいですね。そのお手伝いを『うどんタクシー』でちょっとでもできれば、と思います」(友成さん)
全国でもまれに見る、県を挙げて推進する個性の強い食文化。讃岐うどんが全国区となった現在でも、「うどんタクシー」はさらなる魅力を発信すべく“うどん愛”にあふれた活動をしています。徹底したドライバーの育成の根底にあるものは、やはり「地元のおいしさをもっと多くの人に」という愛にほかなりません。
取材先紹介
- 琴平バス/うどんタクシー
- 取材・文別役 ちひろ
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コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。
Instagram: https://www.instagram.com/c.betchaku/ - 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社 都恋堂