青森県東部の町、上北郡おいらせ町にある「スズキ理容」は、理容室であるにもかかわらず、なぜか敷地内にガンダムの巨大な立像が並ぶ不思議なスポットとして有名です。お店で提供している「ガンダムカット」なるサービスも話題を呼び、全国からガンダムファンが訪れる人気店となっています。60歳でガンダムを知ってから、今もなおガンダム制作を続ける78歳の店主。話を聞くと、意外な店舗経営の成功の秘けつが見えてきました。
ガンダムを筆頭に多様なロボットが立ち並ぶ謎の理容室
こんにちは、ライターの小野和哉です。いきなり何事かという絵面で恐縮なのですが、今まさに私は、青森県のおいらせ町一川目(ひとかわめ)という町にある理容室「スズキ理容」さんで、「ガンダムカット」というヘアスタイルをオーダーしたところです。
こちらの理容室のユニークさは「ガンダムカット」という謎のメニューだけではありません。理容室の横にある敷地に目を向けると……。
なんと、敷地内に所狭しと、ガンダムやその他のアニメ・ゲーム関連キャラクターの巨大像が立ち並んでおります。まさに圧巻の光景。
驚くべきは、これらの造形物の制作を、店主の鈴木敏美さんがほぼ一人で手がけているということ。ガンダム制作を始めておよそ20年。ガンダム見たさ、鈴木さん会いたさに、全国各地から人が訪れる人気スポットとなりました。
これまで制作した像の数は16体。これだけの情熱を傾けながら、当初はガンダムについて何の知識も関心もなかったというから、不思議なものです。鈴木さんの情熱の源は何なのか、「ガンダムカット」をしていただきながら、話を聞いてみました。
美術の道を夢見るも、父の要望で家業を継ぐことに
父親の代からこの地で理容室を営んでいる鈴木家。しかし、息子である鈴木敏美さんが当初目指していたのでは理容師ではなく、美術の道でした。
「昔から絵を描くのが好きで、小学生の頃は展覧会があれば絵を出品して、注目を集めてたね。中学を卒業するまでは、美術系の学校に行きたいとも思ってたよ」
しかし、結果的には父親からの打診で理容室を継ぐこととなり、美術の道は断念。理容師免許を取得するために、3年間理容学校に通うことになります。
理容師免許を取得してからは早速、お店の手伝いをするように。それから60年間、理容の道一筋で生きてきました。
「ガンダム作ってみれば?」高校生の助言が転機に
理容室の仕事をしながらも、胸に秘めた創作意欲は衰えず、趣味として絵画を描いたり、石膏像を作ったりと創作活動をしていた鈴木さん。転機となったのは、60歳でのガンダムとの出合いでした。
「高校生のお客さんに『おじちゃん、ガンダム作ってみれば?』って言われて。俺はガンダムなんて知らなかったから『がんだむって何?カタカタで書くの?』という感じだった(笑)」
それでも、立体造形の経験があった鈴木さんは、ガンダムをモチーフにすれば面白くなりそうだとひらめき、ガンダム作りに挑戦します。
最初の作品を制作中、すぐに反響がありました。なんとガンダムの「脚」までしかできていない段階で「あ、これガンダムだ」と目ざとく気付く人が続出。国道沿いにお店が面していて目立つこともあり、どんどん見物人が増えていったそうです。
ガンダムが完成すると、今度は「敵のシャアザクもあった方がいいんじゃないの」と言われるようになり、「なんだ、シャアザクって?」と思いながら、制作に取りかかる鈴木さん。以降、お客さんの要望に応えるような形で、鈴木さんのライフワークとなるガンダム作りがスタートしました。
「これだけ注目を集めて、本家に怒られないんですか?」と聞いたところ、実はガンダム作りを始めて3年目に関係会社の人が見学に訪れ、「大いに作ってちょうだい」とお墨付きもいただいたそう。
そうこうしている間に、30分ほどでガンダムカットが完成しました!そのビフォーアフターがこちら!
Before
After
何も要望を伝えていなかったにも関わらず、初対面の私のイメージに合った素敵な仕上がりになりました!思わず「ガンダムカットは普通のカットと何が違うんですか?」と聞いてみると、「何も違わないけどね(笑)」と衝撃のコメントが。
もともと、ガンダム作りの成果を本業にも反映させたいという思いから始まった「ガンダムカット」のサービス。ガンダム風な髪型になるのかな?と思いきや、その実は、鈴木さんなりに今風の若者のヘアスタイルを取り込み反映させた、柔軟性のあるカットコースでした。
多くを語らない鈴木さんですが、この「ガンダムカット」は、ガンダム見たさに遠方からやってきた一見さんでも注文しやすいカットを、ということで追加された、鈴木さんのサービス精神あふれるメニューなのではないでしょうか。
「期待に応えたい」という思いが成功につながった
最近は体の衰えを感じるものの、動ける限りはガンダムを作り続けたいと語る鈴木さん。「作品を見て喜んでもらえるのは嬉しいし、お客さんの期待に応えたい」と意気込みます。取材の最後に、次のような質問をぶつけてみました。「あの時、ガンダム作りを始めて良かったなと思いますか?」と。
「そうだな。俺は自分の作品を残したいっていう気持ちがずっとあったから。ガンダムに限らず、何か大きな物を、自分の遺作になるような物を作りたいという気持ちがね」
子どもの頃から抱き続けてきた「アート」への衝動を還暦で爆発させ、親から継いだ理容室を日本中から愛されるお店に成長させた鈴木さん。しかし、60歳の鈴木さんが高校生のアドバイスを素直に受け入れていなかったら、いまの成功は果たしてあったでしょうか。
「理容の道」も「ガンダム作り」も、最初は人から言われて始めたことですが、人の助言や要望を柔軟に聞き入れて、期待に応えるために打ち込んできた。その鈴木さんの姿勢こそが、お店が愛される要因となり、鈴木さん自身の自己実現にもつながったのではないかと、インタビューを通じて感じました。
今後の鈴木さんの新作も、期待して待ちたいと思います。
取材先紹介
- スズキ理容
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住所:青森県上北郡おいらせ町一川目4-6-30
- 取材・文小野和哉
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1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。
- 写真graphLAB(グラフラボ)
- 企画編集株式会社都恋堂