新宿で60年。ロールキャベツシチューの名店「アカシア」に聞く、長く愛されるお店の続け方

新宿の洋食屋「アカシア」の店舗と3代目店主・鈴木祥祐さんの写真

看板メニューのロールキャベツシチューとともに、新宿の地で60年営業を続ける洋食店「アカシア」。3代目店主・鈴木祥祐(すずき しょうすけ)さんに、歴史あるお店だからこその接客や経営の考え方について、話を伺いました。


一度ならず、何度も足を運んでくれる「おなじみ」のお客さんは、飲食店にとって心強い存在です。多くの常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。

アカシア」は1963年に創業以来、新宿を行き交う老若男女のお腹を満たしてきた洋食店です。看板メニューの「ロールキャベツシチュー」は、新鮮なキャベツで牛豚の合挽き肉を包み、チキンスープでじっくり煮込んでから、そのスープを自家製のルーでシチューにした逸品。同じ日の昼夜で2回食べに来るお客さんもいるほど、多くの人の胃袋をつかんでいます。

今回は、店舗の経営を担当している、鈴木祥祐さんにインタビュー。長く愛されるお店を続けていくためには、常連のお客さんを大切にしつつも、新しいお客さんにリピーターになってもらわなければなりません。常連客が集まるお店だからこそ大切にしている接客の基本、お店を続けていくための経営方針について話を伺いました。

大切なのは「老舗であるか」より「生き残れるか」

――鈴木さんは3代目と伺っておりますが、「アカシア」という歴史あるお店を経営していくことについて、どのように考えていますか?

新宿の洋食屋「アカシア」の3代目店主・鈴木祥祐さんが語っている様子

鈴木祥祐さん(以下、鈴木さん):アカシアは祖父である先代が始めた、家族経営の店なんです。現在(2023年1月)は新宿本店と羽田空港第2ターミナル店の2店舗がありますが、兄と姉は新宿、妹は羽田でそれぞれ働き、僕が取締役として経営面を担当しています。

実は、以前から飲食店の組合や銀行の対応などは僕の役割で、2代目の父から正式に継いだわけではないんですよ。家族経営を続けていく中で、残すべきところは大事に守り、変えるべきところは少しずつ変えている、といったところです。

「老舗」ということは意識せず、2店舗を経営する「企業」として、生き残るための方法を考えています。

新宿の洋食屋「アカシア」の店舗外観写真

取材を行った新宿本店

新宿の洋食屋「アカシア」の店内写真

1階席の様子

――新宿本店は、木彫りの看板など風情があって素敵ですね。テーブルや椅子も趣があります。

鈴木さん:大叔父が大工を雇って、看板や飾りを彫ってくれたんですよ。外観をモダンなアールデコ調にしてくれて。その他の什器や飾りも、大工さんを雇って工房で作ってもらったものが多く、ここにしかない一品物です。

初代や2代目が良いものを残してくれているので、それを生かして綺麗に使っていかないといけないですよね。掃除もしっかりして、おいしい料理を清潔感のあるお店で召し上がっていただけるようにしています。

新宿の洋食屋「アカシア」の店内にある木彫りのブドウの彫刻

2階に飾られたブドウの彫刻。「木彫りのものは、手入れをきちんとすることで質感がしっかり出ます」(鈴木さん)

いつの時代も愛される「ロールキャベツシチュー」

――アカシアの看板メニューであるロールキャベツシチューは、初代・鈴木邦三さんの「家庭の味」を再現した庶民的なメニューだったそうですね。誕生の経緯や当時の反響など、ご存じの範囲で教えてください。

新宿の洋食屋「アカシア」の看板メニュー・ロールキャベツシチューの写真

ロールキャベツシチューは、2貫とご飯のセットが定番。単品(1貫/2貫)でも注文可

鈴木さん:昔は定食屋やラーメン屋をやっていたそうですが、1964年の東京オリンピックで海外からたくさん人がいらっしゃるので、外国人観光客向けに洋食を始めよう、ということになったようです。

当時はオムライスを1,000円で提供していたそうですが、今なら7,500円くらいの感覚です。気軽に食べられるような価格帯ではなく、人が来なかったんですね。

そこで、初代の母が作っていた家庭的な味を目指して、ロールキャベツシチューを提供することになりました。価格は当時130円。オムライスの10分の1近くの値段なのに、ご飯のおかずにもなるし、肉も野菜も摂取できます。これが人気になったと同時に、お店のターゲットも「外国の方」から「日本の庶民の方」に変わりました。

その前から提供していた定食やラーメンもなくして、これからはロールキャベツシチュー中心に洋食一本でやっていこう、となったんです。

――ロールキャベツシチューのレシピは、創業時から変わっているのでしょうか?

鈴木さん:いえ、今もほとんど変わっていません。初代と先代がつくりあげた完成された味なので、途中で変えるのは難しいですし、「アカシアのロールキャベツシチューといえばあの味」という、皆さんが想像する味がありますから。

ちなみに味付けは、ご飯に合わせて食べるとちょうど良く、そのまま食べると少ししょっぱいくらいの味になっています。通販サイトでも「白米を食べ過ぎてしまう!」というキャッチコピーで販売しています(笑)。

そうそう、お米だけは変えることもあって、2022年から「つや姫」にしたんですよ。常連さんは、お米が良くなれば「おいしくなった」と喜んでくれるし、逆に品質が下がれば「まずい」とはっきり言ってくれます。

新宿の洋食屋「アカシア」の看板メニュー・ロールキャベツシチューの写真

――お客さんは、どのような層の方が多くいらっしゃるのでしょうか?

鈴木さん:新宿で働いている方や近隣にお住まいの方が多いのではないでしょうか。特にコロナ禍で、外食する人は減ってきていますから。

ロールキャベツシチューの印象が強いことと、すぐにお腹が満たされてしまうメニューが多いことから、夜も「お酒を飲む店」というよりは「食事をしに行く店」という位置付けになっているようです。中には同じ日の昼夜で、2回来てくださった方もいるんですよ。

緊急事態宣言などで夜の営業が制限されたときも、アカシアはご飯を食べに来られるお客さんに支えられていました。

スピード感あるサービスは「目配り・気配り・心配り」から

――何十年もアカシアに足を運んでいる、常連のお客さんもいらっしゃると思います。そうした方々に通い続けていただくため、鈴木さんが大切にされていることはありますか?

鈴木さん:おいしい料理を提供するのはもちろんですけれど、アカシアが重視するのはスピードです。

というのも、うちのお客さんは、注文するメニューが(ロールキャベツシチューに)決まっているという方も多いんですよ。なので、お客さんに「何になさいますか?」と尋ねること以上に、おいしい料理を素早く提供できることを大切に考えています。たとえサービスや接客が良くても、料理がなかなか出てこなければお客さまはストレスを感じてしまうと思うんです。

加えて、スタッフ個々の作業のクオリティーを高めることがスピードアップにもつながるので、より余裕が生まれ、サービスもできるようになるんです。

新宿の洋食屋「アカシア」の2階席の様子

2階席の様子

――具体的には、どのようなことを心がけているのでしょうか?

鈴木さん:会社の理念である「心延え(こころばえ)*1」の基に、ホールでは「目配り・気配り・心配り」を大切にしています。「目配り」は、常にさまざまなものを見て気づくこと。「気配り」はお客さまに気を遣い、言われる前に先に動くこと。「心配り」は、お客さんの側に立って考えることだと思っています。

例えば、お客さんのグラスの水が空になっているとしますよね。これを、お客さんから依頼されてお水を注ぐことになると、その後のいろいろな作業が後手に回ることになります。

――確かにそうですね。

鈴木さん:逆に、依頼される前に自分から注ぎにいくことで、お客さんに対してより早くサービスできることになりますし、スタッフは自分のペースで仕事ができ、状況をコントロールしやすい状態になるわけです。

コントロールできない状態になると、あるお客さんに料理を運ぼうと思ったタイミングで、他のお客さんのために水を注いだり、テーブルを拭いたり、片付けたり……という作業が出てきます。すると、そもそも運ぼうとしていた料理がぬるくなり、お客さんに怒られてしまうという悪循環になるんですね。

こうした心がけを、常連さんと新規のお客さん両方に行うことを大切にしています。常連だから、新規だからと特別なことをするのではなく、「目配り・気配り・心配り」の基本を徹底しながら、料理を素早く提供することを心がけています。

「スタッフ育成」と「柔軟性」が成長のカギ

――鈴木さんは、今後アカシアというお店をどのように成長させていきたいと考えていますか?

鈴木さん:実は、新宿本店は東口にありますが、西口にもう1店舗作れたらと考えているんです。新宿も広いので、西口で働いている方が1時間の昼休みに当店へお越しいただくのは難しいですから(笑)。

今は家族経営ならではのマンパワーに頼ってしまっている部分があるのですが、これから多店舗展開していくにあたって、3店舗目からは広がり方や経営の方法も変わってくると思っています。

新宿の洋食屋「アカシア」の3代目店主・鈴木祥祐さんが語っている様子

――これまでの家族経営を、見直す必要があるということですね。

鈴木さん:はい。そのためには、家族以外の従業員が店長になっていけるような仕組みが必要です。つまり、スタッフを育てていかなければなりません。

例えば、新人スタッフにはオペレーションの説明動画を作って覚えてもらうようなことをしていますし、先輩スタッフにも後輩を育成することで評価する旨は伝えてあります。

そして、僕自身はできるだけ現場に入っていかないようにしているんです。入ると、どうしても人が育たなくなってしまいます。一時的な生産性は高まりますが、後の成長は見込めなくなりますからね。

――この数年は、Webサイトでの冷凍食品やグッズ販売、デパートの催事への出店など、さまざまな取り組みをされていますね。

新宿の洋食屋「アカシア」のオリジナルグッズ「ジュートマイバック」の写真

アカシアオリジナル「ジュートマイバック」A3サイズ

鈴木さん:バッグなどのグッズ販売は、姉が始めたんです。やっぱり、女性がかわいいと感じるデザインのものがいいじゃないですか。

バック自体を販売して利益を上げるというよりは、それを持っていただくことで、お店の名前が露出する意味の方が大きいと感じています。デパートの催事などで販売する際も、ある程度の額以上売れたときにはサービスでバッグをお付けしていますね。

――SNSも、店舗や通販用で用途を分けるなど、積極的に活用されている印象です。

鈴木さん:SNSは、効果のありそうなものに絞って続けるようにしています。2店舗しかありませんから、いたずらに拡散して行列が長くなっても、売り上げにはつながりません。無料でできるものから少しずつ試してみたり、中国語などの多言語でお店を紹介してみたりと、試行錯誤していますよ。

催事で出店する時も、デパート側の告知に任せるのではなく、こちらでも告知を打った方が催事も盛り上がりますし、売り上げだって伸びます。大切なのは、自分から動くことなんです。

新宿の洋食屋「アカシア」の紙袋の写真
新宿の洋食屋「アカシア」のオリジナルマッチの写真
左:「アカシア」のロゴが入った紙袋/右:店舗のレジ前ではオリジナルのマッチも販売

歴史ある店だからこそ、時代の変化に敏感であり続ける

――こうしたさまざまなアクションを起こしているのは、コロナ禍という理由以外の要因もあるのでしょうか?

鈴木さん:そうですね。通販はコロナ禍前から着手していましたし、一時期は止めていたデリバリーもコロナ禍を機に再開しました。うちはテイクアウトの割合も高いので、もっとオペレーションを効率化して、店舗に重心が偏り過ぎないよう、バランスよくやっていかないといけません。

コロナ禍で変化したのは、システマチックに運営していこうという考え方です。羽田と新宿の中間にある鶴見にセントラルキッチンを作って、そこで料理を仕込むようにすることで、味の均一化や提供のスピードアップを図るようにしています。今は店舗数が多くないので、コスト的には負担も大きいのですが(笑)。

新宿の洋食屋「アカシア」の店内にあるシャンデリアの写真

2022年末に、新しく取り付けられたシャンデリア。鈴木さんが自宅から持ってきたのだそう

――常に次の一手を探っているのですね。

鈴木さん:大手のチェーン店でさえ、あれだけデリバリーなどに対応しないと生き残れないのですから、うちのような店こそやっていかなければいけないんです。

新宿には、100年以上続いているお店も何軒かあります。そういった先輩方は不況の時代を何度も乗り越えてきていますから、時代の変化にも敏感です。「これからはこういう時代になるんじゃない?」といったお話が、とてもヒントになるんですよ。

これからも、お客さまに満足いただけるスピードとサービスを維持しながら、愛されるお店づくりの勉強を続けていきます。

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【お話を伺った人】

鈴木祥祐さん

鈴木祥祐さん

有限会社アカシア取締役。創業者・鈴木邦三氏の孫にあたる。初代・二代目が築いてきた伝統を大切にしながら、時代に合わせた進化も欠かさない経営を目指す。

 

【取材先】

アカシア 新宿本店

アカシア 新宿本店

住所:東京都新宿区新宿3-22-10

公式サイト:新宿アカシア

Instagram:@shinjuku.acacia

取材・文/奥野大児
フリーライター・ブロガー。グルメ・飲食業界ほか、ガジェット・IT・イベントレポート・エンターテインメントなど複数ジャンルの取材・執筆をこなす。飲食店による情報発信者向けの試食・PRイベントを行うことも。

撮影:高島啓行

編集:はてな編集部

編集協力:株式会社エクスライト

 

*1:思いやり・配慮」の意を持つ言葉