売上1,000億円目前でなぜ!? 『かつや』元社長・臼井健一郎さんがゼロから出発する理由

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臼井健一郎さんはとんかつ・カツ丼専門店「かつや」をはじめ、複数の外食チェーンブランドを展開するアークランドサービスホールディングス株式会社の社長として、グループ売上1,000億円を見据えるまでに成長させながら、2021年に同社からの退任・独立を決断した。

現在は株式会社U.RAKATAを立ち上げ、「食、文化、芸術を通じ、人々の生活をより豊かにする空間と環境を作る裏方に」をテーマに、飲食店やカフェの運営、そしてスタジオやギャラリーなどの新規事業を手掛けている。

数百人の社員を抱える高層オフィスから、築46年の雑居ビルで新たな出発を選択した理由とは。そして、飲食事業の経営者が追うべきたった一つの数字とは何か。今後の展望を含めて話を聞いた。

※本記事のその後を追いかけた第2弾記事も公開しました!

飲食業は「お客さま目線」でしか存続できない

――アークランドサービスへの入社時、飲食業の経験はなかったそうですね。

臼井さん:まったくの未経験だったため、まずは「かつや」の店舗で一から教わることからスタートしました。かつやの事業は490円でカツ丼を売って、いくら儲けるかという事業です。外食産業の利益は高いところでも10%程度、ということは1杯売っても49円しか儲からないんです。数字の細かさ、1円1円の積み重ねが大事ということを理解できたのは、店舗で勤めた経験があったからこそ。接客も本当にゼロからスタートしたので、言葉の大切さにはじまり、お客さまを見ること、そこから得られる“気付き”という視点も非常に勉強になりました。

――接客の学びで現在のベースになっていることは?

臼井さん:上司からの言葉は常に、主語が“お客さま”でした。「お客さまにとってこれは必要か」「お客さまはどう感じるか」。ずっとそれを言われてきたので、自分も言い続けるようになりましたし、気が付くといつも“お客さま”の視点で物事を考えるようになっていました。

飲食事業とは極論、この考えでしか存続も成長もできないと思います。常にお客さまのことを考え、お客さまにメリットのあることは何か、お客さまが喜んでくれることは何かということを、ずっと考えていく。これこそが一番大切なことだと思っています。

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アークランドサービスの仲間とは現在も連絡を取り合い、仕事の情報交換からプライベートのゴルフまで交流が深い

――臼井さんは「かつや」の店長を務めていた時期もありますが、当時は事業としても拡大期でした。

臼井さん:僕が店長をやっていた頃は直営15店舗くらいの規模でしたが、その後、コンサルタント企業と組んで一気に多店舗展開を行いました。100店舗ぐらいの時にはほぼ全国に出店していましたが、次第に管理できなくなってきたんです。コンサルタント企業のノウハウを借りながら進めていましたが、当時のアークランドサービスでは力が及ばず結果的に業績は下降し、フランチャイズのオーナーさまにもご迷惑をお掛けしました。

そこで、ちょうど100店舗を超えた頃にコンサルタント企業との協力関係を解消し、店舗網を再構築することにしました。

――当時は常務という立場でしたが、どのように挽回していったのでしょうか?

臼井さん:もう一度しっかり基盤を固めるため、物流効率で弱いエリアには地場で強いフランチャイズと手を組んだり、合弁会社を設立することを考えました。当初のフランチャイズオーナーの方々には、改めて関東から出店していくこと、今後の意欲がなければ店舗を社で買い取らせてもらう旨を説明するため全加盟店へ交渉に出向きました。

まずは東京を中心に出店して、次は親会社のあった新潟に、次は北海道……。その後、大阪は現地で強い「和食さと」さんとの合弁会社をつくりました。全国でポイントになる場所に直営店、または強力なフランチャイズの方々と出店し、そこを軸に横展開していくという方法に変えて進めていきました

――立て直しの手腕を認められて2006年に社長就任となりますが、経営に関してはどのように学ばれたのですか?

臼井さん:経営に関しても、もちろんゼロからのスタートです。しかし、飲食業界の経営者の先輩方は本当に優しい方ばかりで、質問すると包み隠さず答えてくれるんですよ。常に見ておくべき数字とは何か、店づくりには何が大切なのか、組織論も含めていろいろな方々に教えてもらいました。

分からないことを質問しに行った先でそのまま仲良くなり、その人がまた違う人をつないでくれたりします。他の業界のことはそれほど知らないですが、飲食業界は横のつながりが特に強い印象ですね。

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2006年、アークランドサービスホールディングス社長に就任した臼井さん。社長就任の翌年にジャスダック、2014年6月には東証1部に上場

期待値は右肩上がり、だから毎年アップデートが必須

――改めて、飲食業経営の難しさとは?

臼井さん:一度目の来店で、安くてお腹いっぱいになって満足して帰られたとします。その後、「また行こう」と2回目に来る時には少し期待値が上がっているんです。お客さまの期待値はずっと上がり続けていくため、常に満足していただくためには提供する側もずっと成長していかなければならない。とても大変なことですが、お客さまの期待を超えられるように商品を改善し続けていくことが大切です。

その時にベストなメニューを作っても、来年はそれを超えるもの考えなければなりません。実はかつやのカツ丼の味も、毎年ちょっとずつ変わっているんです。パン粉や油を変えたり、副食材のキャベツの切り方なども、少しずつ変えて完成度を上げています。

――定番メニューでも変えていく必要があると……。ただ、「味が変わった」とネガティブな反応になる可能性はないでしょうか?

臼井さん:マズい! と思ったらすぐ元の味に戻しますよ(笑)。かつやへ食べにくる方は、ほぼメニューを開かずにカツ丼を注文します。そういうお客さまの顔をキッチンから見て、箸が止まったりすると「見直したほうがいい」と判断する。反応を知るにはやはりお客さまの表情を見るべきですね。

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コンサルティング事業として手掛けている店舗のメニューデザインにも長年の経験を生かして鋭くアドバイス

某チェーンからキッチンカーを“借りパク”寸前!?

――独立を考えた契機について教えてください。

臼井さん:昔から、いつかは起業したいと考えていましたが、一つの事業が軌道に乗るまで20年ほどかかることを想定すると、50歳より手前には……という年齢の部分が大きかったですね。これから10年たって独立を決断できるかというと、おそらくそのパワーはありません。

それと、アークランドサービスには本当に素晴らしいメンバーがそろってきて、組織の基盤もしっかりしてきたし、目標にしていた1,000億円という数字も見えてきました。タイミング的には今かな、と思いました。

――現在「東京ミートボール」のキッチンカーを運営なさっていますが、なぜミートボールを?

臼井さん:ミートボールはテイクアウトにも対応できて、ランチ需要も獲得でき、世代や性別を問いません。日本にはミートボール専門店がほとんどありませんし、切り口を変えれば同じミートボールでもまったく違うメニューに展開できるのが魅力です。

もともと、2021年秋頃にミートボールを主体とした飲食店をオープンしようと、コンセプトを固めていたのですが、残念ながら物件が決まりませんでした。悔しくて、スタッフと「フードトラックでも営業しようか」と話している時、その場で『築地銀だこ』で知られるホットランド代表取締役の佐瀬守男さんに「キッチンカー、余ってる?」と電話したら、「使ってないのがあるから貸すよ」って言ってくださったので……。現在も借りパク状態なんです(笑)

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飲食業界の横のつながりはとても強く、情に厚い。こちらが某有名チェーンから借用中のフードトラックで展開する「東京ミートボール」

――横のつながりが素敵ですね。実際に運営してみていかがですか?

臼井さん:キッチンカーは接客面で飲食店とかなり違う部分があり、ものすごく楽しいですね。稼働の初日、まだオペレーションに慣れていなくて料理の提供に時間がかかってしまったのに、お客さまは皆ニコニコとして待っていてくれて。風が強くて、粉チーズを振りかけたら風で流されちゃったりしても、誰も怒らない(笑)。

なぜ、キッチンカーに来てくださるお客さまはこれほど優しいのか、と驚きました。待っている間には何気ない話をしてくれたりして、これは非常に面白いなと感じました。

――飲食事業以外にも、U.RAKATAには写真動画撮影という事業もありますね。

臼井さん:会社を立ち上げるときに「食と文化と芸術で人の日常を豊かにしよう」というテーマを考えていました。U.RAKATAにフォトグラファーが入社したので、その力を活用しながらどんなことができるかを模索しています。

例えば今、町中にある写真館はどんどん閉業を余儀なくされていますが、記念日に写真を撮るという文化を飲食と絡めてしっかり根付かせることができないか、飲食サービスを基盤にした写真館ってどんなものができるだろうなど、何か面白いことができないかと考えているところです。

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コロナ禍でお出かけが難しくなったいま、スタジオに遊びに来ていただくことで記念写真と共に楽しい思い出を持ち帰ってもらえたらという思いから「わんわんバースデーフォトサービス」を開始

飲食業が追うべき数字は「客数」だけ

――ミートボールも、写真館のお話もそうですが、事業構想には「差別化」がキーになっているようですね。

臼井さん:“どこかみたいなもの”をつくると、絶対に“どこかみたい”になっちゃうんです。すでにそこにあるものと同じ物をつくっても、お客さまにとって選択肢が広がるわけではないし、結果的に価格競争になってしまいます。原価を圧縮するために食材のランクを落としたり……。そこに参戦するくらいなら、新しいものをつくって勝負する。それに、比較対象がない場合、それが高いか安いかも分からないですよね。つまり、純粋に商品に対するジャッジをしてもらえるんです。

――新しい食文化をつくることが、お客さまの日常を豊かにすることにつながるのですね。

臼井さん:そうですね。U.RAKATAにはフォトグラファー、サービス、調理などのメンバーがそろいましたが、彼らから出てくる「こんなことがあったら面白いよね」という、従来にはなかったアイデアや話を聞いていて、ワクワクすることが大切だと思っています。そこにニーズがあるかないかを考えるよりも、こんなことをお客さまに提供したら喜ぶだろうな、という点を軸に考えています。

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スマイルマークが愛らしいU.RAKATAのロゴ。実は臼井さんのアルファベットの頭文字の「U」に顎のホクロがデザインされているそう

――コンサルティング視点での質問になるかと思いますが、味の評価について、お客さまアンケートなどで声を拾うことは有用でしょうか。

臼井さん:アンケートに書いてあることはマイノリティーになってしまうことが多いので、これまであまり実施してきませんでした。マジョリティーはどこにあるかというと、現場で見るしかありません。かつやの例だと、お客さまはサラリーマンが多いので、短いお昼休憩で食事のあとにアンケートをお願いすることは難しいですよね。

また、アルバイトのスタッフさんが「前のほうがおいしかった」など、率直な意見を言ってくれることも多かったです。現場内でも意見を言いやすい空気をつくることも大切です。

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アークランドサービス時代、お昼休みには500円玉や1,000円札だけをポケットに入れ、おこづかい制サラリーマンの気持ちになって飲食店に入っていたそう。「なぜその店に入ったのかをメモしておく。なぜか分からないけれど入ってしまう店、の“なぜか”が分かれば強いですよね」

――新規事業を考える際、市場規模は入念に見積もりますか?

臼井さん:規模がここまでにならなかったら意味がないとか、私自身、そういうことはあまり考えていません。そろばんを弾く暇があったら、商売できる場所を探して実行してしまった方がいい。分析よりもイメージ先行タイプですね(笑)。

やってみて出した答えが、一番正しいと思うんです。机上では、求めるべき利益のために自分で自分をごまかしながら予算を組んでしまう。「こうあるべき数字」にはまったく意味がありません。500万円の売上を見込んでいて実際は300万円しか売上がつくれなかったとしても、「300万円だからやめよう」ではなく、「あと200万円をどうやって取るか」を考えればいいだけです。

――飲食の経営者が追うべき数字とは?

臼井さん:見るべき数字は「客数」だけです。飲食業の変動費は食材だけで、あとは人件費を含めほぼ固定費ですが、この固定費の構成比を下げるためには売上を伸ばすしかありません。客単価を上げると業態が変わってしまうので、売上を伸ばすために重要なのは客数です。ただただ、客数を増やすことだけ考えれば数字は上がります。

コンサルティングをさせていただく中で感じるのは、経営者の皆さんはいろいろな数字を見過ぎているということ。すべての課題を解決できる数字を一つにまとめると、社内のベクトルも統一しやすいんです。見るべき数字をできるだけ集約し、その数字を達成させることに集中することがポイントですね。

――ちなみに、事業の引き際をどう見極めていますか?

臼井さん:撤退する決断は早いですね。新業態は前述したように数字だけではなく、ちょっとでも違うと思ったらすぐに撤退します。特に食べ物に関しては、お客さまから無反応だった場合はニーズがないということです。その場合、赤字を垂れ流すだけなのですぐ撤退しないといけません。

題材的にニーズがないと感じたときはもちろんのこと、立地的に良くないと判断した際も同じです。過去に、新店準備の段階で嫌な予感がしたものの、そのまま開店したことがありました。でも、そういう時はだいたいダメになります(笑)。開店してみないと分からない部分もあるんですけどね。

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これまでにテレビ番組の企画で飲食店の建て直しプロジェクトにも参画。京都でおばんざいを提供していた飲食店をカレー専門店としてリニューアル

まだ誰も実現できていない、フレンチを日常使いにしたい

――今後の展開として進行中のプロジェクトは?

臼井さん:非日常感の強いフレンチを、日常使いにする飲食店を構想しています。イタリアンや中華料理にはチェーン店が存在し、町中華も多くありますが、フレンチのカジュアルラインってほぼないですよね。ビストロといったアルコール提供をメインにするのではなく、「ごはん」を中心にしたものを考えています。滞在時間は従来よりも多少長くなると思うので、客単価600〜800円ではないでしょうし、そこを求められていないような気がしています。今年の7月頃のオープンを目指して準備中です。

――最後に野望は?

臼井さん:まずはお客さまを喜ばせることで、自分たちが楽しめる関係性をしっかりと構築したい。そして今後、どういう業種・業態を展開するかはまだ分からないですが、せっかくやるからにはもう一度IPO(新規上場)しようかな、とこっそり思ってます(笑)。企業としてやりたいことをしっかり具現化するために、資金調達の手段としてIPOが必要なくらいの集団になりたいですね。

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「おなじみ」では今後もU.RAKATAの事業に密着!随時レポートしていきますのでお楽しみに。

取材先紹介

株式会社U.RAKATA
取材・文前田実穂

編集ライター、メディアディレクター。原宿カルチャーから社会インフラまで、そしてローティーンからシニアまでとジャンル・世代問わず幅広く経験。飲食と接客が好きすぎて、下北沢でバルの開業・運営実績を持つ(約6年)。実はITOベンチャーのCRM職出身という異色の経歴も。

写真野口岳彦