転職エージェントの代表取締役を務める一方、社員へのまかないとして作っていた海鮮丼がSNSで話題になり、2022年8月にカウンター8席の海鮮丼と寿司の店「有楽町かきだ」をオープンした大将の蛎田一博さん。「飯炊き3年、握り8年」の修業が必要と言われる寿司業界の常識を覆し、修業ゼロ・開店3カ月で予約が取れない繁盛店となりました。現在は小田急ホテルセンチュリーサザンタワー19階に140席の店舗を構え、2025年には、アメリカ進出を控えています。ビジネスで磨いた手腕を武器に、業界を超えて挑戦を続ける蛎田さんに、繁盛する店づくりの秘訣や心構え、今後の展望を伺いました。
まかないの海鮮丼がSNSで大バズり!8席の寿司店をオープン
――寿司店を始めたのは、趣味の釣りを生かした海鮮丼がきっかけだそうですね。
コロナ禍で時間に余裕ができたので、趣味の釣りに頻繁に行くようになりました。そこで釣った魚を使って社員に海鮮丼のまかないを作り始めたら、SNSでバズり、フォロワーが4,000人から1万人に増えたんです。そこで、要望に応えて出張型のまかないサービスを始めたら、さらに知名度が上がりました。1年たつ頃には豊洲市場の仲卸さんとの信頼関係も築けていたので、「これなら店舗を構えても集客できるのでは」と社内でプロジェクトを始動し、その2カ月後に店をオープンしました。
――準備期間2カ月は早いですね!「修業ゼロ」の大将として注目を集め、オープン3カ月で予約が取れない繁盛店になり、メディアでも話題になりました。
握りはYouTube、シャリの作り方はレシピサイトを参考にし、実際に食べに行ったお店でも握りを観察して学びました。修業ゼロで始めた理由は、社会人の経験を通して「練習を何百回繰り返しても、一回の本番には勝てない」という実感があったからです。営業職で飛び込みや法人営業を経験しましたが、何度もロールプレイするよりも、実践の方が多くを学べるタイプだったんです。
ただ、開店後は毎日必死で、それまでの何倍も凝縮して働きました。ほぼ毎朝6時に起きて市場で魚を買い付け、日中は人材の会社経営をして、夕方から寿司を握る毎日。今日も豊洲市場から戻ったところなんですが、拡大移転後は仕入れ以外の実務はスタッフに任せ、メニュー開発や企画などの仕事をしています。
――仕入れは蛎田さんが担当しているのですね。
人間関係の構築については、営業職で鍛えた経験が生きていると思うのですが、毎日市場に行ってきちんとあいさつをして、仲卸さんに顔を覚えてもらいました。そして何よりも大事にしているのは、絶対に値切らないこと。それから仲卸さんが仕入れすぎて困っている魚も、積極的に買うようにしています。そうやって地道に信頼関係を築くことで、同じ価格でもより良い仕入れができるようになります。
――飲食店経営は初めての挑戦だったようですが、店舗のコンセプトや戦略はどのように立てたのでしょうか?
僕は普段から寿司の有名店を食べ歩いていて、「こんな寿司店に行きたい」「こんな店があったらお客さんは驚くだろう」というアイデアを実現したのが、うちの店なんです。だから、ユーザー目線がかなり反映されていると思います。
その観点からやりたかったことの一つが、価格を明確にすることです。客単価3〜5万円の高級寿司店は、職人こだわりの最高の食材を使うからこそ、日によって価格が変わったり、「おまかせ価格」のお店も多かったりします。一方で、「追加で頼みたいけれど料金が聞きづらい」といったように、寿司を楽しむためのハードルが高いと感じる人も多いと思うんですね。
そこで、うちは逆にSNSで原価率や仕入れた魚まで情報をオープンにしています。コンセプトは「1万円台でおいしいものをおなかいっぱい食べられる店」。一番高いコースでどれだけ飲んでも食べても、税込で16,000円以内で納まります。また、イクラやウニのおかわりを皿に盛り付けるお祭りのようなパフォーマンスやさまざまなイベントも行って、お客さんに楽しんでもらえる店づくりを目指しています。
創業1年で140席に拡大し、売り上げは創業時の20倍へ
――創業から1年後には、現在の140席の店舗に移転されました。今年10月には、グループ2店舗で月商5,700万円の過去最高の売り上げを記録したと公表されていましたね。日本に数多くある寿司店の中でも、急成長を続ける理由をどう考えますか?
売り上げが伸びた理由の一つは、インバウンドの増加です。現在海外のお客さんの割合は50%まで伸び、グループの月商は移転後の1年半で1.5倍、創業時からは20倍近く増えました。
もう一つ、他の寿司店との差別化が明確であることも理由だと思います。回転寿司と高級寿司店の中間にあたる「1万円台でおなかいっぱい食べられる寿司店」はたくさんありますが、同時に都心の高層ホテルで140席の大型店はありません。海外の方は団体も多いのですが、うちは席数が多いので、当日の夜に10人の予約が入ることもあります。ホテル内という好立地もあって、大人数の会食の予約も多くいただいています。
――「1万円台かつ大型店」というニッチな立ち位置で、差別化を図ったわけですね。
もちろん普通に修業して、客単価3〜5万円の予約困難店をつくることが理想的な寿司店の形だと思います。でも、僕は会社経営者で修業せずに寿司店を始めたので、同じ場所で戦っても当然かないません。そこで普通の寿司店がやらないことを考えて、「お客さんを楽しませる接客」「仕入れ」「価格」の3つで勝負しようと考えました。自分たちが勝負するフィールドを知ることは、規模や業態を問わずビジネスにおいて大事だと思います。
――集客面では、創業前からSNSにも力を入れています。Xのフォロワーは約6万人、Instagramのフォロワーは約10万人(2024年11月現在)。最近のインスタグラムは英語での発信が中心ですね。
有名なお寿司店さんはSNSを活用していなかったり、使っていても更新頻度が少なかったりする店も多いですが、僕は本業でSNSを使っていたので、うまく活用して集客につなげることができました。最近は僕の投稿ではなく、他の方のSNSでおすすめを見て来てくれる方も多く、客層は20代後半から60代くらいまで幅広いです。SNSを見て来店される方も多く、情報リテラシーが高い方が多いように感じます。
また、世界的に見て寿司レストランの市場は拡大しているので、ここ1年はSNSの戦略も海外に向けたものを意識しています。特に海外の方は、日本人よりも情報を探して来店する傾向があるため、例えば「東京・寿司」などで検索すると、うちが上位にヒットするような工夫も客足の伸びにつながっていると思います。
価格戦略や集客などの経営スキルを生かし、規模拡大に成功
――8席から140席に規模を拡大するにあたり、仕入れや人材など経営面の工夫や苦労はありますか?
基本的にはメリットの方が多いですね。移転後の席数はグループで20倍近くになりましたが、仕入れの量が増えるほどスケールメリットが働きますから、同じクオリティー以上のものが安く買えます。基本的に天然マグロを一本買いしますが、拡大したことで余らせずに最高の状態で出せますし、旬の安くておいしい魚が大量に入荷したら、まとめて買うこともできます。人材に関しても、正社員・アルバイトを含めて60人ほどで回せるので、人件費も抑えられます。移転後しばらくは試行錯誤しましたが、当時と比べても今の方が断然良い食材を使っていますし、より良い店になっていると思います。
――高級寿司店で、大型店がない理由は何だとお考えでしょうか。
まず客単価3〜5万円の高級寿司店は、店舗を大きくしたくないはずです。店を大きくすればどうしても味が変わりますし、もともとの高い味・サービスのレベルが下がれば、本店の価値が落ちてしまいます。でも、うちは中の上レベルで、店を大きくしても頑張れば同等のレベルは再現できます。もともと最高級ラインではないので、価値が下がるリスクが少ないわけです。
一方で、味と価格を維持するために、「やらないこと」をしっかり決めています。コースは税込で1万4,000円まで、食材原価率は50%まで。繊細な職人技は潔く捨てたり、最高級の品質にこだわるべきネタを決めるなど、メリハリを付けています。
今年で会社経営は9年目。寿司の修業はまだまだですが、社会人として経営の修業は積んできたと思います。ビジネスで培った資金力、人材力、集客力の3つが僕の武器。160坪の物件を借りる資金力がありましたし、人材会社なので採用の経費も節約できます。またSNSの活用だけでなく、こうしてメディアに出たり、本業の社長仲間や会社まかないのつながりでも集客できています。本業があると、「コケてもなんとかなる」という心理的安心もありますしね(笑)。
2025年1月にはニューヨークに出店。目標は「寿司世界制覇」!?
――2025年1月に海外進出が決まっているとか。今後の展開を教えてください。
今の目標は、海外進出と「寿司世界制覇」。ニューヨーク・マンハッタンでのフランチャイズ出店が決まっていて、現地の法人と手続きを進めている段階です。
世界的に寿司の市場は拡大していますが、海外では回転寿司を除いて高級寿司の巨大チェーンはほとんどありません。中には寿司と呼べないレベルのものや、日本人ではない人がビジネスをしていることも多い。そこで、従来の寿司店が持っていない経営ノウハウを生かし、世界の人に日本の素晴らしい寿司と文化を広められたらという思いがあります。
海外進出で僕が特にこだわりたいのが、日本の食材を使って勝負することです。アメリカでも魚は買えますが、日本で直接仕入れて海外に持っていけば、生産者さんも喜んでくれるし、自分のやりがいにもなります。10〜20年前と比べて物流・冷凍技術が進化しているので、今ならライバルが少なく勝算はあると考えています。
――自分の勝ち方を知る客観力と、メンタルの強さを感じます。仕事で勝ち続けるための心構えは?
「まずやってみる、続けてみる」を、たくさん繰り返すことですね。なぜなら、人生には目標設定してもできないことはたくさんありますし、僕自身も起業までの間は努力が報われないことも多かったから。だからこそ、最初から完璧を目指さずにアプローチを数多く試してみて、最後につじつまを合わせる。そうやって難しく考えないで素直にやる方が、僕はうまくいくタイプです。
でも……一見、勝ち続けているように見えるかもしれませんが、実はそうではないです(笑)。移転前に焼肉と寿司の店をつくったんですが、他にもっといい店があると気付いて半年で閉店しました。でも、人は100回の失敗よりも、1回の成功に注目してくれるものです。「寿司世界制覇」とか「月で寿司を握る」と夢を公言していますが、口にすることで夢を引き寄せられるかもしれないし、口にすることで付いてきてくれる人もいる。実現できなくても仕方ないですし、もしうまくいかなくても、また違うことにチャレンジすると思います。
取材先紹介
- 有楽町かきだ
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住所:東京都渋谷区代々木2-2-1小田急ホテルセンチュリーサザンタワー19F
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- 取材・文渡辺満樹子
- 写真野口岳彦
- 企画編集株式会社都恋堂