自店を持つ夢に“無理なく挑戦できる”品川・戸越のレンタルレストラン「橙」

レストランなどのスペースを、一定期間、間借りして営業する「シェアレストラン」や「レンタルレストラン」が近年注目を集めています。貸し主は定休日やアイドルタイムにスペースを貸し出すことで収益化を図り、借り主は初期費用を抑えて開業できるのが魅力の形態です。貸し主と借り主のニーズに応えて、双方をつなぐサービスも登場しています。

2024年11月、東京都品川区戸越の住宅街にオープンした「レンタルレストラン橙(だいだい)」は、初めからスペースの貸し出しを前提に設計された店舗です。目指したのは「食材さえあれば誰でも店が始められる」環境。設備も充実しており、「採算度外視」とオーナーが言うほどの施設利用料の安さで、スペースを提供しています。その背景や狙いについて、オーナーの武士俣(ぶしまた)栄一さんと、利用者の萩原珠羅(りゅら)さん・陸斗(りくと)さんに話を聞きました。

レンタルレストラン開業のきっかけは「相続」

――お店の周りは本当に閑静な住宅街ですね。そもそも、この場所でレンタルレストランを開かれた理由はなんでしょうか。

もともと、この場所は祖父の土地でした。祖父は戦前からエネルギー関係の仕事をしていて、当時からこの辺りに多くの土地を所有していたそうです。レンタルレストランを始めたのは、両親が他界したことがきっかけです。実家やその他の土地を相続すると同時に、介護が必要な家族のケアをする必要が生じ、会社を辞めてこの土地でマンション経営をすることを考えました。いまレストランがある一階部分も、当初は部屋として貸し出すつもりだったんです。

ビルの1階がレンタルレストランに、上階はマンションになっている。ちなみに店名の「橙」は、以前、祖父母の家の庭にダイダイの木があったことから。マンションのキーカラーもダイダイ色

――では、なぜ「レンタルレストラン」にされたのですか。

家を相続した際に、祖父母の代からあった自宅を建て直しました。その際、もともと使われていた立派な古材を残したいと思い、新築の家にもふんだんに取り入れたんです。それでも古材が余ったため、何か別の活用方法はないかと考えていたところ、「レストランをつくる」というアイデアが浮かびました。

レストランで使用されている梁(はり)は祖父母の家で使われていたもの

私はもともと喫茶店や給食会社などで働き、長年飲食業界に携わってきたので、「いつか自分の店を持ちたい」という思いは以前からありました。ただ、家族の世話もあってなかなか踏み出せずにいましたが、「間借り」という営業形態が流行していると知り、「間借り専門の店があってもいいのでは?」と考えるようになったのです。レンタルレストランなら、人に店舗を貸しながら、自分も無理なくお店を経営できそうだと思いました。

――レンタルレストランの開業にあたり、どれくらい費用がかかりましたか。

開業するのに2000万円近くかかりましたね。自分のできる範囲でお店をつくることができる、とは思いましたが、正直、不安もありました。しかし、やってみないと分からないと考え、思い切って進めました。コロナ禍で多くの飲食店が閉店していく中、同じ業界の人を応援したいという気持ちも強く持っているので、今のところは施設利用料を安く抑え(平日・一日:22,000円、土日祝日・一日:24,000円 ※2025年3月時点)、採算度外視で運営しています。

「レンタルレストラン橙」のオーナー・武士俣栄一さん

目指したのは利用者と地域住人との交流拠点

――「レンタルレストラン橙」の特徴を教えてください。

「みんなで作るレストラン」というコンセプトで、飲食のほか、可動式のテーブルを使った小物販売、店先のキッチンカー営業など、多目的に利用できる設計にしています。お客さまが小物を買って店内でお茶を飲んだり、飲食後にキッチンカーでデザートを買ったりと、相乗効果が生まれることを期待しています。

カウンターキッチンを備えた店内。屋外にも席を設けている

――人が集まる拠点をつくっているようですね。

ここを地域のコミュニティーにしたいという思いがあります。例えば、学校給食に携わった経験を生かし、災害時にはお店の調理機材を使って炊き出しを行うことも考えています。

――なぜそのような考えに至ったのでしょうか。

祖父母の家や祖父が持っていた社員寮は地域に開かれた場所でした。祖母が言うには、テレビが珍しかった頃、街頭テレビでプロレス中継を観るために近所の人々が集まったり、お風呂がなかった時代に社員寮の風呂を開放したりしていたそうです。そうした歴史を受け継いでいきたいと思っています。

武士俣さんの祖母と母の写真

――レンタルレストランとしての使い勝手を向上させるために意識したことはありますか。

食材さえあれば気軽にお店を開けるように、キッチン設備を充実させ、基本的な調味料やドリンクもそろえています。ドリンクに関しては、利用者の負担を少しでも減らせればと、原価と販売手数料を施設利用料に追加してもらった場合に、お店のストックを自由に販売できるようにしています。

「場所」の有効活用で人とのつながりが生まれる

「レンタルレストラン橙」はスタートしてまだ半年ほど。利用者の拡大や集客など、レンタルレストランとしての運営や今後について、武士俣さんはどのように考えているのでしょうか。

――利用者の募集はどのように行っていますか。

最初はInstagramから利用申し込みを受け付けていましたが、ホームページを作ってからは、そちらにも受付窓口を設けました。最近では、LINE公式アカウントも活用しています。LINE公式アカウントは、受付機能だけでなく交流ツールとしても使っていて、利用者同士の間で何か問題が起きたときに、話し合いの場を持てるようにと導入しました。

――利用者や地域の人からは、どのような反響がありますか。

この辺りは飲食店が少ないので、地域のお客さんは歓迎してくださっていますね。お店を借りている方々からも「使いやすい」と好評をいただいています。

祖父母の時代からの縁で、ご近所さんもお店のことを気に掛けてくれるそう

――実際に経営して見えてきた、レンタルレストランの難しさや課題はありますか。

課題はいくつかありますが、日替わりで店が変わるため、「今日は何が食べられるのか」が分かりにくい点は大きいですね。例えば魚が食べたい日に行ってみたら肉だった、というミスマッチは起きやすいです。また、高齢者が多い地域なので、外食自体が億劫という面もあるかもしれません。まだまだ、思い描いていたほど集客できていないのが実情です。

ただ、以前クラフトビール店が2回出店したときは、お店の方が宣伝をしっかりやって満席になるほどの盛況ぶりでした。やり方次第で集客は可能だと分かったので、今後は利用者さんのために効果的な宣伝方法を考えていきたいです。

――借り主を募る上での課題はありますか。

利用希望者の多くは本業を持っているため、どうしても土日に予約が集中してしまいます。ただ、他の間借りスペースでは平日も利用があるところもあるので、「レンタルレストラン橙」もまずは場所自体の知名度を高めていくことが大切だと感じています。

また、今後は利用希望者のアイデアもどんどん取り入れていきたいと思っています。実際、最近は「ペットの譲渡会に使いたい」という声がありました。利用者の意向で、ペット入店可にしようとも思っています。「みんなで作るレストラン」として、多くの人が利用したくなる魅力的な場所にしていきたいですね。

利用者に聞く、レンタルレストランで実感できた「開業のリアル」

現在「レンタルレストラン橙」では、スペインバルや居酒屋、ラーメン店の3店舗が定期的に営業しています。単発利用もあり、武士俣さん自身も週1回、自らもレンタルレストランの一利用者として店に立っています。実際の使い心地はどうなのか。最後にこれまでに5回利用したビストロ「la famille(ラ・ファミーユ)」の萩原珠羅さん・陸斗さんに話を聞きました。

――レンタルレストランという形態を選択された理由をお聞かせください。

萩原珠羅さん(以下、珠羅さん):現在、飲食店で勤務していますが、「自分のお店を持ちたい」という漠然とした思いをずっと抱いていました。なかなか実行できずにいたのですが、パートナー(陸斗さん)からの提案でレンタルレストランという形態を知り、それなら敷居が低いなと思って、挑戦してみることにしました。

調理担当の萩原珠羅(しゅら)さん

――「レンタルレストラン橙」を選ばれた理由はなんですか。

萩原陸斗さん(以下、陸斗さん):以前は自宅近くの杉並区高円寺のお店に間借りしていたのですが、東急東横線沿線に引っ越すことになり、次の借り先を探す中で見つけたのが「レストラン橙」でした。

サービス担当の萩原陸斗(りくと)さん

珠羅さん:引かれた点は、厨房設備が非常に充実していることです。特に、コンベクションオーブンなどプロ仕様の設備が整っていることが決め手となりました。また、冷蔵庫などの設備も充実しており、使い勝手が良いと感じています。さらに、食材や食器などの一部を保管してもらえることも大きな利点ですね。

陸斗さん:自分たちは自前のお皿を使っているので、預かってもらえるのは本当にありがたいです。レンタルレストランの借り主として、特にうれしいサポートは、物を置かせてもらえる点かもしれません。

「ラ・ファミーユ」のシーズナルメニュー「ふきのとうと白味噌のラビオリ」

春の彩りが美しい「菜の花とホタルイカ クスクスのサラダ」

――実際にレンタルレストランを利用する中で、どのようなメリットを感じていますか。

珠羅さん:自分たちの店を持つ前に、場数を踏めるのは本当に大きいです。しかも、このような本格的なスペースで!人から提供された場所で営業するのと、自分たちで一から行うのでは全然違うということも身に染みています。宣伝もしないといけないし、看板も自分たちで作らなければいけない。そんな “当然のことだけれど気付けなかったこと”も学ぶことができ、この経験はとてもありがたいです。

陸斗さん:毎日新しい発見があるし、帰るときには毎回二人で反省会をしています(笑)。

取材先紹介

レンタルレストラン橙

取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。

写真新谷敏司
企画編集株式会社都恋堂