焼きたてのハンバーグを炊きたてのご飯とともに提供するというシンプルなサービスが大ヒットしている「挽肉と米」。肉汁が滴る熱々のハンバーグが提供される様子は国内外で話題を呼び、訪日観光客がわざわざ訪れる日本の名店となっています。なぜこれほどまでに「挽肉と米」は人を引きつけるのでしょう。大ヒットの理由を、オーナーの山本昇平さんに聞きました。
飲食業を「優秀な人材が活躍できる業界」にしたかった
「挽肉と米」をオープンする以前は、「山本のハンバーグ」という手づくりハンバーグ専門店で一世を風靡(ふうび)していた山本さん。長らく飲食業に携わり、飲食業界ではよく知られた存在です。「山本のハンバーグ」の経営は成功を収めますが、業界を広く見渡した時に山本さんはある課題に気付いたといいます。
「日本の飲食業界には、待遇が上がらない中で働いている人があまりにも多いと感じていました。他の業界と比べて人気もなくなってきているようです。この状況をどうにか変えていき、優秀な人が安定的に活躍できる環境を整備したいと思いました。飲食業が『稼げる』職業として世間に認知されれば、何か面白い店やサービスをやりたい!という人が手段として飲食業を選んでくれるかもしれない。そのために、世界に発信できるコンテンツを構築し、国外に展開していくことを考えたんです。ライセンス契約によってロイヤリティーを得ることができれば、国内で店舗数を増やすよりも収益性の高い事業になる。「挽肉と米」という会社自体がしっかりと収益を生み出すことで、経営者だけではなく従業員にもその利益を還元する仕組みを作り、従業員の待遇を大きく改善したいと思いました」
収益性を高めるためにも、日本だけでなく、世界に展開できるようなグローバルなコンセプトの飲食店をつくりたい。こうして立ち上げられたのが、「挽肉と米」でした。
「ハンバーグは、日本で独自の発展を遂げた料理です。このおいしさを世界に広めたいと、かねてから思っていました。でも、海外のお客さまはあまりハンバーグを知らない。だから音や見た目、匂いなどの五感にアプローチし、言葉で説明をしなくても、食事を楽しめるような飲食店であることが大事だと考えました」
世界中で愛されるハンバーグ専門店をつくるべく、山本さんはユニークなコンセプト設計を行っていきます。
お客の「期待外れ」をつぶしていくことが、成功への近道
言葉や文化を超えて、おいしさを共有できるような飲食店をつくりたい。その思いをもとにコンセプトを詰めていくにあたり、山本さんが最初に考えたことは、国内外問わず飲食店を訪れるお客に共通する気持ちでした。
「飲食店を利用する時、多くの人は事前情報をもとにある種の期待を抱いて訪れます。でも、食べた料理が期待通りだったことって、僕の周りの人から話を聞いていても、あまり多くないと感じていて。『広告とは少し違った気がするけれど、これくらいのものだと納得するしかない』、『期待していたイメージと現実にギャップがあることは仕方がない』というように、不満を飲み込んでいることがほとんどではないでしょうか。もちろん、素晴らしい飲食店も数多くありますが、小さなモヤモヤを抱えて店を後にする経験も少なくないと思うんです」
「期待以上」を目指すことは、もちろん大切。ただ、期待通りである店自体が多くない中で、まずは “期待外れ”を一つひとつつぶしていくことが、お客の満足度につながる。そう考えた山本さんは、「お客の期待に正確に応えること」を軸に、店の構想を練っていきました。
「挽きたて、炊きたて、焼きたて」を守り抜くための店づくり
お客の期待に応えるために何ができるのか——。考えた末に浮かんだのは、本当の「焼きたて」にこだわり抜くこと。鉄板焼店などの高級料理店ではお客の目の前で調理ができるため、本当に「できたて」の料理を提供することができますが、カジュアルな店では「焼きたて」をうたっていても厨房(ちゅうぼう)からテーブルに運ばれてくるまでのタイムラグが発生してしまいます。このタイムラグをなくし、焼いた直後に食べられる店づくりを目指したのです。
できたてのハンバーグを提供することに集中するため、メインメニューは「ハンバーグ定食」一つに絞りました。店舗設計やオペレーションも全て「できたて」を実現するために調整を重ね、熱々のままハンバーグを食べ終えられるよう、あえてハンバーグは小ぶりに。お客の食べ進み具合を見て、90gのハンバーグを3回に分けて提供するオペレーションを導入しました。
ハンバーグは牛肉を100%使用。これは事前に「『挽肉と米』という店名を聞いた時にどんな肉を思い浮かべるか」と知人にヒアリングしたところ、全員が「牛肉」と答えたからです。このイメージはおそらく一般のお客の期待にも合致すると考えました。また、肉は毎日ブロック肉を店内でひいて使用しています。
「断面積の多いひき肉は酸化しやすく劣化が早いので、質を高めるためには、『挽きたて』にする必要があるのです」
さらに、ご飯も「炊きたて」にこだわります。米は1カ月ごとにイチオシの銘柄を仕入れ、店内中央にあるかまどを使って羽釜で炊き上げることにしました。
「一般的な飲食店では、炊き上がってから数十分間は炊飯器の中で保温されていることがほとんどではないでしょうか。そうすると炊きたてのおいしさに出合える人もいれば、炊いてから少し時間をおいたご飯を食べる人もいる。店のオペレーションを考えると仕方ないことではありますが、コンセプトに忠実な店をつくるためには妥協できないポイントだと考えました。当店では、羽釜を複数台使い、米を炊き上げることでまさに『炊きたて』のご飯を提供しています」
さらに羽釜もあえて大きなサイズのものを使うことで、おいしさの追求に加えて、見た目のインパクトを高め、炊き立てのシズル感を引き立てられると考えたそうです。
効率よりも大切なのは、一人ひとりの食体験を高めること
お客にとってはまさに「期待通り」の体験ができる店ですが、店舗を運営する上で気がかりなのは、やはりコスト管理。常にできたてのハンバーグを提供するには、連続で作り、提供し続けなければ、光熱費や人件費の観点から経営の効率は低下します。
さらに「挽肉と米」1号店のオープンは2020年6月、まさにコロナ禍の最中でした。第一波の自粛が解除されたタイミングとはいえ、人の流れはまだまだ戻りきらない頃。客入りも見込めないまま、大胆なコンセプトに振り切るのはかなり勇気が必要だったのではないでしょうか。
「確かに“できたてを提供するために作り続ける”という今のオペレーションは、お客さまあってのシステムであり、人気が出ている今だから成り立っている部分もあります。効率的で盤石な仕組みとは言えません。しかし長期的な店の利益、ひいては飲食店業界全体の成長を考えると、リスクを取ってでも挑戦した方がいいと思ったんです。その点はスタッフにも理解してもらい、お客さまの期待に応え、期待を上回ることを徹底しました」
このコンセプトに忠実に従った店づくりが結果的に功を奏し、お客は特別な体験を求めて「挽肉と米」に行列をなすように。InstagramなどのSNSを通じて海外でも話題となり、訪日観光客も足を運ぶ人気店へと成長しました。
コンセプトを実現するためのスタッフ教育
効率やコストパフォーマンスの追求よりも、お客の食体験の向上を優先するコンセプト。それをどの店舗でも実践し、再現性を高めるためには、スタッフのスキルと理解も欠かせません。「挽肉と米」の従業員は多くが正社員。能力、報酬ともに高い社員も、マネジメント側に完全に引き上げることはせず、引き続き現場での勤務もお願いしているとのこと。優秀なスキルを持つ従業員が店舗で活躍することで、常に質の高いサービスを実現しています。
優秀なスタッフを育てるための社員教育や人事にも工夫をしています。業務はOJTで覚えてもらいますが、入社前にコンセプトを理解するための研修を実施。また、渋谷・吉祥寺・京都・今泉(福岡)の店舗間では希望者に別の店に出張してもらい異なるチームとの連携を深めることで、組織全体でワンチームとなるような感覚を醸成しています。
「そうすることで、やりがいや楽しさも覚えられるんです。別の地方に滞在することは旅行のようで楽しいですし、さまざまな環境に対応する力が身に付きますよね。店には外国人の方も多く来店します。言葉が通じなかったり、文化が違ったりとインバウンド顧客への接客は大変なことも多いけれど、せっかくの来店を楽しんでいただくため、チーム一丸となって接客をしてくれていますよ。さらに他の店舗へ行くことで、店同士の差に気が付き、商品や接客レベルの均一化を図ることもできます。新しいアイデアを共有することでオペレーションのレベルも向上するでしょう」
働くことに少しでも楽しみを感じてほしいと語る山本さん。目的を共有し、主体的に考えて動くことのできる社員を集めることで、困難な課題にも挑戦できる組織をつくっているのです。
「店舗の売り上げアップに伴い、待遇も良い方向に向かっています。それは、スタッフも実感しているはずです。お客さまの食体験に最も影響を及ぼすのは、店舗で働くスタッフ。今後もさらに、彼らがきちんと評価され、給与が上がるような仕組みを強化していきたいですね」
日本の「ハンバーグ」、いざ海外へ
現在、国内に4店舗を構え、海外は台湾、韓国、香港、タイ、中国に出店している「挽肉と米」。今後はライセンス契約による海外出店を精力的に進めていく予定です。
「計画しているのは、フィリピン、マレーシア、オーストラリア、インドネシアさらに、ヨーロッパ、北米。日本のおいしいハンバーグの文化を広めていきたいですね。もちろん『挽肉と米』らしくありつづけるため、海外出店時もコンセプトを守ることにこだわり抜き、日本と同じ体験を提供していきます」
確固たるコンセプトを守り抜けば世界のどこでも勝負ができる——。「挽肉の米」の成功例から店づくりの新たなセオリーを学ぶことができるかもしれません。
取材先紹介
- 挽肉と米 渋谷店
-
住所:東京都渋谷区道玄坂2丁目28-1 椎津ビル 3F
- 取材・文大川祥子
-
ライター/編集者。総合旅行業務取扱管理者。王道から半歩ズレたところにある面白さを発掘中。食を通じた地域の観光コンテンツ作りに興味あり。
- 写真中村宗徳
- 企画編集株式会社都恋堂