食べログの「グルメ著名人」として知られ、カフェや喫茶店をめぐってレビューにまとめているモデルの斉藤アリスさん。2017年に『斉藤アリスのときめきカフェめぐり』(枻出版社)を刊行し、雑誌『Hanako』(マガジンハウス)の公式サイト『Hanako.tokyo』では日本や海外のカフェを紹介する連載も80回を数えています。
自身のInstagramアカウントには1,000店を超えるカフェが登場。仕事柄、新規開拓に励むアリスさんが「もう一度、足を運んでみたい」と振り返るのはどんな店でしょうか?
店主の人生を追体験できるカフェに引かれて
――これまで、アリスさんはどのように飲食店と向き合ってきたのでしょう? 今まで訪れた店・レビューした店はそれぞれどのくらいありますか?
アリスさん:レビューを書くのはカフェや喫茶店が多く、食べログには160本近く掲載しています。Instagramで紹介している店が年間200店ほどあって、著書を出してから5年経っているので……記録を付けるようになってから、おそらく1,000店以上にお邪魔している計算ですね。カフェ以外のジャンルを含めると1,500店くらいでしょうか。
──Instagramでもレビューでも、紹介するのはどんな店ですか?
アリスさん:素敵な時間を過ごせた記憶が残っているお店ですね。私、外食って「思い出をつくる」行為だと思うんです。コロナ禍のいま、フードデリバリーが盛んになって飲食店の本格的なメニューを自宅で味わえるようになりました。でも、わざわざ外出して足を運ぶのは、選んだ店で素敵な時間を過ごしたいから。これに尽きます。
──著書の冒頭では「店主の脳内に飛び込める“体験”ができるカフェが魅力的」とおっしゃっています。素敵な時間が過ごせることに通じるものはありますか?
アリスさん:もちろん! カフェはお腹を満たすというより、時間と空間を買う場所だと思っていて。だから、店主やオーナーがカフェを通じて実現したいことに自然と目が向くんです。「あ、マスターはこの音響システムで質のよいクラシック音楽を楽しんでもらいたいんだな」というように、コンセプトが明確であるほどよい。例えば、阿佐ヶ谷にある「ヴィオロン」という名曲喫茶は本当に素晴らしいんですよ!
(引用:https://www.instagram.com/p/CNJjqTyJT8G/)
──連載で紹介していらっしゃいましたよね?
アリスさん:はい! スピーカーやアンプを作る職人だったマスターが、オーストリア・ウィーンにある「ムジクフェライン」というコンサートホールを、1/25サイズで再現したそうです。店主の夢が反映されまくっている空間に圧倒されてしまって!
──店主が打ち出すコンセプトに身を委ねたわけですね。
アリスさん:まさしく。この日はコーヒーをいただきながら、特別に竹針で「ラ・カンパネラ」をかけてもらいました。低音から高音まで、透明感のあるきれいなサウンドに心が揺さぶられて。
アリスさん:もはや「好きが高じて」というレベルじゃないですよね。人生を賭けた情熱というか、音響愛を大切に育み、本気で取り組んだらカフェになったという感じ。マスターの脳内にあるアイデアや価値観が具現化した空間にいられることがひたすら尊くて。ひょっとしたらカフェをつくったご本人とお話しするより、その方を知ることができるかも。こんな風に、足を踏み入れるだけで店主の人生をまるごと体験させてもらえるような店は自然と引きつけられますね。
再訪したいのは、素敵な記憶がいつまでも残る店
──アリスさんがカフェを魅力的に感じるポイントは、「店にもう一度行ってみたい」と感じる再訪の分かれ道にもつながりますか?
アリスさん:そうですね。それと私自身が「他者に紹介したい」と思えるかどうかも大きい気がします。私、友人とどこかへ入るときに「どんな店だったら相手が喜んでくれるかな」と考えるんです。それが基準というか、再訪の分かれ道になるかな。一度来店して、いい記憶が残っていれば「この子もあの店を気に入ってくれるかもしれない」と感じられるので。
──友人を連れて行くのはどんな店ですか?
アリスさん:ヴィオロンにもお連れしましたよ。音楽をやっている友人や音響マニアの子と一緒に、解説付きのライブイベントへお邪魔して。普段は公開していない手巻きの蓄音機を見せていただき、特別な音色を楽しみました。
──やはり「その空間が思い出になるかどうか」なんですね。
アリスさん:そうですね。人生における価値って、「誰と、どこで、どんな素敵な時間を過ごせたか」がすべて。極論、喫茶メニューがあまり好みではなかったとしても「楽しかったな」「ワクワクした!」と良い感情や記憶が残っていたら、忘れられない思い出になります。
──反対に「今後訪れることはないかも」と思ってしまうのはどんな店ですか?
アリスさん:イヤな思い出になってしまったお店ですね。その原因っていろいろあるんですが……どんな店にも共通して言えるのは、「私、招かれていないんだな」と疎外感を抱いてしまうことです。
──例えば?
アリスさん:取材申請して店にお邪魔したときに……「写真まだ撮りますか?」と邪険にされてしまいまして。所要時間を提示して、許可をいただいてから来店したのに「どうしてこんなに冷たくされなきゃいけないの?」と悲しくなりました。であれば断って欲しかったです。
私が店の経営者やスタッフだったら、お客さんがわざわざ余暇を使って足を運ぼうとしてくださった時点でうれしいです。うちを選んでくれたことを、最大限にリスペクトしたい。お客さんの「この店で素敵な時間を過ごせたらいいな」という期待に応えたいです。でも、その気持ちを裏切るどころか、悲しい気持ちにさせるなんて……私にはとてもできません。
──共感します。アリスさんの要求が過ぎるとも思えません。
アリスさん:どんなお客さんにもニコニコして、フレンドリーに接して欲しいわけじゃないんです。クールで愛想のない店員さんがいたっていい。無口でも普通に受け入れてもらえたら、どんなお店でも「尊重してもらっている」と感じることができます。
斉藤アリスの“おなじみ”リスト、少しお裾分けします
──気を取り直して。アリスさんの審美眼をくぐり抜け、すでに“おなじみ”となっている店のリストを、少しだけお裾分けいただけませんか?
アリスさん:何をもって常連や“おなじみ”と定義するのか、によると思うんですが……パフェを目当てに毎月通っているのは、「BIEN- ÊTRE(ビヤンネートル/代々木上原)」ですね。月替わりのパフェが絶品で! 「今月はどんな組み合わせなんだろう?」と、いつもワクワクさせてもらっています。
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BIEN- ÊTREの2月のパフェでは「リンゴのタタン×カカオ×ゴルゴンゾーラ」で冬らしい濃厚さを堪能。
(引用:https://www.instagram.com/p/CZy5SUOptTo/)
──メニューとつくる「思い出」ですね。ではヴィオロンのように、店主の思いに触れて素敵な時間を過ごせる“おなじみ”の店は?
アリスさん:私と同じ、フードインスタグラマーのSUZUさんがやっていらっしゃる「プルミエメ(代々木公園)」をご紹介できれば。人気店で混雑するので長居は無粋なんですが……朝食メニューの「ムイエット」にSUZUさんのこだわりを感じ取ることができます。
──ムイエットってどんな料理なんですか?
アリスさん:カットしたトーストを半熟卵につけて頬張る、フランスの朝ごはんです。SUZUさんは私と同じような思いでお店を巡っている方だから、彼女のつくる世界観に共感できるんですよね。有機野菜を添えて、卵も白&黄の2種類をわざわざ取り寄せるほど素材にこだわっていて。だから、めちゃくちゃ体に良くておいしい!
(引用:https://premiermai.suzu-pr.com/)
──カラフルで写真映えしそうですね!
アリスさん:そうなんですよ。私、写真好きだから“映え”も狙うんですけど……単なる“映え”だけのために撮りたくない。そこは譲れません! SUZUさんとはこの点でも共鳴していて。有機抹茶のクリームソーダに、彼女の哲学を見て取れます。
──どういうことですか?
アリスさん:インスタ映えする人気のクリームソーダって、見た目はかわいいけれど味が好きになれなくて。身も蓋もない言い方をすると……砂糖水にバニラアイスを乗せているドリンクですよね?(苦笑)
──たしかに、あの緑はメロンの果肉を絞った色ではないですよね。人工的で。
アリスさん:そうなんですよ! で、何度かお邪魔するうちにSUZUさんも同じ考えの持ち主だってことが判明して、鹿児島産のオーガニック抹茶を天然のビネガードリンクで割ったこだわりのクリームソーダを出してくださいました。「味」と「写真映え」を見事に両立されていたんです!
(引用:https://premiermai.suzu-pr.com/)
インスタ写真が醸す、特別な体験ができそうな予感
──カフェで素敵な時間を過ごすために、店員とどんなコミュニケーションを図っていらっしゃいますか?
アリスさん:忙しくないタイミングを見計らって、話しかけますね。仕事柄もあるかもしれませんが、よく質問させてもらいます。最近はウイスキーのジャックダニエルをクラフトコーラで割ったドリンクがおいしくて、どんなスパイスを使っているのか教えてもらいました。私がこだわりポイントについて聞くと、うれしそうに答えていただけるんですよね。
──店のこだわりを嗅ぎつける力がすごいですね。
アリスさん:写真に表れていることが多いです。Instagramで投稿されている写真を見ていると、なんとなく感じ取れます。
──新しく開拓する店は事前に写真でリサーチし、目星を付けてから向かうんですか?
アリスさん:そうですね、だいたいInstagramで発掘してるかな。「今日は新宿で仕事だから、近場でよさそうな店ないかな」と探すケースと、「何これおいしそう!」「絶対に食べたい!」とメニュー目当てにわざわざ出掛けるケース。この2パターンに集約されます。
──写真のどんな点を見て「行ってみよう」と思われるのでしょう?
アリスさん:うまく表現できないんですが、初見で店の世界観がハッキリ伝わるかどうかってことなのかもしれません。写真から受ける印象で、「特別な体験ができそうだな」と予感できるかどうかで決めています。
──やはり、「素敵な体験ができるかどうか」が判断材料なんですね。
アリスさん:そうですね。常連や“おなじみ”になる店だけでなく、新規開拓においても、やっぱり「思い出になりそうか」「素敵な時間を過ごせるか」って観点が私にとっては大切なんだと思います。
お話を伺った人
- 斉藤アリスさん
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モデル・ライター。1988年、英ロンドン生まれ。愛知県出身。明治大学農学部在学中にモデルデビューを果たし、『MORE』『an・an』など40誌以上の雑誌や広告で活躍する。卒業後はロンドンへ渡りジャーナリズムの博士号を取得。著書に『斉藤アリスのときめきカフェめぐり』(枻出版社)。食べログの「グルメ著名人」としても知られる。父がオーストリア人、母が日本人。
- 取材・文岡山朋代
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編集・ライター。『ぴあ』、朝日新聞社『好書好日』などで年間150本ほどインタビューや執筆を手がける。舞台好きで、下北沢・日比谷・渋谷・新宿・池袋といった劇場街グルメに目がない。観劇後はおいしい酒&つまみをキメたい一心で新型コロナウイルス収束を願う。
- 写真新谷敏司