カフェに「人間関係」と名付けた経営者が考える、客商売での人間関係の築き方

常に新しい文化が生まれ、若者を中心に多くの人が往来する渋谷に「人間関係 cafe de copain」と名付けられたカフェがあります。名付け親は、渋谷で長年、さまざまな飲食店を展開するクマガイコーポレーション株式会社 代表取締役社長の熊谷康夫さん。なぜ、カフェの店名としては意外性のある「人間関係」という名前を付けたのか。また、飲食店の入れ替わりが激しい渋谷という地で長年、複数の店舗を経営してきた熊谷さんに、「客商売における良好な人間関係の築き方」についても伺いました。

乾物屋から始まり100年。渋谷の地で飲食を中心に展開

クマガイコーポレーションの歴史は1913年、熊谷さんの祖父が道玄坂で乾物を取り扱う食料品小売業「熊谷商店(屋号:伊勢萬)」を創業したことからはじまります。戦後、熊谷さんの父の代となり、鶏卵問屋の他、セゾングループと提携し、あんみつ店「谷間」を運営。一時期は北海道から大阪まで店舗を広げ、チェーン展開していました。現在では、渋谷を中心にそば店やイタリアン、和食店、ビストロなどを11店舗展開しています。近年では渋谷圏内へ配達するフードデリバリーサービス、高級アイスクリームの通販事業も行っています。

「人間関係 cafe de copain」の店内。オープン当初はコーヒーメインのスタイルで、スコーンを日本の喫茶店でいち早く取り入れ、今では店の定番に。近年は女性の一人飲み需要が増えたこともあり、アルコール提供にも力を入れている。アイスコーヒー390円(税込)、アールグレイスコーン(ブルーベリージャム付き/左)とoreoスコーン(右)共に各120円(税込)

「ここ(『人間関係 cafe de copain』の立つ場所)はもともと鶏卵問屋の跡地で、あんみつ店で働く人の寄宿舎でした。その後、渋谷パルコにも近いことから店舗にすることとなり、カフェと居酒屋、そば店をオープンさせ、私がカフェを任されたんです」

こうして1979年、「人間関係 cafe de copain」がオープンしました。今から40年以上も前に、とても斬新な店名です。

思わずドキっと目を引く店名に込めた思い

当時、大学を卒業して間もなかった熊谷さんは店づくりを任され、どんな店にしたいか思い描く中で、大学時代、仲間と長い時間、喫茶店にこもっていたことを思い出しました。

クマガイコーポレーション 代表取締役 熊谷康夫さん。生まれも育ちも生粋の渋谷人。「物心ついたときはあんみつのチェーン店の息子だったんですよ(笑)」と昔を振り返る

「当時はチェーン店の喫茶店など、まだ珍しい時代。喫茶店は友人や仲間と“こもる”場所というイメージを抱いていました。そこで、最初は『カフェ ド コパン』という店名を考えました。Copain(コパン)とはフランス語で『仲間』。下町の方の言葉で、『ダチ公』みたいにちょっと粗野な、慣れ親しんだ感じのニュアンスが含まれているんです。そのとき、ふと友人や仲間って、人間関係だなと思ったんです。それで、『コパン』にサブタイトルのような形で『人間関係』と形容詞的なものをあしらいで付けてみた。でも、印刷するためにロゴ化してみたら『人間関係』って言葉の方が目立ってしまって(笑)。当時、喫茶店でこういう名称は珍しかったかもしれないけれど、新橋の飲み屋の看板でかなり個性的・ユニークな店名はありましたよ」

トレイに敷かれたペーパーに印刷されたロゴも「人間関係」という言葉が目立つ

居酒屋やバー、クラブなど、アルコール提供店でのユニークな店名は40年前からあっただろうが、カフェでこの名称は現在でも気になる人が多いそう。

「よくSNSで『変わった店名だし、なかなか入るのに勇気が必要だったけど、入ってみたらこんな店だった』といった投稿を見かけますね」

SNS全盛の現代、気になったものの対象として投稿する人も多いようです。ただ、この名称だからこそ、うれしいこともあったという熊谷さん。

さまざまな空間で思い思いの時間を過ごすことができる

「40年もやっているから、親子で親しんでくれるお客さんも多いですよ。渋谷は青山学院大学をはじめ、学生が多いでしょ。親御さんと同じ大学という若い人も結構多くて。今時の若い人は高校の頃からチェーン店のカフェに行き慣れているから、たまに親と待ち合わせというとき、『変わった名前のカフェがあるからそこに連れて行く』といった形でこの店を選んでくれることが多いみたいで。親御さんの方は学生時代を過ごした渋谷に久しぶりに訪れたら、偶然、昔通っていたカフェに子どもが誘ってくれた、というような話もよく聞きますね」

店名にインパクトがある分、記憶に残りやすいという利点もあるようです。

人との触れ合いこそ、良好な関係の構築には大切

渋谷をベースに都内で飲食店を展開するクマガイコーポレーション。そのトップである熊谷さんが考える「客商売における良好な人間関係」とは、まさに「人が見えること」でした。

「うちは立ち食いそば店も都内で3店舗やっていますが、食券の自動販売機は導入していません。従業員がお客さんのオーダーを聞くスタイルです。なぜかというと、うちの会社はそういったお客さんとの触れ合いを最も大切に考えているから。店にはベテランの女性従業員がいて、3,000人以上のお客さんの名前を覚えているんですよ。『この人は毎日来る』とか『だいたい何時頃に来るお客さん』とか把握していてね。もちろん、その従業員を目当てに来るお客さんもいらっしゃいます」

カウンターには常にスタッフがいるので、ちょっとした質問もすぐできる

自動化、機械化、フルオートメーションなど、昨今の飲食店では当然のこと。しかし、その上でお客さんとの接点・触れ合いを大切に店舗を運営していく。これが、クマガイコーポレーションの考え方です。

「厨房でもスチームコンベクションオーブンなどさまざまな機械を導入していますが、必ず『人の手で調理をする』ということを大事にしています。人が介在することでおいしいものって作られると思うんですよね。今、厨房に包丁もない飲食店があるなんて驚きです」

熊谷さんが大事にしている言葉にもその気持ちが表れています。

「会社全体で常にヒューマンなことを大事にし、社是として、『恕(じょ)』という言葉を掲げています。孔子が『心を他人のごとく行動せよ』と説いているのですが、つまり『相手の気持ちになって行動する』ということ。思いやりは誰でも持つことができますが、それを実際に行動に移すかどうかが大切だと思います。その点、効率化ばかりに走らず、お客さんのことを考えて、心を通わせることを続けていきたいです」

レジに表示されたメッセージ。強い意志を感じる

「良好な人間関係の構築」とは、やはり相手のことをいかに考えて行動するか、これに尽きるということかもしれません。

変化の激しい渋谷。そこで勝負するユニークな若手経営者を応援

物心付いた頃から渋谷の街を見続けてきた熊谷さん。なんでも渋谷は昔、若い人があまり寄り付かない街だったそうです。

「僕が子どもの頃の渋谷は大人の街。若い人なんてほとんど訪れないところでした。だから『若い人を呼び込むためにはどうすればいいのか?』って親父はいろいろ考えていましたね。そこで、パルコへの誘致なんかも進めたんですよ。やっぱりパルコは若い人の集客力があってね、そこから渋谷は若者の街になったんですよ」

渋谷パルコに通じる道は平日でもひっきりなしに人が往来する

若者が集まる街となってからの渋谷は目覚ましいものがあります。熊谷さんはその時々の状況をこう見ています。

「1980年代には、さまざまなショップが1号店出店の場所として渋谷を選びましたね。でも、その後はチェーン店がいっぱい出店して、あまり面白くなくなったように思いました。そして今は、チェーン店も多いけれど、駅を中心に同心円的に裏渋、裏原、奥渋といった、いわゆる駅前中心地から少し離れたところに面白い店が増えてきましたね」

そうした駅から少し離れた場所で勝負する若手経営者の中で、熊谷さんが応援する人たちが何人もいるそう。

「上手い、面白い経営をしている30代ぐらいの経営者が渋谷にはいっぱいいますよ。どの人も、本人の個性をしっかり反映した店づくりをしているんですよね。自分の個性を突き詰めて事業を展開している、というか。そして、なんだか楽しそうに仕事をしているな、と思いますよ」

長年渋谷を見続け、人との触れ合いを大事に商売するベテラン経営者は、今、同じように渋谷で勝負する若手経営者に向けてエールを送る。熊谷さんのような先達がいることは、渋谷の若手経営者にとっても心強いことでしょう。

取材先紹介

人間関係 cafe de copain

東京都渋谷区宇多川町16-12
電話:03-3496-5001

 
取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂