超高齢社会と呼ばれる現在の日本。「孤独死」が社会問題として取り沙汰されているように、自宅で最期を迎える死亡者数は増加傾向にあります(※2019年国土交通省調べ)。高齢者に限った話ではありませんが、発見が遅れ、住むために特殊清掃が必要になってしまう物件も……。そうした「事故物件」と呼ばれる不動産は、心理的影響から売買が難しくなってしまいます。
2019年4月に立ち上がった「成仏不動産」では、売却困難な物件を所有する持ち主(売主)を救うべく、事故物件を「嫌われる物件」から「選択する物件」へとリブランディングし、関東を中心に多くの不動産を“成仏”させてきました。同事業を展開する株式会社マークス不動産の有馬まどかさんと萩原翔さんに、「成仏不動産」の成り立ちや事故物件の“リアル”を伺いました。
事故物件を抱えて困っている人を助けたい。そんな思いを原点に
――「成仏不動産」とは思い切ったネーミングですね。この事業が始まった経緯を教えてくださいますか?
有馬さん:もともと弊社は、不動産の売買をなりわいとしてきました。そんなある日、個人のお客さまから「事故物件は買い取ってもらえるのでしょうか……」とご相談があったんです。そのときは事故物件の相場が分からず低い見積もりを出してしまい、結局、他社で契約をされたという経験がありました。これをきっかけに、もっと事故物件のことを熟知していれば困っている方を助けられるのではと考え、事故物件を専門に扱う成仏不動産のサービスを始めることにしました。
萩原さん:現在は、自社の統計データをもとに買取価格を設定しています。件数をこなすことで、やっと相場観がつかめてきました。
意外にも49%の人が「事故物件に住める」と回答
――「事故物件」の定義はあるのでしょうか?
萩原さん:国土交通省の「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」によると、「日常生活の中での不慮の死以外の死」と記されています。また、賃貸では事故発生から3年以内であれば告知義務がありますが、売買については3年以降も告知義務があります。
有馬さん:弊社で取り扱っているのは、大きく分けて孤独死、自殺、火事などの事故死、殺人が発生した物件です。ただし、殺人については加害者側の物件ではなく、残念ながら亡くなられた被害者側の物件に限っています。
――買い手が決まりやすいのはどういった物件ですか?
萩原さん:あまり気にされない方が多いのは孤独死や病死です。一番悩まれるのが殺人です。殺人事件があった家は、近所の方にも周知されていることが一因ですね。ただ、そういった物件も取り扱っていますし、中には気にならないという方もいらっしゃいます。
――事故物件のニーズについて、どのように感じていらっしゃいますか?
有馬さん:自社のアンケートでは、「事故物件に住める」と回答した方は全体の49%を占めています。
――意外と多いですね!
有馬さん:そうですよね。私も10%くらいかと思っていたので、意外に高い数字で驚きました。オカルト好きな方や予算がない方に需要があるのかと思っていましたが、実際に売り出してみると、自殺があった4〜5,000万円の戸建てでも、人気エリアという背景もあってすぐに売れました。そうした取引を目の当たりにして、気にされない方にとってはお得な不動産だと理解しています。
萩原さん:最近、不動産価格は高騰していて、新築はもちろん中古でも高額で取引されています。気軽に買える時代ではない中、「ほかよりちょっと安いから」と考える方が増えています。実際に内見をするときれいにリフォームされているので、そこまで気にしない方が多い印象です。特に分譲が多く空きがない駅近の人気マンションなどは、人が亡くなっていたとしても、どうしてもそこに住みたい方はいらっしゃいます。
ご遺族に寄り添って一刻も早く安心させたい
――最近ではどのような事故物件が多いですか?
萩原さん:母数でいうと孤独死が多いですが、肌感覚としては自殺も増えていますね。
――そうした事故物件を扱うのはとてもセンシティブかと思います。配慮されているのはどんなことでしょうか。
萩原さん:当たり前のことですが、ご遺族はとてもナイーブになっておられます。そこで、言葉遣いや服装などは、普通の不動産会社よりも慎重です。言葉遣いの例ですと、物件に残された荷物の処分は専門用語で「残置物処分」と言いますが、「お荷物のお片付け」とか「ご遺品の整理」などに言い換えます。服装も、亡くなって四十九日の間は喪服やスーツで伺いますが、それより後であれば近所の方の目にも配慮して、売主さんとご相談しラフすぎない私服で伺うこともあります。
有馬さん:ご近所への対応も同様ですね。私の経験ですが、孤独死から1カ月後に発見されたお宅では、隣にお住まいの方から「臭いがする」という通報で初めて亡くなっていたことがわかりました。通報された方は在宅でお仕事をされていたこともあり、精神的に疲弊されていたため、弊社で清掃やご供養で伺う際はとても注意を払いました。
――特殊清掃の前に部屋に入られると思いますが、みなさんは精神的に大丈夫でしょうか?
有馬さん:私は正直怖いな……と思っていましたが、意外に大丈夫でした。
萩原さん:僕も気にならなかったです。ただ、見た目よりも臭いの方が大変ですね。臭気が強い部屋には感染対策としてガスマスクと防護服、手袋をして入ります。それでも臭いに耐えられないときもあります。見た目については怖いというより、一刻も早く清掃を終わらせて、ご遺族の肩の荷を下ろしてあげたいという思いの方が強いです。
――外部パートナーと連携し、自社で特殊清掃サービスや遺品整理サービスを提供することになったきっかけを教えてください。
有馬さん:特殊清掃に不慣れですと、本来は解体しなくていいところまで解体してしまったり、一番気になる臭いが残っていたり……。結局、二次施工した結果、買取価格を下げざるを得なかったこともあります。それなら弊社主導で効率的に清掃すれば、お客さまのためになると思ったのがきっかけです。
萩原さん:特に遺品整理業者の選定には気を付けています。中には、大事なお荷物をぞんざいに扱う業者もいますし、大切な遺品を持ち出される危険性もあります。以前、遺品のタンスから数千万円が出てきたこともありましたが、これらはご遺族に伝えなければ分からないものですよね。ですから、とにかく信用できるパートナー選びが重要です。
死は誰にでも訪れる。だから、人が亡くなった物件は特別ではない
――リフォームの際に、成仏不動産ならではの工夫などはありますか?
有馬さん:孤独死やうつ病などで自殺があったお部屋を見ると、全体的に暗くて圧迫感があるお部屋が多いので、明るい気持ちになれるように天井を上げたり、床材も明るい色を選んだりしています。また、エリアのニーズも調査しています。
――買主のお客さまはどのような方が多いのでしょうか?
萩原さん:20代後半〜30代前半くらいの若いご夫婦が多いです。あとは職場が病院や葬儀関係など、常日頃から人の生死に触れる機会がある方は気にされない方が多いですね。
有馬さん:死生観は人それぞれだと思います。例えば、最近ご家族やご友人を亡くされた方は、「未知の世界だった死を身近に感じたことで、人が亡くなった物件にも抵抗がなくなった」と言われていました。「抵抗があると言うと、亡くなった方に失礼だから」と。
萩原さん:その物件で亡くなったのは知らない人かもしれませんが、ご遺族にとっては大切な家族です。自分の家族が亡くなった家を怖いとは思わないですよね。
世の中の困りごとを解決し、新たな仕組みを創造したい
――ちょっと見方を変えるだけで、抵抗が薄くなってきた気がします。売買するときのコミュニケーションで心掛けていることはありますか?
萩原さん:弊社では社員全員が相続診断士という資格を持ち、売主さんとお話をさせていただいています。
――相続の悩みにアドバイスができる資格が、なぜ不動産会社に必要なのでしょう?
萩原さん:事故物件の取り扱いには、必ず相続の手続きが発生するからです。不動産を売って終わりではなく、譲渡所得税をはじめ不動産以外にもさまざまな相続の手続きがあります。ご遺族が困っている手続きの相談に乗ったりお手伝いをしたりすることで、信頼していただきたいという思いがありますね。
――「事故物件の専門家」だけあって、配慮が細やかで徹底されていますね。
萩原さん:成仏不動産ならではと思っています。現場見積もりから相続関係や遺留品整理のお手伝い、原状回復、ご供養……と、不動産を売却するまでワンストップでサポートできるのも弊社の魅力だと思います。
――今後はどのようなことに取り組みたいですか?
萩原さん:まだまだ事故物件のイメージは良くないので、一軒一軒取り扱う中でそうした印象を払拭していきたいですね。
有馬さん:都心だけでなく地方からのお問い合わせも増えたので、今年は千葉・静岡・大阪・福岡と4店舗を出店しました。事故物件だけでなく、過疎地で売れない物件などのご相談もあり、地方でも不動産で困っている方が多いと感じています。今後、人口減少によって増えていく空き家をいかに活用していくかも重要視しています。私たちのメインビジネスは住居ですが、いずれは空き家を倉庫にしたり、周辺の高齢者が集まって仕事をしてもらうような施設にしたりするなど、専門家として不動産の課題を解決していきたいです。
人が亡くなってしまった物件は今後も増え続けていきます。少し視点を変えるだけで、「ちょっと怖い訳あり物件」が、「コスパのいい選びたい物件」に変わるかもしれません。
取材先紹介
- 株式会社マークス不動産(成仏不動産)
- 取材・文薮田朋子
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おしゃれライター&編集者。ファッションから健康系まで20〜30代女性をターゲットに雑誌や書籍、Webメディアなどで元気に活動中。
- 写真野口岳彦
- 企画編集株式会社 都恋堂