地産地消の開拓者・奥田政行シェフに聞く、地方で飲食店を繁盛させる3つの法則

東京でイタリアンの修業を積んだ経験を持つ「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフの奥田政行さん(以下、奥田シェフ)。2000年、生まれ育った山形県鶴岡市に店舗をオープンさせました。季節ごとの野菜や天然の山菜、新鮮な魚介など庄内地方の食材を使用したメニューは話題となり、瞬く間に人気店に。また、店舗を営む傍ら、「この街を食で元気にする」という目標を掲げ、生産者や地域住民の力を借りながら“食の都 庄内”の魅力を親善大使として全国にアピールしてきました。

2022年7月、現店舗から北に3km離れた地に新店舗を移転。2,000坪の敷地には「アル・ケッチァーノ」のほか、地元の食材を使った料理教室や若手に向けたシェフ塾も開催できる「アル・ケッチァーノ・アカデミー」をオープンさせました。山形という地で、今日に至るまで奥田シェフがどのような取り組みを行ってきたのか、都心と地方での飲食店経営の違いなどについて話を聞きました。

“奥田流”地方経営の心得をひもとく

奥田シェフは、東京と地方の人とでは、そもそもの価値観が異なるといいます。

「大まかな傾向として、東京ではその人の仕事や役職、年収といった“お金”に重きを置かれがちですが、地方では人を見る際に、“人間性”や“つながり”を重視します。ですから、地方で飲食店を繁盛させるのであれば、まずは人間関係を構築することから始めるのが近道になるでしょう」

そこで奥田シェフに、地方で飲食店を経営する3つのコツを教えてもらいました。

“奥田流”地方経営の心得①:周りの人と積極的に関わる

オープン当時から地場のイタリアンを看板に掲げていた「アル・ケッチァーノ」ですが、当時、野菜の流通は、そのほとんどをJA(農業協同組合)が担っていました。「地元の食材を揃えることに相当苦戦した」という奥田シェフは、“物々交換ネットワーク”を構築することに力を注いだといいます。

「物々交換の秘訣は、相手が好きなものを熟知して交換をお願いすることです。例えば、肉が好きな農家にはトンカツを、魚が好きな人なら市場で仕入れた魚を届けると、たくさんの野菜を、しかもおまけ付きで交換してもらえたんです。ワインや和牛を仕入れ値で買い、同値の野菜と交換すれば、生産者は店で購入するよりもお得に商品が手に入る。お互いに得をするのだから、こんなうれしい話はありませんよね」

生産者と良好な関係を築いた結果、今では「アル・ケッチァーノ」専用の畑が複数存在するというから驚きです。こうして地元の新鮮な野菜をふんだんに使った「アル・ケッチァーノ」には、全国から足を運ぶお客さんが増え、大繁盛店へと成長を遂げます。そんな奥田シェフが次に目指したのが、庄内の豊かな食材を全国へ届けることでした。

「全国各地に自分がプロデュースした店を作り、そこに庄内の食材と私が教えた弟子たちを送り込む形で営業を開始しました。“食の都 庄内”の魅力を全国にPRし、大卒の初任給より高い年収を確保できる仕組みを整えることで生産者の後継者問題を解決しながら、次々と店舗を拡大させていきました。オープン当時から私を助けてくれたのは、地元の生産者の方々です。コロナ禍で経済活動が大きく停滞したときも、作物を育てられるプロ(生産者)と料理を提供できるプロ(奥田シェフ)が手を組めば、恐れることはないと実感しましたね」

“奥田流”地方経営の心得②:弟子を育てる

現在、奥田シェフのもとで学んだ弟子たちが切り盛りする店舗は、全国に直営店が8店舗、プロデュース店が11店舗あります。一人前になるにはさぞかし長年にわたる大変な修業が待ち受けているかと思いきや、奥田シェフは「見てくれる人」「聞いてくれる人」「怒ってくれる人」の3人を周りに置くことで、弟子たちの成長スピードを加速させることができると言います。

「2年もあれば一人前になれます。生業としての技術を身に付ける修業は、基本的な製法を徹底的にマスターすればいいんです。むしろ若い子が挫折しがちなのは、行いを身に付ける、いわば精神面での修行です。私は両方の修業(行)を通して、本人の夢を叶えてあげるのはもちろんのこと、周りの人たちの幸せを願い、社会貢献できる料理人を育成するように心がけています」

「弟子は家族同然」。そう考える奥田シェフが新たに始めた「アル・ケッチァーノ・アカデミー」では、鶴岡市から世界に通用するシェフを育てるための若手に向けたシェフ塾を開講するほか、まな弟子たちもアカデミーに通い、給料をもらいながら学ぶ環境を整えているそうです。

「田舎は人とのつながりが重視されるので、人間味が感じられる場所で愛情をたっぷり注ぎ、地元住民の方々の協力を得ながらみんなで若い子を育てています。愛情を注がれた子たちは、東京へ出ても一生懸命働いてくれますよ」

“奥田流”地方経営の心得③:地域交流の施設を目指す

「アル・ケッチァーノ」という場のテーマは、「子どもからおじいちゃんまで、スーツの人から長靴を履いている人も混在一体となるレストラン」。コンセプトは「地元のものを使って、まずは近しい人を幸せにすること」だと奥田シェフ。

「都会では食べたいものがいつでも食べられますが、地方ではそもそも飲食店の数が多くありません。そこで、『いろいろなメニューがある』『頼まれたら何でも作ってくれる』『赤ちゃんや小さな子どもからお年寄りまで、どんな人でも大歓迎』という地域交流センターのような施設を目指すと繁盛すると思います」

誰もが気軽に立ち寄れる上、料理を楽しむだけでなく、おしゃべりも気兼ねなく楽しめる空間が地方では好まれるそう。実際、「アル・ケッチァーノ・アカデミー」のラボラトリーキッチンは地域の方々にも開放されており、地域住民のコミュニケーションや地域経済の活性化にも貢献しています。

美食都市・鶴岡市とコラボした新たな挑戦

山形県鶴岡市にある「アル・ケッチァーノ」の店内。広々とした空間でゆったりと食事を楽しめる

オープンから22年。生産者にスポットライトを当てた「地産地消」レストランを繁盛店として築き上げた奥田シェフは、全国にプロデュース店を作り、そこに庄内の食材を送る「地産他消」も実現しました。そして、今後は観光客にたくさん来てもらい、庄内の食材を味わってもらう「地産訪消」に取り組みたいといいます。

「コロナ禍によって打撃を受けた観光業を支援するために、観光業とタッグを組んでガストロノミーツーリズムを開始しました。世界中の観光客にたくさん来てもらい、庄内の食材をふんだんに味わってもらう。新店舗には大型バスの駐車場も完備しました」

ツアーでは、奥田シェフの料理をカウンター越しに見て楽しめるシェフズテーブル、シェフ直伝の料理教室、奥田シェフと“食の都 庄内”を巡るコースなど、さまざまな企画を準備しています。

シェフズテーブル。食事を作ってくれる人の姿を目の当たりにすると、食への感じ方も変わりそうだ

「地方経営において大切なのは、第一に人とのつながりです。自分から尽くし、真心を持ち接すれば、いずれ関係は築けます。私自身、周りの人を豊かに、より多くの幸せを作るという気持ちで料理を軸とした活動を続けてきた結果、今日のような素晴らしいつながりに恵まれました。困ったときに手を差し伸べてくれる人がいる、常に信頼関係でつながっているという“真の豊かさ”を守れるよう、これからも皆様に愛情を注ぎ、大切にしていきたいです」

【お話を伺った人】

奥田政行さん
1969年山形県鶴岡市生まれ。高校卒業後は、東京でイタリアンやフレンチ、ジェラートを学び、「鶴岡ワシントンホテル」の料理長に就任した。現在は2000年3月に開店した「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフを務める。地元産の食材を使用するメニューを考案し、提供する。著書に『田舎町のリストランテ、頑張る』(マガジンハウス)『地方再生のレシピ 食から始まる日本の豊かさ再発見』(共同通信社)など。

取材・文/佐藤文子
フリーライター兼エディター。テレビ、グルメ、ファッション、恋愛、教育関係のWeb・紙媒体ならびに書籍の企画や構成、取材・執筆、編集に従事。女性サイトのディレクターとして1年で1,500万PV/月に成長させることにも貢献する。

撮影/示野友樹(株式会社ヒゲ企画)

企画編集/株式会社都恋堂