飲食店の値上げ問題。客離れの起きる店、起きない店は何が違うのか

飲食店の値上げ問題。客離れの起きる店、起きない店は何が違うのか

原材料費や人件費の高騰などにより、提供するメニューや客単価などの値上げを検討する飲食店のオーナーが増えています。値上げによる客離れは死活問題なので、本当に値上げをするべきか悩んでいる、不安を感じている、という人がいるかもしれません。

そうした悩みや不安を解消するヒントを探るべく、これまで数多くの飲食店で経営コンサルティングを行ってきた野尻猛さんに、お客さんに不満を感じさせることなく値上げの告知をするタイミングや方法、理想的な値上げ率の決定方法などを伺いました。

こんな人におすすめ

  • メニューの値上げを検討している人
  • 値上げによる客離れを防ぎたい人
  • お客さんに不満を感じさせない値上げの告知方法を知りたい人
  • 適切な値上げ率が分からず悩んでいる人
株式会社CRMマーケティング 代表取締役社長 野尻猛さんの写真
株式会社CRMマーケティング 代表取締役社長
野尻 猛

ドラッグストアの経営企画責任者、飲食FC本部の経営戦略室責任者を経て、2005年に株式会社クラブネッツ入社。NBや大手企業の新規顧客創出専門のメディア事業本部を設立。多くのマーケティング戦略やCRM施策と関わる中で、LINE事業の営業戦略・有効活用の事例創出に多数関わる。2021年4月に株式会社CRMマーケティングを設立し、代表取締役社長に就任。

値上げに成功するお店の特徴とは?

飲食店のシェフがメニュー越しにこちらを見ている写真

──昨今の経済情勢や円安の影響により、提供メニューや客単価の値上げを検討する飲食店オーナーが増えているように感じています。

野尻猛さん(以下、野尻さん):実際、外食チェーン店でもおよそ6割が値上げをしており、値上げブームと言ってもいいかもしれません。

本来であれば、時代に合わせてどんどん値段を変えていくべきだったのですが、10年以上にわたって値上げの少ない時代が続いていました。多くのオーナーさんがギリギリまで耐えた結果、ついに限界を迎えて値上げラッシュが起きていると思います。

──値上げによる客離れを不安に思うオーナーも少なくありません。値上げが成功するお店と失敗するお店、どのような違いがあるのでしょうか?

野尻さん:値上げをしても客離れが起きないお店に共通しているのは、お客さんとのコミュニケーションが非常にうまいこと。値上げをしても、お客さんに対して「不満を感じさせない伝え方」ができているのです。

お店にとってコミュニケーションが重要なのは、なにも値上げに限った話ではありません。例えば、ハンバーグ定食を提供する場合、肉の産地や焼き方、ハンバーグにマッチするお米を選び抜いたことなど、多くのこだわりがあるかと思います。それらをお客さんに伝え、コミュニケーションできていれば、自然とお客さんの満足度が高まって、結果としてお店のファンが増えます。

【値上げをしても客離れが起きないようにする方法は?】

  • お客さんに対して「不満を感じさせない伝え方」を意識する

値段と質。飲食店にとって「理想的な値上げ方法」とは?

英語で「ベストプライス」と書かれたプレートを持っている写真

──簡単に値上げと言っても、値段と質のバランスを考えると、さまざまな方向性があるかと思います。例えば、「値段を上げると同時に料理の質も高める」ことで、お客さんの満足度は高まるものでしょうか?

野尻さん:お店の業態によって異なります。例えば、カウンターで提供する寿司店のような高級志向のお店の場合は、質と値段の両方を上げて成功するパターンがあります。

しかし、大衆向けのお店の場合は事情が違い、必要以上に質を上げるより、現状の質を維持する方が成功する傾向にあります。

料理の値段と質を両方上げるというのは、実は難しいことなんです。リピーターの多くは、すでにお店の味に納得して通ってくれています。つまり、今以上に味にこだわっても気がつかない、または望んでいないという可能性も考えられるのです。

──料理の質が現状維持のまま値上げをしても、お客さんは不満を感じないのでしょうか?

野尻さん:「料理の質は現状維持のまま、値上げだけする」に関して、それほど客離れを恐れる必要はありません。

値段が上がることで、もしかするとお客さんの心に一瞬だけ「嫌だな」という気持ちが生まれるかもしれません。しかし、多くの人は、1カ月もたてば値上げ後の価格に慣れてしまうものです。

実際、ニュースなどで外食チェーンの値上げについて報道されても、しばらくたてばいつのタイミングで何円になったのかを正確に記憶している人はほとんどいません。個人経営の飲食店であっても同じことが言えます。

──では、「値段を下げると同時に料理の質も下げる」というのはいかがでしょう? 素人目にも失敗しそうな予感がしますが……。

野尻さん:ご想像のとおり、大失敗をすると思います。リピーターは現状の味に満足してお店に通っています。「料理の質を落とした」ことを知れば、これまでは味にこだわりを持っていなかったお客さんでさえ「まずくなった」と感じてしまうでしょう。

もし、値段と質を両方落として利益率を上げたいのであれば、新しいメニューとして追加するのがおすすめです。通常版と廉価版のような形で好きな方を選べるようにしたら、好意的にとらえるお客さんも多いと思います。

【お客さんの満足度は?:値段と料理の質のバランス】

  • 値段を上げると同時に、料理の質も高める
      お店の業態によって異なる。高級志向のお店は、質と値段の両方を上げて成功するパターンも。大衆向けのお店は、必要以上に質を上げるよりも、現状の質を維持する方が成功する。
  • 料理の質は現状維持のまま、値上げだけする
      それほど客離れを恐れる必要はない。
  • 値段を下げると同時に、料理の質も下げる
      失敗する可能性が高い。値段と質を両方落として利益率を上げたいのであれば、既存メニューではなく、新しいメニューとして追加するのがおすすめ。

値段は据え置きのまま、料理の量だけ減らす「ステルス値上げ」はアリか?

飲食店のシェフがレシートを眺めている写真

──それでは、料理の量を減らして値段を据え置く、いわゆる「ステルス値上げ」についてはどうお考えでしょうか?

野尻さん:ある意味、お客さんは料理そのものではなく、「お店が提供する情報」を味わっていると言えます。もし、さりげなく料理の量を減らしていることに気がついたら、お客さんは「騙された」と感じるでしょう。

一度でも「お客さんを騙すお店」というイメージが定着すると、無関係なメニューにまで疑いの目が向けられるようになってしまいます。お店の評判は下がり、そのメニューで削減したコスト以上に売り上げが減少するでしょう。

お客さんとのコミュニケーションは、なによりも大切です。値上げをするのであれば、誠実で嘘のない情報を伝えるべきではないでしょうか。

──誠実なコミュニケーションという意味では、メニュー全てを値上げするよりも、原材料が上がった一部のメニューのみを値上げする方が良いのでしょうか?

野尻さん:そのとおりです。例えば、今は卵の市場価格が高騰しているので、オムライスや出汁巻き卵といった卵料理の値上げに関しては、お客さんの理解が得られやすいですよね。

しかし、他のメニューも便乗して全て値上げするとなると、理由の説明ができません。お客さんの理解もなかなか得られません。

ただ、昨今はあらゆるものが価格改定される傾向にあり、値上げに対する世間の目もそれほど厳しくありません。

特に利益率が低い大衆向けのお店にとって、それぞれのメニューの原価を計算して細かく調整することは大きな手間です。そういうお店の場合、一律で10%ほど値上げをすることを視野に入れてもいいでしょう。

──値上げをする代わりに、クーポンやサービス券などを配るのはいかがでしょうか? お客さんからするとメリットがあるように感じますが。

野尻さん:クーポンの配布で成功しているお店もありますが、値上げと同時にそういったサービスを提供する必要はないと思っています。先述のとおり、多くのお客さんは1カ月もたてば値上げのことを忘れますが、クーポンを見ることで、「そういえば値上げしていたな」と思い出してしまうのです。

一方で、「お客さんに何かサービスをしたい」という気持ちは素晴らしいことです。お客さんの満足度を高めるために、こんなサービスを考えてみてはいかがでしょう?

例えば、値上げ直後に来店したお客さんに対して「値上げはしたけど、心苦しいから今日だけは今までどおりの価格にしておきますね」とお伝えします。お店としては値上げ前と同じ営業をしているだけなのですが、お客さんの心の中には「サービスしてもらった」という印象が残るはずです。

本来は嫌がられるだけの値上げですが、コミュニケーションの方法さえうまくできれば、お店にとって逆に武器にもできるのです。

【お客さんの満足度は?:値上げの方法】

  • 値段は据え置きだが、お客さんに伝えずに料理の量を減らす「ステルス値上げ」
      お客さんが気づいたときに「騙された」と感じることも。お店の評判が下がる可能性もあるため、値上げをするのであればしっかりと情報を伝えるべき。
  • メニュー全てではなく、原材料が高くなった一部のメニューのみを値上げする
      お客さんの理解が得られやすい。ただし、今は価格改定が珍しくなく、値上げに対する世間の目もそれほど厳しくない。全体的な利益率が低いと感じている場合は、全体で10%ほどの値上げを視野に入れてもよい。
  • 値上げをする代わりに、クーポンやサービス券などを配る
      クーポンを見るたびに「値上げしたんだな」と何度も思い出させてしまい、悪影響になる可能性も。クーポンではなく、値上げ直後に来店したお客さんに「今日までは前までの価格で提供します」とサービスをすれば、お客さんにとって好印象が残る。

値上げしても大丈夫なお店づくり=お客さんとのコミュニケーションの質を上げる

お客さんが注文したケーキを飲食店の店員が席まで運んでいる写真

──値上げに限らず、全てのシーンにおいて、お店側のコミュニケーションで解決できることは多そうですね。

野尻さん:値上げの告知がうまくできていないお店を観察すると、日頃からお客さんに情報を伝えられていない店が多い印象です。クーポンのような分かりやすい対応も悪くはありませんが、実はスタッフの接客やメニューの文言といった地道なコミュニケーションの積み重ねの方が、お店のメッセージは強く伝えられます。

理想的なのは、常連のお客さんに「この店の特徴を20秒で説明してください」と質問してみて、具体的に答えてもらえるぐらいの浸透度です。もし、お客さんが答えられないのであれば、お店の強みが理解されていないことになります。その意味では、料理の値上げよりも先に、コミュニケーションの質を上げることからスタートするべきかもしれません。

値段設定をお知らせする際も、お客さんとのコミュニケーションを大切に

飲食店でお客さんがビールを持って乾杯している写真

──そもそも、根本的にメニューの価格はどのように決めるべきなのでしょうか?

野尻さん:まずは、標準価格を決めることが大切です。オーナーが望む利益率を決めた上で、メインとサブのメニューからいくつかの原材料費を計算します。そして、原材料費に利益を乗せたものを標準価格とします。

標準価格をもとにバランスを見ながら他のメニューも決めていきますが、必ずオーナーが納得できる価格にしてください。

また、昨今の頻繁な原材料費の高騰を考慮すると、後々苦しくならないよう、多少の値上げ分を考慮して少し高めに値段設定をしておくことも一つの方法だと思います。

──お客さんの中には「高過ぎる」と納得がいかない人もいるかもしれません。

野尻さん:これに関してもコミュニケーションが重要で、時にはお客さんに本音を見せることも効果的です。例えば、メニューに「精いっぱいサービスします」「価格に納得できない場合は、スタッフの笑顔で勘弁してください」と正直に書いてしまうのもアリだと思います。

それに、料理ごとに価格の根拠となるような情報が得られれば、お客さんの不満は格段に減るんです。これまで見てきて、メニュー表の中に「店長のこだわり」がたくさん書いてあるお店は、比較的うまく営業できている傾向にあります。

【メニューの価格はどのように設定するべき?】

  • まずは標準価格から決め、それを元に他のメニューの値段も決めていく。設定する場合は、必ずオーナーが納得できる価格にすること。
  • 原材料の価格高騰を踏まえ、多少の値上げ分を考慮し、最初から少し高めに値段設定をするのも一つの方法。

値上げ幅は最大で「15%程度」にする

──やむを得ず値上げをすることになった場合は、どれぐらいの値上げ率が適正なのでしょうか?

野尻さん:最大で15%ほどです。極端な値上げをすると、地域の相場から大きく外れてしまいます。ネット上で他店と値段を比較することもできるため、相場から外れるとお客さんから避けられてしまう可能性があるのです。

なにより、30%ほどの値上げをしたとすると、以前までとはまったく違うランクのお店の価格帯になってしまいます。顧客満足度が高い場合は値上げ幅が大きくても受け入れられやすいというデータもありますが、やはり15%程度を基準とするべきだと思います。

【適切な値上げ率は?】

  • 最大で15%ほど。極端な値上げをした場合、お客さんが他店の相場とも照らし合わせてお店を避ける可能性も。

値上げの予告は、最低でも1カ月前からするべき

──最後になりますが、値上げを行う際の告知方法について、具体的に教えてください。

野尻さん:突然「明日から値上げするよ」と言われると、お客さんは不満を感じます。値上げのお知らせは前もって、できれば1カ月ほど前から告知するのが理想です。

例えば、トイレに張り紙をしておくと、ゆっくり読んでもらえるのでいいですよね。「トイレで集中しているところ申し訳ございません」など、冗談を混ぜてもいいので、値上げの内容や時期、事情についてはお客さんに真摯に伝えましょう。

また、お店の業態によっては、会計時にレジで直接お伝えするのも効果的です。誠意をもってお客さんと向き合っていることが伝われば、値上げをするときでさえもお店の印象をプラスにできるのです。

飲食店にいるお客さんが料理をスマートフォンで撮影している写真

──SNSで告知する方法はどうでしょうか?

野尻さん:SNSは不特定多数の方が見るため、見栄えを気にして当たり障りのない内容を投稿してしまいがちです。また、写真がきれいでないと文章を読んでもらえず、お店の本音を伝えるにはあまり向いていません。

その点、LINE公式アカウントを利用するのは非常におすすめです。LINEはお店に来たことがあるお客さんが友だち追加しているため、多くの人が好意的に見てくれます。最後までメッセージを読んでくれる傾向も高く、オーナーの本音や気持ちを伝えるにはうってつけの媒体です。

普段からお客さんとの綿密なコミュニケーションができていれば、LINE公式アカウントで値上げの告知をする際は、価格や時期だけといったシンプルな内容で大丈夫です。

【値上げについて、お客さんにどう伝えるべき?】

  • 最低でも1カ月前には告知するべき。張り紙で告知してもいいが、お店の業態によっては口頭で真摯に伝えることで好印象が与えられる。
  • SNSは不特定多数が見るということもあり、値上げに関する本音や気持ちを伝えるツールとしてはあまり向いていない。
  • LINE公式アカウントは、もともとお店に来たことがある人が友だち追加しているため、値上げに関する本音や気持ちを伝えるツールとして向いている。

まとめ:飲食店の値上げは、日頃の誠実なコミュニケーションが重要

野尻さん:繰り返しになりますが、一番重要なのは、普段からお客さんと誠実にコミュニケーションをとっておくこと。お店からのメッセージさえ伝わっていれば、値上げをすることになったとしても客離れが起きる可能性は低いのです。

その意味でも、お客さんと直接やりとりができるLINE公式アカウントは強力な武器になるでしょう。これなら一度お店に来たことがあるお客さんたちへ簡単にメッセージを送ることができます。

LINEは利用者数が多く、お客さんにとっても身近なツールです。気軽に友だち追加をしてもらうこともできますし、非常に効果的ですよ。

 

編集:はてな編集部

編集協力:株式会社モジラフ