1人で飲んで帰りたい日があっても、1人で店に入るのは勇気が必要――。そんな人でも、お店の選び方と魅力を知れば、自分にとって理想の店が見つかるはず。1人飲みのヒントを、飲食店を知り尽くす案内人が指南します。今回ご紹介する居酒屋は、東京都大田区・蒲田にある「鳥万 本店」(以下、鳥万)。1人飲みに優しく、かつ地域に密着した、蒲田の雰囲気に浸れる名酒場です。
今回の案内人を紹介
塩見なゆさん
酒場案内人:酒場や酒類を専門に扱うライター。全国1万軒以上の居酒屋を巡り、その魅力をテレビ・雑誌・WEBマガジンなどで発信している。生まれは東京都杉並区。
170席もある大箱の老舗店。なぜ60年も愛されているのか?
東京五輪前年の1963(昭和38)年に誕生した鳥万は、2023 年で創業60年を迎える老舗店です。現在は2代目が中心となって切り盛りする街の居酒屋ながら、4階建てで総席数は170席と、蒲田における居酒屋のランドマーク的存在として知られています。
休日は全てのテーブルが埋まるほどにぎわうという鳥万ですが、蒲田の人々を虜にしている理由の一つが、値段の安さです。物価が上がった今も、ほとんどの料理を300~500円台で提供しています。
また、昭和から変わらない店の雰囲気も、一周回って若い世代から親しまれています。長年通う年配の常連さんから、老舗の大衆酒場ならではの味わい深い雰囲気に浸りたい若年層まで、老若男女がどっと集まってくるのです。その中には1人飲みを楽しむお客さんも多いといいます。なぜ鳥万は1人飲み客に愛されているのでしょうか?その理由を鳥万の店主・奥山稔さんと探ります。
1人飲みポイント①
カウンター席とほどよい距離感の接客で気楽に過ごせる
塩見
鳥万は一階だけでなく二階にもカウンター席があり、テーブル席が埋まっていたとしても、1人なら入れることが多いです。また、カウンター席に座ると正面に店員さんがいて目配りをしてくれるので、声も掛けやすく安心感があります。それでいて、店員さんが話しかけてくるかというと、そうでもありません。大箱(大きな居酒屋)特有の、ある程度距離を取った接し方をしてくれるので、1人の時間を気ままに過ごすことができます。
奥山さん
僕は2代目で、この店は親父がつくりました。昔からのお客さんがいますし、僕自身も鳥万が好きだから、できる限り親父がつくった雰囲気を残そうと思っています。昔から1人で来るお客さんが多いので、カウンターは広めにしています。スタッフも長く働いてくれている人が多いので、みんな店主みたいな勢いで接客しているでしょ。僕も「怖いっ」と感じるくらいの勢いの時もあるけれど(笑)、みんな優しいから安心してください。
塩見
これだけ店が大きいとワイワイとしたにぎやかな声もBGMになりますね。小さめの店舗の場合、1人で飲んでいると周りの人の目線が気になることもありますが、大箱は大勢の中の1人でいられるのもうれしいです。
1人飲みポイント②
料理は1人前のボリュームでとにかく安い!だから、毎日でも通いたくなる
塩見
料理のボリュームも1人飲みで利用するのに適しています。量が控えめで、値段も300円程度と良心的なので、1人で来ても3品くらいは安心して注文できるのがうれしいです。せっかく居酒屋に来たのだから、酒場らしい料理をあれこれと食べてみたい。シェアすることを前提とした居酒屋はまだまだ多いですが、鳥万は昔から1人飲みサイズですね。
奥山さん
大田区は町工場が多く、うちはもともと工場勤務の方向けにつくったお店なんです。だから頻繁に来てもらえるよう、料理の多くは仕事帰りに1人で飲みに来ることを想定したボリュームにしています。値段が安いのも親父がやっていた頃から変わりません。今ではビジネスパーソンや女性客も増えたけど、料理や値段は昔のまま変えずにやっていこうと思っています。
塩見
私がいつも注文するおつまみは、まずは名物の唐揚げ。かなり大きい唐揚げですが、1人飲みでもこればかりは頼んでしまいます。パリパリの衣とジューシーさを保った身がクセになり、何よりビールとよく合います。
奥山さん
ほかにも、200円のサービス刺身や鳥皮煮込みも人気料理です。今どき刺身が200円なんて珍しいでしょう?
塩見
そうですね。唐揚げ、煮込み、サービス刺身で、いつもの3点セットの完成です。あとは大田区生まれの人気割材「バイス」を頼んで、しめて1,000円ちょっと。本当に安いですし、1人飲みに優しい価格設定です。
1人飲みポイント③
客層の変化とともに、お店の雰囲気も入りやすく
塩見
昔から入りやすい酒場だったかというと、そうでもなかったように思います。以前はもっと豪快な飲みっぷりの方が多く、お店の皆さんもそんなお客さんに合わせてビシバシと接客をされていたような印象があります。
奥山さん
父がつくった店の雰囲気をできる限り変えないように守ってきましたが、今の若い世代には昭和の雰囲気が新鮮みたいで、若いお客さんがテレビや雑誌、ネットの情報を見て飲みに来てくれるんです。もちろん昔からの常連さんの居心地の良さを維持することも大事ですが、少しずつ世代交代しながら、お店の雰囲気も変わってきているように感じます。
塩見
時間帯によってお客さんの層も変わりそうですね。
奥山さん
うちは16時開店で居酒屋にしては少し早く、開店に合わせて昔からの常連さんたちが来てくれます。時間が経過すると、次は会社帰りの皆さんがやってきます。18時頃には若いお客さんが多くなり、カウンターで1人飲みをする女性の姿もありますね。時間帯によって自然とすみ分けられるようになっているのは、昔では考えられないことでした。あとは、うちのオムライスが評判のようで、お酒は1杯程度にしてオムライスと唐揚げをさっと食べて帰っていくような方もいます。うちはどんな年齢層のお客さんでも、食事が目的の方でも大歓迎なので、どんどん来てほしいと思います。
塩見
初めて来たような若い1人客への接客で気を付けていることはありますか?
奥山さん
お客さんのことを詮索しないようにと、働く皆さんにも言っています。例えば、どんな仕事をしているか、どこに住んでいるかといったことですね。注文を受ける時や配膳時には気さくに会話をしますが、それだけです。あまり踏み込まず、ほどよい距離感を保つようにしています。
塩見
外観は「ザ・昭和の酒場」という店構えですが、初めての方でも入りやすくなるような工夫はされているのでしょうか。
奥山さん
現時点ではしていないですね。ちょうちんの電気がつかなくなって、いよいよ1個しかともらなくなっちゃったからどうしようかなと考えているくらい(笑)。でも、近隣のホテルの方が宿泊者にうちを紹介してくれたり、お客さんが口コミで広めてくれたりしているのが大きいんじゃないかな。だから、紹介してくれた方が思う鳥万のイメージを変えることなく、守り続けていくことが大事だと思っています。店の雰囲気や料理の味、お酒の値段をできる限り変えないことが、巡り巡って入りやすさにつながっているんじゃないかな。
いつの時代も変わらずそこにあり続ける安心感
先代がつくった雰囲気を守ることで、鳥万は変わらない昭和風情が人気を集め、自然と若いお客さんが増えて、世代交代が進んでいるようです。街、人、お店の雰囲気などを感じられるのが1人飲みならではの楽しみです。これまで1人飲みに踏み出せなかった方も、ぜひ訪れてみてください。
取材先紹介
- 鳥万 本店
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住所:東京都大田区西蒲田7-3-1
電話:03-3735-8915
- 取材・文塩見なゆ
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X(Twitter): https://twitter.com/KanpaiNayu
- 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社 都恋堂