リピート率が9割を超える予約必須の人気店「カクニマル」店主の黒川圭太さんに、常連客の心をつかむための工夫を伺いました。
一度ならず、何度も足を運んでくれる「おなじみ」のお客さんは、飲食店にとって心強い存在です。多くの常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。
奥まった立地で入口が分かりにくいにもかかわらず、ドアを開ければいつも満席、リピート率は9割を超える予約必須の人気店「カクニマル」。流動客が見込めない環境でもテーマパークのようなわくわく感のあるお店づくりを行い、来店客を魅了してきました。さらに、2019年には2号店「ニコミマル」をオープンしています。
「立地が悪いからこそ、一度来てくれたお客さんは僕らにとって千載一遇のチャンス」「また来たい、今度は友人を連れてこようと思ってもらえるよう、見送り時に手ごたえを感じられる接客をしている」という黒川さんが大切にしていることとは。
- 黒川圭太さん
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大学在学中に楽コーポレーションでアルバイトを始め、卒業後に就職。「まんま屋汁べゑ」「べゑ‘s BAR 虎龍」、「イノイチ」などで店長経験を含め9年経験を積んだのち2017年に独立。2018年に渋谷「□二〇(カクニマル)」を、2021年に「二五三〇(ニコミマル)」をオープンした。
- 目指したのは、わくわくするテーマパークのようなお店づくり
- まかない目的のアルバイトから始まり、飲食店の独立開業を目指す
- 「機転」と「柔軟さ」でお客さんの心を掴む
- 接客は推理と同じ。アンテナを張るといい店になる
- 2店舗目は暮らしに密着した場所に。常連さんとの向き合い方も考える
目指したのは、わくわくするテーマパークのようなお店づくり
――取材前にお店のことを少し調べたんですが、スタッフさんが首からおもちゃの双眼鏡をかけていたり、名物の角煮は呪文を唱えると食べ方が変わったり……。ユニークな仕掛けがいろいろ色々ありますよね。
黒川圭太さん(以下、黒川さん)::双眼鏡は以前、100円ショップで見つけました。初めて僕がいない日に営業する時、スタッフに首からぶらさげるよう言ったんです。お客さんから見たら「なんで双眼鏡?」って疑問に思うでしょ? そしたら、どんなに忙しくても手を止めて、店内を見回して「全テーブル状況を把握するためです」って言うんだよって。絶対お客さんの心を掴めるじゃないですか(笑)。今はグラスが空きそうなお客さんに向けて双眼鏡を構えて、「もう一杯は何にします?」って言ってますね。
―― なるほど!面白い(笑)。それは思わず注文しちゃいそうです。
黒川さん:豚の角煮を名物に据えたのは、今後の店舗展開を考えて、誰でもできるように仕込みや盛り付けを簡単にしたかったから。
でも地味でしょう? だから、1口目はそのまま、2口目は水で戻したライスペーパーに角煮と卵と野菜を包んで食べてもらうようにしたんです。食べてもらう際の合言葉は、秘密の呪文「タテペロン タテツルン ヨコ ヨコ クルリンパッ‼」。これがきっかけで、ほとんどの方が注文してくれるようになりました。
スタッフが毎回横についてサポートしていたんですが、お客さんがたくさん来てくださるようになってからはスタッフに負荷がかかり過ぎてしまって。今はやめて、中華蒸しパンで挟む「角煮のその上」や、〆にごはんと一緒に食べる「角煮の向こう側」を提案しています。
――確かに、同じ角煮を頼んで隣に座るお客さんが違う食べ方をしていたらすごく気になりますよね。お客さんの多くはどういった方が多いですか?
黒川さん:女性を中心に20~30代の方が多いですが、意識してそうしたわけではありません。活気があってにぎやかなお店をつくろうと、あえてターゲットを絞らずにやってきました。
――あるクチコミサイトでは、カクニマルのことを「テーマパークみたいなお店」と表現していました。黒川さんは小さい頃から面白いことを考えるのが好きだったんですか?
黒川さん:いえいえ、全然! 「カクニマル」の立地が奥まっていて人通りも少ない場所だったので、少しでもお客さんに面白いと思ってもらえるように、次もまた来てもらえるようにという一心ですね。帰り道には「あのお店楽しかったね」「今度は○○ちゃんも連れてこよう」と話題に出るようにと。実際、一度来たお客さんが新たに違うお客さんを連れて来てくださることも多いです。
まかない目的のアルバイトから始まり、飲食店の独立開業を目指す
――黒川さんは大学在学中に、楽コーポレーションのお店でアルバイトしていたのが飲食業界に入ったきっかけだったそうですね。最初から飲食業に興味があったんでしょうか。
黒川さん:もともと、中学か高校で社会の先生になりたいと思っていたんです。飲食店にはアルバイトとして、まかない目的で入りました。最初は東京・町田の「まんま屋汁べゑ」でしたが、忙しいし怒られることも多いしで本当はすぐに辞めたかったんです。ただ、面倒見の良い先輩たちが終わった後に飲みに連れて行ってくれることがうれしくて、何とか続けていました。
でも、働き出してから2年目くらいの頃、「働いている時間にまかないが食べられてお金も稼げて楽しく仕事ができたら、それって俺が一番トクしてるじゃん」って気付いたんです。そこからは、せっかくなんだからもっと楽しもうっていうマインドに変わりました。
教員試験に落ちてしまったこともあり、就職浪人するか悩んでいたんですが、当時の店長に「お前にはこれしかないだろ」って言われて。なんだか妙に納得できたので、そのまま楽コーポレーションに入社しました。
――いくつかのお店で店長としても経験を積まれたと聞きました。今のご自身のお店に生かされている点も多いですか?
黒川さん:店長としては売上が重要ですが、意識し過ぎると数字ばかり追いかけちゃうんです。だから、客数を増やすことを重視していました。毎月お客さんがどのくらい来てくれているのか、また、別のお客さんも連れて来てくれているかどうか。そこがクリアできれば、必然的に売上にも反映されますから。
楽コーポレーションが運営する店舗は、駅前などの好立地ばかりではないんです。わざと分かりにくいような場所にあるお店も多い。だから、集客をゴールにせず、増客に力を入れていました。合計9年在籍しましたが、うまくいかないまま異動したことも、閉店してしまったお店もあります。コンセプトが弱かったり、スタッフが足りなかったりと考えられる理由はいろいろありますが、「あの時の自分は間違っていたのだろうか」という悔しさもありました。だからこそ、独立して自分のお店で答え合わせをしようと思っていました。
――2018年に渋谷の道玄坂1丁目で「カクニマル」をオープンされますが、先ほどお話にあったように目立たない立地ですよね。どうしてこの場所に?
黒川さん:最初は高円寺や中野、吉祥寺を考えていたんですが、渋谷のこの物件が出てきて。以前働いていたお店の近くだったこともあったのでイメージはつかめたんですが、暗い路地裏で、正直「うわあ……」と思いました(笑)。ただ、このまま悩んでいてもお金も時間もかかるだけだと、勢いで決めました。
契約後に「夜はどのくらい人が通るんだろう」と1時間店の前にいたんですが、たった3人。近くの警備会社の人がバイクを取りに来るだけでした(笑)。みんな「看板出せば人が来る」と思っていますが、そもそも人がいないんだから看板も出す意味がありませんよね。ここを目指してお客さんが来てくれるような、唯一無二の価値をつくるしかないと思いました。道玄坂をのぼって、ビルの奥まった引き戸をガラガラと開けたら、明るくて活気のある店、なんてギャップがあっていいじゃないですか。
後日聞いた話ですが、「俺もこの物件見に来たよ」っていう人が何人かいたんです。みんな口を揃えて「ここはないなと思った」「よくここで始めたよね」って言います(笑)。
――みんな消極的になる物件だったんですね……。実際にオープンしてからはいかがでしたか?
黒川さん:最初の1年目は必死でしたね。初めの3カ月は以前のお店のお客さん、先輩・後輩が来てくれて順調な滑り出しでしたが、4カ月目からはパッタリとお客さんが来なくなって。でも、「ヒマ」だとは口に出さず、つらい雰囲気は出さないようにしていました。21時台でやっと1組目が来た日でも「ちょうど今落ち着いたところなんです、ラッキーでしたね!」ってお客さんに明るく声をかけていました。スタッフに刺身の切り方や盛り付け方を教えて、使った皿や箸はあえてテーブルに残しておくこともしました。
――お客さんが来るかもしれないのに、片づけないんですか?
黒川さん:あまりキレイ過ぎるとお客さんを待ち構えていた空気感が出ちゃうでしょう。だから、あえてそのままにして「今片づけますね!」って。嘘も方便というか、そういう気持ちでいないとちょっと無理かなと。追い詰められていくような気持ちはありましたけど、それよりも「今日はどんなお客さんが来るんだろう、驚かせたいな」という思いの方が大きかったですね。2年目くらいからようやく軌道に乗り始めました。
「機転」と「柔軟さ」でお客さんの心を掴む
――お客さんを楽しませる、驚かせることについて、具体的にはどんなことをしたんでしょうか?
黒川さん:試行錯誤しながらいろいろやりましたよ。最初はラムネサワーですね。縁日で見かけるような昔懐かしいラムネで焼酎を割って出していたんですが、ある時ファミリーパックの箱で売られているフルーツアイスバーをマドラーにしたら面白いんじゃないかと試したら喜んでもらえて。
ビー玉が取り出せるタイプのラムネが納品された時は瓶を取っておきました。あの瓶って180mlなので、日本酒1合がちょうど入るんですよ。カラフルなビー玉を洗って入れたら見た目も華やかになったので、かわいいって評判になりました。
――それは楽しいですね!「カクニマル」の名物のひとつであるぽん酢サワーもSNSでよく見ます。
黒川さん:柑橘果汁にお酢を加えた「ぽん酢」という商品があるのは知っていたんです。レモンサワーの代わりにいいんじゃないかとメニューに加えたんですが、最初はスタッフが焼酎と割って提供していたんです。
でも、同じように作っていてもお客さんによって「酸っぱ過ぎる」「酸っぱくない」と好みで反応が変わるので、ホッピーのように瓶ごと出そうと。かわいらしいサイズ感だし、写真に撮りたくなりますよね。「マイボトルにしたい」という常連さんもいらっしゃるので、瓶に名前を書いてお店にキープしていますよ。なくなったら業務用の1.8Lから継ぎ足してお出ししています。
――ぽん酢のマイボトル、いいアイデアですね! 次の来店のきっかけになりそうです。
黒川さん:ホッピーももともとはノンアルコールビールとして飲まれていたものが、だんだん焼酎の割り材として定着したんですよね。その発想からノンアルコールのハイボールを割り材にする、その名も「ハッピー」をメニューに加えました。「ハッピー?ホッピーじゃないの?」とお客さんとの会話も生まれますし、お酒が飲めない人もそのままノンアルとして楽しめますしね。
――面白いですね! お刺身の盛り合わせは冷やした瓦を器代わりにされているのも驚きました。
黒川さん:器にクラッシュアイスをのせて刺身を出す予定だったんですが、予定していた冷蔵庫がキッチンに入らないと分かって(笑)。それなら、皿を冷やそうかと思っていた時にふと「瓦を凍らせよう」と。熱さに耐えられるなら、冷たくすることもできるんじゃないかと思って。
刺身って基本的に「盛り付けがキレイじゃなきゃダメ」っていう考えがあるんですよね。でも、スタッフは切るのに慣れていない子も多かったんです。やりながら覚えていけばいいと、ぶつ切りで盛り付けるのも良しとしました。冷たく凍った瓦に盛り付けることでお客さんの注目ポイントが刺身から瓦に変わるので、形を気にしなくなるんです。
刺身はその日に使い切れない場合、メニュー名は「3点盛」でも8~9点乗せることもありましたし。また、当時はごはんの上にいくらを過剰に乗せる「いくらのっけごはん」を880円で提供してたんですね。これは手書きでメニューを書く時、8を丸い形にしていくらのように見せたかったからなんですけど。とにかくお客さんを驚かせたり喜ばせたりして、次の目的来店につなげたかったんです。
――ポンズサワーも瓦の器もですが、問題やトラブルで「じゃあ止めよう」とはならなかったんですね。機転を利かせたり柔軟に切り替えたりしたからこそ、人気メニューになったんだと思います。ただこれらの工夫を続けると原価がかなり高くなってしまうんじゃないですか?
黒川さん:看板だけでなく新規集客用の媒体にも一切出稿していなかったので、その分の費用をすべて原価につぎ込んでいました。お客さんの一度の来店が勝負だと思って接客していましたね。
接客は推理と同じ。アンテナを張るといい店になる
――冒頭での角煮の食べ方でも感じたことですが、お客さんとの距離感がすごく近いですよね。でも、こうしたコミュニケーションはスタッフさんと思いを共有するのが難しいのではないでしょうか。
黒川さん:難しいですよね。うちの店ではお客さんに呼ばれる前に声をかけに行く、目が合うようにするなど、常にアンテナを張るように伝えています。「あのお客さんお酒弱そうだな」「ちょっと酔っぱらってきたかな」と思ったら、求められる前にお冷やを出すとか。具体的に「こういう場合はこうした方がいいよね」「自分がお客さんだった時はどうしてほしいか」とスタッフと話すことも多いです。
――スタッフさんとわいわい過ごしたい方もいれば、適度な距離感を保ちたい方もいますよね。そうしたお客さんの見極めはどのようにしていますか?
黒川さん:最初に凍ったおしぼりを渡す時に「うわっ冷たい」「凍ってるじゃん」とリアクションが返ってくるかどうかで見ることが多いですね。ファーストドリンクの注文から、お酒が入るとどう変わるかも見ています。最初は人見知りだったけど、慣れたらすごく話してくれるお客さんもいますしね。最近、子どもとアニメを見ていて思ったんですが、「名探偵コナン」の推理と似ていますね(笑)。いかに洞察力を駆使して接客するかが、いいお店かどうかのポイントになると思っています。
2店舗目は暮らしに密着した場所に。常連さんとの向き合い方も考える
――2021年には西武新宿線の都立家政駅に煮込みとおでんのお店「ニコミマル」を開業しています。「カクニマル」がある渋谷とはガラリと雰囲気が変わる、暮らしに密着した場所ですよね。
黒川さん:渋谷の売上が良くなり過ぎちゃって悔しくなっちゃったんです(笑)。自分の店だけど自分がいなくてもうまく回っているんだと思うと、うらやましいというか。そこで、スタッフの教育機会を増やすためにも別の場所にもう一店舗つくろうかなと。
以前、都立家政駅の近くに住んでいたんですけど、この地に根付いている個人の名店が多いんですよ。お客さんが家までの帰り道にふらりと寄るような立ち位置になり、渋谷とは客層も利用シーンも違うのできっと勉強になるだろうと思いました。
――名物を角煮ではなく、煮込みとおでんにした理由は何ですか?
黒川さん:コロナ禍の開業だったこともあり、テイクアウトにも対応できるようなメニューを名物にしようと考えました。煮込みとおでんならお待たせせず、カップに入れて2秒でお客さんに渡せるので。今は店内利用の方がほとんどですけど、毎日のように通ってくださる常連さんもいて順調です。
「ニコミマル」はカウンター席だけですし、渋谷に比べるとじっくり仕事に向き合えます。渋谷のように忙し過ぎるお店だと潰れちゃうスタッフもいるので、そういう時はニコミマルの方が生き生きできるかなとも思っています。
――ニコミマルでは接客についてどんなことに気を配っていますか?
黒川さん:ニコミマルの方が日を置かず通ってくださるお客さんが多いので、飽きさせないようにすることを重視しています。
例えば、うちのお店ではお通しに数十種類の野菜を使ったサラダをお出ししていますが、楽しみにしてくれている人もいれば、たまには違うのを食べたいって思う人もいるじゃないですか。なので「今日はサラダやめとく? 違うものだそうか?」と。表情や視線から、お客さんが求めていることに気付けるかどうかが大事ですね。それが居心地の良さにつながるんじゃないかと思うんです。まかないになってしまうおでんがあるなら、サービスでお渡ししてもいいですしね。
「お通しは問答無用でサラダです」「このお客さんはこれが好きなはずだ」「接客はこうじゃなきゃいけない」という先入観は、結局お店側のひとりよがりでしかない。僕たちが良かれと思ってやっていることも、本当にお客さんにとってうれしいことなのかと立ち返ることが必要なんですよね。
――では最後に、今後やってみたいこと、考えてみたいことがあれば教えください。
黒川さん:千葉や埼玉など、東京から少し離れた場所で60席程度のお店を運営したいですね。具体的に考えているわけではないですが、アルバイトさんも多く雇って。規模が大きくなると運営の仕方も変わるので、きっと今のスタッフにもいい刺激になるんじゃないかと思っています。現状維持はつまらないですから。常に挑戦していきたいですね。
あの繁盛店はなぜ人気?
【取材先】
ニコミマル
住所:東京都中野区若宮3-36-11
ニコミマルInstagram:@nikomimaru_toritsukasei
カクニマルInstagram:@kakunimaru
取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
編集:はてな編集部