近年、飲食業界の中でも一部の店舗で導入されているサブスクリプションサービス(以下、サブスク)。 まだ「サブスク」という略語になじみのなかった2016年に、いち早く導入したのが、株式会社29ONが運営する月額制コーヒースタンド「coffee mafia」です。
サブスクは「資金に余裕がある大手チェーン店が実施するもの」というイメージもある中、なぜ時代に先駆けてサービスを導入したのか。導入して見えてきたメリットやデメリット、また秘めたる可能性などについて、2022年8月にオープンした「coffee mafia 有明店」で店長を務める、大川原隆成さんに話を伺いました。
「今日のコーヒーはいいね」。そんなひと言がとにかくうれしい
coffee mafia 有明店を訪れたのは、酷暑の昼下がり。「外は暑かったでしょう」と、大川原さんはアイスコーヒーを勧めてくださいました。
「ウチのコーヒーは、すべてハンドドリップで提供しています。普通の喫茶店の1.5倍ほどの量の豆を使い、時間をかけて抽出するんです。そうすると雑味の少ない、よりクリアな一杯に仕上がります。冷やしてもスッキリとした味わいで、ゴクゴクお飲みいただけると思います」
雑味を丁寧に取り除くことで、時間経過による味の劣化は最小限に抑えられます。さらに、酸化を防ぐ独自の方式でコーヒーを保存するため、作り置きでも1~2時間であれば、淹れたてとほとんど変わらない味と香りを楽しめるそう。これはお客さんの待ち時間を少しでも減らすための工夫で、モバイルオーダーシステムから事前に予約すれば「待ち時間ゼロ」での提供も可能です。
淹れたてが飲みたい時は、その場で新しい一杯を注文することもできます。「僕がコーヒーを淹れると、顔なじみのサブスク会員さんが『今日はいいできだね』と声を掛けてくださることもあります」とはにかむ大川原さん。
「自分が淹れたコーヒーの味を毎回楽しみにされている、いわば“ファン”のお客さまがついてくれるのは、お客さまの来店を促すことができるサブスクならではの良さだと思います。時には『今日のはちょっと違うなぁ』なんて言われてしまうこともあるのですが、それはそれでうれしいんです。普通の飲食店では、そういう風に本音で話してくださる方って、あまりいないですからね」
リピート率が高まることで、顧客がファン化していく。coffee mafiaの取り組みは、サブスクのひとつの理想型を示しているように思えます。しかし、ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかったそうです。
まさかの大誤算。大赤字からスタートしたサブスクコーヒー
coffee mafiaは元々、29ONのグループ企業である株式会社favyが立ち上げたお店です。店舗DXに特化したマーケティング支援を展開する同社が、「飲食店の新たな可能性」を模索する中で注目したのが、サブスクでした。
「特に可能性を感じたのは、会員登録のプロセスを経ることで、精度の高い顧客データを得られるという点です。そこで、まずは自分たちで実験店を運営することにしました。コーヒーという商材を選択したのは、最初に出店した西新宿というエリアでビジネスパーソンへの訴求を狙った戦略です。毎日の通勤やランチの際に、いつものお店でスピーディーにコーヒーを注文する。そんな利用シーンを想定していました」
日本初の月額定額制コーヒースタンド「coffee mafia 西新宿店」は、メディアにも取り上げられ、サブスク会員数は一気に増加。ところが、その先に思わぬ落とし穴が待っていました。
「当初、サブスク会員になった方の月間平均来店数を10回程度と予想してプランを設計していました。ところが、ふたを開けてみると来店数は20回を超えていたんです。それだけのニーズがあったことはうれしい反面、気づけば『リピート率が高くなるほど、損失が大きくなる』という状況に陥っていました」
顧客データの活用によって、複数の課題を一挙に解決
すぐに原価の抑制といった応急策は打ったものの、赤字が常態化してしまったといいます。それでも撤退を選ばなかったのは、事業の目的を「顧客データの利活用の可能性を探ること」と定めていたからです。
「利用の際に、スマートフォン上に表示される会員券をタップしてもらうことで『どんなユーザーが、どの時間帯に、どの程度の頻度で来店するのか』といったデータを、リアルタイムで把握する仕組みを構築していました。あとは集めたデータを有効活用できれば、必ず勝機はある。経営陣もそう判断して、粘り強く営業を続けました」
ブレイクスルーをもたらした一因は、独自に開発 した「サブスク価格試算シート」でした。原価などを入力するだけで、適正なプラン価格を自動で算出できるものです。サブスク価格試算シートを用いて価格設定を見直した結果、収支は一気に改善していきました。さらに、顧客データの分析によって、来客数の予測精度も大幅に向上。人員配置の最適化とフードロスの削減を同時に実現しました。
「もう一つのポイントは、コーヒー以外の売上となるクロスセル商品の拡充です。そもそもサブスクは、それだけで大きな利益を見込めるものではなく、あくまでも来店を促すきっかけに過ぎません。大切なのは、リピート率を高めた上で顧客単価を上げていくことです。ならば、思わずついで買いしてしまうようなクロスセル商品を、どう選定すればいいのか。それを見定めるときに、精度の高い顧客データが何よりの武器になりました」
こうした施策を組み合わせることで、西新宿店は黒字化を達成しました。その後、favyから独立した29ONが運営を引き継ぎ、現在(2023年8月時点)は有明店を含め、都内に3店舗を展開するに至っています。
理論と想像力の両方を駆使して、真のニーズを探っていくことが重要
多店舗化に伴い、提供するプランの幅も広がりました。例えば、有明店では月額6,800円(税込)で780円未満の対象ドリンクを1日1回無料で受け取れる「プレミアムプラン」をはじめ、クラフトティーやサラダ、さらには花のサブスクまで、全15種類のプランを取りそろえています。
「コーヒーのサブスクに魅力を感じなかったお客さまでも、サラダなら魅力を感じてもらえるかもしれない。あるいは、お茶ならどうだろう?根っこにあるのは、そんなシンプルな発想です。データをもとに仮説を立て、試験的に新プランを導入し、数字が伸びなければ価格や内容を調整して、それでダメなら別のプランを試してみる。そんなトライ&エラーを今も繰り返しています。当然、エリアによってユーザーのニーズは異なるため、店舗によって提供するプランもバラバラです」
各種マーケティング施策にも、顧客データをフル活用しています。特に新商品やキャンペーンを展開する際は、ターゲット層のユーザーに向けてメールなどでの周知を徹底し、見込み顧客の取りこぼしを最小化しているそうです。
「一方で、データと同じくらい現場の肌感覚も大切にしています。サブスク会員の中には、私たちに本音を明かしてくれる方が少なくありません。そうした定性的なお客さまの声と、定量的な顧客データの両方に真摯(しんし)に向きあってはじめて、本当に求められているサービスを提供できるのだと感じています」
個人店や地方のお店こそ、サブスクを導入するメリットは大きい
大川原さんたちは「サブスクは飲食業界においても大きな可能性を秘めている」と語ります。その言葉を裏付けるように、2023年7月には木場に、8月には汐留に新店舗をオープン。今後も都内を中心に店舗展開を進めていくそうです。
「サブスクは、決して大手チェーンだけに許された“チート技”ではありません。『お客さまを大切にしてファン化していきたい』と考えるのであれば、個人店や地方の飲食店でも積極的に導入していくべきだと思います」
そうはいっても、過剰なサービスは禁物です。coffee mafiaが経験したように、価格設定を誤ると大きな痛手を被ることになりかねません。
「まずはトッピングやドリンクといった、メインメニューではないところからサブスク化してみるのがおすすめですね。例えば、カレー屋さんだったら、『月額2,000円 で、チーズのトッピングが毎日無料』とか。それだけでも十分に来店の理由になりますし、そこから得られる顧客データはさまざまな施策に活用できるはずです。
もちろん、すべての飲食店がサブスクを導入すべきだとは思いませんが、僕たちが知る中でも、小さな地方の飲食店がサブスクを導入して着実に成果を挙げています。ポストコロナ時代を生き抜くために、『サブスク』という選択肢を、頭の片隅に置いておいても損はないと思います」
取材先紹介
- coffee mafia有明店
-
住所:東京都江東区有明1丁目6−30 1F
HP
Instagram
- 取材・文福地敦
-
フリーライター。インタビュー記事を中心に、企業サイトのライティングやメッセージ開発も手がけています。関心領域は、テクノロジー、ローカルビジネス、森林、詩歌など。
- 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社 都恋堂