大学卒業後にスナックの道へ――新規のお客も常連も引きつける「スナック水中」

スナックのママに常連の心をつかむ接客の極意を学ぶ第4弾。今回訪ねたのは、立川駅から川崎方面に3駅の谷保に店を構える「スナック 水中」です。千里ママは学生時代にアルバイトをしていた「スナックせつこ」のせつこママの引退を機に、店を受け継いで開業しました。せつこママ時代から通う常連さんの心をつかみながら、SNSを活用して若者や女性など新しい層も迎え入れています。

今回もナビゲート役は、スナックの魅力を啓蒙(けいもう)し活動する五十嵐真由子さん。新旧のお客さまを楽しませるワザや、働くスタッフとのつながり方を聞いていくと、みんながスナックの業態に求めているものが見えてきました。

自慢のお客さまを抱える、せつこママとの出会い

五十嵐さん:やっとお会いできましたね!千里ママは大学卒業後からスナックのママになったとお聞きしました。そのきっかけとなった「スナックせつこ」との出会いと、お店を受け継ぐまでの経緯を教えてもらえますか?

千里ママ:大学時代にゲストハウスの運営をしていたのですが、地域の方にお誘いいただいて訪れたのが出会いです。扉を開けると、そこは大人の世界でした。初めて足を運んだその日にせつこさんに声を掛けてもらって、2年ほど「スナックせつこ」で働くうちに、スナックの面白さに沼にハマるようにのめり込みました。そして、ママがお店を閉めると聞いたとき、お店を受け継ぐことを決心したのです。

五十嵐さん:スナックにはよく通っていたんですか?

千里ママ:いえ、当時行ったことがあったのは数軒ほどでした。「スナックせつこ」とママに連れて行ってもらったご近所のスナック、あと奄美大島に旅行をしたときに一度だけ。それもあって、お店を継ぐか決断をするまでには半年ほど迷いましたね。お店で働いて、売り上げなど多少のことは知っていたものの、スナックの経営については知識がなかったので、いろいろと調べました。

リアルでの対面は初めてだったが、「初めての気がしない」と打ち解ける千里ママ(右)と五十嵐さん(左)

五十嵐さん:千里ママをそこまで突き動かしたのは、せつこママが魅力的だったからなんでしょうね。はじめて「スナックせつこ」に行ったときのことを覚えていますか?

千里ママ:覚えています。スナック独特の“見定められている感”がありながらも、あとから考えるときちんと気を配ってくれていたんだなと思います。せつこさんはきちんとお客さまを見ていて、スナックに慣れていない女性でも打ち解けられるよう、場の空気をみることも忘れない。だから、お店の雰囲気も治安もすごくよかったんです。

五十嵐さん:noteにハンサムなママだったと書かれていましたよね。

千里ママ:「ダメなものはダメ」と言えて、お客さまに対して迎合はしない方でした。少し違うなと思ったら、最後には「うん」とはうなずかないような。「私の自慢はお客さまだ」とも言っていました。その言葉通り、本当にすてきなお客さまばかりでした。

お店にはせつこママ時代の写真が残っている

効率化社会の真逆をいくスナックの可能性

五十嵐さん:千里ママの理想のママ像は、やっぱりせつこママなんですか?

千里ママ:そうですね。このお店を受け継ぐのを決めた理由が二つあって、その一つはせつこさんの芯のある姿勢や生き方に大きな刺激を受けたからなんです。もちろん、スナックという業態自体にビジネスとしての可能性を感じたこともあるのですが。

五十嵐さん:大学を卒業するくらいの年齢で「スナックに可能性がある」と考えるって、なかなかないと思うんですけど……。何がそう思わせたんでしょう?

千里ママ:アルバイトをする中で、この場が持つ独特の面白さは感じていました。スナックで生まれる非生産的な会話や時間こそが、ここにしかないパワーを生み出しているんじゃないかと思っていたのです。実際に私も自分だけで精一杯な気分の日に、お店でお客さまと飲んで話して歌っていたら、抱えていていた悩みやモヤモヤが消えていることがあります。

だからこそスナックは人が集う場として最高で、そこに価値があるのかもしれません。世の中は効率化がどんどん加速している流れにありますが、いまの時代にこそ、扉を開けると非効率で非生産的な場が、いつでも必ず待っていることが大事だと思うのです。

スナックの魅力に目を輝かせる千里ママ

五十嵐さん:実際に「スナック水中」でそうした場づくりをされていると思うのですが、オープン当初はどうでしたか?せつこママの城を、新たにつくり直して自分色に変えていくことに苦労があったのでは?

千里ママ:最初のうちはスナックに行き慣れているお客さんから、「基本がなっていない」とお叱りを受けてそれを気にしていた時期もありました。せつこさんと一緒にごはんを食べに行ってお話ししていたときに、「あなたのお店なんだから気にしなくていい、好きにしていい」と言ってくれたので、必要以上に気にしなくなりました。

五十嵐さん:もうママのバトンを引き渡した後は口出ししないって、せつこママの覚悟を感じるなあ。「スナック水中」には新旧のお客さまが入り混じるわけなので、世代や感覚の違うお客さまがたくさんいますよね。どのようにしてお客さま同士をつないでいるのですか?

千里ママ:私たちスタッフが間に入ることもありますが、それ以外ではカラオケがキラーコンテンツです。先日も外国の方が山下達郎さんの曲を歌っていて、70代の常連さんと仲良くなっていました。知らない人同士でガッツリ会話しなくても、お互いに場を共有している感覚が生まれるのもスナックのいいところです。

五十嵐さん:わかります。無理に会話するよりも、カラオケでコミュニケーションを取る方が世代を超えた一体感が生まれること、ありますよね。

千里ママ:そうなんです。最近は、若くても昭和歌謡好きの方も多いですし。他には、お客さまからいただいた食べ物を他のお客さまに少しずつおすそ分けすると、会話のきっかけが生まれやすいですね。ただ、必ずしも話したい方ばかりではないので、1人を楽しみたい人用にカウンターには本を置いてみるなど、ちょっとした逃げ場を用意しています。

新規客も安心して過ごせる、逃げ場と選択肢のあるスナック

五十嵐さん:逃げ場、ですか。その場を盛り上げることや楽しんでもらうことに目が行きがちですが、逃げ場はあまり考えたことがありませんでした。内装や、店内に置かれた小物にもさまざまな工夫がありそうですね。

千里ママ:はい、楽しいけれど少し疲れて1人になりたいときってあるじゃないですか。お店を受け継いだタイミングで内装はかなり変えていて、カウンターの中にある作り付けのボトルラック以外、ほとんど手を入れています。例えばトイレと化粧スペースは壁一枚の仕切りを挟んで、ワイワイするフロアから少し切り離した空間にしています。

化粧スペースは落ち着いた雰囲気で、オリジナルグッズが並ぶ

五十嵐さん:確かにスナックのトイレって、ひと呼吸置ける場所ですよね。

千里ママ:トイレの個室内は水中にちなんで真っ青に塗ってあり、BGMにカラオケで歌いやすい歌謡曲を流しています。カラオケボックスに遊びに行くと、トイレの帰りの廊下で他の部屋から音漏れが聞こえて、次に歌う曲が決まったりしませんか?その経験をヒントにしたんです。

水中をイメージしたトイレ

五十嵐さん:良いアイデア!トイレの中でも歌謡曲を流すのは気が利いていますね。

千里ママ:逃げ場という意味ではないですが、入りやすさを意識して大きく変えたのは入り口です。二重扉で夜遅い時間は音漏れ防止で閉めていますが、早い時間帯では1枚目の扉は閉めず、ガラス張りで外から店内の様子が分かるようにしています。

右手側はガラス張りの入り口。カウンターの後ろには、グループで座れるボックス席もある

五十嵐さん:通りすがりの人がのぞいたり、道を通りながら会釈したり、顔の見えるスナックっていいですよね。

千里ママ:そうなんです。外から様子を伺う方も多くて、目が合ったら手招きで営業をかけています。毎日の通勤で店の前を通っていて、ずっと気になっていたからお店に来たという方もいて。常連さんからも開放的でいいと評判です。

五十嵐さん:常連さんも良い形で変化を楽しんでいるんですね。いま、新規とリピーターのお客さまはどんな割合なんでしょう?

千里ママ:新規7対リピーター3の割合で、新規のお客さまは遠方からもいらっしゃいます。

五十嵐さん:新規の方が多いんですね。

千里ママ:はい。そこで、新規の方でも楽しめるように、メニューにお店の楽しみ方を指南する漫画やスタッフ紹介を掲載しています。営業中はスタッフが常に3人いて、うち1人はフロアを巡回するようにしているので、困ったことがあれば常にケアできるようにしています。

メニューには初心者向けに店の楽しみ方を指南する漫画を掲載

お知らせや予約にLINEを活用。SNSをお店以外でのタッチポイントに

五十嵐さん:お店づくりとともに、スタッフの細やかな配慮でお客さまの心をつかんでいるんですね。お店以外でのタッチポイントとして、InstagramやTwitter、LINE公式アカウントを積極的に更新されていますよね。

千里ママ:Instagramではメニューやスタッフなど、お店の中の様子が分かるようにしています。若い世代の新規のお客さまはSNSを見て…という方も結構います。社会見学のような気持ちもあるんじゃないですかね。また、メニューにはLINE公式アカウントのQRコードをつけて、友だち追加できるようにしています。LINE公式アカウントからお店のお知らせを送ったり、再来店の方にポイントを付与できるショップカード機能を使ったりしていて、予約をはじめとする常連さんとのやりとりにも使用しています。

五十嵐さん: お客さまとやり取りするツールとしてLINE公式アカウントを選んだのには何か理由はありますか?

千里ママ:そもそもLINEを利用しているユーザー数が多いですし、幅広い年齢層に身近なツールだからです。お知らせも、細かなやり取りも簡単にできますしね。お店を立ち上げるときにクラウドファンディングを募り、そのリターンをお渡しするためのやりとりでもLINE公式アカウントを活用していたので、オープン前から使い続けていることになりますね。

スナック水中のLINE公式アカウントを友だち追加すると、トーク画面下にリッチメニューが表示される
画面下部のリッチメニューを選択すると、ショップカードの利用や予約が可能

通勤時間1時間でも働きたいスナック

五十嵐さん:当然お店の運営も大変な中で、お知らせ配信や定期的なSNS投稿など、けっこう人手が必要ですよね。スタッフさんは何人ほどで、役割はどのように分担しているんですか?

千里ママ:現在働いているのは、フロアとバックオフィスのスタッフを合わせて15名ほど。大学生もいれば社会人もいて、各業務でオペレーションチームを組んでいます。Instagramの投稿や採用活動などは、日中は本業で稼働している社会人のスタッフが、仕事終わりに業務委託で稼働してくれています。

五十嵐さん:すごい!スナック業界をはじめ、どの業界も人手不足といわれる中、そんなに仲間が集まるなんてさすがですね。皆さん、どのようなことを求めて働かれているんでしょうか。

千里ママ:大人の部活動のような感覚かもしれません。もしくは、新しいスナックをつくっていくという、その取り組み自体を面白がってくれているのかもしれません。お店に遊びに来ていつしかスタッフになるというよりも、新しいことや面白そうなことを一緒にやってみたいと思って集まってくれるスタッフが多いです。曜日代わりで働くフロアスタッフの中には、1時間かけて働きに来てくださる方もいますよ。

五十嵐さん:お金だけを理由にしたアルバイトならなかなか通いにくい距離だけど、それ以上の付加価値があるから人々を引きつけているんですね。

スナック水中の看板。夜は青い光がお客を引きつける

10年後に100店舗を目指して、みんなでスナック廃業の荒波を泳いでいく

五十嵐さん:仲間もお客さまも順調に増えて、最近2店舗目も決まったとか。順調に夢に向かって歩んでいますね。

千里ママ:はい。国立のミュージックバーにお声掛けいただいて、2024年の春先頃より「スナック水中」が受け継ぐことになりました。都内でも展開の予定があります。店舗を継承することで、閉店が続くスナックやバーの一助になれたらと思います。目指しているのは10年後に100店舗展開することです。

五十嵐さん:今から楽しみですね!

千里ママ:でも、「スナック水中」のブランド色に染めた系列店を広げたいわけではないんです。スナック経営や新しい層のお客さまを獲得するノウハウが少しずつ蓄積されているので、そのお店自体が持つ色を活かしながら、一緒に水中グループとして業界を盛り上げていけたらと考えています。

五十嵐さん:今後の展開も期待しています。ありがとうございました。

(株)水中代表取締役/スナック水中ママ
坂根千里さん

スナック業態だから生み出せる価値に魅了され、一橋大卒業後に新卒でママになる。店舗立ち上げ時にクラウドファンディングを実施し、スタッフとのやりとりはSlackで行うなど、いま使えるツールを積極的に駆使する。夢はスナック水中グループの100店舗展開。

スナック水中
東京都国立市富士見台1-17-12 エスアンドエスビル 1F
電話:042-505-7307

五十嵐真由子さん
全国600以上のスナックを訪れるなど女性スナック愛好家「スナ女」としても活動。「スナック入門講座」「スナック女子向けツアー」スナックママのコミュ力でオフィスコミュニケーションを支援する「オフィススナック」などスナックの可能性を追求した新たなイベントを手掛ける。2020年5月14日、新型コロナウイルス感染拡大によって営業が困難なスナックママを支援する「オンラインスナック横丁」を立ち上げ、国内最大級のオンラインスナックサービスとして4年目に突入する。PRコンサルティング、ストーリーメイキング Make.LLC 代表。

取材・文/福井 晶
関西生まれ、東京住まいのライター。町歩きと商店街巡りがライフワークで、純喫茶、居酒屋など古き良き飲食店の取材を手がける。相撲の番付表の貼ってある酒場が好き。

撮影/田淵日香里