愛ある注意喚起で、店もお客も幸せに。三軒茶屋「あかんぼ」に学ぶ接客姿勢

手軽に情報発信ができるSNSを活用し、集客や告知を行う飲食店もますます増えてきています。中には、単なる告知にとどまらずマナーを守らないお客への注意喚起をSNS上でする店も。

三軒茶屋の中華料理店「あかんぼ」、そんな「物言う」飲食店の一つ。店主とお客の距離感が近く、常連客も多い人気店です。店として言いたいことは言いつつも、お客と良好な関係を築くにはどうすればいいのでしょうか。コミュニケーションのヒントを伺いました。

オープン直後にコロナ禍へ。常連客を失う事態に

創作中華居酒屋「あかんぼ」の店主・武居佑真さんが、地元である三軒茶屋に飲食店をオープンしたのは2018年のこと。当初は大皿料理などを出す、おばんざいのお店としてスタートしました。常連客が付き、手応えを感じてきた矢先の2020年に、第1回目の新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言が発出。常連客も遠のいてしまいました。

創業時、お客が童心に返ってわがままを言える店というコンセプトで、「あかんぼ」と命名

「自分の中では流れをつかみそこなった思いから、悔しさと憤りがあって……、まあ途方に暮れましたね。お客さんが1日に1人という日もありましたよ」

「あかんぼ」店主の武居佑真さん(36)

なんとか起死回生を図ろうと、カレーの提供を始めたり、テイクアウト専門店に切り替えたりと模索を続けた武居さん。業態をいろいろと変える中で、最終的にたどり着いたのが中華料理店でした。当時、三軒茶屋にもいくつか個人経営の中華料理店がありましたが、ほとんどのお店がランチとディナーの食事メインで営業をしていました。また、チェーンの中華料理店は、まん延防止等重点措置にのっとり、夜8時で閉店。これらの点に着目した武居さんは、差別化をはかるため、「お酒の飲める中華料理店」というコンセプトで、深夜まで営業している町中華を始めました。

中華は未経験だったそうですが、兄弟子などの助言も取り入れながら、独学でメニューを開発。中華にとどまらず、韓国やシンガポールといったアジアン料理も取り揃えるなど、メニューの幅を広げていきました。

名物の青唐餃子。もちもちの皮に包まれたタネには青唐辛子が加えられている

焼酎をココナッツジュースで割った「あかんぼサワー」。スッキリした甘さがクセになる

業態転換後の客層の広がりを機に、接客の姿勢を見直し

創意工夫の凝らされた料理がおいしいということで評判となり、次第に客足は伸びていきます。さらに当時、武居さんがベンチマークにしていた大阪の飲食店「大衆食堂スタンド そのだ」が、アニメ柄のレトログラスで飲み物を提供して人気を博していたことを知り、もともと「オタク気質」だったという武居さんは、趣味と実益をかねてレトログラスを収集。それらをお店で出したところ、SNSで拡散され、店の認知拡大につながりました。

アニメグラスがきっかけでお客との会話が生まれることも

店の売り上げは少しずつ伸びていましたが、予約困難になるほどお客が殺到するようになったのは2023年1月のこと。店を訪れたお客が、Twitter(現X)にあかんぼの料理を称賛する投稿をしたところ、たちまち拡散され、来店数が一気に増えたといいます。

わざわざ他県から足を運ぶお客が現れるまでの人気店となりましたが、同時に、時間に遅れたり、ドタキャンがあったりといったトラブルが増えはじめました。店内やSNSでの注意喚起を始めたのも、その頃だそうです。

「事前にコンビニなどでチューハイやボトルのお酒を買って、飲みながら店に入ってくる若いお客さまが増えたんです。最初は失礼がないようにあまり注意しなかったのですが、途中からは意識を変え、ちゃんと言うようにしました。自分で借金して、志を持ってつくっている大切な場所なので、やっぱり必要なときははっきりと言わないといけないなと思ったんです」

口頭だけではなく、店内に張り紙を貼るなど、必要を感じたことに関しては積極的に注意を呼びかけるように。一方、口頭での注意喚起は、トラブルにつながりやすいのも事実です。より伝わる方法を模索する中で武居さんが注目したのがSNSでの発信でした。

店内に掲示された張り紙

注意のコツは、冷静に「注意する理由」を伝えること

「お店で直接相手の顔を見ながら伝えていると、やっぱりこちらも感情が出てきて、結局言い合いになってしまうんです」と武居さん。SNSの発信であれば、どうすれば耳を傾けてくれるかなと冷静に文章を推敲できるため、スムーズにお客にお願いしたい内容を届けることができるようです。そしてSNSにおいても口頭においても、お客に注意する際は注意する理由を事実に基づいてしっかり伝えることを意識しているとのこと。

「店の外で喫煙された方が、タバコをポイ捨てすることがたまにあるんです。そんなときは、『子どもやペットが誤って口に入れたら火傷するよ、火が消えなくてお店が火事になったら大惨事だよ』ときちんと説明します。すると、『そこまで想像はしてなかったです』と多くの方は納得してくれて。携帯灰皿を持つように促したり、もしくは貸してあげるからと声をかけたりして、そこで注意はおしまい。後日、また飲みに来てくれるお客もいますよ」

Instagramでの投稿も、率直に注意喚起をする姿勢は崩さない

相手の状況をおもんばかりつつも、店や他のお客の負担になっていることを理由とともに伝え、理解してもらう。そうすることで、注意された側も素直に謝ってくれるケースも少なくないとか。

そして、このような積極的な注意喚起の効果は、お客のマナー改善にとどまりませんでした。店として守ってほしい部分をお客に正直に伝えることで、マナーを守ってくれるお客、まさに店にとって理想の客層が集まるように。店も連日の繁盛で、売り上げも上々だと言います。

「もちろん、店側の強気な物言いで、『ルールがうるさいな』と離れてしまうお客さまは当然います。一方で『この店、きちんとしていていいな』と思ってもらえることも多く、再度足を運んでくれるお客さまも少なくないんです」

また、厳しい物言いになるときもありますが、決してお客を突き放しているのではなく、その裏には親心のような優しさがあるのも、愛され続ける秘訣。

武居さんが大切にする接客の基本は、お客一人一人の気持ちに寄り添った、昭和の人情系居酒屋のスタイルです。例えば、いつも本を読んでいる人が本を持って来なかったら、『今日はしゃべりたいのかな』と察して声をかけたり、いつもお酒を飲む人がソフトドリンクを頼んでいたら、何か嫌なことがあったのかなと気を遣って接客をしたり。お客の心を読み取り、先回りして動くことを心がけています。

「グループで来ているお客さまから誕生日の会話が聞こえてきたので、注文いただいたシュウマイにアドリブでケーキ用花火を挿して持っていたら、すごく喜んでくれたこともありました。一緒に写真撮ろうと言ってくれてね」

お客、従業員、店―みんなが幸せである空間づくりのために

飲食店としての本音を隠すことなくお客に伝えつつ、人情もチラリと垣間見える絶妙のバランス。このような武居さんの接客スタイルは、かつて自分も同じように居酒屋で優しく接してもらったという原体験が、大きく影響しているそうです。

「『今日、嫌なことあったんだろ?ちょっとお酒濃くしといたわ』とか言ってもらうと、自分の心情に寄り添ってくれんだとうれしくなりますよね。そんなことをやってくれる店の大将や従業員さんがかっこよくて、昔から憧れがありました」

カウンターで隣り合った見知らぬ者同士のお客が、武居さんの仲介で仲良くなり、最終的に結婚したという話も。人情を大事にする武居さんらしいエピソードです

武居さんが目指すのは、お客、従業員、店のみんなが楽しく過ごせる店づくりです。

「働く環境が楽しい、お金も稼げる、お客さまもまた来たいと思う、それら全部が良い店の条件だと思っています。お客さまは満足しているけど従業員が苦しいのは違うし、従業員だけ楽しそうにして、お客さまが楽しくないのも違うでしょう。やっぱり、その両立ができるように心がけていますね。そのために、やるべきタスクは多すぎますけど(笑)」

誰かが理不尽を我慢することなく、店側も、お客も、気持ちいい時間を過ごせる場所をつくりたい。「物言う」飲食店のスタイルが生まれた背景には、店主のそんな強い思いがありました。

取材先紹介

あかんぼ

取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。

写真田淵日香里
企画編集株式会社都恋堂