『かつや』元社長・臼井健一郎さんの「フレンチ×大衆食堂」に学ぶ多店舗展開の極意

臼井健一郎さんといえば、とんかつ・カツ丼専門店「かつや」で知られるアークランドサービスホールディングス株式会社を大躍進させた立役者ですが、2021年に同社の社長を退任して独立。現在は飲食事業やコンサルティングなどを展開する株式会社U.RAKATAを運営しています。

2022年8月に直営飲食店「フランス大衆食堂ブイヨン」を本郷三丁目(東京都文京区)にオープンしてから約1年後の2023年9月15日、小石川(同区)に2号店を開店。飲食事業のプロフェッショナルが手がける「フレンチ×大衆食堂」の1年の歩みを振り返りつつ、地域に根付いた店舗に育てていくためのヒントと多店舗展開の極意を聞きました。

小商圏は、飽きさせないよう「鮮度」を大切に

ーー1店舗目のオープンから1年、現在の状況をお聞かせください。
臼井さん:オープンから大きなトラブルもなく順調に進んできました。売上も大きな変動はなく、安定して利益を上げています。従業員も定着していて、学生スタッフ数名が卒業で入れ替わることはありましたが、メインのメンバーはほとんど変わっていません。近隣にお住まいの常連さんが多く、大変ありがたいですね。

ーーこの1年で得た学びや、気づきなどはありましたか。
臼井さん:当初から小商圏だとは考えていたのですが、それは想定していた以上でした。そのため、お客さまに対する「鮮度」をより意識するようになりました。ランチの需要が非常に多かったこともあり、お昼のメニューは定期的に入れ替え、夜も月に一度は2〜3品を入れ替えています。

ーー「フレンチの大衆食堂」のコンセプトが受け入れられている実感は?
臼井さん:お子さま連れのお客さまが多く、気兼ねなく訪れていただける店となっているようで良かったなと思います。一般的なフレンチだと、小さなお子さまがいる場合は静かにしていなきゃ……と遠慮してしまったり、カジュアルなバルの雰囲気だと、お酒が必須のような空気を感じたりすることがあるかもしれません。

その点、ブイヨンはファミリーレストランのような、使い勝手がいい店だと言っていただけています。ご予約の際、「子どもを連れて行くので、先にフライドポテトだけ出してください」と依頼があり、子どもがポテトを食べている間に大人たちがお酒を飲む、といった場面もありました。本当に、思い描いていた通りのお客さまが来てくださっています。

ーー他にもオープン当初から変えたことはありますか。
臼井さん:基本的なコンセプトなどは何も変えていませんが、多店舗展開に向けたオペレーションの変化として、キッチンは徐々にアルバイトスタッフでも賄えるようにトレーニングをしていきました。今後は従業員が安心して休める状況をつくりたいとも考えています。

臼井健一郎さん。「1号店は近所にお住まいの常連さんが増え、運営も安定しています」

立地の決め手は「理想的な客層」に尽きる

ーー2号店に小石川という地を選んだ理由をお聞かせください。
臼井さん:小石川は本郷よりも住宅地ですが、一番の理由は近隣住民の層ですね。候補は他にもありましたが、この周辺を歩いている方々が、お子さま連れ、ワンちゃん連れ、年配の方、学生さんと幅広く、我々が思い描いている「こういう方々に来てもらいたい」という方々ばかりでした。やはり客層は重要視しています。

ーー物件の決め手は?
臼井さん:店の前が公園で緑が多いことと、階段を数段降りたところに入口があるという半地下が面白いなと思って決めました。あと、天窓からの自然光が入ることも非常に好みでしたね。以前は中華料理店でしたが、構造上必要な柱以外はすべてスケルトンにして、トイレの位置や入口の階段のタイルも含めてすべて造り替えました。

2号店の外観。入り口が半地下になっているユニークな物件

自然光が入るので半地下でも明るい印象

ーーかなり改築コストがかさみますよね。初期費用をお聞きしてもいいですか?
臼井さん:構わないですよ。28坪で、解体費用300万円をプラスして、物件取得の費用を含めた初期費用のトータルで4,200万円ほどになります。

ーー1号店の経験から、2号店にて進化させたポイントはありますか。
臼井さん:1号店の客層と2号店の立地などから、以下の点を考慮しました。

席を使いやすくするためにベンチシートを大幅増設

当初の想定よりもお子さま連れやお年寄りの方が多かったことから、ベンチシートを大幅に増やしました。実は1号店にはベンチシートが1箇所しかなく、小さなお子さまがいらっしゃる場合、ベンチシートが空いてなければ普通のテーブル席にベビーカーをそのまま横につけていただくしかありませんでした。
2号店では壁際のほとんどをベンチシートにして、ファミリーや大人数のグループでも対応できるようにしました。

近隣店舗状況から、カフェメニューの拡充と通し営業を検討

メニュー自体は基本的に1号店とすべて同じですが、今後のお客さまのニーズを見ながらデザートやコーヒーなどのカフェメニューを充実させようと考えています。というのも、2号店の周辺にはカフェがほとんどなく、自分たちもちょっと打ち合わせをしようと思ったときに場所がなく困った覚えがあったのです。
1号店はランチタイム終了後からディナーまでの間をクローズしていますが、2号店に関しては通し営業も検討しています。

幅広い客層に対応できるベンチシートを導入

ーー2号店はペット同伴もOKとしていますが、工夫した点などをお聞かせください。
臼井さん:動物の毛などのアレルギーがある方がいらっしゃるかもしれないので、動線を考え、店内の一番奥にあたるボックス席だけをペット可としています。隣席との間にはパーティションを設け、お互いの視線が気になりにくいように配慮したつくりにしました。また、エントランスに置いた樽にはリードフックを付けているので、お散歩帰りにでも立ち寄って、軽く一杯飲んでいただけたらうれしいです。

ペット可の座席。隣席に配慮したパーティションにはワンちゃんの足のマークが

店舗前の道路はワンちゃんのお散歩ルート。お散歩中の一休みの場としても利用可能

地域に根付くには「ペルソナの捉え方」を改める

ーーコロナ禍における行動制限がなくなった今、ブイヨンの運営について考えていることはありますか。
臼井さん:1号店を始めた時はコロナ禍が終わるか終わらないかといった2022年8月でしたが、現在のお客さまの生活リズムは、実はそこまで変わっていないんです。以前ならこの周辺でも夜中まで人が歩いていたそうですが、今では21時半くらいには人通りが少なくなります。現在は22時までの営業ですが、もう少し早く閉めることを検討してもいいのかもしれません。

ーー飲食店においてディナー営業のスタイルや時間帯が変わってきているのでしょうか。
臼井さん:お酒がメインの店であればそこまで変わらないかもしれませんが、新橋のようなエリアでも深夜の売上は全然戻っていません。ある意味、人の暮らしが健全化しているということでしょう。また、営業時間を早めるというだけでなく、予約面で工夫する店も増えていますね。以前なら18時スタートだった営業を、16~18時/19~21時の2回転にするケースも見られます。

ーーあらためて、今の飲食店はどのようなことに意識を置くべきだとお考えですか。
臼井さん:個人店の戦い方という観点でいうと、次のような点は意識しておきたいですね。

原価高騰の今だからこそオリジナリティーを追求する

食材の価格がどんどん上がり、経営的にすごく難しい時代なのに、流行っている場所に同じような店をつくる例が多く見られます。他の店と同じような店をつくったら、絶対にその店と比較されますし、比較されたら必ず価格競争が始まります。
そこで、コンセプトにしても商品にしても、オリジナリティーがあり、比較対象がないものを生み出すこと。他と違う土俵で戦わなければ、どんどん苦しくなります。

ペルソナを「縦軸」で捉える

昔はペルソナを横軸で、例えば「男性・サラリーマン・50代」のように設定することが常でした。しかし、ブイヨンでは性別や世代を問わず、「本郷三丁目から半径500メートルの方」というように縦軸で考えています。その街に長く根付いていく店を作るには、ペルソナを縦軸で捉えることが重要です。

居抜きの多店舗展開は、結果的に生産性を落とす

ーーでは、多店舗展開を進めるうえで留意することを教えてください。
臼井さん:同じ品質のものを提供しやすい環境をつくるために、ブイヨンは1号店と2号店の店内動線を同じにしています。料理を出す場所、ドリンクを作る場所、厨房のレイアウト、マジックやハサミの収納場所まで、基本的にはすべて一緒です。そうすることで、どの店のスタッフがいつヘルプに来てもすぐに迷うことなく動くことができます。

スタッフの動きにおいて、一番無駄なのは探す時間です。「ハサミどこ?」って言っている間に、食材を切ることができますよね。人件費も上がっている現状では、そんな探す時間を圧縮することが重要です。圧縮することで従業員は作業しやすくなるし、同じ場所に戻せばその後の自分も楽ですよ。その意味でも、僕は絶対にスケルトンにこだわり、昔から居抜きで店をつくったことはありません。ちなみに、『かつや』の動線や、冷蔵庫内の格納場所なども全店舗同じにしています。

2号店の内観。1号店と同じ動線にこだわって設計

ーー居抜きで多店舗展開をすると、結果的に非効率になる恐れがあるのですね。
臼井さん:ローコストで始めようとして居抜きで多店舗展開を進めた結果、「この店舗だとフライヤーが置けない」「焼き場が狭い」といった理由で提供できないメニューが出てきたり、「厨房が複雑だからキッチンには3人必要」といった人材配置の問題が出てきたりします。こうした状況では、たとえ軌道修正をしようとしても、全店舗で統一できません。

店舗によって提供メニューが変われば、メニューブックなども別に作成しなければならず無駄なコストがかかりますし、本部側の管理もとても大変です。それであれば、解体費用に300万円をかけたとしても、例えば5年間という時間軸で見ればたいした金額ではないといえるでしょう。

ーー2号店の開店にあたり、U.RAKATAの本部機能として強化した点は?
臼井さん:強化していること……気力と体力だけですかね(笑)。1号店から、仕入れや料理開発、サービスなど、現場の業務を担当しながら部下をまとめる各部門のプレイングマネジャーがいることから、3〜4店舗目までは大きくスタイルを変えないと思います。両店舗のオペレーションを統一しているぶん、例えばタイムパフォーマンスなどの効率性、生産性などは比較しやすくなっています。

ーー今後の展望をお聞かせください。
臼井さん:来年の7月までにあと2店舗はつくりたいと考えていて、1店舗はブイヨンの形でつくるつもりです。もう1店舗は、気軽に来店できる大衆食堂というコンセプトは同じでも、フランス料理ではないものを考えています。「世の中にまだそれほど存在しない」というアイデアは他にもいくつかあるので、一つずつ表現していきたいですね。

取材先紹介

株式会社U.RAKATA
取材・文前田実穂

編集ライター、メディアディレクター。原宿カルチャーから社会インフラまで、そしてローティーンからシニアまでとジャンル・世代問わず幅広く経験。飲食と接客が好きすぎて、下北沢でバルの開業・運営実績を持つ(約6年)。実はITOベンチャーのCRM職出身という異色の経歴も。

写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂