常連NG・おひとりさま専門!?「禁煙カクテルバーおおしか」が提案する、“1人飲み”の魅力

渋谷・道玄坂の雑居ビルに居を構える「禁煙カクテルバーおおしか」は、おひとりさま専門(2名以上の来店NG)・禁煙・常連扱い“なし”という厳しいルールを掲げながらも、客足が途絶えることのない人気店です。創業から15年、根強く愛される理由は何なのか。その謎を明らかにするべく、店を訪れました。

SNSの情報発信を通じて「1人飲み」が集まる店に

禁煙カクテルバーおおしか(以下、おおしか)は、「おひとりさま専門」をルールに掲げています。そもそもなぜ、「おひとりさま専門」としたのでしょうか。その理由は、マスターの大鹿高栄さんが、昔から「1人飲み」スタイルに大きな可能性を感じていたからです。

「『おひとりさま』は、その場にいる人同士が赤の他人というのがいいじゃないですか。会社の同僚や友人と一緒に来たら、関係性を気にして話せないこともあると思う。でも赤の他人同士だったら、再び会うことはほぼないだろうから、案外本音でトークができるんです」

大鹿さんが、現在の場所に店をオープンしたのは2009年のことですが、その頃はまだおひとりさま専門というルールはありませんでした。しかし1人飲みの良さを広めたいという思いから、「シングルバー(1人飲み)の勧め」と題したブログ(後にTikTokアカウントも開設)を立ち上げ、1人飲みの魅力についての情報発信やイベントを開催。そのうち大鹿さんの思いに共感した人が来店してくれるようになり、いつしかお客さまのほとんどが1人で来店するバーになっていきました。

1人飲みが楽しめるバーという印象が定着してきたことで、2015年に明確に「おひとりさま専門」というコンセプトを掲げることを決意。かねてより検討していた「禁煙のバー」というコンセプトと組み合わせ、おひとりさま専門の「禁煙カクテルバーおおしか」が誕生しました。

積極的なコミュニケーションで、店の空気をさりげなくマネジメント

「お店でしか出会うことのない関係だからこそ、日常のしがらみから解放されて、素の自分で過ごせる」。それが、大鹿さんの考える“1人飲み”の醍醐味。この良さを存分に堪能できるように、お客さまとのコミュニケーション方法を工夫しています。

例えば、「1人飲み」というと、カウンターの片隅でひっそりお酒を楽しむイメージがありますが、大鹿さんはお客さまに積極的に話しかけていくそう。

「僕の思う理想的な1人飲み空間は、10年以上通ってくれている人も、はじめましての人も、おひとりさま同士で、同じ距離感で話せるお店のこと。だからご新規さんも何回も来てくれる人も関係なく楽しめるように、僕の方から満遍なく話を振るようにしています」

大鹿さんは店主とお客さまの垣根をなくしたいという思いから「お客さま」という言葉も使わないようにしているそう。「お店で出会った人とは、フラットで深い人間関係を築きたいんです。だから、名前を教えてくだされば名前で呼ぶようにしています」

「常連扱いなし」のルールを設けた理由も、「お店の中で内輪ノリが生まれると、みんなが程よい距離感で打ち解け合える『1人飲みの良さ』がなくなってしまうから」と話す大鹿さん。お客さまとお客さま、お客さまと店主の距離感がみんな同じだからこそ、誰かが遠慮したり威張ったりすることなく、みんな同じように開放的になれるといいます。

さらに、お客さまに積極的に話しかけるのは、店の現場監督者として場をマネジメントする意図もあるのだとか。大鹿さんが積極的に会話に参加してイニシアチブを取ることで、あまり話せていないお客さまがいたら話題を振ったり、内輪ノリが生まれないように話題を調整したり、お客さま同士のトラブルを防いだりと、居心地の良い環境を整備するようにしています。

「あとはゲストが来店したら、なるべく入り口でお迎えするようにしています。時にはお店のコンセプトを理解していただけるようなお人柄かどうか、その場でヒアリングすることもあります。『普段はどんなことしているの?』というふうに、ことを荒立てない感じで(笑)人となりを探るというか。場を守るためにはある程度、お店側も人を見極める必要があるんです」

積極的にコミュニケーションを図りながら、店の主として、お客さま一人一人が居心地良く過ごせる空間を守っていく。そんな大鹿さんの粘り強い取り組みが功を奏して、1人あたりの滞在時間はかなり長いそう。おひとりさまが気持ちよく過ごせる環境を実現できていることがうかがえます。

「ここでしか楽しめない」食事やお酒を追求した独自メニュー

おおしかでしか味わえない特別感を、心ゆくままに楽しんでもらいたい。その思いは、店で提供されるメニューにも表れています。

「せっかく頼んでもらうんだから、おいしくお酒を飲んでもらいたいですよね。クオリティーは絶対に落としたくないし、ここでしか出合えない1杯を作りたい。まず普段どんなお酒を飲んでいるかをヒアリングします。それに対して、『せっかくだからいつもと違うカクテルを飲んでみない?』とおすすめのメニューを提案するようにしています」

ただ、お酒についての熱いトークが長引き、最初の1杯が出るまでに30分かかることも。カウンターの後ろにあるボトル棚には、フリマアプリなどを駆使して収集したレアなお酒がズラリと並び、お酒に対するこだわりはかなりのようです。

「バーだからお酒を飲まなくちゃいけないというイメージを打破したい」という思いから、ノンアルカクテルも充実。画像は、ヘーゼルナッツシロップ、クランベリー果汁、トニックウォーターで仕上げたノンアルカクテル。味は、ナッツの風味と、爽やかな飲み口が特徴だ

食事に関しても「他では絶対に食べられない、この店ならではの味」を意識し、飲んだ後の体に染み渡るような満足度の高いメニューを充実させています。中でも人気メニュー「トロロと塩昆布の和風クリームパスタ」は、長年飲食業界で働いてきた自身の経験を生かして開発したレシピです。

レシピの詳細は「秘密」とのことですが、このレシピを盗もうと店に来る人も多いのだとか

実際に食べてみると、クリームの中に閉じ込められた独特の旨味と、とろろとパスタが織りなす新食感の味わいに虜になりました。しかも食べ応え抜群のボリュームで、夜食としても大満足。毎回これを注文するお客さまがいるのも納得のおいしさです。

「今、この瞬間の出会いを楽しむ」お客さまが共感する“おおしかマインド”

2名以上の来店禁止、常連扱いなしと、飲食業にとって否定的な要素にもなりかねないルールを設定するおおしか。しかし、その根底にあるのは、「店内で刹那的に育まれる“出会い”を最大限楽しんでほしいし、自分もまた楽しみたい」という強い思いです。そんな大鹿さんの思いに共感する人は多く、リピーターもいるそう。そうしたいわば「隠れ常連」たちは、店のルールを理解してくれているため、隣のお客さまから「よく来るんですか?」と聞かれても、「たまに……」と濁してくれるそうです。そこまでして店に足を運んでくれる人がいるのは、それだけこの場所が、おひとりさまから深く愛されている証なのでしょう。

古い付き合いのお客さまをひいきしたり、新しいお客さまに変に期待したりするのではなく、今、目の前にいる人の心を大切にすることに注力する。お客さまからすれば、ふと立ち寄ったときに、ほんのひとときでも、しがらみなく会話と飲食を楽しめる環境があることが、この店の大きな魅力となっているのでしょう。

おひとりさま専門バーのおおしかは、店主の強い思いと、突き抜けたこだわりが繁盛店を生む好例とも言えるかもしれません。

取材先紹介

禁煙カクテルバーおおしか
取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。

写真田淵日香里
企画編集株式会社都恋堂