接客サービスの本質は「お店とお客との闘い」 経営学教授が研究からひも解いたお客さんとお店の理想的な関係

Hayanon Science Manga Studio(2019)

「サービスは闘い」だと主張し、飲食店を中心にサービス科学について研究・分析を行っている京都大学経営管理大学院の山内裕教授に、サービスの本質について聞きました。


行動経済学をはじめとする学問の教授に、データの観点から飲食店の店づくりや集客方法、リピーター施策として効果的なことを深掘りしていきます。今回は「サービス科学」を専門とし、飲食店を中心に日々フィールドワークを続ける京都大学経営管理大学院の山内裕教授にインタビューを行いました。

一般的に「サービス」は、おもてなしや奉仕の意味合いが強いものの、山内先生は「サービスは闘い」だと主張し、その旨を伝える著書も執筆。その意図や、飲食店にとって切っても切り離せないサービスの本質などについて考えます。

京都大学経営管理大学院山内裕教授

山内裕さん

京都大学経営管理院教授、経営学者。経営学の一分野として「サービス科学」を研究。飲食店などサービス業におけるサービス提供者と顧客の間のインタラクション(相互行為)について分析している。
京都大学、京都市立芸術大学、京都工芸繊維大学が連携して行う価値創造人材育成プログラム「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」を運営。

サービス研究のため、飲食店にあらゆる角度からビデオカメラを設置

――山内先生はサービスについて日々研究し、飲食店ではすし店、ファストフード、イタリアンなどのサービスについて分析されていると伺いました。具体的にどのような調査・研究をされているのかを教えてください。

山内教授:主に店員さんとお客さんのやり取りを記録しています。

お店に許可を取ってビデオカメラやボイスレコーダーを複数台設置し、お客さんが注文する時の表情や第一声までの時間、スタッフさんのメニュー説明の様子などを、さまざまなアングルから録画・録音して分析します。

例えば、カウンター越しに接客するすし店などが非常に分析しやすいですね。

これまで、一般的なサービスの理論では「サービスはお客さんを満足させ、喜んでもらうもの」が常識でしたが、すし店の親方は常にニコニコしているわけではなく、お客さんが椅子に座った瞬間に「お飲み物は何にしましょう」と聞きます。

多くの高級すし店でメニュー表は渡されませんし、値段も食べ終わるまで分かりませんから、慣れていないお客さんは緊張しながら注文するわけです。従来のサービスの概念からはかけ離れたところにあるすし店の対応を分析し、「サービスとはいったい何か」という本質的な部分を研究しています。

飲食業界ではすし店のほかにフレンチやイタリアン、バーなどが中心で、ほかにアパレル店舗なども調査しています。

――「サービス」は、おもてなしの心やフレンドリーさだけではないんですね。他に、すし店ではない飲食店ではどのようなことが分かるのでしょうか?

山内教授:いま取り組んでいるのは、フランスのとあるレストランで、お客さんがワイン選びやテイスティングをするシーンの分析です。日本人にとってフランス料理は異文化なので、少なからず緊張する場面だと思いますが、実はフランス人も結構緊張するシーンだというのが、データから分かってきたんです。

例えば、4人座っているテーブルに、ソムリエがワインリストを持ってやってくる。その様子が見えると、多くの人は受け取りたくないため下を向きます。自分が受け取るつもりの人だけがソムリエを見ているんですね。

フランス料理店でテーブルにビデオカメラを設置する山内教授(提供画像)

フランス料理店でテーブルにビデオカメラを設置する山内教授(提供画像)

――ワインを日常的に楽しんでいるフランス人にとっても、緊張する一瞬なんですね……。

山内教授:そうなんです。さらに、テイスティングをする人がワイングラスを持ち上げた瞬間、同じテーブルのお客さんが一斉に別の方向を向き、グラスを置いた瞬間に顔を戻すんです。「テイスティングに集中できるように」と、その場にいる全員がある種の閉じられた空間をつくることに参加しているんですね。これは、複数のデータからも同様のパターンが見られます。

――なるほど、テーブル内で暗黙の協力関係ができているわけですね。そもそも、山内先生はなぜサービスを研究しようと思われたんでしょうか?

山内教授:先ほどもお話した通り、サービスはこれまで、「お客さんを喜ばせる、顧客を満足させる」ことが常識でした。でも、すし店の親方は、必ずしもそうした目的で行動しているわけではありません。今までのサービスの概念とはまったく違う観点を見つけられたら、世界中の人に興味を持ってもらえるのではないかと始めました。

サービスはおもてなしだけではない、「闘い」でもある

――確かにすし店の親方は一般的なサービスの考え方とはまた違ったところにある接客だという気がします。山内先生は著書やインタビュー記事などで、「サービスとは闘い」だと伝えていますが、どういう意味なのでしょうか? 
 
山内教授:「闘い」は、物理的な暴力や勝ち負けを意味するものではなく、お店とお客さんが互いに承認を得ようとする際に、(人文社会学の用語としての)「闘争」することを指しているんです。もっと単純に言えば、サービスの「渡し手」と「受け手」という関係性で生まれる緊張感のことを示しています。

私が研究を通して分かったことを簡単に説明すると、「サービスでお客さんのニーズを満たそうとすると、かえって満足しなくなる」んですね。

例えば、すし店の親方が笑顔で接客すれば、「評価を気にしている」「自信がないのでは」と、お客さんから若干、下に見られる可能性もあります。すると、お客さんは下に見る親方からの承認にはあまり価値を感じません。

一方、親方が「私はあなたを喜ばせるためにやっているんじゃない、自分の技術を極めるためにやっているんだ」という姿勢を見せ、お客さんに「あなたはそれを受け取るに値するレベルなのか」とテストするような注文の取り方をします。すると、お客さんは、そういう親方から承認されることに価値を感じます。

私はこの矛盾を、19世紀の哲学者・ヘーゲルの「精神現象学」の一節である「主人と奴隷の弁証法」になぞらえて「サービスの弁証法」と表現しています。その中でヘーゲルが「闘争」という言葉を使いました。

「サービスの弁証法」の観点から言えば、お店側はお客さんが知らない料理やサービスで店の価値を高めなければなりません。自分のサービスが「すごいものだ」と示そうとすると、どうしてもお客さんに対して「あなたは分かりますか?」と挑戦することになります。そして、お客さんは背伸びをして答えることになります。だからこそ、すし店は独特の緊張感があるし、フランス料理店やイタリア料理店では、見たこともないような料理やワインが出てくることが多い。

一方で、お客さん側もお店の人に認めてもらいたい気持ちがあり、「自分はこの店にふさわしい人間だ」という振る舞い方をします。新しいことを体験をすると、自分をアップデートできたような気分になりますからね。

山内教授の著書の一部

山内教授の著書の一部

――なるほど……。こうしたサービスの在り方は、ステータスが感じられる高級店だから成り立つのでしょうか?カジュアルなお店やチェーン店にも同じことが言えますか?

山内教授:例えば、スターバックスはアメリカ・シアトルで創業した世界最大のコーヒーチェーンですが、カップのサイズは「スモール」や「ミディアム」といった分かりやすい呼び方ではなく、「ショート」「トール」になっています。さらに、大きいサイズの「グランデ」「ベンティ」はイタリア語。ここでも、あえて分かりにくくしています。お客さんがすでに知っているレベルを超えていく必要があるからなんですね。

カジュアルなイタリアンでも、あえてメニュー表には「ピッツァ・サルシッチャ・ピカンテ」というような舌を噛みそうなピザの名前が明記されていて、お客さんはよく分からないままそれを注文するシーンがあるので、同じことが言えると思います。

――お話を聞いていて、ラーメン店にも同じことが言えるなと思い出しました。店舗によってはオーダーの方法が呪文のようで、慣れていない人は緊張する店もありますね……。

山内教授:そうですね。それも「お客さん喜ばせるため」というより、すし店と同様に「職人として極めるために仕事をしている。それを、たまたまあなたが食べているだけ」というスタンスがあるわけですよね。

――そういったサービスの手法は、いわゆるお店の「コンセプト」や「世界観の体現」というような側面とはまた違うところにあるんでしょうか。

山内教授:世界観を体現する一環として、そういったサービスが生まれるということではないでしょうか。サービスは接客が一番顕著に出る場面ではありますが、それだけではなく、店のつくり方、空間のつくり方、今言ったようなメニュー表のつくり方に表れますから。
 
よく誤解を受けるので言っておくと、サービスにおいての「闘い」って、「お店のレベルを高くしてお客さんを緊張させる」だけではダメで、「お客さんを喜ばせる、満足させる」ことも同時に起こらないといけないんですね。

飲食店の場合は、どんなに緊張したとしても、出された料理やお酒を味わって「ああ、やっぱりおいしいね」ってお客さんに思わせることが非常に重要なわけです。安くて一般的な店ほど緊張感は低く、高級店になればなるほど緊張感が増える傾向はありますが、全てのサービスにおいて、両方とも絶対に必要な要素。だからこそ、サービスは複雑で難しいんです。

Hayanon's Science Manga Studio(2019)
Hayanon's Science Manga Studio(2019)
Hayanon Science Manga Studio(2019)
※出典:「人社未来形発信まんが by はやのん理系漫画制作室」

【山内先生の考えるサービスとは?】

  • 分かりやすいことが一般的であるが、あえて分かりにくくすることで、お客さんに背伸びをさせる手法はすし店だけでなくチェーン店などでも使えるく
  • サービスとは接客だけでなく、お店のつくり方(空間やメニュー表のつくり方)にも表れてくる
  • 質のよいサービスとはお客さんを「緊張」させるだけでなく「満足」させることも同時に起こすことである

お客さんはお店で「自己表現」をしている

――先ほどのすし店の話で、お客さんは「自分はこの店にふさわしい人間だ」という振る舞い方をするというお話がありました。過去のインタビューで山内先生は、それを「お客が自己表現をする機会」と表現していたのですが、そもそも飲食店で、どうしてお客さんは「認めてほしい・自己表現したい」という気持ちになるのでしょうか。

山内教授(提供画像)

山内教授(提供画像)

山内教授:2つ挙げられます。まず、サービスはお店側からの働きかけだけで成り立つものではなく、お客さんも一緒に参加し、共に創ることで初めて成り立つものだということです。それを「価値共創(きょうそう)」と呼びます。

飲食店とは離れてしまいますが、分かりやすいのは美容院でしょうか。髪を切りに行くときは長さをどうするか、どういうふうにしたいとか、何かしらの希望がありますよね。お客さん自身が「どういう人なのか、どうなりたいのか」が浮き彫りになります。

別のケースでは、仲間と居酒屋に行って「とりあえずビールで」と注文する場合は、「和を乱さず、みんなで早く乾杯したいんですよ」と、暗に社会性のある人間だという主張が見られるわけです。

――では、注文の時点で、すでに自分を表現することにつながっているんですね。

山内教授:そうです。もうひとつは、単純に「食べる=おいしい」だけではなく、そのサービスを体験したことで「自分が新しいレベルに達した」と感じられると、そのサービスには付加価値がつくんです。高級店になればなるほど、そういう意味で「闘い」の側面をうまく使って価値をつくり出しているんですね。

社会の動きを店づくりに反映していくことで、お店の価値につながっていく

――これまでのお話を踏まえて、一般のお店でもお客さんと一緒にいいサービスをつくり上げていくためには、どうしたらいいと思いますか?

山内教授:高級店ではなく一般のお店であっても、闘争の部分、つまり「お客さんが試されて、新しい自分を感じられる」ということが重要になると思います。逆に、毎日行っても飽きない店をつくるのも、相当大変だと思います。

単に気軽でくつろげるというだけなら、自分の家のソファで寝ながらテレビを見ていればいいんです。やはり、人に会いに行くとか、行くたびに新しいワインがある、といったように、ちょっとした緊張感がある方が、自分が少し新しくなる感覚が生まれて「面白いお店だな」と思ってもらえるのではないでしょうか。

――新しい価値を提供するための何かが必要なんですね。とすると、お店側も常に新しいことをアップデートし続けないといけないですね。

山内教授:飲食店に関しては、「おいしいものを提供し続ける」ことは大事なんですが、それと同時に、料理だけでなく、社会の動きをもっと広く捉えないといけない時代になってきたなと感じています。社会的な問題や世界の文化に興味を持つなど、いろいろなアンテナを張ってほしいなとも思っているんです。それが全部ご自身の店づくりに反映され、価値につながりますから。

例えば、欧米では持続可能性、人種主義、LGBTQなどの問題に対し、意識的に店づくりを行っているお店もあります。欧米の考えが全て正しいというわけではないですが、何かしらの社会的なメッセージを前面に出したお店が増えてきています。

すでに食は総合的な文化になっていますから、幅広い分野の事柄を飲食に取り入れていただければと考えています。

【山内先生が考える優れたお店のサービスのつくり方】

  • 前提として、サービスとはお店側の人だけが働きかけて成り立つものではなく、お客さんも一緒に参加して初めて成り立つものと知っておく
  • 日常使いしてもらうためのお店では、緊張感よりも「同じ味を毎日同じように作って提供できる」ことが大事
  • 行くたびに新しいワインがあるなど、お客さん自身が新しくなれる感覚や発見を与えられると「面白いお店だ」と思ってもらえる
  • おいしい料理を提供するだけでなく、世の中の動きなどに広くアンテナを張り、店づくりに生かしていくことも必要

山内裕さんに、経営学の観点から飲食店経営に欠かせない「サービス」について説明していただきました。

山内さんの研究では「サービスでお客さんのニーズを満たそうとすると、かえって満足しなくなる」ことが分かりましたが、同時に「お客さんを喜ばせる、満足させる」ことも重要だと説明されています。

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取材・文:田窪 綾

編集:はてな編集部