新世代の1人飲みで賑わう、赤羽「立ち飲みいこい」新店舗の魅力を探る

呑兵衛なら知らない人はいないといわれる、東京都北区赤羽にある「立ち飲みいこい(以下、いこい)」。赤羽には夜勤明けのタクシー運転手や地元の常連さん、仕事帰りの人などを見込んで、頻繁に通えるよう低価格をウリにした酒場が多く並びますが、1970年開店の「いこい」は、そんな街で「朝から飲める激安立ち飲み酒場」の代表的な存在です。2024年3月にオープンした3店舗目の「立ち飲みいこい 王子音無川店(以下、王子音無川店)」は、若い世代にも広く受け入れられる店へと進化しています。新しい「いこい」の魅力は一体何なのか、案内人と探ります。

お店の特徴

今回の案内人を紹介

塩見なゆさん

酒場案内人:酒場や酒類を専門に扱うライター。全国1万軒以上の居酒屋を巡り、その魅力をテレビ・雑誌・Webマガジンなどで発信している。生まれは東京都杉並区。

1人飲み客の裾野を広げるため、赤羽の老舗「いこい」が新店舗をオープン

東京・赤羽は戦前から工業地帯を抱える街で、戦後は東口に巨大な闇市が生まれ、多くの工場労働者で賑わいました。15年ほど前までは、赤羽で朝から営業している立ち飲み店には硬派な愛飲家が集まり、若い世代、特に女性一人で入店できる雰囲気を感じることはできませんでした。

でも、現在は若者のせんべろブームや昼飲みブームを受け、赤羽の客層はがらりと変わりました。若い人でも入りやすいお店が増加し、いまやZ世代の1人飲みも当たり前の光景になっています。

「いこい」の運営母体である株式会社アサヌマは酒屋で、元々は酒屋の立ち飲み(角打ち)としてオープンしました。後に「いこい」は子会社化されましたが、角打ちと同様にお酒の価格は驚くほどリーズナブル。瓶ビールは大瓶にもかかわらず1本500円未満、料理はなんと100円台。飲んで食べて1,000円を出せば、お釣りが返ってくる店なのです。

ただ、若いお客が増えたとはいえ、本店や2店舗目の支店は、いまや赤羽で残り少なくなった玄人向けの酒場です。チェーン居酒屋のような気軽さで通える場所ではなく、飲み慣れた“黒帯”の呑兵衛以外は、完全アウェイなムードを感じさせます。

そんな「いこい」が2024年3月、1人飲みの裾野を広げるために赤羽ではない王子駅前に3店舗目の「王子音無川店」をオープンしました。運営元であり業務用酒類卸でもある株式会社アサヌマの廣瀬嘉隆さんに、その背景を伺いました。

株式会社アサヌマの廣瀬嘉隆さん。廣瀬さんは生まれも育ちも東京都北区で、酒販店の3代目

1人飲みポイント①
1人飲みのための“最適化”に徹底

塩見

まずは「いこい」のコンセプトについて教えてください。

廣瀬さん

「日常に溶け込めるお店」を昔から目指しています。外食は非日常を楽しむ場所といわれますが、「いこい」はその真逆です。常連さんになっていただき、なじみの店として繰り返しご利用いただきたい。実際、昔からそうしたお客さんに支えられてきました。平均の客単価は1,000円ほどですが、それこそ仕事帰りに週5日通ってもらえれば、月で2万円ほどにもなります。

塩見

そう聞くとリピーターのお客さんは大切な存在ですね。リピーターになってもらうためにどんな工夫をされているのですか?

廣瀬さん

毎日来られるお客さんは基本的におひとりでいらっしゃいますから、料理は1人飲み用に最適化しています。具体的には、1人で2~3品注文しても食べられる適量で提供し、価格も100~200円にしているので、数品を気軽に注文できる設定です。

塩見

毎日来られるお客さんを飽きさせない工夫も必要ですよね。

廣瀬さん

そうですね。おつまみ、お酒ともに品数を増やし、さらにホワイトボードに日替わりや季節限定メニューを入れ、繰り返しご利用いただいても飽きがこないように努力しています。

 

明るい照明と清潔感のある立ち飲みカウンター。正面に鎮座する大きな煮込み鍋から漂う香りがたまらない

旬の食材を取り入れた日替わりメニューが自慢

塩見

「いこい」には、いくつかのルールがありますよね。その中の「おごりおごられ禁止」は分かりますが、携帯電話の長時間利用禁止は珍しいです。

廣瀬さん

老若男女、一人の時間を楽しんでいただきたいので、ナンパ行為はもちろんのこと、騒がしくなるので「おごり・おごられ」も禁止にしています。赤羽の店舗では携帯電話の操作自体も禁止にしていましたが、王子の店舗では短時間でしたら問題ありません。ただ、スマートフォンを見てばかりで飲まない方はお断りしています。

塩見

絡み酒をされるのはみんな苦手ですから、ルールが決まっていると安心できます。

 

ディープな街・赤羽発祥の立ち飲み店らしいルールが並ぶ

1人飲みポイント②
オーダーのハードルを下げる、あえて“最低限”の接客

塩見

1人飲みの常連さんが多い「いこい」の接客スタンスを教えてください。

廣瀬さん

お客さんとの会話は、全店共通で意図的に最低限にしています。これは常連さんでも変わりません。スタッフがお客さんの一人と会話していると、ほかのお客さんは注文しづらくなりますから。

塩見

単価が低いということは、売り上げを伸ばすためには一人のお客さんに時間をかけず、より多くのお客さんに注文してもらうことが重要になりますね。

廣瀬さん

そうですね。ドリンクやフードが目の前にないと、1人飲みのお客さんは時間を持て余してしまうと思います。安さはもちろんですが、提供スピードも「いこい」の大事なサービスだと考えています。

 

会計は都度払いのため予算内に収めやすいのもポイント。予算分をカウンターに置いておけば、スタッフが提供と同時に代金を差し引いてくれる

塩見

赤羽の本店でも少しずつ若いお客さんが増えていますが、客層やニーズの変化を感じますか?

廣瀬さん

確かに週末は若いお客さんも増えましたね。複数の店でハシゴを楽しむ方が多い印象です。ただ、本店に来るお客さんには昔ながらの雰囲気を求めている方もいらっしゃると思いますので、若い人向けのサービスやメニューは用意していません。もちろん、時代の変化も踏まえて、SNSで日替わりメニューの発信などに努めています。

塩見

王子音無川店に若いお客さんが多い理由は、SNSの積極的な発信によるものでしょうか?

廣瀬さん

それもあるでしょうね。加えて、店長やスタッフが若ければ、お客さんも若い方が増える印象です。本店は半世紀以上やっていてベテランスタッフが中心で、お客さんの年齢も比較的高いです。

塩見

お店とともにお客さんの年齢層も上がる。確かにそういう居酒屋は多いように感じます。スタッフさんの年齢が近いほうが心理的なハードルが下がるのでしょうね。「いこい」が仕事帰りに毎日通える酒場を目指し、おひとりさまを中心に商売をされていることがよく分かりました。ちなみに、若いお客さんも歓迎ですか?

廣瀬さん

もちろんです。いまの20代には、コロナ禍で飲酒のきっかけがないまま社会人になった方も多いと思います。お酒の楽しみ方は家飲み、宴会などさまざまですが、仕事帰りの一杯という楽しみを、「いこい」でデビューしていただけたらこんなにうれしいことはありません。弊社は業務用酒類卸ですから、飲食店で味わえるお酒の楽しさをもっとお伝えしていきたいと思います。

1人飲みポイント③
その日の気分に対応できる幅広いメニュー

塩見

「いこい」は都内屈指の安さで有名ですが、値段勝負だけでは半世紀以上続かないと思います。料理自体のこだわりを教えてください。

廣瀬さん

「いこい」は、もともと酒屋の一画でコップ酒を飲む「角打ち」でしたが、初代の板長が刺身に注力したことで人気が出て、立ち飲み店として独立しました。そうした背景もあり、いまも魚介類は東京都中央卸売市場の水産仲卸から直接仕入れているので、新鮮なものを提供できます。

塩見

ちなみに、廣瀬さんおすすめの料理はなんですか?

廣瀬さん

王子音無川店の近くに王子稲荷神社がありまして、大晦日になると各地から狐が集まり詣でたという話が伝承されています。歌川広重の浮世絵にもなっていますが、これにあやかり、油揚げで玉子を包んで甘く煮た「きんちゃく玉子煮」を王子音無川店限定で提供しています。あと、個人的には「切りこぶ煮」が好きですね。

 

あれもこれも注文したくなる短冊メニューがずらり

塩見

ビールが進むガッツリ系の料理だけでなく、意外にヘルシーなおつまみが充実していますよね。昔から、店内調理による丁寧に作られたおつまみが多い印象です。ドリンクのおすすめはありますか?

廣瀬さん

王子音無川店限定で、瓶入りの明治牛乳と宝焼酎をあわせた「牛乳割り」を用意しているので、ぜひ試してみてください。繰り返しになりますが、母体が業務用酒類卸ですから、お酒の品ぞろえの多さは自慢です。定番のビールや日本酒だけでなく、珍しいリキュールやサワーも取りそろえています。「次はあれを飲んでみようかな」と、楽しみに来店いただけたらうれしいです。

 

牛乳割りは、瓶入りの牛乳を使うのもこだわり

揚げ物は注文を受けてから調理。揚げたてでホクホク!

名物のもつ煮込み(税込150円)を中心に、鮮魚や切りこぶ煮(税込160円)などをプラスしても1,000円未満で楽しめる1人飲みセットが完成。選ぶメニューによってヘルシーなものを食べたい日にも、ガッツリと食べたい日にも

塩見

今後の展望について教えてください。

廣瀬さん

まずは、若い世代を含む新しいお客さんがたくさん通ってくださる店になるよう、王子音無川店を若手スタッフと一緒に育てていきたいです。積極的な多店舗化は考えていませんが、自社便で酒類を配達できる赤羽周辺でもう何軒か飲食店を展開できたらいいなと考えています。

塩見

老舗だからこそ、昔からの良いところを残しつつ進化していく「いこい」。これからますます楽しみです。

 

外食環境の変化に対応するため、老舗も変革が必要

コロナ禍の影響を受け、大規模チェーン居酒屋は宴会利用からプライベート利用へと舵を切り、上場飲食企業も1人飲み歓迎店を増やすなど、プライベート飲み、1人飲み競争が激化しています。「いこい」のような老舗の有名店でも、値段勝負や顧客層の高齢化といった課題に直面しており、次の時代を生き残るためには、店の“若返り”と新たな価値提供が求められています。

また、アサヌマの業務用酒類卸部門では、トラックにたくさんのお酒を積んで飲食店へ配達する業務が中心です。力仕事も多いため配達ドライバーはある程度の年齢になるとセカンドキャリアを考えなくてはなりませんが、新店のオープンはそういったスタッフのセカンドキャリアの場の創出という目的も兼ねているようです。

老舗の経験と知名度という強みを生かしながら、時代に合わせて少しずつ変化を続ける「いこい」。次の時代も”ヘビロテ”される店となることでしょう。

 

取材先紹介

立ち飲みいこい 王子音無川店

 

取材・文塩見なゆ
写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂