東京・品川にある戸越銀座商店街は「食べ歩きの街」「下町グルメロケの聖地」とも呼ばれる人気の商店街です。どのような取り組みを経て人気スポットとなったのか?理事の亀井哲郎さんに伺いました。
長年にわたり、その地域に住む人々の暮らしを支えてきた歴史ある商店街。連日テレビやメディアに取り上げられるような活気あふれる商店街は、どんな工夫で集客に取り組んでいるのでしょうか?
今回は「食べ歩きの街」「下町グルメロケの聖地」と呼ばれる東京・品川の戸越銀座商店街で理事を務める亀井哲郎さんに、施策の秘訣をお聞きしました。
- 亀井哲郎さん
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「ギャラリーカメイ」店主、戸越銀座商店街連合会理事(広報担当)。東海大学文学部日本文学科を卒業後、全国チェーンの宝飾品専門店に勤務したのち、家業である戸越銀座の時計・眼鏡販売店「ギャラリーカメイ」を継ぐ。若くして戸越銀座銀六商店街振興組合理事長に就任し、日本で初めての商店街オリジナルブランド「とごしぎんざ」を生み出す。現在は品川区商店街連合会長、品川区商店街振興組合連合会理事長、一般社団法人戸越銀座エリアマネジメント理事などを兼任する。
- 全長約1.3㎞に約350店舗! 関東有数の長さを誇る戸越銀座商店街
- 戸越銀座が「食べ歩きできる商店街」として知名度が上がったワケ
- 「戸越銀座商店街マップ」は街路灯のQRコードで簡単アクセス
- 消費者側からの広い視点で「戸越銀座商店街」を発信、集客につなげる
- 商店街は買い物・観光の場だけでなく「地域のコミュニティー」に
全長約1.3㎞に約350店舗! 関東有数の長さを誇る戸越銀座商店街
――一直線にのびる戸越銀座商店街、実際に歩いてみると迫力がありますね。
亀井哲郎さん(以下、亀井さん):最初からこの長さだったわけではなく、もともとは「商栄会」「中央街」「銀六会」という3つの商店街に分かれていたんです。
戸越銀座商店街は本来、近くに住む方がお買い物に来るような「近隣型商店街」タイプでした。でも、スーパーマーケットやコンビニなどが開店し、バブル期以降は集客が難しくなってきたんです。そこで「広域からお客さんを集めるためにはどうしたらいいだろう」と話し合いました。3つの商店街が協力してひとつになると、東京で一番長い商店街というハードの利点を生かしながら、店舗数も増やせますから。
――それで全長1.3㎞もの長い商店街になったんですね……!
亀井さん:当時、それぞれの商店街には縄張りのような意識があったんですけど、お客さんにとっては関係ないことじゃないですか。意識を変えるのは難しかったのですが、消費者目線でまちづくりをしていこうと連合会をつくって協力しあいました。
商店街初のオリジナルブランド「とごしぎんざ」の商品化や「食べ歩きの街」としてのブランディング化、トイレの整備など、大体20年ぐらいかけて組織やハード面を構築していきました。
――現在、戸越銀座商店街にはどのくらいお店がありますか?飲食店の割合も教えてください。
亀井さん:組合に入られているお店は約350店舗で、近隣のお店まで入れると400店舗ほどでしょうか。飲食店さんの割合はおよそ2割ですね。お惣菜店がテイクアウトやイートインを行っている場合を含めるともう少し増えます。
――先ほど、「広域からお客さんを集める」というお話がありましたが、商店街を訪れるお客さんは変わりましたか?
亀井さん:そうですね、平日は近隣にお住まいの方が中心ですが、「食べ歩き」のキーワードでテレビなどのメディアにたくさん取り上げていただくようになってからは、土日中心に観光目的のお客さん、特に若いカップルやファミリーが非常に増えました。
食べ歩きを楽しんだ後、各店で取り扱っている「とごしぎんざ」オリジナルブランドの商品をお土産に買って帰られることもあります。新型コロナウイルス感染症の感染拡大前は、旅行会社が商店街ツアーを組んで来られることも多かったですね。
――今は毎日、どのくらいのお客さんが来られるのでしょうか。
亀井さん:商店街の4カ所に、通行量が分かるAIカウンターを取り付けてあり、毎日人数を確認できるようにしています。
商店街の中にある東急池上線の戸越銀座駅と都営浅草線の戸越駅の間の人通りが最も多く、毎日25,000人ほど。平日は商店街を進むにつれて少しずつ減って18,000人ほどになり、奥まった銀六会ゾーンになると8,000人程度になります。
週末になると商店街を目指して来るお客さんが増えるので、駅周辺だけでなく全体的に1日2万人を超える方に来ていただいていますね。
――すごい人数ですね……!AIで通行量を管理されているのにも驚きました。このデータを蓄積すれば、1日の平均客数も予測できそうです。こうした情報は商店街のお店にも共有されているんですか?
亀井さん:はい、組合員さんには回覧板アプリで共有しています。画期的だと言っていただくことも多いですね。
――商店街には亀井さんの家業「ギャラリーカメイ」のように、先代から引き継いでいるお店も多いと思いますが、新規開業や移転など、戸越銀座商店街を選んで出店される方もいらっしゃるのでしょうか。
亀井さん:そうですね、カフェや塩の専門店、雑貨店、EC展開していたうつわのセレクトショップの実店舗など、特に物販のお店が増えてきました。10年程で比率としては新規の方が全体の3割ほどに増えましたね。女性の経営者の方も多いですよ。
代々続いているお店も多いですが、店主の高齢化や後継者がいない場合もあり、閉店して店舗を貸すケースもありますから。「戸越銀座の雰囲気が好きで、この場所で開業したい」と言ってくださる方も多く、嬉しいですね。
――例えば、新規開業でお店を戸越銀座で開きたい人はまずどのように動いたらいいでしょうか?
亀井さん:条件に合う空き物件があれば、という前提になってしまうのでなかなかハードルは高いですが、まずは戸越銀座で長く営業している不動産屋さんにご相談に行かれるをおすすめします。または、戸越銀座商店街連合会の役員に一度ご相談いただくと、その後のご紹介もしやすいのではないかと思います。
戸越銀座が「食べ歩きできる商店街」として知名度が上がったワケ
――商店街の活性化のため、「とごしぎんざブランド」として店舗ごとのオリジナル商品開発、商店街マスコットキャラクターの制作など、連合会としてこれまでさまざまな事案に取り組んできたと伺いました。中でも戸越銀座商店街の知名度を全国区に押し上げたのは「コロッケプロモーション」なのではと思います。なぜコロッケを売りにしようと思われたんでしょうか?
亀井さん:「とごしぎんざブランド」をきっかけに遠方からもお客さんが来られるようになり、ブログで「戸越銀座のコロッケがおいしかった」との書き込みを多く見るようになりました。また、テレビ局や雑誌取材などを機にグルメロケ向けに食べ歩きできる商材が求められていたこともあって、コロッケに注力してみようと。
精肉店や惣菜店、産学提携した立正大学の学生によるオリジナルコロッケなど7店舗から始まり、その後はかまぼこ店や洋食店なども参加するようになりました。一番多い時で25店舗くらいコロッケ事業に取り組んでいましたね。
今は店舗の皆さんがコロッケに限らず、多彩なアイデアで食べ歩きに対応できるよう商品のラインアップを増やしておられますので、商店街としてお手伝いできることをしています。
――きっかけはコロッケでしたけど、今は食べ歩きできる商品の種類が増えているんですね。「商店街としてお手伝いできること」とは具体的にどんなことですか?
亀井さん:例えば、商品を入れるバーガー袋やドリンクカップに戸越銀座のキャラクター「戸越銀次郎」のイラストを使ってもらったりとか。商店街の名前やキャラクターは商標登録をしていて、組合員さんなら全てフリーで使えます。
――組合に入っているからこそのメリットですね。
亀井さん:もちろん、お店のみなさんそれぞれの考え方があるので、組合に入る・入らないは自由です。でも、入ってくださっている方への差別化というか、メリットを際立たせたいと思ってブランディングに力を入れてきましたから。
「戸越銀座商店街マップ」は街路灯のQRコードで簡単アクセス
――食べ歩きを楽しんでもらうために、商店街として他に工夫したことはありますか?
亀井さん:「戸越銀座ネット」という公式サイトを作ったり、商店街のお店やトイレの場所などが一目で分かるようなマップを作ったりしています。これだけ長い商店街なので、ずっと歩いてきて終わりが見えてくると、お客さんは最後まで行かずに引き返しちゃうんですよ。食べ歩きができるお店は商店街に点在しているので、「こんなお店もあるんだ、じゃあもうちょっと先まで行ってみよう」と、隅々まで歩いてほしいなと思って作りました。
紙のマップもありますが、お店の移り変わりで情報がどんどん古くなってしまうので、商店街の街路灯にQRコードのステッカーを貼り付けて、アクセスするとマップが見られるようにしました。
――便利ですね! その他に戸越銀座商店街でLINE公式アカウントも開設されていると伺いました。
亀井さん:LINE公式アカウントは1年半ほど前に開設して、友だち数は現在3,800人くらいです。
ご近所にお住まいの方や以前から戸越銀座のブログを書いておられる方に「街特派員」としてお願いして、新店舗や新商品、イベントなどの情報を投稿してもらっています。ここからも戸越銀座の公式サイト、お祭りなどを知らせる「まちカレンダー」にアクセスできます。
商店街のお店の方にもアカウントをお渡ししているのでご自身でも好きなタイミングで投稿できますが、普段の営業にプラスしてだとエネルギーを使いますからね……。主に街特派員の方が活動してくださっています。
消費者側からの広い視点で「戸越銀座商店街」を発信、集客につなげる
――全国的に知名度も上がって、毎日たくさんのお客さんが来られていますが、一度きりにせず何度も足を運んでもらえるような集客の工夫はされていますか?
亀井さん:自分が行って楽しかったと思うと、次に誰かを連れていきたくなるじゃないですか。そういう商店街にしたいなと思っていまして。コロッケや「とごしぎんざブランド」の取り組みで、少しずつ知名度が上がってくると行列のできるようなお店も増えてきました。なので、そうしたお店はマップで商品紹介をしたり、グルメロケでおすすめしたりなど「えこひいき」を始めました。
――「えこひいき」ですか?
亀井さん:商店街は組合費で成り立っているので平等に何かを行うのが前提なんですけど、その原則に立つと消費者目線からは外れてしまうんです。「戸越銀座のグルメロケ」という企画で取材しようとすると、やはり人気店やおいしいお店をピックアップしますよね。でも、商店街が主催して何かをやろうとすると、その行為はタブーなんですよ。
――確かにそうですよね……。どうやって解決したんですか?
亀井さん:戸越銀座商店街に投資や支援をしてくださる企業の協力を受けて、商店街が一切出資をしない「一般社団法人戸越銀座エリアマネジメント」という会社をつくりました。組合費とは別建てなので、商店街から少し外れた場所にあるお店や組合員さんではないお店のサポートまでカバーできます。
――先ほど伺った、「組合員ならキャラクターイラストなどがフリーに使える」点とは真逆ですね。
亀井さん:戸越銀座としてのブランディングに成功し、企業スポンサーが付くようになったからこそ実現したことです。エリアマネジメントとして独立採算できる仕組みなので、例えば商店街の中に5カ所デジタルサイネージを設置していますが、こちらも人気のお店や推したい商品などを中心に流しています。「戸越銀座エリアの中にある商店街」として、広い視点でモノ・人・サービスをうまく発信していきたいと考えています。
商店街は買い物・観光の場だけでなく「地域のコミュニティー」に
――最後に、今後「戸越銀座商店街」をどのような場所にしていきたいとお考えですか?取り組んでいることがありましたら教えてください。
亀井さん:商店街は生活に密着した場所でもあるので、安心・安全がちゃんと担保できるような地域のコミュニティーにしていきたいと考えています。
例えば、2020年から取り組んでいるのが「戸越銀座まちなか防災フェスティバル」です。企業さんと協力して、商店街で地震体験車に乗れたり防水訓練をしたり。地元の小学校に元日本代表のサッカー選手の方を呼んで、サッカーを通じて防災のことを知ってもらったり。終わった後はみんなでアルファ米のカレーなどの非常食を食べるんです。「食べたことなかった!」「意外においしいね」と子どもたちからも反響が大きいですよ。
――面白そうですね!でも、そうしたイベントにはお金も労力もかかるのでは? 商店街の方たちが自身のお店を運営しながらイベントを両立させるのは大変ですよね。
亀井さん:以前は「七夕祭り」や「戸越銀座祭り」など、季節ごとにさまざまなイベントを長年続けていたんですが、やはり準備する労力やお金がかなりかかるんです。その手間や金額を考えると、やはりコストパフォーマンスに欠けると感じていました。
「まちなか防災フェスティバル」は商店街主催で年4回実施していますが、役員として出ているのは数名程度。パナソニックホームズさんや防災関連商品を扱う企業さん、企画会社さんなどと協力しているので、従来のイベント開催に比べて負担が少ないんです。企業さんも防災を通じて地域貢献ができますし、お互いにいい取り組みだと思っています。
――商店街の方たちが少ない負担で開催できているんですね。確かに自然災害に対する対策って後回しにしがちです。
亀井さん:世界中で災害が起き、危険がより身近に迫っていることを日々感じますが、街の防災訓練って見過ごされがちですよね。実施していることがあまり周知されなくて、町内単位でも幹部の人しか来ないとか。
たまたま観光で訪れた商店街でそうした防災イベントを行っていたら「ちょっとのぞいてみようかな」「うちの街ではどうしているんだろう」って思ってもらえるかもしれませんから。
商店街もその地域のインフラのひとつなので、地域住民の方たちが「やっぱり商店街って大事だね、残していきたいね」と思ってもらえるようなイベントにシフトしていこうと考えています。
あの有名店の集客成功事例
【取材先】
戸越銀座商店街
住所:東京都品川区戸越1-15-16
Web:戸越銀座商店街オフィシャルサイト
Instagram:戸越銀座商店街公式Instagram
Twitter:戸越銀座商店街Twitter
取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
編集:はてな編集部