大事なのはコミュニケーションの余白を残すこと。常連が新規客を連れてきてくれる都立大学「ぶらんこ」の店づくり

都立大学にある人気居酒屋「ぶらんこ」

東急電鉄東横線、都立大学駅にある「ぶらんこ」は、各駅停車駅にもかかわらず、中目黒や自由が丘など近隣の人気エリアからもお客さんが集い、常連さんで8割を占めるという人気の居酒屋です。カウンター越しに行うコミュニケーションなど、支持を受ける店づくりのポイントを伺いました。


一度ならず、何度も足を運んでくれる「おなじみ」のお客さんは、飲食店にとって心強い存在です。多くの常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。

2018年6月にオープンした「ぶらんこ」は、地元客や常連客で日々賑わう都立大学エリアの人気店です。お店は、厨房を囲むように設置したカウンター席10席と、テーブル席5卓で構成。修業を通してオープンキッチンでお客さんとコミュニケーションを取る楽しさを知ったという店主の植竹貴俊さんに、これまで学んだことや、お店で実践していることをお聞きしました。

都立大学にある人気居酒屋「ぶらんこ」店主・植竹貴俊さんプロフィール

植竹貴俊さん

調理専門学校で和食を学び、卒業後はホテルや日本料理店などで修業を積む。一度飲食業を離れアパレルの接客も経験したのち、独立を前提に神泉の創作和食店「ぽつらぽつら」で3年勤務。ふぐ調理師免許も取得し、2018年6月に和食居酒屋「ぶらんこ」をオープン。

 

常連さんは8割!1人で来たお客さんが次は友人や家族を連れてくる

都立大学「ぶらんこ」外観

――Webサイトなどで「ぶらんこ」さんのクチコミを見ると、「手間ひまかけた料理が食べられる」「地元の隠れた名店」といった声が並んでいます。まずはどんなお店なのか詳しく伺えますでしょうか。

植竹貴俊さん(以下、植竹さん):季節の食材を使って丁寧に仕上げた一品と、料理に合う日本酒を楽しんでいただくお店です。メニューは和食を中心に随時50種類以上を揃えます。定番料理は固定していますが、お客さんが週1ペースで来てくださっても何かしら変化を感じていただけるよう、仕入れた食材によってこまめに内容を変えていますね。

食材を仕入れてからメニューを決めることが多いため、メニュー表は毎日印刷している

食材を仕入れてからメニューを決めることが多いため、メニュー表は毎日印刷している

ドリンクは日本酒をメインに揃えています。銘柄は特に決めず幅広く用意し、空き次第入れ替えるようにしています。ストックはおよそ60本程度。オープン当初は自分で選んでいましたが、今は日本酒に詳しいスタッフに任せています。

「ぶらんこ」ドリンクメニュー

――お客さんはどんな方が多いですか?年代や利用シーンなどを教えてください。

植竹さん:東急東横線の各駅停車駅ということもあって、近隣にお住まいのお客さまが中心です。年代は20~80代と幅広く、男女比は半々くらいでしょうか。お仕事帰りなどに2~3名で来られる方がメインですが、おひとりさまも多いですよ。

うちのお店ではコロナ禍前から、ご注文のお料理はおひとりさまずつお皿に分けてお出ししているんです。おひとりさまでのご来店の場合は料金半額でのハーフサイズ対応をしているので、気兼ねなく利用していただけるのではと思っています。

――2~3名で来店しても、それぞれ一皿に分けてお出ししているんですね。お客さんの立場としてはとてもうれしい気遣いですが、お店側としてはオペレーションが増えて大変ではないでしょうか?

植竹さん:独立前に勤務していた神泉の創作和食店「ぽつらぽつら」というお店がそのスタイルでしたので、うちのお店でも取り入れました。確かに盛り付けや洗い物などで手間は増えますが、その分お客さまがまた来てくださるといいなと。実際に、初回におひとりさまだった方が友人やご家族を連れて来てくださったり、記念日や接待に使ってくださったりと、同じお客さまが利用シーンを変えて何度も来てくださるんです。

看板料理のひとつ「肉厚椎茸焼売」1,320円(税込)カットして提供する。おひとりさまにはハーフサイズが人気。

看板料理のひとつ「肉厚椎茸焼売」1,320円(税込)カットして提供する。おひとりさまにはハーフサイズが人気

日本酒は徳利1320円、グラス715円(いずれも税込み)で提供。常時15種類程度を揃える。

日本酒は徳利1320円、グラス715円(いずれも税込み)で提供。常時15種類程度を揃える

――一度訪れたお客さんが新しいお客さんを連れて来てくれるのはうれしいですね。ご新規の方と常連さんとで割合はどの程度でしょうか。

植竹さん:ありがたいことに、ご新規の方が2割、常連さんが8割ほどです。予約が取れないというほどではありませんが、1日1~1.5回転くらいで、ほぼ毎日満席で終わる日が続いています。

――常連さんが8割とは多いですね!都立大学エリアは各駅停車駅ながらも、洗練された個人店が多くあります。「ぶらんこ」さんでは、他店との差別化や自店の強みについてはどのように考えていますか?

 植竹さん:他店とどう差をつけるか、ということはあんまり考えていないんですけど、「ほど良い感じ」は常に意識していますね。うちのお店のコンセプトは「日常に彩りを」なんです。日常の延長線上に、大切にしたい特別な日がある。記念日も何でもない日も、気軽に来ていただけるような空間にしたいなとお店づくりをしています。なのでスタッフは白衣ではなくTシャツにエプロン、店名も「ぶらんこ」と名付け、ゆったり優しいイメージにしました。

「ぶらんこ」オーナー・植竹貴俊さん

一方で料理には結構こだわっていて。お米はこまめに買って精米したてのものを使いますし、味噌や醤油は手仕込みです。塩や砂糖も工業製品は使わず、なるべくミネラル分の多いものを選び、化学調味料無添加を心がけています。

特にアピールしているわけではないですし、調味料にこだわると原価がすごく上がってしまうんですけど、お客さまから「食べた翌日、体がすごく楽なんです」「肌ツヤが良くなった」と言っていただくことも多くて。

料理って「おいしい」「楽しい」というような感情を生み出しますよね。いわゆる“脳が喜ぶ感じ”。うちのお店はそれだけでなく、“体が喜ぶ”ことも意識しています。

「ぶらんこ」店主・植竹貴俊さん

――料理に向き合っている姿勢が、お客さんにもしっかり伝わっているんですね。

植竹さん:僕は良いお店のあり方について、丸い円で考えることが多いんです。サービス、料理、雰囲気とか。どれか1個でも0だったらいくら掛けても0になりますが、0.5でもあればプラスになりますから。先ほど言った「ほど良い感じ」は、そうした円のバランスから生まれるのではないでしょうか。お客さまの中には、自由が丘や中目黒から来てくださる方も何組かいらっしゃるんです。「こういうお店、意外とないんだよね」って言ってくださるので、すごくうれしいですね。

土地勘のない都立大学に開業。コロナ禍の試みを機に地元に根付く

――植竹さんはそもそもどうして都立大学駅で開業されたんでしょうか。

植竹さん:先ほども話しましたが、神泉のお店で働いていたので、お付き合いのある業者さんと独立後も取引をしたかったし、これまでのお客さまにも来ていただきたかったんです。なので渋谷から電車1本で来られる距離として、田園都市線や東急東横線沿線で物件を探していました。急行が止まる駅を中心に150軒以上内見しましたが、ピンとくる物件には出合えずで……。都立大学でたまたま見つけたこの物件が僕の理想的な形でした。

――どんなイメージで物件を探していたんですか?

植竹さん:スタッフ2~3人で回せる15坪程度で、カウンターとテーブルが置ける形を希望していました。内装は、2~3名さまでもカウンターで会話ができるようにL字型に配置し、テーブル席は2名掛け5卓直列で配置。レイアウト変更が自由にできるようにして、空き席をつくらないようにしています。

また、お店自体は13坪ほどですが、店裏に3坪程度の敷地があるのも大きなポイントでした。ここに冷蔵庫3台と大きい冷凍ストッカーが1台置けるので、食材もお酒類も多めに管理できています。

――なるほど。初めての土地での開業ですが、不安はなかったですか?

植竹さん:これまで縁がない場所でしたし、両隣の駅に比べて乗降者数も少ないので不安はありました。でも、このあたりは学芸大学駅にある「リカーリカ」さんの姉妹店「カンティーナ カーリカ・リ」さんや、ワインバル「マルカン」さんなど、個人店がすごく元気なんですよね。いつも賑わう様子を見て、励まされるような思いがしました。

僕が修業していた「ぽつらぽつら」がある神泉も、15年程前の開業時はあまり人通りが多くないエリアだったんですよね。都立大学もこれからさらに発展していくような場所です。街づくりといっては大げさですが、そうした場所でお店をやってみたかったという想いもあります。

――開業当時、集客や販促について工夫されたことはありますか?

植竹さん:2018年にオープンしましたが、軌道に乗れたと感じられるまで2年ほどかかりました。当時はひとつひとつ手探りで試していくような感じでしたね。その後すぐにコロナ禍になり、休業や営業時間短縮など国からの要請に従いながら、持ち帰りメニューを用意したり、季節の新茶を楽しむお寿司のランチコースを提案したりと模索していました。中でも反応が良かったのは「おうちぶらんこ」と名付けた、お持ち帰り用のおつまみセットでした。週末の販売ごとに彩りよく10~12品を詰めて電話予約を受け付ける形にしてSNSで発信したら大きな反応があり、クチコミが広まりました。それを機にお店の認知も拡大していったように思います。

www.instagram.com

――お店のInstagramは現在2,000人近くのフォロワーさんがいらっしゃいますね。

植竹さん:おそらく、フォロワーさんはほぼうちのお客さまなんです。毎回の投稿で約半数の方に見ていただけている印象ですね。「あと〇席あります」といった空席情報を投稿すると営業前に埋まることが多いですし、「このお店すごく良かったです」と、近隣にあるおすすめの飲食店について投稿してもすごく反応があります。メンションをつけてお互いのお店を紹介しあうことで、相乗効果が得られていますね。

お客さんとのコミュニケーションの余地を残し会話につなげるメニュー

――先ほど「常連さんは8割」とのお話がありましたが、どのようにしてリピートにつなげられているのでしょうか。接客等で心がけていることはありますか?

 植竹さん:特に決まったマニュアルがあるわけではないんです。来店されたお客さまには基本なエスコートをしているので、その内容はスタッフ間で共有はしています。でもそこから先はその場で考えて行動してもらっていますね。

――エスコートというのは?

 予約されたお客さまの場合はお名前と来店時間がわかっているので、こちらから「○○さんですか」とお声がけしつつ、荷物を置く場所やフックなどを説明します。座っていただいたらメニューの説明を一通りしますね。「シュウマイはちょっとお時間かかります」とか「☆マークが当店の看板メニューですが、お好みを言っていただけたら選びます」とか。

――お客さんが疑問に思うことを先に解決されるんですね。

植竹さん:そうなんです。特に初めてのお客さまはどんなお店だろうと緊張されている方も多いので、説明すると肩の力が抜ける感じがしますね。逆に、メニュー表はあえて料理名だけにして、詳しく書いているわけではないんです。

「ぶらんこ」店主・植竹貴俊さん

――どうしてですか?詳しく書いた方が親切なのでは。

植竹さん:お客さまとのコミュニケーションの余地を残しているんです。例えば「お刺身盛り合わせもできますよ」「2切れずつ分けることもできます」と、口頭であえて説明することで会話のきっかけになりますから。折を見て「お近くにお住まいなんですか」「うちのお店は何を見てお知りになったんですか」というような会話をして、お話し好きな方かどうかを察するようにしています。

 ――確かに、スムーズなコミュニケーションにつながりそうですね。

 植竹さん:他にも、豆皿にのせた「気まぐれおつまみ4種盛り」というメニューがあるのですが、同じ日でもお客さまによって組み合わせを変えることも多いんです。アレルギーやお好みをお聞きしたり、注文されたお酒に合わせたり。もともとはいろいろな料理を知ってほしい、メニューを回したいという想いから始めたものなので、注文時に「迷ったけど今回はやめておこうかな」というような声が聞こえたら、4種のうちのひとつに組み込むこともあります。

「気まぐれおつまみ4種盛り」(税込み990円)。この日は左から、「カツオの行者にんにく醤油和え」「ホタテとフルーツトマトの梅肉和え」「鶏ハムの燻製」「ゆで落花生」が並ぶ

「気まぐれおつまみ4種盛り」(税込み990円)。この日は左から、「カツオの行者にんにく醤油和え」「ホタテとフルーツトマトの梅肉和え」「鶏ハムの燻製」「ゆで落花生」が並ぶ

――料理の出し方にも工夫されているんですね。

植竹さん:一度にご注文いただいた場合でも、冷たい料理からだんだん温かい料理をお出ししています。アラカルトですが、コース料理のような雰囲気で楽しんでいただけるようにしていますね。また、ノンアルコールの方は食べるスピードが早かったり、お子さん連れの方は早めに食べて帰りたいと思う方もいらっしゃったりするので、個々のお客さまにできるだけ合わせられるようにしています。

北海道の雪室熟成じゃがいもとホタテ、青糸海苔を使った人気メニュー「ホタテのコロッケ」(税込み660円)

北海道の雪室熟成じゃがいもとホタテ、青糸海苔を使った人気メニュー「ホタテのコロッケ」(税込み660円)

ホタテのコロッケ断面

――カウンターで作業しながらそこまで把握されているのはすごいことですね。

植竹さん:理想ですけどね。「ぶらんこ」を開いた当初十分な接客はできていなかったし、料理に集中してしまい、気づいたら店内がシーンとしている……というような失敗も多々ありました。計算したら、同じ方は省いても開業から5年で25000人くらいお客さまがいらしてくださっているので、経験から学んだことは大きいです。

今でも、コミュニケーション能力の高いお客さまがいらっしゃるとペースにのまれてしまうこともあります。常連さんが多く来てくださるお店へと成長させていただいていますが、初めての方が居心地の悪い思いをすることがないようにと気をつけています。

「ぶらんこ」店主・植竹貴俊さん

――オープンキッチンでの接客はライブ感があってお客の立場としてはとても楽しいですが、スタッフさんは見られていることもあり、大変だと思います。そうしたやりがいや面白さは、いつごろから感じ始めたんでしょうか?

植竹さん:僕は独立するまで12年ほどですが、その約半分がクローズキッチンだったんです。ある時、料理から気持ちが離れてしまったことがあって、和食とは違った業態でも働いてみようと赤羽のバルに勤めることにしたんです。そこで初めてオープンキッチンを経験しました。最初は全然動けなくて怒られてばかりでしたが、先輩の動作を見ながら覚えて。

すると少しずつ、「植竹さんに会いに来たよ」と来店してくださるお客さまが増えて来て、お客さまとのコミュニケーションを取る面白さが分かってきたんです。赤羽のバルと並行して、アパレルで約1年接客の仕事をつづけたことも新鮮でいい刺激になりました。その後、カウンター越しのコミュニケーションをしっかり学びたくて、「ぽつらぽつら」で3年半独立前提で働かせてもらいました。

――一朝一夕にはできないことですが、植竹さんが普段から実践されていることで、この記事を読んでいる飲食店経営者の方が明日からでもできそうなことってどんなことでしょうか?何かヒントがあれば教えてください。

植竹さん:僕は「このお客さまは今日、どういう理由で来店されたのかな」と考えるようにしています。自然と接客の意識が変わるのではないでしょうか。例えば、「仕事の疲れを癒して、ホッとひと息つきたいのかな」「恋人とこの時間を共有したいのかな」とか。カウンターだと会話もある程度聞こえますし、そこから察知して言葉遣いや接客を変えていきます。先日は年配のご夫婦が来られたんですが、言葉数が少なくて。僕らを挟んでお話しされた方がいいかなと三角形で会話のキャッチボールをしたら、会話が弾んで笑顔が見られました。

毎日実践するのは難しいですし、僕自身もお客さまに喜ばれる接客ができているのか自信がありませんが、できるだけのことをしたいと思っています。

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【取材先】

都立大学「ぶらんこ」

ぶらんこ

住所:東京都目黒区中根1- 1-7 渡辺ビル1F
Web:ぶらんこ 公式サイト
Instagram:ぶらんこ Instagram

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

編集:はてな編集部