飲食店を繁盛へと導く経営者は、何を考え、どのような取り組みをしているのか。そんな経営戦略の裏側を聞くリレーインタビュー企画。今回の経営者は、株式会社カオカオカオの新井勇佑さんからご紹介いただいた、株式会社イタリアンイノベーションクッチーナの青木秀一さんです。
「TOKYOMEAT酒場」「TOSCANA」などのイタリアン業態を展開する同社で、青木さんは2021年5月に創業社長から経営を受け継ぎ、コロナ禍のただ中でリブランディングに取り組みました。そこから生まれた成果、見えてきた展望などを聞きました。
- 青木秀一さん
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小学6年生から料理人を志し、栃木の調理師学校を卒業後、「日本一の飲食店をつくりたい」と上京。イタリアンイノベーションクッチーナ入社後は、料理人としてだけでなく店長としても頭角を現し、各店を繁盛店へと成長させた。コロナ禍の2021年5月に取締役社長に就任後、リブランディングに取り組み、2023年5月に代表取締役社長に就任。
- 株式会社イタリアンイノベーションクッチーナ
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1992年、武蔵小山にスパゲッティ専門店「とすかーな」をオープンし、現在は関東近郊で17店舗を展開。全店舗で無添加・無化調にこだわり、料理人集団として本格派イタリアンを提供している。「料理を通して関わる人を幸せにし未来を創る」が社是。
「料理も接客も1番になる!」と、がむしゃらに奔走した若手時代
——イタリアンイノベーションクッチーナに入社したきっかけを教えてください。
母が給食の調理をしていたことに影響されたのか、幼い頃から料理が好きで、料理人になることを夢見ていました。専門学校を卒業して就職先を探す時も「世界的な大都市であり、日本の中心でもある東京の飲食店でトップを取りたい」と上京しました。あらゆる飲食店を食べ歩く中で、「TOSCANA 代々木店」で食べた料理がとてもおいしくて。創業者である社長と話をするうちに「うちで働かないか」と声を掛けていただいたんです。そのまま社員として入社を決めました。
——入社後、どのようなキャリアを歩んできたのでしょうか?
「TOSCANA 代々木店」で勤務した後は、「とすかーな 武蔵小山店」での勤務を経て、23歳で「TOSCANA 代々木店」の料理責任者になり、26歳で店長に就任しました。もともと28歳で独立したいと考えていたので、どうせなら自分の店を繁盛店にしてから独立しようと、常に満席になる店を目指してさまざまな取り組みを行いました。例えば、駅前でチラシを配って集客したり、近隣の企業に直接営業に出かけたり。また、リピーターを増やすには料理のおいしさが大前提なので、料理をブラッシュアップしたり、スタッフと力を合わせて取り組んだ結果、業績は格段にアップしました。
——業績を上げるために、お客とのコミュニケーション面で工夫したことはありますか?
料理人になったばかりの頃は、料理さえおいしければ気遣いや会話がなくてもファンは付くという甘い考えを持っていました。でも、お客さまに「おいしかった」「ごちそうさま」と声を掛けられるのは、料理人ではなく店長をはじめ接客を担当するスタッフなんですよね。料理をしているのは僕たちなのに、なんでだろうって(笑)。
そこで、当時の店長の動きをよく観察してみると、料理の提供、取り皿やグラスの取り替えのときに、お客さまとちょっとした会話をしているんですよね。一見ささいなコミュニケーションが実は大事だと気づいてからは、「料理も接客も一番になってやる!」と決意しました。独立する目標があったので、そこからは接客やマネジメントの勉強にも力を入れました。
——具体的にどのようなことをされたのでしょうか。
自己紹介をすることでお客さまに名前を覚えてもらったり、お客さまがお帰りになるまでに3回はお名前を呼ぼうと決めたり……本当に小さなことです。どんな料理なら食べたいと思うかをお聞きして、「来週仕入れておきますよ!また来てくださいね」とコミュニケーションを取れば、次の予約もその場で取れる確率が上がります。お客さまにリピートしてもらうにはどうしたらいいかをスタッフみんなで徹底的に考えて、実践を繰り返すことで、次第に「TOSCANA 代々木店」は予約が取りにくい店と認知されるようになりました。
——ずっと独立を目指していましたが、結局は独立することなく社長の座に就かれたのですね。
そうなんですよ(笑)。業績が改善されたという噂を聞きつけた方々から引き抜きや独立への投資の話などをいただき、27歳の頃にあと1年で辞めて独立したいと社長に申し出たんです。すると、「独立であれば多店舗展開にも相応の時間と労力が必要だが、すでにノウハウのあるこの会社でもっと大きなステージを目指さないか」と言われました。それなら……と会社に残ることを決めて、28歳で取締役に就任しました。その後、33歳で営業部長、35歳で営業本部長兼人事部長という実質的な飲食事業のトップを任されるようになりましたが、その直後にコロナ禍となったのです。
コロナ禍のリブランディングで、人と店と会社の価値を向上
——コロナ禍で社長に就任される葛藤はありませんでしたか?
まったくありませんでしたね。コロナ禍に入る少し前に社長就任の話はありましたが、先代から「コロナ禍が落ち着いて状態のいい時に引き渡したい」と言われて……。でも、業績が落ちはじめた今だからこそ思い切って何かを変えない限り、会社は存続できなくなるのではないかいう不安がありました。そこで、今後の計画を先代にプレゼンし、そこまで考えているならと2021年の5月に取締役社長に就任しました。
——就任後にまず取り組んだことは何ですか?
リブランディングです。外食を控えざるを得ない状況下でも、安定的に売り上げと利益を確保できる状態にする必要がありました。ただでさえ、材料の高騰や人材不足などの課題が山積みの中で、今後ますます経営が難しくなると予測されます。そのため、お客さまに応援してもらえるよう、会社全体で個人の価値、店の価値、会社の価値を高めていく必要があると思ったのです。僕一人で考えるのではなく、社員みんなで意見を出し合いながら真剣に考えました。
——価値を高めるために、どのような施策を行ったのでしょうか?
内外装、メニュー、ユニフォーム、食器など、全店舗ですべてリニューアルしました。メニューについては各店舗の名物料理を生み出そうと、各店の店長とブレストしながらアイデアを出し合いました。我々が提供する料理にはコンセプトがあります。イタリアには20の州がありますが、「もし21番目の州があったとして、そこに日本の食文化を組み合わせたらどんな郷土料理がありそうか」という発想です。加えて、他店で楽しめるものではなく、かつお客さまの印象に残るものという条件を設定し、苦労しながらも店舗ごとの名物料理を生み出すことができました。結果、技術や知識を磨くことができ、料理のおいしさだけでなく個々のスキルもアップしたと思います。
——コロナ禍で集客が見込めない中でも、リニューアルだけで満足いく結果が出るものでしょうか?
売り上げを増加させるため、客単価を上げるにはどうすれば良いかも検討しました。ただ値上げするだけでは意味がなく、例えば1,000円で提供していたものを1,300円にするならば、300円の価値をどのように付加するかが重要です。考えた結果、社会的な意義や価値が提案できれば、値上げに対する抵抗感も払拭できると仮説を立てました。
例えば、リブランディングに取りかかったタイミングはコロナ禍の真っただ中で、私たちだけでなく、生産者の方々も大打撃を受けていることに目を向けました。そこで、取引のあるリンゴ農家さんからふぞろいで売れないリンゴを仕入れ、ソースやドレッシング、スイーツなどに活用しました。しかし、それだけでは全く消費が追いつきません。どうにかしなければならないと考え、シードル醸造所の協力のもとでリンゴのお酒「シードル」を自分たちの手で醸造し、全店舗で提供できるようにしました。
生産者と協力して一緒に醸造したというストーリーを提供時にお伝えすることで、お客さまは応援したくなり、お金を出すことに価値を感じてもらうことができたと思います。
お客さまから良い反応をもらえるようになると、スタッフのモチベーションが上がり、結果として会社としての価値を高めることにもつながります。私たちのリブランディングの成功要因は、スタッフみんなで考えて行動したことが重要なポイントだったと感じます。実際に、客単価が1,000円ほどアップした店舗もありました。
チェーン店でありながらも街に愛される地域密着の店へ
——各店舗で名物料理を生み出したとのことですが、全店でメニューが異なるのでしょうか?
そうですね。全店東京にあるとはいえ、立地によって特性もお客さまの好みも異なります。お客さまに応援してもらえるようになるには、地域に根付き、地元の方が訪れたくなる店にしなければならないと考えています。そのため、メニューの半分程度は全店共通ですが、それ以外は各店舗でまったく異なります。“型のないチェーン店”のようなイメージで、ある意味では個店化を目指しているので、各店舗のスタッフの知恵や技術がより重要となります。
原点回帰の視点で業態を拡大しながら、誰もが働きたくなる会社に育てたい
——今後取り組みたいことを教えてください。
創業店のようなランチを中心とした昼の業態を、時勢に合わせながら確立していきたいですね。また、夜の営業が中心の店では、いくら飲食店で働くことが好きでも結婚や出産などさまざまな理由で働けなくなることもあります。そういった方々が活躍できる受け皿になる仕組みを構築することで、人材不足の解決にもつなげていきたいです。
また、僕が一人で務めている社長業を若い世代に渡していきたいです。店舗が増えて、それこそ50店舗になったとき、僕だけで情熱を持って全店舗を見ていくのは難しいと思いますし、「TOSCANA」というブランドに愛を捧げられる人がいいと思います。トレンドを敏感にキャッチすることができ、センスのある若い社長でいるほうが、会社は永続的に続いていくと思いますから。
一人ひとりの個性を大事にしながらも、その時々に合わせて柔軟に形態を変えられる、いわば名作絵本『スイミー』のような組織をつくり上げていきたいですね。
取材先紹介
- 株式会社イタリアンイノベーションクッチーナ
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HP
- 取材・文山口美智子
- 写真野口岳彦
- 企画編集株式会社 都恋堂