飲食店を繁盛へと導く経営者は、何を考え、どんな取り組みをしているのか。そんな経営戦略の裏側を聞くリレーインタビュー企画。第1回目は「タイ屋台999(カオカオカオ)」を経営する、株式会社カオカオカオの新井勇佑さんです。
新井さんはこれまで、さまざまなパートナー企業と協業するオープンイノベーション経営や、データ分析に基づくさまざまな独自の理論を加えた経営方針を採用することで注目を集めてきました。新井さんの挑戦やお客とのコミュニケーションに対する考え方をひもときます。
- 新井勇佑さん
-
株式会社カオカオカオの代表取締役。最近では本業を通して社会の課題に取り組み、かつ経済利益も獲得するという新しい手法「CSV経営(Creative Shared Value)」という社会的な課題を事業機会として捉えるための戦略的プロセスの発想から、デジタルの仕組みを活用したスマートサプライチェーンの構築を実現。
- タイ屋台999(カオカオカオ)
-
「パスポートなしのタイ旅行」をコンセプトに、まるでタイへ旅行に行ったかのような内装とBGM、タイ語が飛び交う空間の中で本場の味を忠実に再現。2014年、東京・中野に1号店をオープンし、現在は6店舗に拡大している。
自分が「あるがまま」に存在意義を示すことができるのが飲食業界だと感じた
——まず、飲食業界に足を踏み入れたきっかけをお聞かせください。
飲食業界に入る前は大学に勤務し、臨床心理学の分野でいじめに関する研究に携わっていました。研究や分析に没頭する日々でしたが、業界の中で自分の存在意義を示すことができるかを考える中で、「僕の居場所はここではない」と感じるようになりました。全く畑の違う飲食業界へ転身したのは、持ち前の分析力を店舗経営に発揮できるのではないかと考えたからです。
初めて働いた店はかつて町田にあった飲食店で、そこで初めて本格的なタイ料理の修行を始めました。1年ほどたったある日、「本場で現地のリアルな食を経験してみたら?」と店長から助言をいただき、初めてタイに渡りました。その時の経験が僕の飲食店に対する価値観を変えたのです。
——どんな経験をされたのでしょうか?
現地の屋台では、働く人とお客さんに上下関係がなく、個々人が「あるがまま」に振る舞う姿に触れました。店とお客さんがフラットな関係であることに驚いたのと同時に、僕自身もあるがままでいることを幼少の頃から大切にしていたので、日本の飲食店では感じたことのない温かな気持ちになったんです。そんな経験から、僕やお客さんがあるがままでいられて、あるがままのタイを感じられる店を作ってみたいと思い、これを体現したのが「タイ屋台999」です。
タイ料理といっても、いわゆる観光客が好むような味にアレンジした料理ではなく、現地の人が食べる屋台料理というマーケットに成長性を感じました。
成長の過程で、数多くの課題を乗り越えてきた
——「パスポートなしのタイ旅行」というコンセプトは、どのように生まれたのでしょうか?
実は、修業していた店の店長がPOPに使っていた言葉を、当時の店長に許可を得て、そのまま使わせてもらっています。その店は閉店しましたが、「パスポートなしのタイ旅行」という言葉は、師匠からもらった大切な僕の財産です。
——独立後は順調に業績を伸ばしたのでしょうか?
1号店である中野店(現在は閉店)をオープンしたのは2015年9月で、読みの甘さから最初の数カ月は苦戦しましたが、いつしか2号店の出店を見込める収益を得られるようになりました。次の店舗は東京中から集客できる店にしたい、そのために何をすればいいかを日々考え続けました。
——結果、どのようなアクションを取られたのでしょうか?
「タイ屋台999」というブランドを有名にすることが重要だと考え、バラエティー番組や情報番組などに積極的に出演しました。さらに2016年頃の話ですが、当時の飲食店としてはめずらしく、お店での新しい取り組みや新メニューについてのプレスリリースを配信したりもしていました。どういった打ち出しがマスメディアにウケるのか、自分が得意な分析力が役に立ちましたね。ただ、一時期は年間に100本もの番組に出演したものの、そのうち僕が本当に打ち出したいタイ屋台料理の店というよりは、パクチーの店、激辛の店という、よりテレビウケするイメージにすり替えられてしまったのは誤算でした。店がもとのコンセプトを取り戻すために2年ほどかかってしまいました。
——そのイメージからどのように軌道修正されたのでしょうか?
日本で好まれるタイ料理の味わいやイメージをすべて排除し、もともと目指していた、現地の人が屋台で日常的に食べている料理を提供することに振り切りました。具体例を挙げると、米は常温で提供し、唐揚げはしっかりと水分を飛ばして、カラカラに揚げています。現地では、電源が限られる屋台で米の保温器を用いることはまれだからです。また、外気温が35℃をゆうに越える屋台で陳列される唐揚げは、腐敗を防ぐためにできるだけ水分を飛ばしているのです。
メニュー開発の際に、スタッフから「漬け込みのソースに唐辛子を入れてしまったら、辛いものが苦手な人に食べてもらえないのではないか……」という意見も出ましたが、現地の人が食べているものが辛いのなら、たとえ多くの日本人が食べられなかったとしても、辛くていい。そんな風に判断しています。
Well-being×CSV経営の発想で、社会と会社と人をより良くする
——コロナ禍を経て、新井さん自身や店に何か変化はありましたか?
創業後から数年間は、収益を上げることにフォーカスした施策立案をしていました。研究者であった経験を生かして戦略を立てることが得意でしたし、その時々の時勢を読み取りながら目標を設定し、着実に実行へと移してきました。実際にコロナ禍前の収益は常に右肩上がりでしたし、コロナ禍でも経営に打撃を与えるほど業績を落とすことはありませんでした。
しかし、コロナ禍を経てその後の世の中を予測する中で、僕たちが社会に快く受け入れてもらうために、どういう姿でありたいかを考えるようになりました。そして、これからの時代は、実行することに価値を見出す「Well-doing」ではなく、自らが良い状態であることを目指す「Well-being」の考えにかじを切る必要があると感じたのです。
そのタイミングで、企業デザインを得意とする株式会社M Sproutの三浦大貴さんに出会いました。僕の頭の中にある考えや思いを言語化していただき、ミッション、ビジョン、また戦略や施策の再構築を行いました。そうしてスタッフに、自分自身の考え方や店のあり方を自分の言葉でストレートに伝えられるようになったことで、スタッフの行動が変わり、お客さんへの対応も変わっていきました。結果、お客さんや店、そして経営にも良い影響が生まれ始めました。
——CSV経営にも取り組んでいらっしゃいますね。重点的に取り組んでいることを教えてください。
「Farm to Tableプロジェクト」という、生産から流通、販売まで一気通貫したスマートサプライチェーンを構築し、2021年11月より順次取り組みを進めてきました。このプロジェクトは、日本におけるタイ料理業界の課題や社会的課題を解決し、タイ料理カルチャーを広めながら、関わるすべての人が成長していくためのモデルです。
最初に取り組んだのは「生産」です。株式会社千葉農産と協業して「999農園」をスタートし、生産いただいたタイ料理食材を収穫量に関係なく毎月定額で購入するサブスクリプションモデルを導入しました。僕たちとしては、育ててくれた野菜を安価で仕入れることができるのがメリットです。農家としては安定的な収益が得られることで、新しいチャレンジや計画ができるようになります。
次に「流通」のプロセスでは、「999農園」で生産したタイ料理食材を、株式会社IZUMIYA西東京が「999デリー」として、店舗やセントラルキッチンへ配送する取り組みを開始しました。
「製造」では、株式会社スマイルリンクルが運営するセントラルキッチンを活用し、「タイ屋台999」商品を製造委託する委託型セントラルキッチン「999ファクトリー」を設立しました。FC店を中心に、店舗での調理オペレーションの簡略化と、タイ料理レストランでの調理経験がなくても対応できる店舗運営を実現できるようになります。
そして、「999ファクトリー」で調理された食品も「999デリー」として店舗へ流通し、「販売」しています。
——サプライチェーンの構築は中小企業でも可能なのですね。
可能です。サプライチェーンの構築というと大がかりな印象を持たれますが、「垂直・水平型」のスマートサプライチェーンモデル(※下図参照)なら、生産農家・製造工場・外食企業、各社の強みを生かすことで、小資本でスピーディーに展開できます。
また、スマートサプライチェーンを自社だけのものにするのではなく、生産から販売までの事業をそれぞれ仕組み化し、事業に参入したい飲食店や小売店、ホテルなどを運営する企業が利用できるプラットフォームとして解放する予定です。今後はそれらを国外にも展開できるよう検討しています。
計画は順調に進みましたが、いずれにしても従来のビジネス構造を大きく変える必要があったため、実現するのに3年ほどかかりました。
店で会える時間はもちろん、会えない時間もコミュニケーションを取り続けたい
——お客とのコミュニケーションで重視している点を教えてください。
柄にもなく照れくさいことを言うと、“会えない時間が愛を育てる”と思っています。それは人と人の関係だけでなく、店とお客さんの関係にも同じことがいえます。店での体験は、体験しているその時よりも、実は店を出た後に「おいしかったな」「楽しかったな」「また行きたいな」と感情が高まるものだと思うのです。その考えから、来店していない時間のコミュニケーションを強化するために、SNSやWebサイトなどを活用した施策を行っています。
もちろん、会えない時間に感情を高めてもらうためには、お店でのコミュニケーションを研ぎ澄ましていくことも同じくらい大切です。接客においてもタイにいるような気分を味わっていただきたいとの考えから、元気ではつらつとした接客ではなく、その空間の雰囲気を壊さない程度の“補う接客”を軸としています。
——今後の課題や挑戦したいことをお聞かせください。
僕は以前より、外食企業としての持続可能な経営方法を模索してきました。今後は「タイ屋台999」のリアル店舗の展開だけでなく、中食・内食市場へも積極的に参入していきます。
企業として目指すのは、僕が旅行中に何よりも楽しい経験をもたらしてくれたタイ屋台料理を通じて、すべての人にわくわくを共有することです。
現場のスタッフがそれぞれにあるがままでいながら、僕がお客さんに体験してもらいたいと思っていることをストレートにお客さんに届けられるよう、スタッフの教育にも力を入れたいです。僕もスタッフも、常に等身大の「タイ屋台999」に立ち戻る視点を忘れないことが大事ですね。
――
リレーインタビューの2回目は、新井さんご紹介の株式会社イタリアンイノベーションクッチーナの青木秀一さんです。詳しくはこちら▼
- 取材福地 敦
- 文山口美智子
- 写真西川節子
- 企画編集株式会社 都恋堂