バーでの1人飲みデビューは「数寄屋橋サンボア」で――カクテルとほどよい緊張を堪能

はなから突き放すようでご容赦いただきたい。1人飲みは強要されてするものじゃないし、したくなければしなくていい。けれど、1人飲みだから味わえる空気感、味、コミュニケーションがやっぱりある。バーや酒場での“飲み力”というものは、むしろ1人飲みで鍛えられる気がする。
もし、あなたがバーで1人飲みをしてみたい――と思ったら、銀座「数寄屋橋サンボア」は絶好のバーである。その理由を、バー好きの案内人がここに語らせていただきます。

今回の案内人を紹介

沼 由美子さん

ライター、編集者。醸造酒、蒸留酒を共に愛しており、バー巡りがライフワーク。著書に『オンナひとり、ときどきふたり飲み』(交通新聞社)。執筆に『EST! カクテルブック』、編集・執筆に『読本 本格焼酎。』、編集に『神林先生の浅草案内(未完)』(ともにプレジデント社)などがある。

創業105年の歴史を語る氷なしハイボール

路面に突き出た白いファサードを目印に、「数寄屋橋サンボア」の扉を開ける。1杯目は何にするか?ここでは、迷うことなくハイボールを所望したい。なぜなら、「サンボアといえばハイボール」だからだ。

オーナーバーテンダーの津田敦史さんは、ハイボールの注文が入るとグラスをサッと取り出し、ウイスキーをドドッと入れ、ウィルキンソンの炭酸水の栓を抜いて垂直に一気にグラスに注ぐ。仕上げにレモンピールで魔法をかけるように香気をまとわせたら完成だ。瞬く間に黄金色のハイボールが登場する。

オーナーバーテンダーの津田敦史さん。氷なしのハイボール(1,320円~)は、「サンボア」の歴史を語る看板カクテル。無駄のない動きでスピーディーに供される。ハイボールに氷はなし。このスタイルに「サンボア」の歴史が表れる

「サンボア」は1918年に神戸で創業し、2023年で105年を迎えた。現代のように簡単に氷がつくれなかった時代、「サンボア」では貴重な氷を個々のグラスに入れず、酒瓶や炭酸水を瓶ごと冷やしてハイボールを提供していた。その当時のつくり方を今も踏襲している。

「サンボア」は1店だけで続いてきたわけでなく、京都、大阪、神戸、東京にのれん分けしてその看板を守っている。10年以上修業したバーテンダーのみがその看板を掲げることができる、という独特の独立制度がある。

ここ、「数寄屋橋サンボア」の津田さんも、大阪で修業をしたのちに自身の店を構えた。営業前に、毎日1時間以上、夏なら2時間かけて、手すりや看板の真鍮を磨き上げるのは修業時代からのルーティンだ。

開店は、日の明るい15時から。自然光を受けてキラキラと黄金色に光るハイボールを片手に、津田さんに話を聞いた。

銀座7丁目、大通りから1本入った小路に突き出た白いファサードが「数寄屋橋サンボア」の目印

1人飲みポイント①
路面店、15時からの営業、スタンディングという「入りやすさ」と「帰りやすさ」

数ある「サンボア」の中でも、「数寄屋橋サンボア」は路面に大きな窓をしつらえているから店内が明るく、とくに女性1人でも入りやすい雰囲気ですね。実際に1人客の方は多いですか?

津田さん

お客さまのうち約7割がお1人でいらっしゃいますね。早い時間なら、食事に行く前に寄られたり、遅い時間ならお仕事終わりや会食後に自分の時間を過ごして1日をリセットするために寄られたり。大きな窓は、そこに動く絵があるようなもので、バーでは珍しく抜け感が生まれます。中の様子がうかがえることも入りやすさにつながって、初めて来店されるお客さまも多いですね。

スタンディング中心のスタイルも、入りやすい理由の一つかもしれません。高いスツールに腰をかけてしまうと、仮に「このバーの雰囲気は合わないかな」と思っても、すぐに席を立つのは気が引けます。でもスタンディングは、1杯をさくっと飲むだけでも許される感じ。30分だけ寄りたいと思ったときでも、2杯目を頼まなくてはいけないというプレッシャーがありません。って、結局2杯目も頼んじゃうのですが(笑)。

津田さん

それはあるかもしれませんね。さくっと飲んでもいいですし、もちろんじっくり飲んでいただいても。「さくっとのつもりが、結局いっぱい飲んじゃった」なんてうれしい声もお聞きします。私たちバーテンダーは、お客さまが何を目的にいらしているのかを見極めるのに気を配ります。じっくり過ごす方なら、バーテンダーとのコミュニケーションを楽しみたいのか、あるいは純粋に1人でリラックスしたいのか。それによって、接客の心配りも変わってきます。

 

スタンディングカウンタ―を中心に、上質なしつらえの落ち着いた店内。お客の約7割が1人客だという。スタンディングカウンターでさくっと1杯。隙間時間にふらりと立ち寄る1人客も多い

バーテンダーの物腰のやわらかさも「数寄屋橋サンボア」の魅力の一つ

1人飲みポイント②
カクテルがおいしい。氷なしハイボールにペアリングしたチョコレートも!

2杯目はどうしようかな。このお店にはメニューがありませんね。みなさん、どんな風にカクテルを注文されますか?カクテル名を指定して注文するのでしょうか。

津田さん

そうですね。お好みをひと言、ふた言お聞きしておつくりすることも多いです。フルーツ系のカクテルが飲みたいとか、アルコールは弱めがいいとか。あとはその方が持つ雰囲気を見てご提供することもあります。バーに慣れているお客さまばかりではありませんし、カクテル名をよくご存じの方でも、当店オリジナルのカクテルを楽しまれたり、その時の気分に合ったものを召し上がられたり。評判をいただいているのは、ロングカクテルならカモミールを漬け込んだ紅茶のジントニック、ショートカクテルならグラスホッパーやエスプレッソマティーニでしょうか。

 

カクテルはどれも目の前で丁寧につくられる。左・紅茶のジントニック、右・グラスポッパー(ともに税込1,760円)。ノンアルコールカクテルも約20種を提供している。できあがるまでの過程も余すことなく楽しみたい

紅茶のジントニック!めちゃくちゃ爽やかですね。香りも穏やかでリフレッシングカクテルに最高です。明るい時間でも罪悪感がない味わいだし、食事をした後でも爽やかにいただけます。いろいろなものを浄化してくれそう(笑)。グラスホッパーは、まさにミントチョコレートのよう。

津田さん

ミントとカカオのリキュール、生クリームが入るデザートカクテルです。トップにはカカオニブを添えています。バーの本質は、純粋にカクテルの味がどれだけお客さまに響くか、です。ハイボールにしてもカクテルの王様といわれるマティーニにしても、もう一杯飲みたくなるようなものを目指してつくっています。また当店のハイボールにペアリングした特注のチョコレートも2種類ご用意しています。

いただきます!どんな違いがあるのですか?

津田さん

一つはシナモンとピンクペッパーの風味が立つもの。もう一つは、クミンとスターアニスが入ったものでスパイスとハーブの味わいが広がります。バーだけにしか卸さないチョコレート職人が、当店のハイボールを味わってつくってくれました。ここでしか楽しめないペアリングです。

 

「数寄屋橋サンボア」でしか味わえない特注のチョコレート(各税込330円/1粒)は、ハイボールとセットでぜひとも味わってほしい

1人飲みポイント③
バーはバーテンダーが交通整理する空間。節度を知って、ほどよい緊張感を楽しむ

「数寄屋橋サンボア」は、大騒ぎする人や、周囲のお客に絡む酔客などいない印象です。安全で守られているような感じもバーが好きな理由です。その分、自分も少し背を正して入らなければと思います。

津田さん

バーはどうしても限られた空間ですから、声のボリュームに気を付けたり、愚痴や批判など心地よくない会話は控えたりするといったある程度のモラルが必要です。むやみに隣のお客さまに話しかけないとか、ビーチサンダルに短パンにTシャツといったラフすぎる服装は避けるとか。銀座のバーで飲むという時間と空間を楽しんでいただきたいですからね。バーテンダーには節度を守るための交通整理の役目もあります。

だから心地よく、安心して飲めるのですね。毎回少しの緊張感があるけれど。

津田さん

もし初めてバーで飲む方でしたら、なおのこと緊張して当然です。バーでの1人飲みというのは、ほどよい緊張感を楽しむものだと思います。それが楽しめるようになるには“慣れ”が必要かもしれませんが、バーテンダーはいつもお客さまが心地良い時間を過ごせるように、様子を見て声掛けを意識しています。

 

ノンアルコールカクテル(税込1,320円~)は20種ほど準備

あのバーテンダーがいて、あの空間があるという安心感

動作は素早く、多分に語ることもなく、話しかければ真摯(しんし)に答えてくれる。混雑時の店内は賑やかだけれど、騒々しくはない。そして、差し出されたカクテルのおいしさに目をみはる。バーは極めて安全に1人飲みができる場所なのではないか。

ちなみに「数寄屋橋サンボア」のハイボールは1杯に約50mlのウイスキーがしっかり入る。かなり濃厚である。なにより注意すべきは、口当たりがよさすぎて飲みすぎること、である。

取材先紹介

数寄屋橋サンボア

 

取材・文沼 由美子
写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂