老若男女問わずフラットにつながり、楽しめる。街中スナックが実践する新しい場づくりとは

スナックのママに、常連の心をつかむ接客の極意を学ぶ連載第5弾。今回は、下町情緒が残る、都電荒川線小台駅近くの「街中スナックARAKAWA LABO本店」を訪れました。明るく元気な笑顔で迎えてくれたのは、「街中スナック」を店舗運営する株式会社イナック代表の田中類さんとママの田中希帆さん。

今回も、スナックの魅力を広く啓蒙している「スナ女」こと五十嵐真由子さんのナビゲートで、「街中スナック」ならではのこだわりや工夫をリサーチ。そこには、薄れつつあるともいわれる人とのつながりを大事にする精神が息づいていました。

若い世代もシニアも観光客も集まる理由は「フラット」な場づくりにある

五十嵐さん:「街中スナック」は通常のスナックと一線を画す場づくりを実践されているとのことで、前々から行きたいと思っていました。イメージしていた通り、店内の雰囲気は明るいですし、スナック初心者の方でも入りやすそうですね。

街中スナックの外観。店内を見通せるガラス張りの入り口とカラフルで親しみのあるテイストののれんで、 初心者でも足を踏み入れやすい

類さん:そうかもしれませんね。「街中スナック」は、「街の中に世代を超えた仲良しをつくる」をテーマにしたスナックです。深夜営業なし、あえてカラオケを設置しないなど、スナックにしては珍しいルールのもと、お客さま同士、お客さまとスタッフ間のコミュニケーションを活性化させるような店づくりをしています。街づくりとスナックの相性の良さに気づいてから、構想にかれこれ2年ほどかけて、2022年3月に1店舗目をオープンしました。

五十嵐さん:コロナ以前は、昼はカフェ、夜はスナックとして営業されていたんですよね?

類さん:はい。昼は近所の子どもやシニアが集まって、みんなでワイワイしている感じの店で、僕はその雰囲気がすごく好きだったんです。そこで、「街中スナック」という店名やロゴも含めて、年齢や性別に関係なく楽しく交流できる世界感が少しでも伝わるように、いろいろな人に協力してもらいながらつくっていきました。

五十嵐さん(左)と田中希帆さん(中央)、そして田中類さん(右)。背後の黒板には、店のモットー「The connected the happierつながりをよろこびあえる場を創ります」の文字

五十嵐さん:確かにこのお店なら、年齢や性別などを問わず、新しい出会いやコミュニケーションが楽しめそう。スナックの中では珍しいコンセプトですよね?

類さん:そうだと思います。スナックって、常連客が集まるコミュニティーか、女性的な魅力を打ち出すかの2パターンになりがちなのですが、うちはどちらの方向にも寄らず、ど真ん中を突き進んでいるので。

五十嵐さん:そうしたフラットな状態を守り続ける秘訣って何でしょうか?

類さん:先に世界観を固めて、店の秩序を浸透させることでしょうか。例えば、スターバックスコーヒーや東京ディズニーリゾートには、それぞれ独自の世界感がありますよね。その中でお客さまは、店舗や会社がつくった秩序を守りながら思い思いに過ごしています。それにならって、うちもうちなりの世界観をつくり、誰もが節度を持って心地よく過ごせる空間を守っていこうと考えました。

希帆ママ:ちなみに、入口横の壁にも書いていますが、うちは「つながりをよろこびあえる場を創ります」というのをモットーにしています。ここがブレなければ基本的にはウェルカムなので、自由度は高いと思います。まぁ、自由すぎてたまに寝ているおじいちゃんもいるんですけどね(笑)。

五十嵐さん:それだけ安心できる場所なんでしょうね!

「街中スナック」ならではの世界感をつくる独自のルール

五十嵐さん:店の世界感を守るには、それに合わせたルールづくりも必要だと思います。「街中スナック」にも、独自のルールがあるのでしょうか?

希帆ママ:やはり他店との違いが際立つのは、「22時閉店」「カラオケなし」「色を売らない」というルールですね。

類さん:以前は深夜0時まで営業していましたが、夜が深くなればなるほど、飲酒によるトラブルも起こりやすくなります。そうすると、楽しく交流できるという世界観から脱線してしまうときもあります。当時は僕が店にいて、お客さまの対応もしていましたが、別のスタッフにそれをお願いするのは無理があるなと思って。

五十嵐さん:確かに、不安要素は少ない方がいいですよね。最近、カラオケがないスナックは少しずつ増えてきていますが、「色を売らない」は「街中スナック」ならではですね。

類さん:「色を売らない」というのは、もちろんお客同士でカップルになってはいけないということではなく、あくまでも「性的な要素を商売の道具として使わない」という意味です。あと、飲んでいる最中は、自分がどれだけの量を飲んでいるのか分からなくなりがちですよね。お酒の失敗は決していい思い出ではないですし、次からそのお店に行きにくくもなります。だから、店側もお客さまに「飲ませすぎない」ことも大事だと思っています。

「お客さまは、懐事情もお酒の強さもさまざま。皆さんに気持ちよく楽しんでもらいたいんです」と類さん

五十嵐さん:「街中スナック」では、イベントもたくさんやられていますね。

類さん:はい、年間100本程度は開催しています。ミュージシャンを招いて店内で演奏会を行うこともあれば、屋外で散歩や遠足のイベントを行うことも。多くの人が興味を持ちやすいイベントを行うことで、スナックになじみのない人たちも店に来やすくなりますし、新しい出会いやコミュニケーションも生まれます。ただ、イベントは、店に来ていただいて、お客さま同士で交流してもらうきっかけにすぎないので、奥のスペースではイベントをやっていて、手前のソファー席ではイベントに参加せずにまったり飲んでいることも、けっこうありますよ。

月に1回ほどお店の外を出て街と繋がるイベントも開催。画像は、今年5月に開催した第2弾「街中さんぽ」(提供:街中スナックARAKAWA LABO本店)

五十嵐さん:店内でも、いろいろな楽しみ方ができそうですね。客層としてはどのような方が多いのでしょうか。

類さん:やはり、地元の方ですね。年齢や性別は本当にバラバラです。観光客やスナック初心者の方もよくいらっしゃいますよ。

希帆ママ:うちは地域の特色を出すために、その土地で造られているクラフトビールなどのほか、幅広い顧客層を考えてノンアルコール類も置いています。

類さん:常連さんの中にも、ソフトドリンクを注文される方は多いですね。お酒が飲める、飲めないに関係なく、来店いただいている印象です。

新しいつながりを生み出す「仲良くなっちゃうメニュー」

五十嵐さん:「街中スナック」といえば、お客さま同士のコミュニケーションを生み出すシステムも独特ですよね。

「街中スナック」独自の「仲良くなっちゃうメニュー」

希帆ママ:はい、当店では「仲良くなっちゃうメニュー」というものを用意していて、その中に「乾杯メニュー」と「シェアメニュー」の2つを設けています。「乾杯メニュー」は自分と隣のお客さまと2人分のドリンクがセットのメニューで、相手が初対面の人でも、気軽にごちそうできます。

五十嵐さん:普通のバーやスナックでは、急に知らない人からごちそうされると身構えてしまいますが、はじめからこういうメニューがあると分かっていれば、お言葉に甘えやすいわけですね。

希帆ママ:まさにその通りで、メニューにすることでお客さま同士が安心してコミュニケーションできるのではないか、と考えました。結果は大当たり。「乾杯メニュー」を断られた方は今のところゼロです。この前も、仲良くなったお客さま同士がおごり合いをはじめて、見ているこっちまで嬉しくなりました。

五十嵐さん:すごい!「おごり合い」ってステキな言葉ですね~!

同じ趣味を持つ者同士でつながれるシェアボトルシステム

希帆ママ:もう一つの「シェアメニュー」は、いわゆるボトルキープで、半年間こちらで保管します。ほかの店と違うのは、ボトルを購入したお客さまに何か一つテーマを決めていただき、後日、テーマにマッチするお客さまがいれば一杯シェアできることです。

カウンターに並ぶシェアボトル。「ロックが好きな人」「今月誕生日の人」など趣味や属性にまつわるテーマのほか、「オヤジと話そう」などスナックでやりたいことまで、さまざまなテーマがある

五十嵐さん:このルールなら気兼ねなく一杯いただけますね。自分に合ったテーマを探すのも楽しそう!

希帆ママ:ごちそうしてもらったお客さまには、お礼のメッセージカードを書いてもらいます。このメッセージカードはアルバムにしているので店内でも見られますし、ボトルの主(あるじ)には「今日、こんな方がシェアボトルを飲まれて行きましたよ」とLINEやFacebookのメッセンジャーで報告しています。

店に来ていないお客とのコミュニケーションも欠かさない

五十嵐さん:同じテーマのボトルを選んだ人同士なら、初対面でも乾杯しやすいですし、後日、ボトルの主(あるじ)と会うのも楽しみですよね。お店で顔を合わせてはいなくても、シェアボトルを介してコミュニケーションが生まれるのがすてき。他に、LINE公式アカウントも使っているとか……。

希帆ママ:そうなんです。店のポイントカードを作りたくてLINE公式アカウントをはじめました。幅広い年齢層の人が使っているツールは、やはりLINEだと思って。LINEからの予約やメッセージ配信など機能は広く使っていますが、お客さまとの1対1のやりとりで使うことも多いです。チャットでメッセージカードの画像を送ると、皆さん喜んでくださいますし、「次、お店に行った時にチェックします!」といった反応が返ってくることもあります。営業ツールとして、本当に優秀だと思います。

LINE公式アカウントのプロフィール画面には「よくある質問」を掲載し、初めての人でも来やすいような工夫をしている

いいアイデアは月1の勉強会でシェア&すぐ実行

五十嵐さん:独自の世界観をしっかりつくられていて、お客さま同士をつなぐ工夫もユニークだし、本当にすごいなと感動しているんですけど、全店で同じクオリティーのサービスを提供するのは大変ではないでしょうか?

希帆ママ:はい、だからこそ情報のシェアと教育には力を入れています。当社では働く前に受ける研修のほかに、毎週、全店舗のママとオンラインミーティングを行い、月に一度は勉強会も開いています。

「正直に言うと、私は別にスナックに勤めたかったわけではなく、街づくりに興味があったわけでもないんです(苦笑)」と朗らかに告白する希帆ママ

類さん:もちろん、基礎となる全店舗共通のルールはありますが、各店舗で日々新しい発見があるんですよね。営業する中で生じた疑問や失敗はもちろん、アイデアもどんどんシェアします。得た情報やアイデアは各店舗のママが判断して、いいものはどんどん取り入れていますね。

五十嵐さん:月に一度の勉強会では、どんなことをされているんですか?

類さん:毎回、違うテーマを設けています。過去には接客やお酒についての理解を深める回で、ゲストスピーカーを呼んで学んだこともありました。

希帆ママ:接客の勉強会は、スタッフのみんなにとても好評でしたよね。代表が今までの個人の経験を資料にまとめたものを、実際に現場(街中スナック)で起こりうるシチュエーションに当てはめて、みんなでディスカッションしたんです。

類さん:うちのママもアルバイトも、みんな「街中スナック」で自分を成長させたり、叶えたい夢や目標があったりする子たちばかりなので、その基礎となる接客には、ものすごく興味があったようです。

やりたいことや夢に燃える「街中スナック」のスタッフたち

五十嵐さん:皆さん、どんな夢や目的を持って「街中スナック」で働いているのでしょうか?

希帆ママ:多いのは、街づくりに興味を持っているタイプと、人の笑顔を見るのが好きで、みんなで楽しい時間を過ごしたいタイプです。前者は、店内でお客さまとコミュニケーションをとるだけでなく、お客さまと一緒に街歩きなどのイベントを開催したりしています。少し前も、街を盛り上げるためには、まずは街のことをよく知ろうということで、社会科見学ツアーと題して、お客さまと一緒に「荒川ふるさと文化館」へ行きました。

荒川区に住んでいても意外な発見がたくさんあったとのことで、参加者からは好評だったそう

五十嵐さん:いいですね~!遠足気分を味わえそう!

希帆ママ:後者は、率先してお客さまに声をかけたり、乾杯の音頭をとってくれたりしています。それぞれタイプは異なりますが、何かしらの目的を持って街中スナックで働いているという共通する部分はちゃんとあるので相乗効果が生まれているのではないでしょうか。

五十嵐さん:ちなみに、希帆ママはどうして「街中スナック」で働こうと思ったんですか?

希帆ママ:私は、かつて大手通信会社に新卒入社し、5年ほど法人営業を経験してから独立して、営業代行を行っていました。どちらも最初の頃は苦労しましたが、早めのタイミングである程度自分なりに達成感を得てしまったので、簡単にいえば飽きちゃったんですよね(苦笑)。

五十嵐さん:では、どのタイミングでこちらに?

希帆ママ:2023年の3月に入社しました。その少し前に、「30歳以降をどう生きるのか真剣に考えなきゃ」って思ったタイミングがあったんです。学生時代にずっと競泳をしていたので、スポーツ根性が根っこにあるのですが、何か一つのことを極めるような職人タイプではなく、誰かの背中を見て成長していく方が自分には合っているんだろうなと考えていたんです。そんな時に類さんと再会して、こちらで働くことに決めました。

五十嵐さん:では、おふたりは元々知り合いだったんですね。

類さん:はい。以前、僕の元同僚が同じ大手通信会社に転勤になり、そのつながりで彼女と知り合ったんです。

希帆ママ:その頃から、類さんがスナックを経営していることは知っていたのですが、実情はよく分かっていませんでした。私の知識が不足していて、街づくりって誰かのボランティア精神で成り立っているものだと思っていましたし……。

類さん:確かに、ビジネスと街づくりはなかなか直結しづらいイメージですよね(苦笑)。

希帆ママ:でも「街中スナック」では、ビジネスが土台にあり、その上で「人をつなぐ、街を明るくする」というビジョンがありました。そのシステムや見据えている未来に共感したと同時に、私自身も成長できそうな場所だなと思ったんです。まだ明確な指標はないのですが、私はここで胸を張って「これを成し遂げた!」と言える結果をつくるのが目標です。

夢は大きく全国展開に世界進出!

五十嵐さん:今後、「街中スナック」としてはどのように成長の道筋を描いているのでしょうか?

類さん:いろいろあるのですが……、前々から言っているのは、日本全国に「815店舗」を展開することですね。これは、東京23区と全国792の市を足した数字です。でも、いきなり手広くチェーン展開するのではなく、「街中スナック」独特の世界観を持つ店を少しずつ増やしていく予定です。直近では、姫路店がオープンする予定で動いていますし、そのほか、海外進出も視野に入れています。

五十嵐さん:いいですね!海外進出はどの辺りをお考えですか?

類さん:目標はおよそ5年後と少し先ですが、タイやベトナムなどのアジア圏から広げていきたいと考えています。その後は、酒造を買収して日本酒を世界に広める構想も温めています。

五十嵐さん:すると、数年後には日本中に「街中スナック」があって、その風景が当たり前になっているかもしれませんね。

類さん:正直なところ、いちスナックとは思えないくらい壮大な夢かもしれません。夢で終わらせないように、一歩ずつ前進していきたいですね。

田中希帆さん
新卒で大手通信会社に入社し、5年後に独立。元々知り合いだった類さんのお店を訪れたことで、社会貢献と自己成長が叶えられる場所だと確信して、2023年3月より「街中スナックARAKAWA LABO本店」のママに。学生時代は競泳に人生を捧げていたスポ根少女だったため、活発で行動力はバツグン。自身の成長だけでなく、全スタッフの成長も見守る街中スナックの支柱。

田中類さん
アパレル、印刷、不動産などのさまざまな業界を経験した後に起業。現在は、荒川区の地域活性化を図る事業を幅広く行っている。元々はお酒が苦手だったが、「街中スナック」を運営するにあたり、利き酒師の資格を取得したり、全国の酒造を訪ねたりして、お酒を勉強している。将来的には、「街中スナック」を全国展開して、人と人、人と街をつなぐハブにするのが夢。

街中スナック
東京都荒川区西尾久2丁目37-6
電話:03-6882-1936
HP:https://inac.co.jp/>

五十嵐真由子さん
全国600以上のスナックを訪れるなど女性スナック愛好家「スナ女」としても活動。「スナック入門講座」「スナック女子向けツアー」スナックママのコミュ力でオフィスコミュニケーションを支援する「オフィススナック」などスナックの可能性を追求した新たなイベントを手掛ける。2020年5月14日、新型コロナウイルス感染拡大によって営業が困難なスナックママを支援する「オンラインスナック横丁」を立ち上げ、国内最大級のオンラインスナックサービスとして4年目に突入する。PRコンサルティング、ストーリーメイキング Make.LLC 代表。

取材・文/安倍川モチ子
鳥取県出身で東京在住のフリーライター。2011年よりライター(たまに編集者)として活動しはじめ、現在はWebメディアを中心に、 グルメ、 エンタメ、 歴史、 ライフスタイルなどの幅広い分野で執筆している。

撮影/田淵日香里