鮮魚や珍味を独り占め。1人飲みが楽しい「季節料理 小伝馬」で味わうぜいたく

江戸時代から続く問屋街、東京都中央区日本橋横山町。オフィスビルが立ち並ぶ路地に、一軒の老舗大衆酒場があります。店名は「季節料理 小伝馬」(以下、小伝馬)。もとは隣町の小伝馬町で半世紀近く商売を続けてきましたが、2016年に現在の場所へ移転。店舗は新しくなったものの、小伝馬町時代からの常連客が多く、老舗特有の落ち着いたムードは変わりません。それでも最近では、若い世代の1人客が増加しているといいます。その理由を案内人と探ります。

今回の案内人を紹介

塩見なゆさん

酒場案内人:酒場や酒類を専門に扱うライター。全国1万軒以上の居酒屋を巡り、その魅力をテレビ・雑誌・Webマガジンなどで発信している。生まれは東京都杉並区。

小伝馬の強みは、長年の信頼関係で築いてきた魚の仕入れにあり

小伝馬では店主自ら豊洲市場の水産仲卸を訪ね、自分の目で魚を確認して仕入れるという初代の頃からのこだわりを貫いています。この値段でこれだけのものが食べられる!と驚く人も多く、まるで漁港のそばにある種類豊富な漁師料理店のようです。

また、親子2世代で営む家庭的な雰囲気も小伝馬の魅力の一つ。職人気質な2代目大将の福間義行さん、何気ない会話でお客を和ませながら店を仕切る2代目女将(おかみ)の典子さん、そして気さくな3代目・大地さんが適度な距離感でもてなしてくれます。

店の温かい雰囲気のためか、若い世代の1人客も増えているようです。新しいお客も1人飲みのお客も大歓迎という若き3代目である大地さんに話を伺い、1人客に支持される理由について話を聞きます。

小伝馬の3代目を務める福間大地さん。カウンター席とテーブル席で構成された店内はオープン直後からにぎわう

1人飲みポイント①
その日のおすすめ料理をSNSで発信することで、1人客の来店を後押し

塩見

お店公式のSNSで毎日更新される旬の魚介類、いつも気になっています。家族経営の老舗店ではSNSの運用にまで手が回らないことが多く、積極的に活用されていないように感じますが、今の時代だからこそ情報発信は大事ですね。特に、小伝馬のように仕入れなどにこだわりがある店は、食材そのものが来店の動機にもなると思います。SNSの更新は大地さんが担当されているのでしょうか?

大地さん

そうですね。ランチタイムや仕込みの間に撮影したものを載せるようにしています。投稿を見て来てくれるお客さんもいるので励みになりますし、おひとりで来店される方も多いですよ。

塩見

どんな料理やお酒を楽しめるかが事前に分かっていると1人客としても安心ですよね。1人飲みに慣れていない方でも、これだけおいしそうなものが食べられるなら……と、足を運ぶきっかけになると思います。

 

毎日来られる居酒屋を目指しているという大地さん。何度通っても毎回楽しめる豊富なメニューをSNSで積極的に発信

1人飲みポイント②
希少部位、手間をかけた料理。家ではなかなか味わえない逸品を低価格で堪能できる

塩見

小伝馬では市場に足を運び、水産仲卸の方々と顔を合わせて魚を選んでいますよね。それが、少量で希少食材を仕入れ、低価格で提供できる理由でしょうか?

大地さん

そうですね。魚は1ケースに何匹か入って市場に入荷されますが、例えば料亭や寿司屋が1本だけ仕入れると、残りは余ってしまいます。水産仲卸の方々はその残り数本をちゃんと扱ってくれる人に売りたいんですよ。宴会で利用するような席数の多いお店だと、同じ食材を大量に仕入れる必要がありますが、うちはそうではないので少量から仕入れられます。

塩見

水産仲卸さんとの関係性を築いていらっしゃるのですね。お客さんとしても、珍しい部位をお手頃に楽しめるのはうれしいです。そもそも大衆酒場といえば1人客が多い業態だと思います。ある意味、“元祖1人客向けの店”だと思いますが、小伝馬ではどんな料理が人気ですか?

大地さん

人気料理は本マグロの赤身とトロ、珍味の脳天を加えたマグロ3種盛りです。マグロの部位の違いをぜひ食べ比べてみてください。

塩見

本マグロの脳天は一般的に手に入りにくい食材ですし、そもそも単品で1,000円以下という破格の値付けは、他店はもちろん築地や豊洲の海鮮食堂でも見かけたことがありません。

大地さん

本マグロの脳天やトロは他店ではなかなか考えられない価格だと思います。料理の多くは僕も作らせてもらうようになりましたが、刺身を扱わせてもらうようになったのは最近ですし、ポテトサラダの作り方も教えてもらっておらず、2代目からすべてを受け継がせてもらっていません。3代目とはいえ、まだまだ見習いなんですよ(笑)。

塩見

刺身を扱う花板が大地さんに変わられたのですね。昆布締めをはじめ手間暇をかけた料理ばかりで、あれもこれも食べたくなります。お手頃なのに手間のかかった料理を一品ずつ、量は控えめで、その分いろいろ注文してあれもこれも食べるという楽しみがあります。

大地さん

昆布締めも締め具合の管理が大変で仕込みも手間がかかるため、大箱の居酒屋ではなかなか提供できない料理ですね。うちでは料理のほとんどを1人分の量で提供していますが、その分価格も抑えられるので、1人で来ていただいても手頃な価格でいろいろな料理を楽しんでいただけると思います。魚が中心ですが、中華店を営む友人から仕入れている焼き餃子も人気ですよ。

 

2代目大将の福間義行さん(左手前)。穏やかな表情でありながら「中身は江戸っ子気質で頑固」と大地さん
人気の「まぐろ3種盛り(税込800円)」。うま味が凝縮した「焼ぎょうざ(税込680円/6個)」にハマる人も多数

1人飲みポイント③
気さくに話しかけてくれる酒場でありながら、静かに飲ませてもくれる

塩見

女将さんをはじめ、大将や大地さんも積極的にお客さんとコミュニケーションを取られていますが、1人で飲みに来たお客さんに対して気を配っている点はありますか?

大地さん

1人で静かに飲みたいのか、それとも店でのコミュニケーションも楽しみたいのか、お客さんが醸し出す雰囲気によって対応を変えています。話をしたいお客さんは、料理やドリンクを提供するときなどのちょっとした表情や反応で大体わかりますね。

塩見

おいしい料理、おいしいお酒だけでなく、生活圏とは違う酒場の皆さんとの会話も、1人飲みの醍醐味なのだとつくづく感じますね。それと、親しみやすく、それでいて適度な距離感を保つ女将さんの絶妙な接客は、はじめての人もきっとファンになると思います。1人で酒場に来ると料理やドリンクをオーダーするタイミングに迷ったり、お店の方に自分から声を掛けにくかったりすることもあると思いますが、ほどよいタイミングで声を掛けてくださるので安心できます。

大地さん

どのお客さんにも楽しんでもらえるように、家族みんなで意見を出し合っています。江戸っ子一家ですから、ときにけんかになることもありますが(笑)。

塩見

お店は大将と女将で2代目、3代目の大地さんにもお子さんがいらっしゃるので、これからも末永く続きそうですが、お店に長く通ってもらうために大切にされていることはありますか?

大地さん

気を抜くことなく、やれることをしっかりやる。そして、お客さんには気分良く過ごしてもらい、日々のストレスを酒場に置いて、気持ちよく帰ってもらう。それが両親からの教えです。

 

頃合いを見計らいながらお客に声をかける女将さんを「接客の天才」と呼ぶ大地さん。家族団らんの風景にもほっこり

老舗だからこそ店もお客も上手に世代交代をしていくことが大切

どんな老舗店でも、店とお客の双方が世代交代をしながら、その上で新たなお客を常に獲得できなければ長続きしません。SNSなどの昔にはなかった集客手法を取り入れながらも、大事なのはやっぱりまじめな仕事と、お客への気遣いだということが分かります。2世代家族で切り盛りする人情たっぷりの小伝馬は、1人飲みにオススメです。

取材先紹介

季節料理 小伝馬


 

取材・文塩見なゆ
写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂