下北沢「BAR くらげ」にて、泡盛・焼酎・テキーラの海でただ酔う

2021年、小田急小田原線の地下化で世田谷代田駅~東北沢駅を結ぶ約1.7kmの線路跡地が再開発された。飲食店や物販店が集う商業施設「reload」内の宿泊施設「MUSTARD™ HOTEL 下北沢」。その一角に誕生したのが「BAR くらげ」である。看板メニューはレモンサワー。バックバーには、多種類の泡盛に焼酎、テキーラやラム、クラフトジンがみっちりと並ぶ。さて、何をどう飲むべきか。1人飲みをテーマに、茫洋(ぼうよう)たる蒸留酒の海をガイド役が漂う。

▼お店の特徴

今回の案内人を紹介

沼 由美子さん

ライター、編集者。醸造酒、蒸留酒を共に愛しており、バー巡りがライフワーク。著書に『オンナひとり、ときどきふたり飲み』(交通新聞社)。執筆に『EST! カクテルブック』、編集・執筆に『読本 本格焼酎。』、編集に『神林先生の浅草案内(未完)』(ともにプレジデント社)などがある。

「ただ酔う(漂う)」バーだから「くらげ」。でもその品揃えに一家言あり

個性的な飲食店や雑貨店が並ぶ商業施設「reload」。線路跡を生かした遊歩道は、ゆったり歩くのにうってつけの散歩道だ。東北沢駅に近づく頃、目に入ってくるのは”飲み欲”をそそる「レモンサワー」の看板。吸い込まれるように店内へふらふら。

東北沢駅にもっとも近い位置にある宿泊施設「MUSTARD™ HOTEL 下北沢」に併設された「BAR くらげ」。「レモンサワー」の看板が手招きする

週末は明るいうちから営業する店内は、外光が差し込み明るく軽やかな雰囲気。そして、音楽と音響。それだけで、ワクワク感が高まってくる。カウンターには、先客が1人。休日の昼下がり、ワイン1杯を味わい、さくっと店を出て行った。ラフに1人飲みできる店なのだ。

黒糖・芋・麦・米といった本格焼酎に泡盛、プレミアムテキーラやメスカル、希少な国産ウイスキー、ラムにクラフトジン……と多彩な蒸留酒がバックバーに並ぶ

目線を上げてバックバーを眺めると、希少な国産ウイスキーに、クラフトジンにラムといったボトルがずらずら。あの見たことのないボトルたちは……?カウンターに立つ、マスターの飯塚航(わたる)さんと杉浦悠加(はるか)さんに尋ねると、テキーラとメスカルだという。しかも、このバーを経営するオーナーがほれ込んだ銘柄をメキシコからじかに仕入れているものだ。

中でも、最も広いスペースを占めているのは焼酎と泡盛。知っている銘柄もあれば、目にしたことのないボトルもある。

「焼酎は日本各地の特色を代弁してくれるお酒です。海外のお客さんに、日本の奥深い文化を知ってもらいたいという思いから『BAR くらげ』は生まれました。選ぶ基準は、完全に自分たちが好きなもの。……あれ?全然お客に寄り添ってはいないなぁ(笑)。奄美黒糖焼酎と琉球泡盛のおいしいと思う銘柄が中心ですが、ほかに、芋、麦、米といった各地の“Japanese Craft SYOCHU”もそろえています」(飯塚さん)

一見クール?その実、お茶目なマスターの飯塚航さん(左)。焼酎ソムリエの資格を持つバーテンダーの杉浦悠加さん(右)。現在は、管理栄養士の資格取得の勉強もしている

多種類の蒸留酒に何を飲もうか舞い上がってしまうも、まずは看板メニューのレモンサワーをお願いしよう。

1人飲みポイント①
1人飲みでもさくっとたのしめる自慢のレモンサワー

すごくフレッシュなレモンサワーですね!搾りたてのレモン果汁の爽やかさがほとばしっています!考えてみればレモンサワーは立派なカクテルですが、あまりにも見知った飲み物なので一人でもラフな気分で店に入れます。

杉浦さん

広島県の瀬戸内海に浮かぶ島で作られる瀬戸田レモンの皮を黒糖焼酎“高倉”に漬け込んでいます。そこに、レモンの果肉ときび砂糖を合わせた自家製シロップを加え、注文が入るたびにレモンを搾ってフレッシュな果汁を注ぎます。炭酸で割った後、仕上げにもほんの少し黒糖焼酎を垂らしてフロートさせています。

 

黒糖焼酎をベースにしたレモンサワー(税込700円)。搾りたてレモン果汁の爽やかさが炸裂!黒糖焼酎の風味もさえる

どうりで!レモンサワーは癖のない甲類焼酎でつくられることが多いですが、本格焼酎を使うことで味に深みが出ますね。焼酎の旨味を感じます。深い味わいのレモンサワーは「くらげ」ならではですね。

杉浦さん

これから暑くなってきますし、熱中症対策としてもクエン酸は体に必要ですからね。涼しい店内で水分を取りつつ「くらげ」のレモンサワーも取ってほしいです(笑)

暑い時期に涼しい場所でレモンサワーを飲むなんて最高ですよね。目の前の遊歩道を散歩している方が、気軽にふらっと入って来られることもあるようですね。ある意味”給水所”ですね。

 

草木が植わり、ゆったり歩ける遊歩道。小さな子ども連れやベビーカーを押しながら歩く人、犬の散歩をする人など、さまざま人が行きかう

1人飲みポイント②
海外のゲストも注目する本格焼酎・泡盛と多彩な蒸留酒をマンツーマンで深堀りできる

バーというと洋酒のイメージが先行しがちですが、和酒——それも本格焼酎と泡盛といった蒸留酒が充実していますね。

飯塚さん

ホテル併設のバーなので、海外のお客さまも多いんです。全員外国人、なんて日もあります。彼らにとって、焼酎や泡盛は未知の蒸留酒。でも大半の方が「おいしい」と言ってくれますね。焼酎と泡盛、それにテキーラとメスカルを基本としてスタートしたのですが、種類はあっという間に多岐にわたっていきました。僕自身、もともとテキーラやメスカルが好きで、そこからどんどん泡盛や本格焼酎にハマっていき、この茫洋(ぼうよう)とした蒸留酒の海を漂っています。

杉浦さん

海外の方にも通じやすい「蒸留酒」という共通項で幅広くそろえることで、飲んでいただいた方の反応や提案の仕方で新しい発見や再認識ができます。ここでは、どんなシーンにも活用してもらえるよう、飲み手の心地よさを忘れない精神で常に新しいものを手厚くそろえています。そのために、常日頃からトレンドや今熱い銘柄の動きに目を光らせています。

 

泡盛”やまかわ”に漬け込んだ自家製梅酒(税込1,000円~)や、黒糖焼酎”長雲”にコーヒー豆をつけたコーヒー焼酎(税込700円~)も用意

気になる銘柄があれこれ。自社輸入のテキーラはなかなかよそで出合えませんね。一度にたくさんは飲み切れないから、今度はあれを飲もうと通われて常連になる方が多いのでは?

杉浦さん

そうですね。グランドメニュー以上に商品が多いので、お客さまの嗜好(しこう)を聞いて、その都度提案しています。造りのことなど興味を持っていただいた方には、できる範囲で細やかに説明するようにしています。ご近所の仕事帰りで立ち寄ってくださるお客さまや蒸留酒好きの方がここを目掛けて来てくださいます。ラストオーダー手前で「寝酒に一杯だけ飲ませて」という方もいますね。あと、私がカウンターに立っているので、「男性バーテンダーが立っているから入りづらそう」といった不安も払拭できて、女性お一人の常連さまもいらっしゃいます。

 

自社輸入のテキーラ” 123 ORGANIC TEQUILA”のソーダ割り(税込1,200円)。認定オーガニック栽培のブルーアガベから造られる。ハーバルな香りにうっとり。環境に配慮した製法にこだわっている

1人飲みポイント③
よい音響とよい音楽。そしてマニュアルのない接客でもてなしてくれる

音楽も素敵ですね。

飯塚さん

曲選びは、固定観念を持たずに選んでいます。帰り際、酒はともかく「音楽がよかったよ!」というお客さんが多いんだよな(笑)。

杉浦さん

多いですね(笑)。自慢の音響も含めて、「また来たい」と思ってもらえるような空間づくりも私たちが心を砕いているところです。時々、店長セレクトの音楽が激しくて、店の雰囲気を変えてしまうときもありますが(笑)。音楽の話題や蒸留酒の豆知識やら、近隣のお店の情報交換など、お客さまとは近い距離で接しています。

 

なじんでくるほどに、リラックスした雰囲気でたのしませてくれるのもこのバーの魅力

心地いい接客とはどういうものだと思いますか?

杉浦さん

接客のモットーといえば「安心・安全に」ですね。お客さまがお酒にのまれないよう、こちら側から配慮することを心掛けています。お酒を飲むといつも以上に高揚感が高まりますよね。ご自宅に帰るまでにケガや落とし物をしないよう、翌日に後悔して「もう二度とあのバーには行かない」なんて思いにならないよう、こまめにチェイサーをお出ししたり。「くらげ」で飲んだ翌日には「東北沢にいいバーがあるんだよね。良かったから今度一緒に行こう」なんて話題の一つになったらいいなと思っています。

飯塚さん

接客のマニュアルほど意味のないものはないんだよな。ここが、お客さんのオアシスでありたいと思っているだけです。

 

「BAR くらげ」は海に浮かぶ「浮(ブイ)」でもあった

「接客にマニュアルなし」という飯塚さんの言葉。「自宅への帰り道や散歩中に一息つきに気軽に立ち寄れるバーにしたいと常々思っています」と語る杉浦さんの思いが伝わるグッドバー。

いいお酒といい音楽に身をゆだねてふわふわ。心地よい酔いにすっかり骨抜きにさせられた気分。それに、多彩な蒸留酒の世界を漂うための指標を見つけた気分にもなる。

さ、今日も安全に帰宅しよう。

取材先紹介

BAR くらげ

 

取材・文沼 由美子
写真吉本悠哉
企画編集株式会社 都恋堂