「1万円のコーヒー」が全国から人を呼ぶ。福岡にある老舗喫茶「リオ」のファンづくり

JR博多駅から電車でおよそ40分、車窓越しに田園風景を眺めながらたどり着いた福岡県嘉穂郡桂川町にあるのが、喫茶店「リオ」。人口1万3,000人(※)に届かないのどかな街にありながら、これまでに多くのメディアに紹介され、全国はもとより海外から訪れるお客もいる人気店です。その目当ては、なんと「1万円のコーヒー」。コーヒーとしては破格の値段ですが、20年以上も続く「リオ」の看板商品です。商品誕生のきっかけや40年以上愛される店づくりについて、マスターの益川輝己さんに聞きました。

※2024年1月末時点。出典:桂川町役場

創業46年の老舗喫茶「リオ」。アンティークカップで提供するコーヒーが名物

――「リオ」は1978年創業と聞いています。当時から業態は変わらず「喫茶店」で営業されているのでしょうか。

そうですね。1978年に喫茶店として開業しました。数年後には隣にうどん店もオープンして、両店とも想像以上に繁盛しまして。うどん店は18年ほど営業しましたが、私も妻もお互いに歳を取って、ずっと働き続けることが難しくなったため、今は喫茶店だけを営んでいます。

JR桂川駅から徒歩20分ほど、県道沿いにある「リオ」。創業当時そのままのレトロな雰囲気で、近隣住民の憩いの場となっている

――お店に入った瞬間、ずらりと並んだ1,400ものコーヒーカップのコレクションに圧倒されました。お店に訪れたお客さまの楽しみになっているとも感じますが、コレクションを始めたきっかけは何だったのですか。

「リオ」が創業した70年代は、喫茶店がブームを迎えた時代。当時、コーヒーは喫茶店で飲むものでした。でも、いつしかコーヒーはコンビニでも買える時代になったため、特徴ある店づくりが必要になると感じたんです。

そこで店に置くようになったのが、コーヒーカップのコレクションです。私は子どもの頃からアンティークが好きでした。家の近くにアンティークショップがあって、いつものぞきに行っていて、自分が買える範囲で購入していました。そうしているうちに、自然と何が良い品か分かってくるようになるし、作者が有名なものはどんどん欲しくなってくる。中でも西洋の焼き物に引かれることが多く、自然とアンティークカップを集めるようになったんです。

今年80歳を迎えたマスターの益川輝己さん。1978年の創業以来、夫婦でカウンターに立ち続けている

――貴重なアンティークカップで実際にコーヒーが飲めるのは珍しいので、アンティークや器が好きな方にはとてもうれしい体験ですね。

ただのコレクションなら家に飾っておけばいい。でも、ここは喫茶店。カップは飾りで置いているわけではなくて、お客さまが飲むためにあるんです。お客さまが「このカップで飲みたい」と言われたら、コーヒーの内容も一緒に提案してアンティークカップで提供します。

例えば、ブレンドコーヒーは600円ですが、マイセンのアンティークカップで飲みたいなら、「1,000円でいかがですか」といった具合です。その際は、コーヒー豆もブレンドではなくブルーマウンテンにする。良いカップで飲むなら、豆も良いもので。よそにはない特別なカップで、いつもよりリッチなコーヒーを味わうことで、「リオ」ならではのひと時を楽しんでほしいと考えています。

壁面にずらりと並ぶコーヒーカップに圧倒される店内。器好き、アンティーク好きにはたまらない空間で、席に着くとメニューを開く前から、そわそわと棚に視線を移してしまう

――ライバル店ではできない、アンティークカップによるコーヒータイムで付加価値を付けているのですね。メニュー表には1,000円のコーヒーは見当たらないのですが、お客さまとはその都度、交渉されているのですか?

お店に入ってこられたら、カップにこだわりがある方は分かるんです。棚のあっちを見たり、こっちを見たりしてね。「あ、これで飲みたいんだな」「こういうカップが好きな方なんだな」っていうのが分かるから、声を掛けてコミュニケーションを取りながらカップを選んでもらって、価格を提案しています。

一方で、仕事の打ち合わせで利用されるお客さまは、シンプルな白のカップで提供するんです。お客さまの様子に合わせてカップを選ぶようにしていますね。

全国から人を呼ぶ、500万円のカップで飲む「1万円のコーヒー」とは?

――貴重なコーヒーカップがそろう中でも、最も高価で希少なカップでいただけるのがメニュー名「壱万壱千円」と伺っています。「1万円のコーヒー」として知られていますが、具体的にどのようなメニューなのでしょうか。

「1万円のコーヒー」は2001年から提供しています。ヴィクトリア女王が「世界で最も美しいボーンチャイナ」と称したイギリス・ミントン社のカップ&ソーサーでお出しするものです。22金を使った華やかなカップ&ソーサーは1840年製。福岡の輸入業社から、500万円で購入しました。購入した当初から、ほかのカップと同様に、喫茶店で飾るからにはカップはお客さまに使っていただくものという思いがありました。そこで、特別なカップに見合った特別な味と空間、時間が提供できる「1万円のコーヒー」を提供することにしたのです。

添えられたスプーンは純金製の特注で購入当時は24万円でしたが、今は金の価値が上がっているからもっと高くなっているでしょう。そこに100グラム2,000円のジャマイカ産「ブルーマウンテン ナンバーワン」を入れて、VIPルームで提供しています。最後は、お土産としてティーカップもお渡ししているんです。あ、これは現行品でアンティークのティーカップではありませんけれどね。

「1万円のコーヒー」を提供する際に使うカップ&ソーサーは購入時の価格で500万円。扱いは慎重に行うものの「カップは使うためにあるべき。割れるリスクがあることも覚悟している」とも

「1万円のコーヒー」はアンティークの時計に、マホガニー製のテーブル、螺鈿(らでん)が施されたチェアと非日常感のあるリッチなVIPルームで提供する

――これまでに2,000人以上の方が「1万円のコーヒー」を楽しまれたと聞いています。どんな方が注文されるのでしょう。

最初は常連さんが多かったのですが、近年はメディアの影響もあって東京や北海道など全国からお客さまがいらっしゃいます。海外からのお客さまもいて、ロシアやアメリカ、中国などから来られた方もいました。

多いのは、記念日の利用ですね。誕生日や結婚記念日などの特別な日に、「1万円のコーヒー」を選んでいただいています。また、退職記念のギフトとして利用される方も。ギフトとしてお渡しできる「1万円のコーヒー券」を用意しているので、同じ課の部下たちから花束と一緒にプレゼントしてもらって、後日、ご夫婦で来店されるケースもありますね。

最近では、お医者さまの利用も増えています。神経を尖らせていることも多く、ストレスがたまりやすいお仕事です。だからこそ、休日にコーヒーを飲む時間くらいはちょっと特別に、ゆっくりした時間を過ごしたいと思うのでしょう。記念日だけじゃなく、日常に少し疲れた人が癒やしを求めて利用しているのでは、と感じることも増えてきました。

提供当初から、「1万円のコーヒー」を注文したお客には記帳を依頼。全国のみならず、アメリカやロシアなど海外から訪れた人の名前もある

――最も印象に残っているお客さまはどんな方ですか?

「最高のコーヒーを飲んでもらいたい」という息子さんが、母の日に100歳になったお母さんとご来店されたときですね。カップを持つ手が震えていて、怖かったけれど割れてしまったらその時は仕方ない(笑)。無事に飲み終わったあとに「最高のカップで飲ませていただいてありがとうございました」っておっしゃっていただいて。こちらこそ、1万円という高額なお金だけじゃなく、さらにこんなに幸せな気持ちをいただいてありがとうございますって思ったんです。その方は、翌年、その翌年と102歳までご来店いただきました。

喫茶店には一人でいらっしゃる方が多いけれど、「1万円のコーヒー」は親子や夫婦、恋人など誰かと一緒に飲みに来られる方が多いんです。500万円のカップは一つしかないけれど、ほかにも100万円のカップがあるので、お二人でいらっしゃったお客さまには1万円の価格内で2人分のコーヒーを入れて提供しています。「1万円のコーヒー」で、コーヒーを飲む以上の価値を感じていただきたいためです。

500万円のカップの左隣にあるのは、購入時100万円。2人で来店し、「1万円のコーヒー」を注文したお客に使われている

利益は出ずとも、ファンを生み出す。メディアの取材続出で宣伝塔の役割を担う

――1万円という価格設定は、どのような意図があったのでしょうか。

メニューを考えた当時、1万円といえば握り寿司やステーキでも、おいしいものが食べられた時代。区切りが良く、インパクトがある数字が1万円でした。以前は、全国紙の「1万円グルメ特集」に、東京で提供されている1万円のケーキやカレーライスとともに、「1万円コーヒー」が並んで紹介されたこともありましたね。

「どこから来たの?」「元気にしとる?」。常連客にも、はじめてのお客にもカウンター越しに気軽に声を掛け、いつのまにかお客同士で会話がはじまる。そんな温かい空気に包まれている

――とはいえ、やはりコーヒー1杯に1万円は尻込みする価格です。そんな中、これだけ多くの方から注文をいただいたきっかけは何だと思いますか?

1万円コーヒーを最初に注文してくれたのは、常連さんでした。ジワジワと口コミで知られるようになったころに、全国放送のテレビ番組で「あそこに面白い店があるよ」と地元の方が紹介してくれたのがきっかけです。「1万円のコーヒー」が生まれて20年以上経った今でもメディアで紹介される機会を頻繁にいただくので、遠方から「体験してみたい」という方が多く訪れてくれます。

他にはないキャッチーなメニューは、多くのメディアに紹介される機会を作り、見た人を1度目の来店へとつなげてくれる

――お土産にティーカップまで付くとなると、提供価格が1万円とはいえ、利益は多くないのではないですか。

そうですね。確かに、もうけが出るような価格ではありません。でも、「1万円のコーヒー」はインパクトがある価格です。おかげで全国誌やテレビ番組などに多く紹介していただき、多くの人が「リオ」を知る機会をつくってくれました。1万円のコーヒーをきっかけに来店されたお客さまが、次に来た時はコレクションのカップから選んで楽しんでもらう。そして「このカップはポーランドから来たんだよ」と伝えたら、「次はそれで飲んでみよう」って言ってくれる。「1万円のコーヒー」を2,000杯提供したら、2,000人のファンが全国にできた。そう考えると、利益が出なくても安いものです。今では、ファンの方が20人ほど集まってできた「リオを守る会」もあり、お店を応援してくれています。

――最後に、これからお店でチャレンジしてみたいことを教えてください。

目指すのは50周年です。あと4年頑張ったら、創業50年を迎えられます。お客さまに、コーヒーを飲む以上の価値や時間を過ごしてもらうためにも、自分の生涯をかけて頑張りたいですね。

取材先紹介

リオ

取材・文戸田千文

紙とWebの編集ライター。ローカルの魅力あるモノ・コト・ヒトを発掘するのが好き。旅先や出張先で出会った郷土料理や調味料にハマりがち。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂