
漫画家とバー店主という「二足のわらじ」をはくミートスパ土本さんに、「飲食兼業」のリアルを伺いました。
働き方の多様化が進み、「副業」や「間借り」で飲食に関わる人も増えています。一方で、飲食業はハードで兼業は難しいという印象を持つ人も多いはず。実際に飲食業と他の仕事を両立させている人は、どのように感じているのでしょうか。
「barGENESIS」を経営しながら、マンガ誌アプリ『少年ジャンプ+』で『限界OL霧切ギリ子』を連載する漫画家・ミートスパ土本さんに、兼業の裏側にあるリアルな現実や、そこから得た学びを伺いました。

- ミートスパ土本さん
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漫画家・バー店主。愛知県一宮市で「barGENESIS」を経営しながら、「少年ジャンプ+」にグルメギャグ漫画『限界OL霧切ギリ子』を連載中。ブラックな環境で働くOLが、毎日を生きるために作って食べる「限界飯」の描写や、クセのある人間模様が話題を呼び、2025年5月にはショートアニメ化。さらに同年10月にはコミックスを発売予定。
ミートスパ土本さん公式X:@mouosaegakikan
「barGENESIS」公式X:@barGENESIS_
『限界OL霧切ギリ子』コミックス情報
「会社員に向いていない」と自営業の道へ。ほぼ独学でバーを開業
――土本さんは、漫画家としての活動とバーの経営、どちらを先に始めることになったのでしょうか。
土本さん:バーの開業が2011年で、漫画の連載を獲得したのが2024年なので、バーが先ですね。
もともとゲームとバー通いが好きで、給料の半分をそれぞれに注ぎ込む生活を送っていました。当時、中部圏にはまだレトロゲームバーという業態が少なかったこともあり、それなら、その両方を満たすバーをつくろうと。よく通っていたバー店主の方々への憧れもありました。自由に生きていて格好いいなと感じていたんですよね。実際にはもっとずっと泥臭い仕事でしたが。
体調不良で2年ほど店を閉めていた時期もありますが、トータルで14年経営を続けています。ちなみに、ゲームを遊べる環境は7~8年ほど前に終了し、現在はレトロゲームの世界観や話を楽しめるバーとして営業しています。

――2024年に『少年ジャンプ+』で連載を勝ち取る以前から、バーを10年以上も経営されていたのですね。そもそも、バーを始められることになったきっかけや、それまでの飲食店でのご経験について教えていただけますか?
土本さん:よく通っていたバーで半年ほど修業させてもらったくらいで、あとは独学です。学生時代からアルバイトしていたコンビニでそのまま社員になったのが社会人の始まりで、その後は中古ゲームの通販会社や、携帯電話ショップで働いていました。でも、自分は会社員に向いていないと思うようになり、自営業として生きていくことを決意したんです。
――どうして向いていないと思われたんですか?
土本さん:自分の裁量外のことで叱られたり、追い詰められたりというのが苦手で。ならば「すべて自分の責任で完結させたい」と考えたからです。
開業して最初の1年は全然お客さまが入らず、「もう閉めようか」と毎日のように考えていましたが……。
でも、ある時「やりきった」と思えるほどの仕事ができていないなと気づき、改めて日々の業務に真剣に向き合うようにしたんです。
そこから、仕事の進め方を工夫したり、お店の方向性を考えたりするようになりました。例えば、「炭酸ものは開けたら翌日に持ち越さない」とか、「お客さまが少ないなら席数を減らしてゆったり座れるようにする」「カクテルではなく、他店と味の差が出にくいウイスキーをメニューの中心にする」などですね。技術がない分はQSC(品質・接客・清潔さ)で埋めるしかないと、提供の仕方や場の空気、会話や知識などでお客さま満足度を高められるよう工夫しました。
小さなことですけど、今思えば、あの頃に意識を変えられたのはバーを続けていくうえで大きかったのかなと思います。
コロナ禍に味わった「何もしていない時間」への恐怖。漫画を描き始めたきっかけ
――もう一つの顔である「漫画家」についても、その来歴をお伺いしたいのですが、そもそも、漫画を描き始めたきっかけは何だったのでしょうか?
土本さん:絵は子どもの頃から好きでしたが、本格的に漫画を描き始めたのは2020年頃です。タブレットPCを使って、好きなゲームのキャラクターを描く二次創作から始めました。
始めたきっかけは、バーのお客さまから「最近タブレットで絵を描くのにハマっている」と聞いたこと。当時はコロナ禍でお店も暇になってしまったし、こんな風に(絵を)デジタルデータで持ち歩けるなら、家でもお店でも手軽に描けるな、と。
というのも、飲食店をしていると「何もしていない時間」って、ものすごい恐怖なんですよ。
時給が発生しないので、人生の残り時間をいたずらに消費している感覚になる。お客さまが来なければ労働として成り立たず、タダ働きですらない、底なしの虚無です。
――お客さまを待つ時間がただ過ぎていく、という状態が恐怖だったんですね。
土本さん:その焦りを、それまではお酒の勉強にあてたり、クックパッドに料理レシピを投稿したりすることで払拭していたんですが、それが漫画制作に切り替わった感じです。当時は出勤前に二次創作の四コマ漫画を1本描いて、営業中もお客さまが途切れたら描いて……といった生活を送っていました。
―― なるほど、コロナ禍の「空白の時間」が創作の原動力になったと。では、オリジナル漫画である『限界OL霧切ギリ子』は、どのような経緯で生まれたのでしょうか?
土本さん:ネトゲ仲間から「キラキラしていない料理漫画が読みたい」と言われたのが始まりです。そのテーマなら、自分がこれまでに経験したブラックな働き方や、自分の壊滅的な食生活を表現できるな、と。
コンビニや携帯電話ショップの店員として勤務していた時代にかなり厳しい働き方を経験していたので、それをエンタメとして笑えるように昇華できたらなと考えました。実際、第1話に登場する「味の素と塩かけ食パン」は、当時の私の主食でしたから(笑)。

そうしたエピソードを形にして集英社のWeb漫画投稿サイト「ジャンプルーキー!」に投稿したところ、「ジャンプ+連載争奪ランキング」で2024年4月期にトップを獲得して、『少年ジャンプ+』でのインディーズ連載がスタートしました。
【結果発表】
— ジャンプルーキー!/少年ジャンプ+漫画賞公式 (@jump_rookie) 2024年5月8日
ジャンプ+連載争奪ランキング 2024年4月期の結果を発表!
ランキング1位の作品
「限界OL霧切ギリ子」ミートスパ土本:作https://t.co/RCsnHwgUpX
が「ジャンプ+インディーズ連載権」を獲得しました!#ジャンププラス連載争奪ランキング#ジャンププラス#ジャンプルーキー… pic.twitter.com/VNU8JcHZJz
――そんな経緯だったのですね! たしかにギリ子さんは読んでいて心配になるくらい「限界」な食生活ですが、コミカルなタッチなのでつい笑ってしまいます。連載が始まってから、制作の進め方や日々のリズムに変化はありましたか?
土本さん:私の場合、漫画制作の大半がネーム(ネタ出し)に費やされるので、起きてから出勤するまではひたすらネタを考えています。ネタが決まってしまえば2日で仕上げられるのですが。
――ネタを決めるまでが一番大変なんですね。漫画のアイデアやエピソードの源泉として、バー店主としての仕事が活かされているなと感じることはありますか?
土本さん: 漫画のエピソードはほとんどフィクションなんですが、登場するお酒やメニューは基本的に「barGENESIS」でも提供しますね。逆に、漫画制作がバー運営に生かされていることの方が多いかもしれません。
――というと?
土本さん: 漫画を描き始める前は、地元の方が仕事帰りなどにふらりと立ち寄るような、常連さんメインのお店でした。しかし、現在はお客さまの8割ほどが読者の方、残りの2割がもともとの常連さんという割合になりましたね。今までの常連さんも新規のお客さんも混ざって楽しんでいらっしゃいます。
それに、実際に漫画に出てきたものを食べたいと来店されるお客さまもとても多いんです。お客さまの性別も女性が中心で、年代は幅広いですね。描いている本人が店頭に立つ、常設のコラボカフェのような状態になっています(笑)。

――読者やファンの方が実際にお店までいらっしゃるんですね。漫画家の方とファンが直接触れ合える場所ってなかなかないので、貴重ですね。
土本さん:そうですね。うちのお店はカウンターのみで12席、調理も接客も私ひとりのワンオペ営業なので、混み合ってくるとあまりお話しできないのですが、お客さま同士で漫画の話で盛り上がってくださっていることも多いです。ありがたいことに、週末はほぼ予約で埋まっているような感じですね。


――まさに作品の世界を体験できる空間ですね。他に、お店の運営や接客において心がけていることがあれば教えてください。
土本さん: 読者の方が来てくださってうれしい反面、遠方から宿を取ってわざわざ来てくださるお客さまも多いので、毎日緊張することが増えました。
というか、もともと人と接することが苦手なんですよね。だから、接客にも苦手意識があるんです。以前、携帯電話ショップで働いていた時から接客の難しさを日々感じていて、どうすれば気持ちよく帰ってもらえるかを考えながら仕事していました。
そのうち、「人を楽しませること」に重きを置き、お客さまが何を求めているかを先回りして行動すると、仕事がうまくいく瞬間が増えてきて。その成功体験が今の接客のベースにつながっています。
とはいえ、営業が終わった後に「もっとこうすればよかった」と後悔することばかりですけどね。次に同じような機会があったらもっと良く対応しよう、と考えることが仕事を続けるモチベーションの一つにもなっています。
――ファンの方に喜んでもらいたいという誠実な思いが伝わってきます。一方で、少し現実的な経営面についてもお伺いしたいのですが、ファンの方が増えたことでお店の売上にも変化はありましたか?
土本さん:いえ、連載開始にあたり営業時間を減らし、定休日を増やしていますし、不定休もあるので、トータルでの売上は(漫画家の仕事を始める前から)あまり変わっていないのが実情です。
現在のバーの収入と漫画の収入の割合は1/3が漫画、2/3がバーの売上といった感じです。愛知県の一宮市は都内に比べると物件の家賃が安いので、お店の維持費自体は漫画家としての収入で賄えていますね。
二足のわらじは茨の道。それでも続けられる理由
――土本さんにとって、漫画制作の時間とバーにいる時間には、どのような違いがありますか?
土本さん:先ほどの接客の話にも通じますが、「お店に来てくれたからには」「読んでもらうからには」というそれぞれのゴールに全力を注いでいる感覚です。どちらも自分にとっては「お客さまに対するサービス」という意味で地続きのような感じなので、あまり変わらないですね。
――飲食の仕事は「拘束時間が長くて兼業に向かない」とも言われがちですが、実際はいかがでしょうか。飲食兼業についての、土本さんが思うメリット、デメリットを聞かせてください。
土本さん:兼業する仕事にもよると思いますが、メリットはやはり収入の安定感ですね。私の場合はどちらも自営業ですが、お客さまの数に上下があって安定しないバーの売上とは別に、連載料という形で毎月一定の収入が得られるのは精神的にも安心感があります。
デメリットは、当然ですが仕事が2つあるということ。やっぱりキツイことも多いので、誰かから飲食兼業について相談されたら、私はおすすめしないですね。
――『限界OL霧切ギリ子』の連載が始まってから約1年が経ちますが、漫画を描きながらのバー運営はいかがでしょうか。両立の大変さを感じる局面はありますか?
土本さん:以前はバーの営業時間を19時から翌3時までにしていましたが、連載が決まってからは19時から0時までに短縮し、定休日を週に2日設けました。漫画制作とバーの運営、それぞれの時間配分を半々にして何とか回せているという感じです。昼間は執筆に充て、夕方から仕込みをし、夜に営業といった流れです。
ただ、やっぱり両立は大変ですね。コロナ禍の後、体調不良でバーを休業していたんですが、貯金が底をついたので2024年7月に再開しました。その直後の9月に連載が決まったのですが、もう少し(連載決定の)時期が早ければバーの営業は再開していなかったかもしれません。
――簡単には人におすすめできない厳しさがあることが分かりました。そうしたシビアな現実も含めて、この「漫画家兼バー店主」という働き方と、今後どのように向き合っていこうと考えていますか?
土本さん:まず「漫画はいつか終わるものだ」と常に思っています。実は、コミックスの発売は決定しましたが、第1巻とは書かれていないんですよ。続巻するかどうかはこの1巻の売り上げで決まるかもしれないので……。
それに、私は昔から自分のことを全く信用してないんです。いつお店が潰れてもおかしくないし、いつ漫画が終わってもおかしくないと考えて行動しています。そもそも、今の物件が築50年ほどなので、立ち退きの可能性もありますし。ただ、どちらも続けられる限り、全力で取り組もうと思っています。
――「続けられる限り全力で」という言葉に、土本さんの強い覚悟を感じました。その情熱の先に、新しく挑戦してみたいことなどはありますか?
土本さん:そうですね。今後はストーリー漫画を描いてみたいです。そしてこのお店も、漫画も描ける限りは、続けていきたいと思っています。
あの店の成功事例
取材・文:田窪綾
編集:はてな編集部

