対面選書で売り上げを維持する大阪「隆祥館書店」の、お客の話を聞き、心の内を見抜く力

大阪メトロ・谷町六丁目駅すぐに店を構える「隆祥館書店」は、一見、どこにでもある「街の本屋さん」というたたずまい。延床面積はわずか13坪しかありませんが、日本でも有数の販売力を誇る書店として有名です。例えば、北康利著『佐治敬三と開高健 最強のふたり』(講談社)は、初速売り上げ全国1位を記録。また、佐々涼子著『エンド・オブ・ライフ』(集英社)は、単行本・文庫本合わせて740冊を販売。出版社によると、同店が日本で一番多くこの本を販売した(2020年時点)そうです。

本が売れず、書店が厳しい状況に置かれる昨今、街の小さな書店がなぜここまで本を売ることができるのか。店主の二村(ふたむら)知子さんにお話を聞いてみると、練り上げられた販売戦略を超えた、「本」と「お客」への深い愛情がありました。

「本は毒にも薬にもなる」。父からの教えが礎に

1949(昭和24)年、二村さんの父・善明(よしあき)さんが創業して以来、家族で営んでいるという隆祥館書店。幹線道路沿いに店舗を構え、子どもからお年寄りまで、幅広いお客を対象とする地域に根ざした書店です。二村さんは2代目で、さまざまなジャンルの本を取り揃えつつ、先代からの教えもあって並べる本にこだわりがあります。

店頭に雑誌ラックが並ぶ昔ながらの書店の様相。どこか懐かしさを感じる

「『本は毒にも薬にもなる』、『商業主義の餌食になってはいけない』という父の言葉が私の基礎になっています。どれだけ世間で売れていても、デマによって少数者に対する差別をあおったり、歴史の真実をゆがめ、改ざんするような本は取り扱わない。そんな姿勢を父は持っていました。もうけより、良質な本を的確に人に届けるお手伝いをする。書店員とはそういう仕事だと父から学びました」

店主の二村知子さん。シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)の元日本代表という経歴を持つ

しかし、二村さんが店を手伝うようになった1990年代半ばから、経営は次第に厳しくなります。消費税の引き上げや、インターネットの登場などによって、出版不況が深刻化し、隆祥館書店もそのあおりを受けました。

小さな書店ながら本は天井までギッシリ

お客の話を丁寧に聞き、本を薦める対面選書が話題に

2000年に先代から引き継ぎ、店長となった二村さんは、「本が売れない」逆境に対する打開策を模索する日々を送っていました。

ある日、お客に「何かお薦めの本はない?」と聞かれ、「私のお薦めでいいんですか?」と戸惑いながらも選んだところ、後日「あの本、面白かったよ」とお客から感想が返ってきました。こうした機会が何度か重なったことで、次第にお客に本を薦めることに手応えを感じた二村さん。「これで勝負できるのでは?」と積極的に「対面選書」を行うようになりました。多い時には、1日400人が訪れるお客のほとんどに声を掛けたこともあったそうです。

隆祥館書店を取り上げた新聞記事の切り抜きが店内のあちらこちらに

この対面選書という地道な営業努力が功を奏し、定期購読者の獲得や固定客の増加に結びつきました。赤字だった売り上げが徐々に回復し、店長に就任した2000年には、最大月商が1,000万円を達成。また対面選書での営業が話題となり、「お客を知りつくした書店員」として講演会に呼ばれるようになりました。

しかし、一度は経営状態が持ち直したものの、隆祥館書店を取り巻く環境はますます厳しいものとなります。2001年以降、コンビニエンスストアでも雑誌を扱うようになり、オンラインストアや大型書店の攻勢を受けてしまい、少しずつ売り上げも下降線をたどります。また追い打ちをかけるように電子書籍も到来しました。

この状況を打開すべく、二村さんが強みと考えたのは、やはり「対面選書」です。お客に多く薦めた本の著者を招き、読者をつなぐトークイベントを開催。好評企画となりました。もう一つが「一万円選書」です。あらかじめ悩みをメールで隆祥館書店に送ると、予算一万円で二村さんが悩みの解決のヒントになるような本を選書してくれるというものです。はじめてみると、依頼のメールは全国から舞い込むようになりました。

二村さんが店長となって25年。来客数だけを見れば、25年前の5分の1以下まで落ち込んでいると言いますが、客単価は当時の3,4倍に伸びているそう。「なんとか生き延びています」と笑いますが、経営を維持できているのは、二村さんの対面選書で培ったノウハウによるものです。

血肉になるまで本を読み込むからこそ、薦められる

二村さんは、対面選書で以下のポイントを重視しています。

【お客に対して】

  • 積極的にお客に声を掛け、仕事や、興味があることなどの会話を試みる
  • 何度か店に訪れたお客の趣味嗜好(しこう)を頭の中にインプット
  • 新規のお客は手に取る本の傾向を見る、または話を聞く

【自分に対して】

  • 自分の血肉になるまで本を徹底的に読み込む
  • 本を薦めるときは「どこまで内容を明かすか」に気をつける

お客に対しては、対面選書のポイントを踏まえ、「対話する中でこの人にはこの本を薦めたい」とひらめいたときに本を紹介します。実際、取材の合間にも、雑誌『ニューズウィーク日本版』を購入したお客に対して、藤岡陽子著『満天のゴール』(小学館)という、喪失と再生をテーマにした小説を薦めていました。

「お客さんが手にした『ニューズウィーク』の表紙に『世界が尊敬する日本の小説36』という特集名がチラッと見えたんです。この人、小説が好きなのかもと思い、レジに来られたときにお薦めしてみようと思いました。この小説は読後感がとても良くて、本当に生きる力をくれる本なんです。だから、ええんちゃうかなと思って」

来店したお客にすかさず本を薦める二村さん。「よく寄ってくださいますよね。ご注文された雑誌の特集が小説に関することだったので……」

では、新規のお客にはどのように選書するのか。実際、この場で筆者へのお薦めの本を選んでいただきました。すると……

二村さんに本を選んでいただいている筆者(写真左)

「これまで読んだ本で一番面白かったのは?」、「最近観戦しているスポーツは?」、「いまの日本社会についてどう思いますか?」と、矢継ぎ早の質問が飛んできました。それらに対し答えていると、「あ、いま(お薦めが)降りてきました!」と、二冊の本を手に取りました。

「この本もいいかもしれない」、「あの本も思い浮かびました」と二村さんは次から次へと薦めてくれる

まず、「いまの日本社会に希望を持てない」という漠然とした不安を口にした私に薦めてくれた一冊が、ヨーラン・スバネリッド著『スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む』(新評論)。スウェーデンは国政選挙の投票率が80%を超え、国民の政治への関心が高いのが特徴。多くの国民が「自分たちの国」という意識を強く持ち、政治に参加するスウェーデンの状況を知ることで「諦めないで、自分も立ちあがろう」という勇気をもらえるそうです。

もう一冊は沖縄の本。「最近、沖縄の文化や歴史に関心がある」と伝えたところ、沖縄の平和活動家・阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんによる『命こそ宝―沖縄反戦の心』(岩波書店)を薦めてくれました。この本は、二村さん自身が、芥川賞作家の目取真(めどるま)俊さんと共に、辺野古基地反対の抗議活動をカヌーでされている大畑豊さんに薦められたそうで、沖縄の人たちが「自分たちの沖縄」を取り戻すために戦った歴史について書かれています。「沖縄が好きなら、そういう歴史も知らなあかん」と、二村さんも強く意識させられたそうです。

いずれも、筆者の興味関心にぴったりの本。説明の組み立て方がとてもたくみで、自分のエピソードや感想を交えながら、分かりやすく、魅力を損なわず、的確かつ瞬時に本の内容を要約する技術はさすがです。本のセレクトもさることながら、説明をしているときの二村さんの優しい声のトーンが心地よく、終始、話に聞き入ってしまいました。

かいつまんだ本の内容から、実際に本の冒頭を読み始めてしまうこともしばしば

「気をつけないと本の結末までしゃべりかねないので(笑)、どこまで説明すれば買いたくなるのか、あんばいを常に考えながらお客さんに説明しています」

お客のニーズに合った選書ができるのは、二村さんが一冊一冊を徹底的に読み込んでいるからこそ。「本は血肉になるまで読み込みますね」という言葉も納得です。

対面選書と同様、二村さんはイベントにも力を入れていて、2011年から、作家を招くトークイベント「作家と読者の集い」を月1〜2回の頻度で開催しています。電子書籍の台頭や大型書店・コンビニエンスストアとの競合が進む中で、作家と読者をつなぐ場をつくるために始めた取り組みです。

隆祥館書店主催の書籍イベント。作家を招くトークイベントや、時事問題をテーマに関連する書籍を読み解く会もある(提供:隆祥館書店)

「大きな書店のイベントは、場所を貸して、あとは出版社と作家にお任せという形が多いのですが、当店では私自身が聞き手を務めます。それが主催者としての責任だと思っています。なので、イベント前にはゲストの本を繰り返し読み込みますよ。これがなかなか大変なんですけどね」

本には人を立ち直らせ、人生を変える力がある

書店の経営者とはいえ、なぜ、ここまで選書に情熱を注ぎ、本の魅力を発信し続けるのか。その背景には、二村さんを救ってくれた、とある本との出合いがありました。

「30代の頃、生きる力を失うようなショックな出来事がありました。それで実家に戻って本屋を手伝うようになったのですが、そこで出合ったのが、星野富弘さんの『愛、深き淵より。』(Gakken)でした」

著者の星野さんは元体育教師。赴任先の中学校で頚髄損傷を負い、首から下の運動機能を失うものの、口に筆をくわえて詩や絵を描くようになり、やがて海外でも画展が開催されるほどのアーティストとなります。

「絶望の淵から立ち上がった星野さんの生き方に触れ、自分は何を甘えているんや、もっと頑張らなきゃ、生きなきゃあかん、と思えるようになったんです。そこで本の力を改めて実感し、いっそう読書にのめり込みむようにもなりました。本には人を立ち直らせ、人生を変える力がありますよ」

ある時、選書をしてほしいと一人の男性が店を訪れたそうです。話を聞くと、異動先の部署が働き方改革の実践により、定時以降は顧客対応が難しくなり、自分の仕事のやり方と合わず、とても落ち込んでいるということ。そこで「あなたのお客さまをおもんぱかっての対応は間違っていない。働き方は正しいと思いますよ」と励ましながら、いくつも本を紹介したところ、翌日も店を訪れて、「ものすごくやる気が出てきました」と笑顔を見せてくれたそうです。

店を見守るように、先代が残した言葉が飾られている

本の力を信じ、本気でお客の助けになりたい——。書店に逆風が吹く中、隆祥館書店が生き残っている秘けつは、「効率」や「最適化」を度外視した、地道ながら確実に血の通った接客にあることが分かりました。明確に読みたいジャンルがあるときはもちろん、言葉にしづらい思いを抱えたとき、処方箋のような本を示してくれる。きっとこの需要がなくなることはないでしょう。

取材先紹介

隆祥館書店

取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。

写真新谷敏司
企画編集株式会社都恋堂