学芸大学の『プロ飲み師』が語る、地元で愛されるお店の共通点とは?

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毎日のように飲み歩いている人がいる。そういう人たちを敬意を込めて『プロ飲み師』と呼んでいるのだが、どの街にもその土地の飲み屋に精通したプロが存在する。

今回は学芸大学駅周辺で約450軒もの飲食店を巡っているひろぽんさん(後藤ひろしさん)に、数々の店を訪れたからこそ見える、何度でも通いたくなるお店、常連に愛されているお店の特徴について、ライター5歳が取材しました。

やって来たのは駅から徒歩約3分の場所にある「木と」。

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ひろぽんさん行きつけのお店。学芸大学駅には何回か来たことはあるけど、どんなお店なのかわくわくする

ひろぽんさんが運営するブログ『肝臓公司』のバックナンバー記事は実に900を超える。グルメ情報以外にもそうめんのレビューが100件以上あったり、情熱と共に狂気さえ感じる。

普通の人はそうめんのレビューを100件も書いたりはしない。ただ者ではないのは確かだ。コロナ前、多いときは週に5、6日飲食店を巡っていたと話すひろぽんさんだが、飲み屋に対するパッションはどこから湧いてくるのだろうか。

「若い頃からカウンターメインの地域密着型居酒屋を中心に飲み歩いていましたね。『インディーズ居酒屋』って呼んでいるんですが、店主一人もしくは夫婦二人くらいでやっているお店が好きなんです。ゴールデン街・歌舞伎町を中心とした新宿、渋谷、当時住んでいた恵比寿、中目黒あたりを巡っていました」

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飲み屋の話を本当に楽しそうに話すひろぽんさん

2013年に学芸大学に引っ越して飲み歩いていたところ、良い店なのに口コミや情報がまったくないことに気付き、飲み歩きのブログに書くようになったという。

学芸大学に漂うどこか懐かしい空気感

「飲食店を巡っていると、店主や常連さんと『あそこのバーいいよ』『あそこの居酒屋のあのメニューがおいしいよ』と話すことが増えました。いいお店って他のいいお店と仲が良くて、横のつながりがあるんですよね。学芸大学駅周辺は、特にそのつながりが強いように感じますね。バーの店主が開店前に仲良しの飲み屋で軽く飲んでいたりして、その流れで『あとで行くね〜』みたいなやりとりがあるんです。みんなが地元に根付いてる感じがいいですよね」

ひろぽんさんとお会いする前に近くの喫茶店に入ったら、30年来の付き合いみたいな地元のおじちゃんたちが話していたのだけど、その会話がBGMとして心地良く、渋谷から電車で10分の距離なのに下町のような雰囲気が味わえる稀有な街だなと感じていた。

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学芸大学の深い話に会話も盛り上がる

「常連のおじちゃんの街の昔話も面白いんです。『以前はあの場所に屋台が出てて』『昔の神輿はケンカで、立会川に神輿を落とし合った』『戦前は恵比寿の汽車の汽笛が聴こえて、その音がすごく寂しくてねぇ』とか、思い出話を聞いて街を知っていくうちに、どんどんこの土地が好きになっていきましたね」

学芸大学は都心から近いのに、駅ビルもないし駅前開発なども進んでいない。移りゆく時代の中で、この一帯だけは今でも昔ながらの個人経営の飲食店がひしめいている。

初めての「行きつけ」のお店

「学芸大学で最初に行きつけになった店は、居酒屋の『さいとう屋』。初めて行った日に忘れられないことがあったんですよね。ホッピーを飲み干してカランと氷が音をたてた、ちょうどその瞬間にマスターが『中(なか)ですか?』と聞いてきました。グラスを差し出し、『中ください』と言おうとした、まさにその瞬間です。これで、このお店は絶対にいいと確信したのを、今でも覚えています」

学芸大学の飲食店を多く知っているひろぽんさんだが、ボトルをキープしているのは、数ある飲み屋の中でも3軒のみ。そのうちの1軒が最初に常連になった「さいとう屋」なのだが、どんな点に魅力を感じたのだろうか。

「店主とお客さんの距離感が心地良いです。別にベタベタした付き合いをするわけでもなく、丁度良い距離感なんです。常連さんが多い店でもあるので、店主と客の呼吸が合っているんですよね。テンポとリズムが気持ちいいんです。店主がそのリズムをつくっているんですよね。その雰囲気が心地良くて通っています」

おいしい店ではなく、いい店と出会いたい

常連さんや地元の人たちに愛されるお店はたくさんある。しかし「なぜ愛されるのか?」。その理由を前から知りたいと思っていた。その理由を、ひろぽんさんはどう考えているのだろうか。

「とにかく一番大切なのは『人』なんですよね。お店の人だったり、常連さんだったり『人』が理由で通うようになることが多いです。もちろん味も大切ですけど、ただ美味しいだけの店ではなく、僕は『いい店』と出会いたいです。店主の人柄に惹かれてお客さんは集まるから、似たような人たちが集うんですよね。『客は店を写す鏡』なんて言いますけどね。店と客が一緒につくっていく、その雰囲気に僕は引かれます」

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地元に愛されるお店の特徴が次から次へと出てくる

僕は今年、スナックを開こうと計画しているが、飲みプロのおじさんから「飲み屋は店主の人柄が一番大切だからね!」と耳がタコになるくらいに言われていた。ひろぽんさんは、愛される店になるためには店主は取り繕わず、そのままでいればいいとも話す。その言葉に、僕は深くうなずいた。人には好き嫌いがあるし、逆に癖があった方が好かれる場合もあるのだ。

初めて訪れるお店で見ていること

次に、数多くの飲み屋を渡り歩いていてからこそ分かった、『いいお店』に共通する特徴について聞いてみた。

「小さなお店の場合だと、入ったときにまずキープボトルを見ますね。ずらっと並んでいると『地元の人に愛されているんだな』と感じます。あと、メニューの書き方。いい店は品数が多くても、ひと目でよくわかるようにまとまっている。ゴチャゴチャと筆ペンで書かれていて読みづらかったりすることがなく、文字の大きさや行間など、見やすいようにちゃんとデザインが考えられているんですよね。どうしたら分かってもらいやすいか、お客さんの視点で考えている店だな〜と感じますね」

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メニューを手にとって説明してくれるひろぽんさん

これは分かる気がする。ボトルにジャラジャラとネームプレートが付いていたり、写真が貼ってあったりすると、この店はたくさんの人にとっての拠り所なんだろうな〜と感じることができる。これこそ、インターネットには載っていない情報なんだと思う。あと、筆で書かれた季節のメニューはめっちゃ好き。

地元に愛されるお店の共通点

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「一人で頑張ろうとしていない。仲の良いお店やお客さん同士、みんなで盛り上がればいいなという気持ちが必要だと思います。すると、それぞれの常連客が行き来するようになり、地元の人間に愛されます。愛されているお店は、人でつながっているから、何かあったとき、常連さんたちがこぞって力になろうとします。以前、みんなから愛されている飲み屋が移転を余儀なくされたことがありました。そのとき、常連客の中の大工さんとか職人さんたちが、こぞって名乗り出て移転を手伝ったりしていました。お客さんたちも、自分が大好きなお店に貢献できて誇らしい気持ちだと思うんですよね」

ひろぽんさんが選ぶ「本当は教えたくない学大の店」

「ちなみに、お店の選定ポイントは、すべて人です。僕との相性なので、おすすめしたところで、万人に合うかどうかはわかりません」

■さいとう屋

「最初に行きつけになった居酒屋。店主の人柄も好きですが、学芸大学で1番安くて美味しいと思っています。学芸大学に住んでいても、さいとう屋を知らない人が多い」

■ciel

「クレープ屋さんなんだけど、常連はお酒を飲みに行く。女性店主はチャキチャキとした姉御肌。昼間ならコーヒーでもいいですが、アイスカフェラテとビールが同じ値段なのでついビールを頼んじゃう。クレープも美味しいのでオススメです」

■かっぱ

「学芸大学で最高齢・88歳のお母さんがいる老舗居酒屋。ボトルを入れている一軒です。店が移転するときには常連のお客さんが店作りを手伝った、愛されている店。この写真を見れば、みんなに愛される理由がわかると思う」

今日お話を伺ったお店は…

■木と

「店主のユミコちゃんと、パートナーでお店を手伝っているいずみん(泉和成)。学芸大学で絵画教室・アトリエビーンズをやっているアーティストでもあります。

ユミコちゃんが『木と』を開く前から、学芸大学の別のお店で知り合っていました。2人がカウンター内に立っている光景が好きで落ち着きます。学芸大学の飲食店を介しての出会い。こういうお店が多いのも、学芸大学という街が好きな理由のひとつです」

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お手洗いには他のお店の名刺がたくさん置かれていて、僕もつながりを感じた

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この『木と』もお客さんがデザインをしてくれたんですって

お店選びは自分探しなのかもしれない

ひろぽんさんのお話は熱量があり、話を聞いてどの店にも行きたくなった。「常連になりたい」と思えるお店を見つけだすのはなかなか大変だとは思うが、家、職場以外に自分の居場所を見つけるのも、人生を楽しく過ごすための大切な要素だと思う。

学芸大学にもぜひ飲みに行って欲しいし、インターネットには出てこない地元に愛される居酒屋にぜひ飛び込んでいただきたい。

 

プロフィール/ひろぽん(後藤ひろし)さん
1973年生まれ。早稲田大学法学部卒。ホットドッグプレス編集部(講談社)などを経て、現在はフリーの編集者・ライター・ウェブディレクター。学芸大学で巡ったお店の数は約450軒。これまで食べたそうめんは100種以上。BABYMETALファン。

取材・文/5歳
1983年生まれ。株式会社アマヤドリ代表。妻と息子が二人。ツイッターで家族のことをつぶやいていたら、いつのまにかフォロワーが11万人に。気付いたらライターをやっていた。コラムなどを執筆。

写真/高橋敬大(TABLEROCK)