ローカルdeチェーン/関西発「とんかつKYK」の愛され極意はKYK⁉︎

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ロースか、ヘレ(関西における『ヒレ』の言い方)か――。
肉厚でジューシーなとんかつを作り続けて半世紀。関西で熱烈に支持されるローカルとんかつチェーン「とんかつKYK」。全国の飲食チェーン店を巡ることがライフワークのBUBBLE-Bが、勤続20年以上のベテランで現在はレストラン店舗のスーパーバイザーを務める松下加奈さんに、とんかつKYKが半世紀以上にわたり愛されてきた秘訣について話を伺いました。

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店名の「KYK」って何の略?

――「K~Y~K~ とんかつとんかつ K・Y・K♪」という軽やかな歌が印象的なテレビCMは、関西人なら誰もが歌えるくらい有名です。そんな「とんかつKYK」の歴史は、どのように始まったのでしょうか?

松下加奈さん(以下、松下さん):終戦直後、上海から引き揚げてきた創業者の曲田甚太郎が、1946(昭和21)年に大阪の阿倍野の地で商売をしたのが始まりなんです。阿倍野という場所は空襲を免れた土地で、闇市もあったりして人が多く集まっていたそうです。

当初は、「瓦町洋裁研究所」という縫製店の軒先をお借りして、(火をつける)ライターの修理業を営んでいたのですが、ある時、店舗を移転するという話がありました。そこで、創業者の曲田は店と店名を買い取り、新たに喫茶店を始めることにしました。その時の店名が「瓦町洋裁研究所」の頭文字を取った「喫茶K・Y・K」だったんです。

――飲食業なのに「瓦町洋裁研究所」の略称KYKをそのまま冠した店名というのがユニークです。現在は「Keep You Kindly」の略だとされていますね。

松下さん:後付けなのですが、会社の将来的な発展のために明確な意味づけが必要だということで、アメリカでMBAを修得した副社長が中心となって考えました。弊社の理念である「心と味でおもてなし」というメッセージを込めています。

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約40年前から3人娘バージョンでCMを放映。現在は3代目で「跳馬編」。一度見ると記憶に残り、オリジナリティーも抜群

昭和時代に爆発的成長を経験

――喫茶店からスタートして、その後はビアホールを営業し、そしてとんかつ専門店をオープンされるわけですが、なぜとんかつ専門店だったのでしょうか?

松下さん:「とんかつやったらいける…という先見性があったから!」と言えれば格好良いんですが、これは偶然なんです。

神戸の三宮に「さんちか」という地下街がオープンする当時、そこにとんかつ店を出店する権利を持っていた方が、諸事情で権利を手放すことになったのです。その方は、創業者が懇意にさせていただいていた方だったということもあって、弊社がとんかつ店を運営する権利を譲り受けました。それが1966(昭和41)年で、「とんかつKYK」の創業となりました。

――「さんちか」に今でもある、とんかつKYKの1号店ですね。当時の反響はどのようなものでしたか?

松下さん:当時は高度経済成長期、大阪ではキタもミナミも地下街のオープンラッシュで、どのお店も連日の大盛況だったらしいです。その流れに上手く乗ることができ、大阪の街に次々と店舗を出させていただくことができました。

――まさにアゲアゲな時代にとんかつを揚げていたKYK、ということですね!

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同じく1966(昭和41)年にオープンしたとんかつKYK アベノ支店

関西でいち早く取り入れたセントラルキッチン

――店舗数を増やす中で、チェーン店として品質を保つために行っていたことはありますか?

松下さん:いち早くセントラルキッチンを作りました。関西の飲食チェーン店でセントラルキッチンを設けたのは、KYKが最初期ではないでしょうか。工場である程度の加工までを行い、店舗ではパン粉をつけて揚げるというオペレーションにしました。仕入れも一括でできるので、コストを抑えることにもつながりました。

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1969年(昭和44年)セントラルキッチン方式を採用

――現在、とんかつKYKは関西エリアを中心に展開されていますが、関東への進出は考えていないんですか?

松下さん:関東のとんかつ店の市場は、関西よりもはるかに競争が厳しいんです。店舗数も10倍はあると思います。そこにKYKを持って行って勝負するのは難しいと思うんですよ……。

――そんなに違うんですか!?

松下さん:はい。そもそも、とんかつのスタイルが関西と関東とでは違います。関西では「肉を味わう」といって、衣も薄くて細かいんです。KYKはそのスタイルです。対して関東は「衣を味わう」といって、衣のパン粉も大きくザクザクしてるんです。揚げる油もKYKはサラダ油を使いますが、関東ではラードを使う店舗が多いと思います。慣れ親しんでいる味が地域によって違うということですね。

長く愛されるため、変えるべきもの、守るもの 

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――創業から半世紀以上経ちましたが、とんかつ専門店として変化してきた部分はありますか?

松下さん:とんかつで使う部位には、主にロースとヘレがあります。ロースは皆さんご存じの通り脂身が多くてガッツリとしていますが、ヘレは赤身が中心で、アッサリしています。時代によってロースが多く愛される時期と、ヘレが多く愛される時期があるんですよ。今は同じくらいですけど。

ロースも、昔はもっと脂身を付けて提供していたのですが、今は時代がヘルシー志向になり、昔に比べると脂身を少し減らしているんです。そういった細かな変化はありますね。

あと、変化というか、おみそ汁と漬け物は月替わりで提供しています。お客さまにはあまり気付かれていないかもしれませんが……。できるだけ旬の食材をお出しするように努めています。

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ショーウインドーで月替わりのおみそ汁と漬け物の食材が確認できる

――では逆に、全く変えていないものはありますか?

松下さん:ソースですね。創業以来、加熱処理をしない「生ソース」を作ってるんですけど、このレシピは今日に至るまで変えていません。このソースが人気で、ソースだけを販売して欲しいというお声も多くいただきますが、日持ちがしないので個別販売はできないんです。

――では、松下さんが入社された時と比較して、現在のとんかつKYKの接客やサービスに変化はありますか?

松下さん:私が入社した25年前に、ベテランの女性店長がいました。その店長は、KYKが創業した時からの古参社員として働き、阿倍野の岸本ビルで19年、近鉄百貨店で23年現場に立ち、最後は本社で教育指導をしていました。今は引退されて社友になられている方ですが、常に後輩の良い所を伸ばしてくれる先輩でした。

凛としていて、いろいろなことに気を配る方で、前を向いているのに後ろの動向が見える、まるで後ろに目が付いているかのようでした(笑)。

そして私自身もさまざまなことを学びました。印象に残っているのは「お山の大将にならないように、仕事以外の場所で、頭を下げられる場所をつくりなさい」ということを、店長になりたての頃に言われたことですね。

あとは、例えば女性客を意識した「粋花KYK」であれば、とんかつの衣がテーブルに落ちていないか、油臭い店舗にはならないようになど、当時の店長の教えが今でも受け継がれています。

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お花や壁画などが装飾された「粋花KYK」は、女性同士のお客さんが多いそう

――そういえば、とんかつKYKは女性が活躍できる場を大切にしていらっしゃるとお聞きしました。具体的には、どのような取り組みをされているのですか?

松下さん:「女活」という名の、社内の女性社員10人くらいで行っている活動があります。そこでは、女性が働きやすい環境をつくるための話し合いを、2カ月に1回のペースで行っています。

この活動は、もとは女性管理職がベテラン店長ともう一人だけの2名だったのを10名に増やすことを目標にするところから始まりました。今は子供を育てながら時短勤務をすること、若い女性社員でも幹部になるためのステップアップの方法などについて話し合っています。

――お話を伺っていると、伝説の先輩がいらっしゃったんですね!そして松下さんは愛弟子ですね!

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松下さん:いえいえ(笑)。でも、先輩方が残した文化は、多くの社員、特に女性社員にとって大きなものでした。これからは私たちで、女性が活躍できる職場をつくっていきたいです。

お客さまが幸せな気持ちになるための「KYK=Keep You Kindly」

――最後に、創業から変わらぬ「心と味でおもてなし」を掲げるKYKにとって、お客さまとは何か、そして愛される秘訣を教えてください。

松下さん:ずばり、お客さまは神様です。全てはお客さまに幸せな気持ちになっていただく、それが私たちの使命だと思っています。派手なことはできませんが、お客さまや社会に対して常に真摯であり正直であり続けること、愚直な姿勢で何事にも取り組むことが大事だと考えています。

 

【取材先紹介】
株式会社曲田商店
大阪府大阪市阿倍野区松崎町3丁目6番18号
電話:06-6623-1551(代)
https://www.tonkatu-kyk.co.jp/tonkatu/

取材・文/BUBBLE-B
PRプランナー、飲食チェーン店トラベラー。天下一品総本店のスープの味がきっかけで、全国のチェーン店本店や1号店を巡り歩き、現在400店舗。大和書房より「本店巡礼」を刊行。